合成獣包囲網を破れ
イルミナの街から街道を北上してドラシルの森を抜け、丘陵地帯を北西に一行程行くと、長大なムガル山脈が面前にその全貌を現した。
春から夏へと季節が向かっているこの時季、山々は新緑に覆われ、山頂付近の万年雪もその範囲を日一日と狭めていた。
ちなみに、緑溢れる山脈を大きく迂回して、そのまま街道を西へ三十行程程進むと、北の大国ニヴィディアとの国境へと至る。
サティの村セロンは、ここで街道からはずれ山道を半行程ほど踏み込んだ谷間にあり、半ば隠れ里めいた集落である。
日も早や傾きかけた、夕暮れ時と呼ぶにはまだ早い時間帯――
シュリー達は、村まであとわずかという地点で山道から逸れ、道なき道を掻き分けて原生林の急坂を進んでいた。
「で~~~~、何の因果でこんな所を登らにゃならんのか…………」
先頭を進み、左手の小剣で邪魔な枝葉を打ち払いながら、ガナは愚痴をこぼした。
「すみません……。合成獣の目を……逃れるには……、本道を通って……行く訳には……いかないんです……」
彼女の後ろにくっつくようにして、息も絶え絶えに登っていたサティが、申し訳なさそうに応える。
「そいつは分ってるんだけどねぇ……」
なおぶつぶつ言いながらも、歩を進めるガナ。
「ところで……ガナさん…………
先刻から……気になってたんです……けど……、それ……何です……か?」
サティはガナの手元――
正確に言うと、篭手先の甲側から伸びた小剣(五十糎米くらいの)を指して不思議そうに聞いた。
「ん~~、これ?」
ガナは邪魔な枯れ木を一刀の元に切り倒すと、小剣を掲げてサティに応えた。
「これは多節剣っていってね、ホントは格闘の苦手なサラ用の武器なんだけどさ……
ここじゃあ、ぼくの大剣は大袈裟だからね。ちょっと拝借してるんだ」
さすがに疲れたのか、それとも単に飽いただけなのか――半日近く、常に一定の歩調で前進を続けてきたガナであったが、つと足を止めて振り返る。
そしてさりげない動作で腰に挿してあった水筒を取り外すと、ひょいっとサティに向けて放り投げた。
ガナの籠手先から出ている小剣をまじまじと見つめながら、ほとんど無意識に胸の前で水筒を受け止めたサティ。
そのまま蓋を開けると、ほんの一口湿す程度に口をつける。
「多節剣? …………なんか…一定間隔で筋が入ってますよね。
それに………篭手から飛び出る剣なんて、とっても珍しいです―これまで見たことも聞いたこともありません」
「……ふん、いい観察眼をしてるね。
こいつの珍しさの真骨頂はその辺にあるんだけどさ――
ボクじゃ十分には使いこなせなくて危なっかしいから、見せてあげるわけにはいかないけどね……」
ガナは、微苦笑しながら小剣を出し入れしてみせる――サティの目には、ガナが何らかの操作をしているようには見えない。
「えっと……ガナさんが剣や格闘専門で、サラさんが魔術専門なんですよね?」
「……まあ……そうだよ」
「なのに……サラさん専用の剣で、ガナさんには使いこなせせない……と」
顔を疑問符(?)だらけにして首を傾げるサティ。
魔術制御の苦手なガナ専用の武具弓籠手は、特定の動作と魔力の両方に反応するよう作られている。
そのことを考えると、『サラ専用の武器』ということは、魔力のみで操作するようになっているということだろうか…………
色々と想像をめぐらせながら、サティは礼を言ってガナに水筒を戻す。
「……まあ、そのうちサラが使っているところを嫌でも見ることになるさ」
意味ありげな笑みを浮かべて水筒を受け取ると、ガナは再び剣を振るいながら前進を続けた。
慌てて追いかけたサティは、あれほど乱れていた自分の息が整っているのに、ふと気付き……、
ガナの後姿にそっと感謝の念を送った。




