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トリムルティ  作者: 姫野博志
第一章  神機妙算《しんきみょうさん》
3/56

少女の決意

 戦利品の串肉を両手一杯に抱え、はぐはぐと食いつきながら、娘は街の中心部に向けてほてほてと歩を進めた。


「ど・こ・か……美味しいお店はないか~し~ら~っと♪」


 どうも独り言を言う癖があるようだ。

 きょろきょろと向ける視線のその先は、本格的な食事の店ばかりである。

 ……それだけ食ってまだ食うのかっ?


「はへっ?」


 通りを抜けて突き当たった広場に、大きな人だかりが出来ている。


「ほんはほほほへ、はんはほはひは?」


 ――こんなところで何なのかしら?と言っているようだ。

 好奇心旺盛な娘は、野次馬達の後ろで焼き串にかぶりついたまま、ぴょんこぴょんこ跳ねていたのだが……やたらとごっつい男ばかりが群がっているため、前で何が起こっているのかさっぱり解らない。

 む~~~~ん…………

 男達の背中を恨めしげに睨んでいた娘は、くわえていた肉片を一気に飲み下すと、鳥のさえずりに似た高音・高速の言葉コードを奏でる。

 通常の数倍の速さで魔導呪文を唱えることのできる圧縮変換言語(コンパイルコード)のようだが、それにしても異常に速い。


過程算術式(プログラム)

 “転翔ジャンプ

     着手ビギン

       大気に満ちる真言(マナ)よ、

       汝とともに我を誘え、

       座標軸X=壱.零伍……

          Y=参.六伍……

          Z=零.零零……

       彼の約束の王国(プロミスランド)へ―

     変換(コンパイル)

   ~情報連結(リンク)

 ~起動(ラン)


 一瞬にも満たない間に、娘の姿は銀色の風をまいて消え失せ、次の瞬間には物見高い野次馬達の最前列へ忽然と現れた。

 ――うわっっ!!?


