魂の開放
吐きかけられるどす紫の液体を、サティを抱えたままひょいひょいと躱しながら、人気のない方向へ摩覇化螺を誘導するガナ。
毒液の掛かった場所からは、じゅっと嫌な音がたち、不気味な黒紫の煙が立ち上る。
人に当たれば立ち所に骨まで残さず融けてしまうことだろう。
「ええいっ ちょこまかと……逃げ回るんじゃないっ―そこにお直りっ!!」
無理無体な要求を喚き散らす妖女をきっぱりと無視して、壁を走り超えるガナ。
わずかの隙をついて、妖女の死角にサティを下ろすと、左手から弓籠手を外して手渡した。
そしてほんの一瞬……柔らかく抱きしめると、慈しむような眼差しで、そっと告げる。
「これを持って、ここから動かず待ってるんだ……いいね――」
「……ガナさん……?」
怪訝な瞳を向けるサティ。
寂しげな微笑を残して、素早くその場を離れるガナ。
村はずれの広場へ誘うべく、摩覇化螺と付かず離れずの距離を維持して駆け続ける。
――摩覇化螺を構成する月忌石の邪力は、ガナの操る月輝石の魔力と打ち消し合って相殺してしまうようだ。
あの怪物を葬り去るには、遥かに強大な力をぶつけて瞬時に消し飛ばすしかない――
そう考えて挑発するガナであったが……
壁をぶち破って出て来た摩覇化螺は、防壁前で動きを止めて、それ以上前に進もうとはしなかった。
「どこにお行きだい―PA―M1。
いつまでも逃げ回るようなら、そこの小娘を半分融かしてやるよ」
ド頭に血が昇って逆上しまくっているように見えても、標的が一人減っていることに気付かないほどの単細胞では、さすがになかったようだ。
門の脇に隠れていたサティを、目敏く見つけて脅しをかけてくる。
「いや、なにね……あんな広々とした明るい所より、暗くてじめじめ湿気っぽい所の方が好みなんじゃないかと思ってね……案内しようとしてたとこさ」
内心で舌打ちしながらも、挑発的に悪態をつくのは忘れないガナ――
肩を竦めながら、ちらっとサティに視線をやる。
――どんな姿でも関係ありません! 二人とも素敵なあたしのご主人です――
サティの言葉が脳裏に蘇る……
さもしい未練が生んだ告白に精一杯応えてくれたサティ。
その真心を、決して疑うわけではない。
だがしかし――――
眼を瞑って、踏ん切りをつけるように二、三度首を振ったガナは、
「……もう少し離れたかったけど……しょうがないか…………」
何かを諦めたように呟いて、呼吸を整える――
内面世界と外面世界――
双方に向けて同時に心を収斂させ、尚且つ拡散させる。
二律背反の命題を統合するための手順を、危険を承知で一切とばして、涅槃寂静の間に直接相棒に呼びかけた。
===サラ! いくぜ===
===仕方……ないですわね===
「過程算術式
“緊急起動要請”
着手
盤古の臥所で微睡む護人よ、
魂の奥津城に封じられし彼のものを、
ともに怖れ、
ともに畏み、
仮初めの覚醒を齎し、
我が血潮となりて蘇らん、
承諾署名
U1= लक्ष्मी
U2= सरस्वती
U3= गणेश
来臨証明番号= तबाहीवीमा
変換
~情報連結(リ ン ク)
~起動」
――あたし達は誰に教えられなくても感じていた――
――二人の中に眠っているそれの正体を――
――そしてそれの護人……
二人の起源=ラクシュミーと意思疎通が取れたとき――
――二人で解呪の言霊を唱えれば――
――それを蘇らせることなく、その恐るべき力を使えることを知った――
――忌まわしき……その姿と引き換えに――




