強行潜入作戦
第2章終幕です。まだしばらくお付き合いください。
「しえ~~~ ここを潜っていくのかい」
二人の足元に広がる深い裂け目は、底も見えないほど暗くどこまでも続いている。
サティによると、二十米ほど降りた所で山側に続く横穴があり、その後は緩いつづら折り状に村まで下っているそうだ。
だが、ほとんど垂直に続く穴には、ろくすっぽ手がかりもないように見える。
「大丈夫ですよ。両側に手足を突っ張って下りれば、滑ることもまずないですし……」
そう言って、さっさと穴の中に入り込むサティ。
「……おい、おい…………本当に大丈夫なんだろうね?」
穴の淵から覗き込んでいたガナも、仕方なくサティの後に続く。
やっぱり底は見えないが、裂け目の幅は確かに大したことはない。
サティの言うとおり、横穴までこの幅が続くようなら問題はないだろう。
細心の注意を払いながら、岩を伝い足場を探しながら、常闇の深淵へ降りていく二人。
闇の中での無言の行軍に飽いたガナが、「暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ」と定番の諧謔を飛ばし、きゃいきゃい騒ぎながら、手足を動かし続ける。
と、下から――
「もう……すぐです、ガナさん―」
黙って真面目に降りていたサティの呼ぶ声がし、足元が徐々に明るくなってきた。
ガナは、サティの入り込んだ横穴をいったん通り過ぎた後、頭を先にして潜りこんだ。
そこは、横穴といっても途轍もなく狭隘な空間だった。中腰どころか四つん這いで歩くことすら少々厳しい。
ただこれまでの縦穴と違うのは、周りがほのかに明滅を繰り返していることだった。
赤や青、黄色、橙、緑……色とりどりに光るさまは、御伽噺で聞いた幻想世界の夜の都市のようだ。
一足先に潜り込んでいたサティが、周囲を見回しながら不思議そうにため息をつく。
「いつも暗闇に目が慣れると、薄ぼんやり光ってように見えるんですけど……
こんなにはっきりと――明るく綺麗に輝いているのは初めて……」
サティの呟きを耳にしたガナは、前後左右を注意深く観察しながら、手元に転がっていた岩のかけらを拾ってみる。
ガナの手の中で明滅を繰り返す石っころ――
高純度の月輝石が大量にあるため、ガナの莫大な魔力に反応して加工もしてないのに光っているのだ。
良質な採掘場とは聞いていたけれど……予想よりはるかに純度が高いようだ。
しかし、未加工の月輝石がただ一人の魔力に反応して、これほどの光量を放つことなど――
いくら強力な魔法の持ち主とはいえ、通常の人の身に可能なことではない……
幻想的な光景に気を取られているサティは、幸いその異常さに気付いていない。
サラなら差し障りの無い説明が出来るのだろうが…自分からは迂闊なことを言わない方が良さそうだ。
聡明な彼女が疑問に感じないうちに、ここはさっさと進むべきだろう。
そう考えたガナは、とりあえず話題を転換する。
「ところで……サティが言ってた横道って、これがこのままずっと下まで続くのかい?
ボクが行くには、ちょっと窮屈すぎる気がするんだけど……?」
両手を広げて横道の幅を訴えるガナに向かって、サティは自信満々で断言した。
「ガナさんなら大丈夫――細身だから、きっと通れる(と思う)わ」
昨夜の『ブタ』発言をきれいさっぱり無かったことにして、きっぱり太鼓判を押すと――
もちろん内心は違っているようだが……土竜顔負けの速度でさっさと進んでいく。
「……やっぱ、吹っ飛ばした方が早いんじゃねーかなぁ」
ガナは……ぶちぶちぼやきながらも、しぶしぶサティの後をハイハイして追いかけた。
――さて、それから何百米進んだだろうか……
急な傾斜部分では何とか向きを変えて足から降り、それ以外の大部分では匍匐前進し続けたガナであったが……
「う~~~~、胸がひしゃげる……」
あっちで閊え、こっちで悶え――とうとう二進も三進もいかなくなってきた。
「大丈夫? ガナさん……?」
窮屈な隙間も軽々と通り抜けてきたサティが、心配げに訊ねる。
岩の出っ張りを無理矢理もぎ取って、息も絶え絶えに脱出したガナは――
「これ以上はいくらなんでも無理だよ。
ボク《、、》のサイズじゃあ、胸も腰もつかえて通り抜けられないよ……」
羨ましげな目つきでサティを見遣り、意味ありげな口調で弱音を吐いた。
「…………どうせ……ガナさんに比べたら、寸胴でぺったんこですよ~~だ」
ガナの視線と言葉の意味するところを正確に読み取って……いじけたサティが膨れっ面をしてみせる。
しかし、確かにこれ以上は難しいな……とサティも感じていたので、しばし眉を顰めて考え込む。
……そして、ひとつの妥協案を提示した。
「ちょっと戻ったところで枝穴があったでしょ……。
あそこを右に行ったら、村の避難坑に続いているんです。
あちら側でしたら、このままこの先を進むよりは距離も短くて済みますし、ちょっとですけど穴も広くなっています」
胡坐をかいて座り込んでいたガナは、腕組みをして考え込んでいたが……根本的な矛盾に気がついた。
「……でも、避難口って、確か塞がってしまったんじゃなかったかい?」
「ええ……。
でもいったん坑道に出てしまえば、この抜け道にもう一度入り込むことが出来る穴があるんです。
そこからなら、集会所裏の抜け道まで、もう本当にすぐですから……」
熱心に主張するサティを半眼で見やり、折角抜けた難所をまた戻らにゃならんのかとげんなりしたガナだが、ここでぐずぐずしている余裕はない。
「おっしゃあ――こうなりゃ、さくさく行って、とっとと抜け出すぞ
おらおら、さっさと案内しな―っ!!」
半ばやけっぱちになり、両手で膝頭をひとつ叩くと、気合を入れて立ち上がり―
ごん――っ!!
