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トリムルティ  作者: 姫野博志
第二章  傾蓋知己《けいがいちき》
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合成獣包囲網を破れ

 イルミナの街から街道を北上してドラシルの森を抜け、丘陵地帯を北西に一行程(リーグ)行くと、長大なムガル山脈が面前にその全貌を現した。

 春から夏へと季節が向かっているこの時季、山々は新緑に覆われ、山頂付近の万年雪もその範囲を日一日と狭めていた。

 ちなみに、緑溢れる山脈を大きく迂回して、そのまま街道を西へ三十行程(リーグ)程進むと、北の大国ニヴィディアとの国境へと至る。

 サティの村セロンは、ここで街道からはずれ山道を半行程(リーグ)ほど踏み込んだ谷間にあり、半ば隠れ里めいた集落である。


 日も早や傾きかけた、夕暮れ時と呼ぶにはまだ早い時間帯――

 シュリー達は、村まであとわずかという地点で山道から逸れ、道なき道を掻き分けて原生林の急坂を進んでいた。


「で~~~~、何の因果でこんな所を登らにゃならんのか…………」


 先頭を進み、左手の小剣で邪魔な枝葉を打ち払いながら、ガナは愚痴をこぼした。


「すみません……。合成獣(キメラ)の目を……逃れるには……、本道を通って……行く訳には……いかないんです……」


 彼女の後ろにくっつくようにして、息も絶え絶えに登っていたサティが、申し訳なさそうに応える。


「そいつは分ってるんだけどねぇ……」


 なおぶつぶつ言いながらも、歩を進めるガナ。


「ところで……ガナさん…………

 先刻(さっき)から……気になってたんです……けど……、それ……何です……か?」


 サティはガナの手元――

 正確に言うと、篭手先の甲側から伸びた小剣ショートソード(五十(センテ)(メルトレ)くらいの)を指して不思議そうに聞いた。


「ん~~、これ?」


 ガナは邪魔な枯れ木を一刀の元に切り倒すと、小剣を掲げてサティに応えた。


「これは多節剣(ガリアンソード)っていってね、ホントは格闘の苦手なサラ用の武器なんだけどさ……

 ここじゃあ、ぼくの大剣は大袈裟だからね。ちょっと拝借してるんだ」


 さすがに疲れたのか、それとも単に飽いただけなのか――半日近く、常に一定の歩調で前進を続けてきたガナであったが、つと足を止めて振り返る。

 そしてさりげない動作で腰に挿してあった水筒を取り外すと、ひょいっとサティに向けて放り投げた。

 ガナの籠手先から出ている小剣をまじまじと見つめながら、ほとんど無意識に胸の前で水筒を受け止めたサティ。

 そのまま蓋を開けると、ほんの一口湿す程度に口をつける。


多節剣(ガリアンソード)? …………なんか…一定間隔で筋が入ってますよね。


 それに………篭手から飛び出る剣なんて、とっても珍しいです―これまで見たことも聞いたこともありません」


「……ふん、いい観察眼をしてるね。

 こいつの珍しさの真骨頂はその辺にあるんだけどさ――

 ボクじゃ十分には使いこなせなくて危なっかしいから、見せてあげるわけにはいかないけどね……」


 ガナは、微苦笑しながら小剣を出し入れしてみせる――サティの目には、ガナが何らかの操作をしているようには見えない。


「えっと……ガナさんが剣や格闘専門で、サラさんが魔術専門なんですよね?」


「……まあ……そうだよ」


「なのに……サラさん専用の剣で、ガナさんには使いこなせせない……と」


 顔を疑問符(?)だらけにして首を傾げるサティ。

 魔術制御の苦手なガナ専用の武具弓籠手(ブレイサー)は、特定の動作と魔力の両方に反応するよう作られている。

 そのことを考えると、『サラ専用の武器』ということは、魔力のみで操作するようになっているということだろうか…………

 色々と想像をめぐらせながら、サティは礼を言ってガナに水筒を戻す。


「……まあ、そのうちサラが使っているところを嫌でも見ることになるさ」


 意味ありげな笑みを浮かべて水筒を受け取ると、ガナは再び剣を振るいながら前進を続けた。

 慌てて追いかけたサティは、あれほど乱れていた自分の息が整っているのに、ふと気付き……、

 ガナの後姿にそっと感謝の念を送った。

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