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トリムルティ  作者: 姫野博志
第二章  傾蓋知己《けいがいちき》
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月輝石の灯

「宿に泊まるって…………どうして――っ!?

 今からすぐに、セロンに出発するんじゃないのですか―?」


 きょろきょろと適当な宿屋を物色しつつも、かなりの早足で歩くシュリー――

 一所懸命後を追いかけながら、サティが問いかけた。


 辺りはすっかり薄暗くなっている……

 街には月輝石(ムゥナストン)の街灯があちこちで灯り、家路に急ぐ人々の影をぼんやりと路面に映し出していた。

 月輝石(ムゥナストン)とは、割とそこらに転がっているありふれた石なのだが、高純度のものを真球状に加工すると、魔力に反応してぼんやりとした光を放つ。

 そのため天空から落ちてきた親月(ムゥナ)の欠片だと人々は考え、月輝石(ムゥナストン)と呼ばれるようになったのだ。

 ちなみに、アロォーンの大気の窒素含有率は極めて少ない。その代わりに大量に含まれているのは、真言(マナ)と呼ばれる気化した月輝石である。

 魔力伝導率の極めて高い月輝石が、大気や大地に充満しているため、アロォ-ンの人々は訓練次第でちょっとした魔法くらいならば、割と誰でも使いこなせるようになる――とは言っても、実用水準(レベル)に達するのはせいぜい百人に一人程度ではあるが…………


「今すぐって……どうやって?」


 振り返りもせずに答えを返したシュリー。

 頭上で、彼女の魔力に反応した月輝石の街灯がひときわ明るく光を放つ。


「……どうやってって…………

 シュリーさんが瞬間移動で連れて行ってくれるんじゃあ…………?」


 頭上間近で、外灯が閃光のような光輝を発しているのにもかかわらず、動揺のあまり気にする余裕もないサティ。

 ただでさえ目立つ――美女と美少女の――二人組なのに、通りかかる端から月輝石が激しく発光するので、家路を急ぐ人々も立ち止まって何事かと注目している。


「……目立ってしょうがねえなぁ。サラ(、、)なら魔力制御が出来るんだろうけど……撒くのは諦めるか……」


 昼間とは違って周囲の視線を少し(、、)は気にするシュリー。

 相も変わらず小声でなにやらぶつぶつ呟いていたが……とりあえず、手近の派手な造りの温泉宿を指差すと、


「ほら、今夜はあそこでゆっくり湯に浸かって、体調を整えて…………それから作戦会議だ――詳しい話は飯を食ってからにしようよ。 ゆっくり説明してやるからさぁ」


 肩越しに振り返ったシュリーは、にやっと笑って言った。

 シュリーの人懐っこい笑顔を半眼で見遣るサティ――眉間にしわを寄せ、苦瓜でも食べたかのような表情で、盛大なため息を吐き出すと、


「………あたしは、もうお腹いっぱいですから……お一人で心ゆくまで食べてください」

 肩を落として消極的に同意した。

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