表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリムルティ  作者: 姫野博志
第三章  楽天知命《らくてんちめい》
23/56

時間よ、とまれ―奇跡の饗宴

 村の女達は、てきぱきおろおろと救護室の一角を空け、サティのために清潔なベッドを用意した。

 ――といっても、邪魔な男どもの尻を蹴っ飛ばして追い出しただけなのだが――

 ガナはぐったりとしたサティの小さな身体を、ベッドにそっと横たえる。

 弓籠手(ブレイサー)から刃を少し出すと、衣服を切り裂き上半身を顕にした。

 黙りこんだまま、深刻な目つきで傷口の状態を調べるガナ。

 出血は収まっているようだが……

 それは状態が安定してきたからではなく、失血により血液の絶対量が足りなくなっているためであろう。

 刀傷は右の肩口から入り、ささやかな右胸の先端を二つに断ち割り、鳩尾の方に抜けていっている。

 傷口周辺の血を慎重な手つきでふき取りながら、顔を近づけて覗き込むガナ。

 ちょうどその時、脇腹を押さえて身体を引きずるように歩くガリウスが、人波を割って部屋に顔を出した。


「……サティは―?」


 ガナの後ろで今にも泣き出しそうな表情で娘を見つめる妻ベルムに、落ち着いた口調で声をかける。

 それに応えた訳でもないのだろうが……診断を終えたガナが、心底忌々しげな口調で、


「……肋骨を切断して内蔵にまで達している――今生きている方が不思議なくらいだ。

 …………畜生、このままじゃどうやっても助からねぇ……」


 そう吐いて捨てると――


「ほんのちょっとの間でいい。これ以上出血しないように押さえておいてくれ――」


 肩越しにベルムに声をかけた。


「……は、はい―」

 ガナの放り出した布を慌てて受け取るベルム。

 胡坐を掻いてどっかと座り込んだガナは、静かに目を閉じると――


 …………く~~~~~~~~~~~~


 一瞬で眠りについた。


「なっ、なんだ――!?」


 絶妙の間合い(タイミング)で鳴り響いたガナの寝息に、村人一同――ガリウスまで巻き込んでずっこける。


「――どういうつもりだ? この娘は……」

 息巻いて詰め寄ろうとする村人に対して、


「……いや、待て……視ろ(、、)っ!!」


 傷口を押さえて体勢を整えたガリウスが、制止の声をかける。

 漆黒の髪が、まるで風を纏ったかのようにふわりとなびき、透明感溢れる紅玉(ルビー)色の霊気(アウラー)に包まれる。


「若長……何を見る(、、)んで……? 寝ているようにしか見えませんが……」


「お前達には…………視えん(、、、)のか……?」


 村人たちの反応を確かめようと、周囲を見回すガリウス。

 しかし、皆きょとんとしており、理解の色を示すものはいない。

 この不思議な現象は、誰の目にも映っていないようだった。


 その時――

 爆発的な霊気(アウラー)の放射を、今度は全員が感じた。


 通常、ガナとサラ――二人が交代(チェンジ)する際は、時間をかけて、魔力の放出を最小限に抑えながら、周囲に影響を与えないよう注意を払っている。

 しかし、今回はよほど焦っていたのだろう。

 ガナを中心に紅い煌めきが渦を巻き、部屋中に拡散していく。

 室内を乱舞する光は、やがて紅から蒼へと変わり、極光(オーロラ)のような色彩の変化(グラデーション)が幻想的な光景を生み出した。

 サラの圧倒的な魔力の高まりが、通常霊気(アウラー)を視ることのできない人々にも魅せた奇跡の饗宴――

 誰もが心奪われ魅入られていた次の瞬間、唐突に光が止み、宴は終演を迎えた。

 ぱちりと目を開け、一切の予備動作も見せず立ち上がるサラ。

 彼女にしては珍しく緊迫した早口で告げる。


「皆さん、少し離れて! しばらく……静かにしていてください――」


 ベルムも下がらせて……大きく息をして精神を統一したサラは、連続して二つの呪文を唱える。



  「過程算術式(プログラム)

      “治癒(ヒーリング)

          着手(ビギン)

             虚空(アーカーシャ)に満ちし(マナ)よ、

             蘇摩(ソーマとなりて

             我が元へ集い、

             汝が子羊に、

             癒しを導け…………

      “再生(リカバー)

          着手(ビギン)

             我が身に宿る根源、

             運命の石(リア・ファル)よ、

             我が意のままに、

             汝が子羊に、

             新たなる道を示せ…………

          変換(コンパイル)

      ~情報連結(リ ン ク)

     ~起動(ラン)



 頭上に広げた両手の掌を、大きく円を描く様にゆっくりと下ろし、サティの胸の上で、水をすくう様な形に構える――

 そこには…金剛石の煌めきのように透き通った光が沸いて出て、やがて溢れんばかりに溜まっていった。

 サラはサティの傷口に手をかざし、眩い光を塗り広げるかのように動かす。

 村人達が固唾を呑んで見守る中……重複起動した魔術を維持したまま、細かく微調整を続けるサラ。

 額にはみるみる玉の汗が浮かんできた。

 煌めく光に覆われていた傷口が、徐々に縮小していく。

 癒しの魔術で体内の損傷を繋げながら、表層の傷口をも塞いでいっているのだ。

 また同時に再生の魔術で、治癒後変形した細胞を、一つ一つ元の正常な姿に修復する。

 思春期の女の子の胸に傷跡など残すことのないように――


「う…………ん…………」


 死人同然の顔色だったサティに、血色が戻ってくる。

 代謝を加速させ造血作用を促進し、それにより消費する体力もサラが補完しているのだ。


「……大丈夫、助かりますわ――」


 サティの胸に手を当てたまま、サラがほうっとため息混じりに呟く。


「おおっ――!!」


 村人達の間に安堵の空気が広がり、表情にも喜色が満ちた。女達は手をとり喜びあい、男どもはガリウスに次々と祝福の声をかける。

 そんな中ガリウスは……一人曖昧な表情を浮かべ、治癒を続けるサラの後姿を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