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トリムルティ  作者: 姫野博志
第三章  楽天知命《らくてんちめい》
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喪失……そして……

第3章終幕です。物語はいよいよクライマックスへ…お楽しみを

「――な、なんなんだ………………これは………いったいなんなんだ――っ!!!」


 壁一面を覆う金属の箱・箱・箱――――

 その表面でチカチカ明滅する赤・青・黄……色取り取りの文字・数字・記号――――

 部屋のそこかしこに林立する月輝石・水晶・硝子……種々雑多な柱・柱・柱――――

 様々な液体に浸され、無表情にこちらを見つめる眼・眼・眼――――


「おぉう……………、おぉう……………、うおぉうぅぅぅ…………………………」


 室内に響く、嗚咽ともつかない吐瀉混じりの呻き声――


「女子供じゃなし……大の男が何をそんなに取り乱しているの――みっともない」


 天井灯(ダウンライト)の淡い(ブルー)に照らされて、不気味な紫の異光に染まる逆巻く赤毛……


「ここにあるのはすべて、幹部研究員たちの叡智のすべてを結集した技術の結晶――

 幹部研究員(かれら)の指導と、この子達の尊い協力のおかげで――

 あと一歩で、我等が悲願をこの手に収められるところまできているの」


 そう言って、愛でるように一つ一つの説明を始めるマーラ。

 柱に封じられた臓器・肉片・嬰児……動物や人間たちの成れの果ての……………




 甲高い警告音が鳴り渡り、赤い警告灯が激しく明滅する――――

 通路に響く複数の乱れた足音……

 続けざまに沸き起こる怒号や打擲の音―――

 屈強な異形の兵士にボコられ、地を這うガリウス。

 ぐっしょりと血を吸った棍棒が、湿った音を立てて地を転がり、

 綴織模様(タペストリ)のごとき血の紋様を、棒の幅で描きだす……


 血臭漂う物騒な芸術の完成を妨げた、無粋なつま先―――

 押さえつけられたままの格好で、その持ち主を見上げるガリウス。


 明滅する血の色の閃光(フラッシュ)に浮かび上がる人影……

 地獄の鬼もかくやとばかりの笑みを浮かべるマーラ。


「……よくやってくれたわ、ガリウス―愛しい貴方………」

 これで、良識派を気取る目の上のたんこぶたちがごっそり消えてくれたわ……」


 耳元まで裂けんばかりに笑みを深めて、嬉しそうに告げる。


「……な…んだと……!? 奴らが……あの老害が諸悪の根源だと、お前は――」


「フッフッフッフッフ…………せめてものお礼に、ガリウス……

 貴方にあ・げ・る・わ――♡  誰にも負けない、強い…強い(オス)の肉体を――」



「――マーラ!! あなた……ガリウスに何をしたの 」


「……別にぃ……まだ大したことはしてないわ。改造前のちょっとした調整を施しただけよ」


 調整層の中から虚ろな眼を向けるガリウスを挟んで、押し問答する姉妹……


「それよりほら、見て――っ♡ アシュラ計画の弱点に対する、(あたくし)なりの解決策よ」


 マーラの指し示す小型の調整槽に浮かぶ胎児……

 成育速度が目に見えて速い――急速促進処置が施されているようだ。

 ……金属板(プレート)製造番号(シリアルナンバー)計画(プロジェクト)名が刻印されている。


「…………PSB―S1……女神専属人間補給基地(ヒューマンサプライベースフォアゴッデス)計画……?」


原型(オリジナル)とPÅ―M系列(シリーズ)、F系列系列(シリーズ)の三体だけじゃ、損傷時の魔力復旧支援(エナジーバックアップ)が不安でしょ……

 だから、大気吸引型の魔力貯蔵人間を常に帯同させておくのよ。

そうすれば万一M系、F系同時に弱体化(ダウン)しても、いつでも緊急魔力充填(エマージェンシーチャージ)が可能だわ」


「……大気中の真言(マナ)から魔力を補充して、他人に移す……それって…私の――!?」


 何ごとかに気付いたようなサーラを敢えて無視して、言葉を続けるマーラ。


「幸い頑丈な治験体が手に入ってね……

