旅装の魔道士
「フム――なかなか賑やかな街ですわね……」
お昼にはまだ早い時間帯。イルミナの街は、道往く人々で溢れていた。
アロォーンの大地のほぼ中央に位置するノスタルギアル王国――その北方国境に面するイルミナの街は、隣接する三国間を結ぶ交易の要所として四衢八街の賑わいを呈し、また良質な湯の出る温泉街としても知られていた。
「ここなら、何か手がかりくらい掴めそうですわ」
足早に行き交う人々とは対照的に、のんびり歩む娘。
十七、八歳だろうか。
動き易い短衣に旅装を帯び、腰には少し変わった形の小剣を佩いている。
通常の倍近い長さの鍔を、平たくした漏斗のような鯉口で受けているのだが……何の意味があるのだろう。
「……もっとも、目的地はまだまだ先の方みたいですけど……」
ふいに思いついたように左手を持ち上げた娘は、肘から指先までを覆う籠手に視線を落とす。
黒い光沢の変化を放つ不思議な素材で出来た籠手の甲の部分には、十二個のきらびやかな宝石に縁取られた羅針盤の様な物が埋め込まれていた。
「北西に大きな魔力のうねりが感じられますわ……
でも、はっきり出ませんわねぇ……
何か障害となるようなモノがあるのかしら……?」
娘は目にかかった髪を右手でしなやかにかきあげながら、秀麗な山々の方を仰ぎ見た。
漆黒の髪は腰まで届き、そよぐ風に吹かれてさらさらと揺れている。
澄み切った夜空のような黒瞳には、長く黒い睫毛が影をさし、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
視線を戻し、盤面を指先でそっとなぞるように触れる。
軽く眉を寄せ、顔を上げると、大通りを凝視したまま呟いた。
「近いわ……魔道反応。
……人間じゃないですわね……魔道生物――?
……でも……魔導値弐拾弐……大した力はなさそうですねぇ……」
夢幻世界でも覗き込んでいるかのような謎めいた視線を周囲に彷徨わせた娘は、ふと…お腹に手をやった。
ぐぎゅるるるるぅぅぅぅぅ…………
――台無しである……
炭火の上で煙を上げる羊肉の芳ばしい香り、ふんわりと甘くやわらかい果物の香り、むせるような強い香りは珈琲とかいう南国の飲み物だろうか……
行商人や渡り戦士を目当てに、多くの露天が街の大通りを挟んで立ち並び、お食事前の淑女にとって実に刺激的な香りが漂ってくる。
「朝が早かったですもんねぇ、お腹すきましたわぁ……」
そう呟きながら、ふらふらと露天の串焼き屋に吸い寄せられていく娘。
「よっ!そこの可愛いお姉ちゃん! どうだい一本……安くしとくよぉ」
さっそく目をつけた露天のオヤジが両手一杯に串肉を持ち、見せつけるようにして声をかけてくる。
「ん~~~~。お昼前ですしぃ……これ以上体重増えると怒られちゃいますぅ~」
「なに言ってんだい―ウチの肉食って、爆乳ボインボインになった方が、彼氏は喜ぶんだぜぃ……間違いねえ 」
娘の言葉から早合点したのだろうが、ずいぶん時代遅れの宣伝文句だ。
しかもお下品な身振りつきのため、タレが飛び散りまくる。
「彼氏~? そんなのいませんけどぉ~」
降りかかるタレを器用に避けながら、上の空で娘が応える。
どうにも踏ん切りがつかないようだ。
「お床で見せる相手がいないってんなら、気にするこたねぇだろう。がんがん食いねぇ」
「……私に怒られるんですの」
「はぁっ?」
今時の若い姉ちゃんはよく分かんねぇなあ…とこぼすオヤジ――
その手許に目線を固定したまま、娘は指をくわえて呟いた。
「羊のお肉はぁ……太りにくいんですよねぇ…………」
「ウチのやつは、特にヘルスィーだぜ。特上の草を食わせて、たっぷり運動させた子羊を使ってっからよぉ」
ここが攻め時とばかりに捲し立てるオヤジが、
「ウチの店のなら十本食ったって、よその店の一本分くらいしか太らねぇぜ」
思いっきり墓穴を掘った―
「……ふ~ん……。つまり、よそのお店の十分の一くらいしか、脂がのってないってことですよね?」
「あっ……いや、お嬢ちゃん―そ、それは違うぜ…………」
「脂ののりが十分の一なら、お値段も十分の一でいいですわねぇ」
「いや、ウチのはヘルスィーなだけで……、痩せてパサパサだとか……味が落ちるなんてことは…………」
すっかり調子を乱され、あらぬことを口走るオヤジを見やり、にっこりと天使の笑みを浮かべた娘は……止めをさした。
「お安くしてくれるのでしょう~?」