シュリ―、一夜のあと
ひんやりと透き通った空気の中、ほんわかと暖かい朝の光が優しく頬をくすぐっている。
一番鶏の鬨の声を右から左に聞き流しながら、寝返りを打つシュリー。
久しぶりに――記憶にないくらい本当に久しぶりに熟睡できたシュリーは…………
まだ起きたくないなぁ…と伸ばした右手に、なんだかすべすべと滑らかで柔らかい感触を覚えた。
さて、何に触れているのだろう?無意識にまさぐっているうちに、米粒のような小さな突起がでているのに気付いた。
先刻までは確かに無かったはずなのに……
何気なくつまんでみる―
「……痛っ!」
……はて、声付き?
「……もう、シュリーさん。何してるんですか……?」
ぱっちり目を開けると、そこは見知らぬ部屋のベッドで、隣にいるのは………
え~っと………「サティ?」
自分の置かれた状況が、頭の中に全く入って来ない。
しょぼしょぼする目を擦りながら、半身を起こしてみると………隣には年端も行かぬ女の子が……素っ裸で――
「どうわぁああぁっ~~~ 」
一瞬で全身の血が頭に昇り、一気に目が覚めたシュリーは、思いっきり寝台から転げ落ちた。尻餅をついたまま、壁までずずずい~っとにじり下がる。
「……おはようございます……何をしてるんですか?」
ベッドの上に起き上がり、大きく伸びをしながら怪訝な眼差しを向けるサティ。
――もちろん、素っ裸のままで……
目のやり場に困ったシュリーは、真っ赤な顔をしてそっぽを向きながら、
「……あ、ああ、おふぁよふ」
ちょっと噛みながらも、何とか挨拶を返した。
「え~~っと、なんで一緒にベッドに……?……あの……その……まさかサラが……?」
シュリーはちらっちらっ……とサティに視線を送りながら――
目線をなるべくサティの顔に集中させて、訳の分からない事をしどろもどろに呟く。
「……さら?」
何のことか判らずに、テーブルの上の大皿を見るサティ。
とりあえずシュリーの質問に答えてみる。
「夕べ湯あたりしかけたあたしを、ここに運んでくれたのはシュリーさんじゃないですか。
その後、湯当たりの症状と対処法について、微に入り犀を穿った解説付きで夜中まで甲斐甲斐しく介抱してくださったんですよ」
時折激変するシュリーの言動に、妙な違和感を覚えていたサティの頭の中へ……
彼女が発した意味不明の固有名詞がふと浮かんできた。
……さら……?
……いーしゃ…………
なんとなく感じた確証の無い推測を、さりげなく言葉にのせてカマをかけてみるサティ。
「サラさんが、介抱してくださったのはとても嬉しかったんですけど………
夜食にとった山盛り三明治と果実酒一本をあっという間に平らげた途端……
眠いの~と言って寝床の中に潜り込んで来て、私を抱き枕代わりにしてずっと寝てたんですよ」
ここでいったん言葉を切って、身を乗り出すようにして話を続けるサティ。
「…………本当に覚えてないんですか? イーシャさん……」
裸の上半身の急接近に、あまりにも動揺しすぎて全くそのことに気付かないシュリー。
「……あっ、ああ~……そうだっけ……?」
彼女の様子をじっと観察していたサティは、心の中で推測を確信に変える。
……まあ、確信したところで、別にどうっていうことも無いな……と思ったので、
「冷たい床にいつまでも座り込んでいたら痔になりますよ」
この場で、最も建設的と思われる意見を述べてみた。
ぼりぼりと頭を掻きながら、その場に立ち上がったシュリー。
浴衣一枚引っ掛けてはいるが、寝乱れてあっちもこっちも丸出し状態で、見ようによっては全裸よりも色っぽく感じるだろう。
サティは、そんなシュリーを――特に胸の辺りをじと~っと凝視すると、
「柔らかくてふにふにした巨大饅頭に押し潰されそうになる夢を見たんですけど……
シュリーさんの所為だったんですね」
兇眼でボソッと呟いた。
煌めく朝日を浴びて、しなやかな獣のように引き締まった身体が輝いている。
たわわに実った見事な胸は、重力に逆らってつんと上向いている。
絶妙なラインを描いた脚線美は、美の女神を模した彫像のようだ。
感嘆のため息をつきながら、その抜群の体型に見とれていたサティは、
「いいなぁ、シュリーさんは……」
心底羨ましそうに漏らすと、小ぶりで可愛らしい自分の胸を、両手で持ち上げて寄せてみる。
「あたしもあと何年かしたら、シュリーさんのように大きくなるのかしら……」
予想だにしないサティの言動に意表をつかれたシュリーは、ついつい無意識に彼女の手元へ目をやってしまった。
涙ぐましい行為によって、ほんの少しだけ大きさを増したかのように見えるささやかな胸。
肌の色とさして変わらないうす桃色の蕾は、片方だけがちょっと赤くなっている……きっと自分がつまんでいた方だろう。
………そんな取り止めの無い考えが頭に浮かび、しばらくの間ぼーっと見とれていたシュリーは、
「うあっ―っっ ……ご、ごめん」
はっと我に返ると、首が折れそうな勢いで頭ごと目をそむける。
相変わらずの不可解な言動に首を捻りながら、サティは寝台の上で膝立ちになり、
「?……女同士で何を言ってるんですか?
それに、例えシュリーさんが男の人だったとしても……
あたしは、報酬代わりにこの身を捧げてるんですから、何をどうされたところで文句を言える筋合いじゃありませんし―」
そう言って、自らのすべてをシュリーに曝け出すように両手を広げてみせた。
「……ナニヲ……ドウサレタッテ…………」
譫言のように呟いたシュリーは、扉の方に振り返ると、
「と、と、とりあえず、飯食ったら出発するぞ。……は、早く服着て、用意しな―」
妙にかくかくとした動きで出て行った。
あんな格好でどこに行くんだろう……と訝しみながらも、
「……またご飯なのね……なんか、太りそう~」
ため息をついたサティは、枕元に置かれた洗い立ての服に手を伸ばした。
……ちなみに、のぼせた頭を冷やそうと、水風呂に向かったシュリーが道すがら一騒動引き起こしたのは言及するまでも無い。