 その遺伝形質を継いでいれば、急激な魔力の増減にも十分耐えられるはずよ」


 冷徹な研究者の口調で自らの研究成果を語るマーラ――

 瞳に宿る冷たい光が調整槽の中のガリウスに向けられる……

 実の姉の浮かべた能面のような微笑を見遣り、

 まるで別の何か(、、、、)に取って替わられたもの(、、)を見るような目つきで睨むサーラ。


「…………あなたは――」


「そんなに怖い顔しないでよ。彼との仲を祝福してあげてるんじゃないの」


「…………なんて……ことを……………」


 サーラは、人工羊水の中で揺蕩う胎児をじっと見つめ、

 せめてその微睡(まどろみ)が悪夢に彩られることのないように、

 密かにある決意を固めるのであった…………




 爆発の衝撃波が全身を叩く――

 燃え盛る炎がチリチリと肌を焼き焦がす――

 全身血まみれで、炎に焼かれながらも操作盤(コンソールパネル)を操り続けるサーラ。


「やめろっ ここを開けろ――っ!!  開けるんだ、サーラ!!! 」


 ぶ厚い硝子の壁に隔てられた向こう側、

 血塗れの拳で硝子を殴り続けるガリウス――彼の怪力を以ってしてもびくともしない。


「駄目よ……ガリウス……分かって…………これしかないの…………」


 やがて……ガリウス達の周囲を虹色の光が取り囲んだ。

 虹色の光は部屋いっぱいに広がり、それと同時に輪郭がぼやけ始めた。


「サーラ―っ!?」


 声を限りに絶叫するガリウス――

 もう、痛みすら感じていないのだろう……炎に包まれなお微笑む聖女――

 殉教者の祈りにも似たサーラの思念がガリウスを包む…………


「逃げて……ガリウス…、逃げて……貴方達だけでも…………その…………………」




「――おい……っ……大丈夫か……おい……っ!?」


 うっすら開けた視界の中に入ってきたのは、見知らぬ顔・顔・顔…………


「――っっ!?」


 瞬時に跳ね起きたガリウスは腰に手をやり――剣がないのに気付くと、


「ぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉ――っっ!!!」


 一目散に後ろも見ずに、駆ける…駆ける……駆ける…………

 見るものすべてが追っ手に見え、恐ろしかったのだ。

 険しい山の奥深くを、肌を傷つける下生えの草も、突き出した枝も、委細構わず、

 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて…………行き倒れた――




 ひんやりと暖かい手の感触…………


「大丈夫ですか……?」


 心配そうに声を掛けてきたのは、金髪碧眼のまだ幼さを残した娘――

 どこかサーラに似ている……

 反射的に飛び起きようとしたガリウスだったが……身体が全く動かない。


「駄目ですよ……まだ安静にしておかないと――」

 

 優しく押しとどめた娘は、ガリウスの瞳に宿る恐れと警戒の色に気付いたのか、


「大丈夫……大丈夫よ……………あなたも……あなたの――も……」


 囁くように告げた娘は、

 そっと……包むようにふんわりとガリウスを抱きしめた…………




「――どうやってこの地に運ばれてきたのか、皆目検討もつかなかったが……


 それから十二年……義父(おやじ)に認められ、ベルムを娶り、この地で暮らしてきた……」


 淡々と自らの過去を騙り続けたガリウスが、


「いつか……この日がやってくるのを恐れながら――」


 最後にやはり淡々と付け加えた。


「………………」


 悄然と肩を落とすガリウスに、ガナは敢えて声をかけなかった。

 ガリウスの語った昔話は抽象的に過ぎて、今一つはっきりとした全貌がつかめない。

 というよりはむしろ、抽象的な言葉によって何か重要な秘密を覆い隠そうとしているかのようにさえ感じる。

 ――が、実質数年間の社会経験しかないガナに、ガリウスの複雑な心情を読み取ることなど、どだい無理な話であった。

 彼の過去の経験に正直興味を感じてはいたが、それよりもっと手近に迫る疑問が頭を占めていた。

 ガリウスがいる村が襲われたのは単なる偶然なのか?

