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トリムルティ  作者: 姫野博志
第二章  傾蓋知己《けいがいちき》
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天然要害セロン

 それからしばらくの間、ひたすら急斜面を登っていた二人の前で、不意に木々が途切れ少し開けた平坦地が出現した。

 いつの間に斜面を登りきったのか――

 崖の上に立った二人の眼下には、遥か向こうまで連なる険峻な山肌と稜線とが広がっていた。


「あそこが……セロンです―」


 端の方まで移動したサティが、ほぼ真下を指差している。

 目も眩むほど下方に、数百戸ほどの小さな集落のある小盆地が一望できる。

 標高差は、五百(メルトレ)は越えていそうだ。

 そこは山岳地に続く急峻な斜面の渓谷地にあり、四方はほぼすべて断崖絶壁に囲まれている。

 集落から伸びる唯一の道は、原生林の合間を縫うように数(キラ)(メルトレ)南方に伸びた後、街道に合流していた。

 ……といっても、先程まで歩いてきた獣道に毛が生えた程度の道であるが。


「はぁ~~。またなんだってこんな山奥に村なんか造ったんだよ……?」


 崖の突端に片足立ちし、無造作に乗り出して村を覗き込んでいたガナが、独り言のようにぼやく。


「この辺りは、純度の高い月輝石の産地として有名なので、昔から近隣諸国間でよく紛争の種になっていたんです」

 

 ガナさん落ちます~と青ざめていたサティは……

 抱きつくように彼女の腕を引き寄せると、一族の始祖セロンにまつわる逸話を端的にまとめて説明した。

 そして――


「……その後宮廷の権力争いに巻き込まれるのを嫌った始祖様は第一王子に家督を譲り、下賜された採掘現場に過ぎなかったこのセロンの地へ、一族や領民の希望者を連れて移り住み開拓していったんだそうです」


 セロンの村の礎が、山奥深くに築かれた経緯を付け加えた。


「……ふ~ん……」


 サティの話を聞き終えたガナは、もう一度ゆっくり集落の様子を確認しながら―


「険峻で深い谷に囲まれた天然の要害……

 高純度の月輝石と希少金属(レアメタル)……

 豊富な実験用被験体と実験場所(スペース)……

 それだけでも十分魅力的なのに、おまけ(、、、)まで引っかかるかもしれないってんで、奴らも勝負に打って出たんだろうな……」


 口の端を上げ、皮肉めいた表情を浮かべて口の中で呟いた。

 斜め後ろにいたサティには、そんな彼女の表情は見えない。


「岩壁が(ひさし)状に張り出しているので直接は見えませんけど、このほぼ真下が村の集会所になります」


 サティはガナの視線の先を追いかけ、集会所の位置や造り、谷の出入口に作られた防御用の門のことなど、色々な情報を伝えていく。


「それからあの辺り……東側の村外れにある廃坑に、たくさんの人質が連れ込まれていきました」


 かなりの距離があるため、サティの目には坑道の大きな入口ですら、ほとんど見分けがつかないのだが、


「ほぉ~、いる、いる……悪趣味な怪物どもが……十、二十……うようよしてるなぁ――

 空からも監視しているし……見つからずに直接飛んでいくのは、こりゃ無理だな」


 額に手を当てサティの指差す方向を見ていたガナの目には、獣人の姿すら見えているようだった。


「ガナさん……解析端末(A-PAD)は使って…ませんよね……? 見えるんですか――っ?」


「この程度の距離なら楽勝だね――目ん玉野郎の睫毛に、白髪が一本混じっているのまで丸見えだぜ。 

 ……もっとも、魔術を使えば、親月(ルゥナ)の上に転がってる石っころくらいはいける(、、、)けどね」


「……………………」


 唖然として声も出ないサティ。

「う~ん……。

 解析端末(A-PAD)が使えないのが、やっぱ痛いなぁ……

 月輝石が邪魔して、下の様子がさっぱり分からねえや――

 直接視認も出来ないし、これじゃあ集会所の敷地内に転移するのも無しだなぁ……」


 腕組みをしてぶつぶつとこぼしていたガナが、


「洞窟の周囲にいるだけでも五~六十匹かぁ………

 中にいるのやら、村中に散っているのやら、全部あわせりゃ百匹はいそうだな…………」


 意味ありげに右手を動かし、東の方向を指差すと、ぼそりと呟いた。


「……めんどくせ~なぁ、廃坑ごと吹っ飛ばしたら駄目かなぁ……」


 ガナの剣呑な独り言を耳にしたサティは、


「だ、駄目ですよ!そんなこと―」


 慌ててガナの右手に飛びつき静止する。

 ―そこで、はたと我に返り、


「……ていうか、できるんですか? そんなこと……」


「なんなら今すぐサラと代わって、あの山ごと跡形もなく消し飛ばしてみせようか……?

 風通しもよくなるし、ロト河までの道も拓けるから、交通の便もよくなるぜ」


 澄ました顔で口笛なんぞ吹きながら豪語するガナ。


「それにサラなら…大喜びでにっこり笑って、一人残らず欠片も見落とさないで、念入りに吹き飛ばしてくれるよ」


「救出すべき人質ごと吹っ飛ばして、どうするんですか――っ!! 目的と手段を入れ替えないで下さい」


 無謀な提案を謹んで遠慮してみせたサティだが、内心では沸きあがる喜びを抑えきれないでいた。


 他に選択肢もなく、藁にもすがる思いで掴んだ怪しげな魔道士の手――

 性格的にはいろいろと問題がありすぎて数え切れないほどだが、誠実な女性だ。

 短い付き合いではあるが、その辺の見極めについては自信がある。

 転移術を自由に使いこなす超絶技量と、山ごと吹き飛ばすような無茶苦茶な攻撃力を相備えて、不思議な魔道具を操る剣士としての才まで持ち合わせている――そんな稀有の実力を持った魔道師など、古今東西、未だ見たことも聞いたこともない。

 王国軍専属の英才(エリート)魔道師ですら、それだけの大掛かりな魔術を使うには、数人がかりで何日も準備しなければ無理だろう――いや、それですら無理かもしれない。


 暗雲に包まれ、絶望の淵に立たされた村の運命……

 差し込んできた一筋の希望の光――


 喜びのあまり、つい気持ちの隙が生じたとして、誰もサティを責めきれないだろう。

 ――たとえ、その油断が致命的のものであったとしても……

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