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トリムルティ  作者: 姫野博志
第三章  楽天知命《らくてんちめい》
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回想――覚醒

「ホ~~ホッホッホッホッホッホッ………………………♡」


 黄泉の眠りを貪る死者さえ飛び起きてきそうな、脳髄まで響く奇矯な笑い声が、巨大な三つの月輝石(ムゥナストン)の柱を震わせる。

 ……いや、正三角に位置する月輝石(フラグメント)の柱が共鳴するように振動しているのは、どうやら妖女の笑い声ばかりに反応している訳ではないようだ。

 可聴領域に届かない低周波の振動が、徐々に唸りを増していく。

 一際巨大な月輝石(フラグメント)から虹色の光が迸り、茨の枝のごとき荷電粒子(プラズマ)が空間を乱舞する。

 踊り狂う荷電粒子(プラズマ)は、その触手を伸ばして残る二つの月輝石(フラグメント)を絡め捕った。

 虹色の荷電粒子(プラズマ)に無理矢理結ばれた月輝石(ムゥナストン)三角形(トライアングル)は、一種の増幅回路であった。

 その内空間(インナースペース)で莫大なエネルギーを循環させることによって、総エネルギー量を無限大に増加させていく。

 無限の(パワー)が駆け巡る三角形(トライアングル)の頂点のひとつ―一際巨大な月輝石(ムゥナストン)から放たれる光が(みどり)に、残る二つもそれぞれ蒼・紅へと変化していき、それと同時に月輝石(ムゥナストン)本体の輪郭が徐々にぶれ始めた。

 まるで分身したかのようにぶれて見える翠・蒼・紅の月輝石(ムゥナストン)……

 三つの残影が、三角形(トライアングル)の中心点で交叉しようとしたその瞬間、

 妖女が叫んだ――

 「臨界点を超えるわよ――っ!!」


 ――刹那、爆発的な光の奔流が周囲を包み、視界が真っ白に染まる…………


 やがて…………光が収斂し、一時的に失われていた視界が戻ってくる。


 ――と、二つの月輝石(ムゥナストン)の中に封じ込まれていた人影が消え……

 巨大な月輝石(ムゥナストン)の中に――

 異形の化物(けもの)が存在しているのが見て取れた。


「…………おお―っ!?」


 妖女と研究員達の間に歓声がもれる。

 時空間を歪ませ、他次元への干渉をも可能とするほどの巨大なエネルギーが、ごく短時間に無尽蔵に注ぎ込まれた。

 その結果、三つの異なる位相空間を同一次元内に無理矢理固定する《複合次元融合》の実験が見事成就したのだ。


「大成功だわ♡」


 銀色に輝く実験衣装(ナノスーツ)に全身を覆われ、身体の輪郭(ボディライン)を露わにした妖女は、狂喜……というよりも狂気に満ちた表情で、素早く制御卓(コンソール)を操作した。

 透明固体材(ポリカーボネートガラス)の調整槽が天上からせり下りてきて、巨大な月輝石(ムゥナストン)の円錐柱をすっぽり覆い、そのまま床と一体化する。

 再び制御卓(コンソール)上で指を躍らせる妖女。

 今度は、短い光とともに月輝石(ムゥナストン)がその結合を解き、一瞬で液体に変わった。


「後は、どれだけアレ(・・)の力を引き出せるか次第ではあるけど……

 これでなんとか……還るための目算が立てられるところまできたわね――」


 妖女は調整槽に近づくと、愛おしそうに頬ずりをし、嬰児(みどりご)を慈しむような視線を送る。

 揺蕩(たゆた)う液体の中、ゆっくりと漂う一体の化物(けもの)。その指先がピクリと動く……


 夢なのだろうか……


 射干玉(ぬばたま)の闇の中から、うじゃうじゃと沸きでてくるぬらりとした黒い手、手、手……

 身体中の穴という穴から侵入し、

 突き刺しては引き抜き、引き千切ってはこねくり回し、細胞の隅から隅まで、

 素粒子の一欠けらすら見逃すことなく、弄び陵辱を繰り返す。

 どこまで逃げても……

 どれほど助けを呼んでも……

 永劫の業苦と孤独とが魂をも蝕み、精神の最奥部まで苛まれ続ける最悪の悪夢……


 と、粘っこい闇の世界に一筋の亀裂が入り、ゆらゆらと揺れる視界が広がってくる。

 けばけばしい極彩色の平べったい深海魚が浮かんでいる……


 ――いや、違う――

 ……確か、アレは……マーラ……?

 研究所の女所長――


 奇妙奇天烈な声で、ボク達に組織への従属と忠誠を骨の髄まで叩き込んだ偏執狂……

 ……おかしいな…………こんなこと今まで一度も考えたことなかったのに……


 ……彼女(オリジナル)と融合したからじゃないんですの……? 

 なにか……今まで感じたり、考えたりしなかったことが頭の中を回っていますわ……


 えっ? 誰……?


 ぼんやりとした意識のまま、辺りを見回してみる……

 見たこともない機械が一面の壁を埋め尽くし、目の前には空の調整槽が二つ……


 ここは……先刻(さっき)調整槽に放り込まれていた部屋ですわね。


 ……きみはあの時の…… どこ? どこにいるの……


 あら、(わたくし)はここに居ますわよ。 あなたこそ……


 そういえば、ボク……なんか変なモノを見た気がする……


 (わたくし)もですわ…………巨大な……蜥蜴みたいな?


 ……そう、竜! 御伽噺の竜と人が、ごっちゃ混ぜになってたような……


 …………あ…あんな感じ……?


 視線の向こうにいた異形の化物(けもの)――

 想像することすら不可能なほど、奇怪(グロテスク)な姿をしており、生理的な嫌悪感を覚える。

 その存在を許容することすら、本能が拒絶してしまう。


 …………待って…… あれ……、あれ…………


 ……………………鏡……………………  


 ――ボク達の中で……何かがキレた――

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