 |《機関》《アムリタ》の持つ超技術――おそらくは転移装置の類であろう――で転送されたのがここ《、、》だったことと、どういう関係があるのだろうか……

 まずありえない事と思うが……よしんば偶然だとしても、なぜ今頃これほど大掛かりな行動を起こしたのか?

 一番可能性が高いのは……自分を吊り上げる餌を探している時に、たまたまガリウスの存在が目に留まった。

 ――だから何らかの計画を行う拠点を、資源豊富なこの場所に変更したというところか…………

 そういえば――


「王都に居たと言っていたね、貴方は……。

 ボク達がいたのは、とんでもない山奥だったけど……訓練の時だけ移動してたのかい?」


 もしそうだったら――と、移動先や手段について問いただそうとしたガナであったが、


「|《機関》《アムリタ》の魔道科学に距離や時間などが問題と成り得ないことを、貴女なら知っているだろう。

 ……俺が案内されたのは、王立こども図書館の一室に過ぎなかった」


「………………そうか…………」


 腕組みをして考え込むガナ。

 その様子をしばらくじっと見ていたガリウスは、半ば独り言のように声を掛ける


「あの女は――マーラは、まだ続けていたのだな…………」


 その言葉に視線を上げたガナは、ガリウスの表情に浮かぶ濃い諦念の色を見やり、質問に質問で返した。


「結局……あのオバンとどういう関係で、どう決着をつける気なんだ――貴方は?」


「――サーラの双子の姉……俺にとってはそれだけの相手だった……」

 ガリウスは瞼を閉じて、深いため息をつくように言葉を吐き出した。


「しかし、彼女が俺に求めていたものは違っていた……それが何なのかは解らない。

 ――彼女自身にもよく分かってはいないようだった……

 サーラは――多くは語らなかったが――|《機関》《アムリタ》に連れてこられた際、催眠術のようなものを掛けられ……

 それ以来マーラの様子がおかしくなった…と言っていた。

 もしかしたら、それと何か関係があるのかもしれんが…………」


 ただ……と、瞼を見開いたガリウスが、


「それでも……、

 形は異なっていても、お互いを大事に想う感情に変わりはないと思っていたのだが…………

 愛に対する考え方すら、致命的に違っていた――」


 なにやら眼差しも熱く、握りこぶしで語りだす。

 しまった、サラと替わっておくべきだった……

 内心そんなことを考えながら、黙って話を聞くガナ。

 男女の仲……ましてや三角関係のもつれなどさっぱり解らない。

 だが、二人の過去にどのような因縁があろうと、明日に控えた戦いにさして影響があるとも考えなかった。

 だから―


「二人の仲がどうだったのかなんて、正直ボク達の知ったこっちゃない――

 けれどボクの知っている三年前までのマーラは、とても正気と呼べる状態ではなかった」

 ガナの顔から一切の表情が抜け落ちる。


「貴方にもわかっているはずだ…………これ以上あの女を野放しにしておくと、際限なく犠牲者が増え続けるぞ」


「……………………」


 冷ややかなガナの言葉に、天を仰いだガリウスは……返す言葉を持たなかった。


「アイツに相応しい場所に、ボクが送ってやるよ――」


 ガナは乾ききった空虚な声でそう告げると………

 ガリウスに背を向け歩き出しながら、ぽつりと付け加えた。


「地獄へね…………」

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