盛大に、頭を天井にぶっつけた。
「~~~~~~~~~~~~~~~」
声も出せずに頭を抱えて蹲るガナ。
その背中にぴたりと身体を密着させて、入れ替わるように通り抜けたサティ……
こみ上げる笑いを押し殺して言った。
「あとちょっとだから……頑張りましょ、ガナさん」
「……あ、ああ……」
ほんのり上気したガナはどこか上の空で応えると、先導するサティの後を追ってのろのろと這い進んだ。
どうやら、見た目よりはるかに柔らかいサティの感触を背中に感じて、打撲の痛みもどこかにすっ飛んでしまったようだ。
それから半刻――
「………こ、腰が……抜けない……」
「頑張って! そこを抜けたら、もう出口ですから―」
二人は坑道まであと僅かという地点にまで到達していた。
もちろん、ここに到るまでの間には、悲喜交々の出来事があったのだが………………
「……も~お、嫌だ…………」
一際狭かった難所を半ば掘り拡げるようにして進んでいたガナは、全身土埃にまみれてうつ伏せにへたり込んでいた。
穴を拡げる作業自体は大した労苦でもないのだが、落盤など引き起こさぬよう、力加減を調節するのに細心の注意を払わなければならなかったからである。
坑道を目前にして、あと少しで最大の難関を通り抜けることができる……という焦りが生まれたのか――
それとも……つい魔がさしたのか――
「……なにか掘る道具を探してきます」
サティは肩越しにガナへ言葉を投げながら、ほとんど無警戒に坑道へ這い出した。
「あっ おいっ! 一人で出るな。待てっ――!」
慌ててサティに向けて制止の声をかけるガナ。しかし――
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ―!!」
「サティ――っ!?」
魂消る叫び声に即座に反応し、ガナは爆発的な瞬発力を発揮する――
邪魔な岩を一発でぶち砕くと、坑道へ向けて飛び出した。
「村ニ近ヅク者ニハ、死ヲ――」
倒れこんだサティの目前に立つのは、血に濡れた剣を手にした一匹の合成獣――
筋骨隆々とした身体は黒々としたうろこ状の皮膚で覆われている。
頭部にあたる部分には巨大な眼が乗っかっており、先のとがった両耳と一房の髪だけが本来あるべき位置にくっついていた。
「くっ……」
洞壁を背に血まみれの身体を起こしたサティは、気丈にも左手で短剣を構えて合成獣を睨み据える。
邪を退ける効果など期待してはいないが、他に武器も無い。
咄嗟にかわしたものの、合成獣の剣はかなりの深手をサティに負わせているようだ。
右の肩口から胸元にかけて真っ赤に染まっていた。
「死ネ―――」
とどめの一撃を振るうべく剣を振り被ったその瞬間――合成獣とサティの間に、疾風のごとく割り込んだ紅い影。
「破っ――!!!」
裂帛の気合とともに抜刀するガナ。
刹那――銀光を残して疾った超速の刃が、合成獣を真っ二つに斬断する。
合成獣は何が起きたのかも認識できないまま、盛大な血しぶきを上げて左右に分かれ倒れていった。
切り捨てた合成獣に一瞥もくれず、手にした剣を地面に突き刺すガナ――
即座に弓籠手を起動すると、坑道の奥に向けて光の矢を放った。
ギイイイイイイィィィィィ――――ッッッッ
坑道におぞましく反響する断末魔の叫び。
監視用の目玉獣も潜んでいたようだ。
その声を合図にしたかのように、握り締めていた短剣を取り落とすサティ。
精一杯張り詰めていた気力が尽き、壁にもたれたままずるずると地面に崩れ落ちる。
「……す…ごい……ガナさん…………」
サティは目の前に突き立つガナの剣に目を移す。
あの合成獣を両断してのけた剣は、自分の背丈ほどもある長大な大剣であった。
透き通った銀光を放ち、目の前に存在しているにも拘らず、どこか非現実的に輝いている。
小剣用の短い鞘のどこに、あの長大な刀身が収納されていたのだろうか――
サティの目には、鞘から解き放たれた瞬間――
小剣の刀身本体が銀光に包まれ、鞘走りするにつれて、一回り太い大剣の刀身が創造されながら長く伸びていったかのように見えた。
もちろん、失血のためにかすむ目が見せた、幻だったのかもしれないが……
「サティ――!? 」
ガナは血相を変え、サティを抱き起こした。
「サティ!? おいっ、しっかりしろ――!! 」
衣服に滲みこんだ血が、ぐっしょりと重い。
たとえ傷そのものが致命的でなかったとしても、このままでは確実に失血死に至るだろう。
「………ガナさん……、村を……お願い…………」
半ば譫言のように呟くサティ。
こんな時にまで村を案じている……己の苦痛など構いもせずに――
「サティ――――っ!!!」
――悲鳴にも似たガナの叫び声が、坑道に虚しく谺する。




