月輝石の灯
「宿に泊まるって…………どうして――っ!?
今からすぐに、セロンに出発するんじゃないのですか―?」
きょろきょろと適当な宿屋を物色しつつも、かなりの早足で歩くシュリー――
一所懸命後を追いかけながら、サティが問いかけた。
辺りはすっかり薄暗くなっている……
街には月輝石の街灯があちこちで灯り、家路に急ぐ人々の影をぼんやりと路面に映し出していた。
月輝石とは、割とそこらに転がっているありふれた石なのだが、高純度のものを真球状に加工すると、魔力に反応してぼんやりとした光を放つ。
そのため天空から落ちてきた親月の欠片だと人々は考え、月輝石と呼ばれるようになったのだ。
ちなみに、アロォーンの大気の窒素含有率は極めて少ない。その代わりに大量に含まれているのは、真言と呼ばれる気化した月輝石である。
魔力伝導率の極めて高い月輝石が、大気や大地に充満しているため、アロォ-ンの人々は訓練次第でちょっとした魔法くらいならば、割と誰でも使いこなせるようになる――とは言っても、実用水準に達するのはせいぜい百人に一人程度ではあるが…………
「今すぐって……どうやって?」
振り返りもせずに答えを返したシュリー。
頭上で、彼女の魔力に反応した月輝石の街灯がひときわ明るく光を放つ。
「……どうやってって…………
シュリーさんが瞬間移動で連れて行ってくれるんじゃあ…………?」
頭上間近で、外灯が閃光のような光輝を発しているのにもかかわらず、動揺のあまり気にする余裕もないサティ。
ただでさえ目立つ――美女と美少女の――二人組なのに、通りかかる端から月輝石が激しく発光するので、家路を急ぐ人々も立ち止まって何事かと注目している。
「……目立ってしょうがねえなぁ。サラなら魔力制御が出来るんだろうけど……撒くのは諦めるか……」
昼間とは違って周囲の視線を少しは気にするシュリー。
相も変わらず小声でなにやらぶつぶつ呟いていたが……とりあえず、手近の派手な造りの温泉宿を指差すと、
「ほら、今夜はあそこでゆっくり湯に浸かって、体調を整えて…………それから作戦会議だ――詳しい話は飯を食ってからにしようよ。 ゆっくり説明してやるからさぁ」
肩越しに振り返ったシュリーは、にやっと笑って言った。
シュリーの人懐っこい笑顔を半眼で見遣るサティ――眉間にしわを寄せ、苦瓜でも食べたかのような表情で、盛大なため息を吐き出すと、
「………あたしは、もうお腹いっぱいですから……お一人で心ゆくまで食べてください」
肩を落として消極的に同意した。