 突然目の前に現れた人間に驚いて、最前列の男達がひっくり返り、それに押されて次々と将棋倒しが拡がっていく。

 騒然とする広場の中央には、なんだか意味不明の大きな記念碑(モニュメント)が建っていた。

 そのすぐ前に、看板プラカードを持った小柄な少女がちょこんと座り込んでいる。

 どうやら人だかりの原因となっていたのは、この少女のようだった。


「~~~ち、宙から現れた……?」


 地べたに直接正座していた少女は、突然沸いて出た黒髪の娘を見上げて呆然と呟いた。


「……す、すごい。

 この人、転移術を使った――間違いない! 最高位の魔導師だわ」


「え~、なになに…………」


 当の黒髪の娘はというと、周囲にもたらした被害に頓着する様子も見せずに、看板プラカードに書かれた文字を読んでいく。


「求む!魔導師!! 私の村セロンを救ってください。

 ――なお、報酬として……」


 娘は看板プラカードから思わず目を離し、足元に座り込んだ少女を凝視した。

 二人の視線が一刻いっときの間絡み合う。


「私――サティを差し上げます」


 娘は……少女の緑色の瞳に宿る真摯な光を確かめるかのように、じっと瞳をそらさないまま、最後まで読み上げた。


「あ、あの……」


 サティが意を決して口を開いたその瞬間とき


「お嬢さん、ちょぉっといいかなぁ……?」


 いかにも魔導士然とした格好のにやけたおかっぱ頭の中年男が、黒髪の娘を押しのけるようにして声を掛けてきた。


「報酬が君―ということは………(ニマッ)、そう(、、)いうことなのかな?」


 ……下心丸出しである


「………セロンが無事開放されれば、村長むらおさを通じて命がけの仕事に見合った代価を支払うことが出来ると思います。

 ――だけど、今の私が報酬の前金として約束出来るのは、この身ひとつだけです」


 中年男を始めとする野次馬達(大多数がむさい男どもである)の好色な視線に怯むこともなく、毅然としてサティが応える。


「――だから、売り飛ばそうと……玩ぼうと好きにしてください」


「ぉおおぉっっ……!!」


 どよめき、沸き返る男ども。

 多少赤みがかった栗色の髪を短めに揃えているため、小柄な体躯の男の子に見えるが、丸みを帯びた身体の線は十二、三歳にはなっているだろう。

 未成熟な肢体ながらも、端麗な顔立ちは豊かな将来性を感じさせる。

 ただ……山稜地帯で割とよく見かける丈夫で動き易い短衣チュニックを身に纏っているようだが、あちこちほつれて泥や草の汚れがこびりついている。

 全体的に疲労の色が濃く、強行軍の長旅を窺わせるいでたちだ。

 しかし、それを差し引いても余りある、凛とした表情を目の当たりにすると、男どものどよめきも充分に納得がいくところであろう。

 一方……次第に興奮していく男どもを氷点下の視線で見やり、黒髪の娘は串焼き肉を頬張りながら内心でため息をつく。

 ……残念ですわぁ。面白そうな依頼なんですけどぉ…美少年だったらねぇ…………

 ――男どもと比べて、考えていることにたいした違いはないような気もするが……?――


「……で、村を助けるとは、具体的には何をすればいいのかな?」


 中年おかっぱ魔導士が身を乗り出す。心持ち身をけ反らせながらサティが答える。


「セロンは現在いま――ある魔導師に占領されています。

 その魔道師は数十匹の合成獣(キメラ)とかいう化物を操り、突然襲い掛かってきました。

 連中はまず五十数人を打ち倒し、村はずれの洞窟に連れ込みました。

 そして、集会所に立て籠もって抵抗する村人達を包囲し、生贄を出し続けるよう要求しています……

 私の依頼内容は、そいつらを退治して、拉致された村人達を救い出すことです」


「う~ん…………。それはちょっと……、一人じゃとても無理だなぁ」


「……かといって、複数プレイになるのはいやだなぁ……」


「いや、それはそれでやり方によっては趣の深いものに……」


合成獣キメラ』と言う言葉に反応し、表情を改める黒髪の娘……怪しげな妄想にふけ言い争う(バカな)男どもに生温かい視線を送りながら、ふと思いついたように問いかける。


「ねぇサティさん……」


「はいっ?」


「その(たぐい)の依頼なら、王国軍に頼めば無料ロハでしてくれますわ。

 この街にだって一個中隊くらい駐留しているでしょうに……

 なんでわざわざこんなことをしているんですの?」


「そ、それは…………」


 余計なことを言いやがって――というような目付きで男どもが一斉に娘を睨んだ。

 サティは一瞬躊躇し、伏し目がちに返答する。


「魔導師の名前を言ったら……断られたんです……」


「――はいっ……?」


 『王国軍』とは書いて字の如く『王国が組織した軍隊』のことであり、地方の治安維持を目的として各地に一定数の部隊が駐留している。

 つまり、今回のような事態に出動して、賊を平らげことが仕事のはずなのだ。

 ……それが、出動拒否? 責任放棄も甚だしい。

 捜し求めている宿敵れんちゅうか――と、束の間の期待を抱いた娘ではあったが……あの宿敵れんちゅうが王国軍の駐留部隊ごときに、忌み名を知られるような目立った騒動をおこすことなどこれまで全くないことであった。

 かといって、『合成獣キメラ』を実戦配置している集団が他に存在しているとも考え難い。

 本当に宿敵(れんちゅう)が背後にいて、王国軍に圧力を掛けているのだとしたら、いよいよ…………

 ――そんな内心の葛藤を隠すかのように……娘は串焼き肉を口元に運び、サティの告発を待つ。


「……その悪魔のような女魔導師の名は――」


 意を決したように顔を上げ、サティが告げた名前は…………


「アーシュラ・アムリタ――!! 」


「ぅぐきっ!?」


「「っおおぅ――っっ!!!」」


 くわえていた竹串を思わず噛み砕く娘。妄想に耽っていた野次馬達は、天国から地獄に突き落とされた。


「アーシュラって――あの地獄の鬼ババ……?」


「あいつの呪いを受けてクル王国では死病が蔓延し、カーマ王国は魔導実験の末、跡形もなく消し飛んだとか……」


「ヴェダ王国じゃあ国中の女を生贄に差し出させて、絞った生き血で朝シャンしてるっていうぞ」


「いや、俺が聞いた噂では、無類の男好きで一晩たって用済みになった男のモノ(、、、、)を引っこ抜いて落とし卵(ポーチドエッグ)にして食ってるって――」


 恐怖に慄く男達が好き勝手な噂で盛り上がっている横で、黒髪の娘は笑顔のまま無言で肩を震わせていた。

 噛み折った串と一緒にバキバキと肉片を咀嚼している。

 ――と、突然――――


「お、お嬢さん――」


「は、はいっ……?」


 くわっと目を見開いた中年おかっぱ魔導士が、


「わしと一緒に逃げましょう―っ!!」


 ひざまずきながらサティの両手を握り締め、ぬけぬけとほざいた。

 その時――ふと…男の頭に影が差した。何気なくサティが見上げると、そこには高々と振り上げられた娘の踵があった。

 凄まじい速度で振り下ろされた踵が、中年男の頭頂部に食い込む。


「ぐぎゃんっ!」


「見っ苦しい中年が、チョイ役の分際で必要以上に目立つんじゃありません!!」

 地面にひれ伏した中年おかっぱ男の頭を、全体重を乗せて地面にぐりっぐりっと捻りこみながら、


「あなたの依頼は、このわたくし――ラクシュミーが引き受けます」

 きっぱりと娘が宣言する。


「よろしいですわね――」


 サティの位置からは逆光になるため、ラクシュミーの表情は判然としない。

 しかし、吹き上がる怒りのオーラのあまりの凄まじさに圧倒され、こくこくと言葉もなく頷いたのであった。


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