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トリムルティ  作者: 姫野博志
第四章  鷹視狼歩《ようしろうほ》
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恐怖、月忌獣―摩覇化螺

「ガナさん――っ!!」


 二度三度と地面を転がり、倒れ伏すガナに、危険を顧みることなくサティが駆け寄った。


「……馬鹿……来るんじゃない……」


 小剣(ショートソード)に縮んだ月輝石剣(ムゥナストンブレード)を支えに膝をつき、ガナはなんとか立ち上がろうと試みる。

 黒い触手――というよりはおそらく月忌石(オミナストーン)――との接触が原因だろう。

 ほんの短時間の内に剣を媒介にして浸食してきた邪力が、封印された邪神の活性化を促した。

 邪神の暴走を防止するために、魔力の大部分を一瞬のうちに消耗してしまうガナ。

 安全機構が働き、意識が強制終了(シャットダウン)しそうになる。


「……く、くそぅ……ね、眠い…………」


 気力だけで一旦は立ち上がったが――力尽きたように剣から手を離し、蹲ってしまう。

 強制終了(シャットダウン)した場合は、こちら(、、、)でガナの意識が途絶えたからといって、いつものようにサラの意識が交代して表面化する訳ではない。

 魔力が一定水準まで自己回復しない限り、休眠状態からの復活はないのだ。

 現在の局面においては致命的といってもいい事態である。

 こうなると、内部の二人(、、、、、)もガナの再起動に魔力を回す余力はない。

 一か八か奥の手《、、、》を使ったところで、魔力不足による破綻が目に見えている。


「ガナさん! しっかり――ガナさん……っ!!」


 寄り添うようにして身体を支えるサティ。

 触れる身体から伝わる体温は恐ろしく低い。

 顔面蒼白で、息も細く、このまま死出の旅路についても不思議ではない様相である。

 混濁するガナの意識を繋ぎ止めるべく、声を掛け続けるサティ。

 ――が、異様な気配にふと視線を転じ、思わず息を飲む。


「――っ!?」


 屍骸に限らず半生屍骸(ゾンビ)合成獣(キメラ)をすら、片っ端から捕食する異形の物体――妖女(マーラ)を核に具現したそれ《、、》は、徐々にその姿を変貌させつつあった。

 剣歯虎や合成獣(キメラ)達は、おそらく月忌石(オミナストーン)を核として、その(パワー)で稼動・操作(コントロール)されていたのだろう。

 それ《、、》に吸収され、どろどろに溶けていく身体の中に多数の月忌石(オミナストーン)が見える。

 まるで咀嚼でもしているかのように蠕動を繰り返し、その体積を増大させていったそれ《、、》は――比例するように凄まじい魔力をその内に凝縮していった。


「魔道値…弐萬……参…萬――」


 解析端末(A-PAD)の数値を翳む眼で辿々しく読み取るガナ。

 見かねたサティが続きを読み上げる。


「――まだまだ増えてます。伍萬……七萬…………」


 瞬く間に妖女(マーラ)を覆い尽くした(くら)き瘴気が、徐々に質感を帯びていき、黒光りする外骨格へと変質していく。

 頭部には一対の長い触覚と鋏状の巨大な牙。

 頭部に続く体節には歩肢がなく、顎の形をした顎肢から鋭い爪を生えてきた。

 牙から滴り落ちる毒液が、地面を焦がして煙を上げる。

 多数の胴節からなる胴部には、無数の肢が胴節ごとに一対ずつ生えてくる。

 そして最後の節には、曳航肢と呼ばれる尻尾のような肢が生え、先端から棘状の爪を伸ばした。

 衆人環視の中、ほんの数十秒もかからずに、妖女(マーラ)巨大蜈蜙(ムカデ)へと変貌を遂げた。


月忌獣(オミナブルート)――摩覇化螺(マハカラ)!!」


 高らかに宣言する妖女(マーラ)――何の冗談なのか、触手の間から顔だけを生やしている。跳ね飛ばされた下顎もすでに再生していた。


「……魔道値拾万――!!? 」


 絶望的な表情で、サティが読み上げ(カウントす)る。


「この無敵にして優美の極致を極めた身体には、もうお前の剣や魔法は一切効かないよ」


 勝ち誇ったように高慢な笑みを向ける妖女(マーラ)

 嗜虐の色に染まった眼を爛爛と光らせてにじり寄って来る。

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