13 喧嘩
「な、何・・・?」
耳元から聞こえる
彼女のひどく驚いた声。
「・・・ごめん。よく分からないけど・・・」
僕は彼女を強く抱きしめた。
「もう少し、このままでいたい・・・」
震えた声に、何かいつもと違う雰囲気を察したのか。
「うん・・・」
彼女は静かに頷いた。
そして、そっと僕の背中に細い腕を回してくれた。
優しい力で、僕を包んでくれる彼女。
肌に伝わる体温の温かさに
優しい気持ちになった。
息を吐く。決心をして、彼女と離れる。
肩を掴んでいた手を、ゆっくりと下に下ろした。
「・・・聞きたいこと、あるんだけど」
「・・・何?」
静まりかえった教室。
遠くのグランドからは、練習をしている
野球部の声が聞こえる。
ゆっくりと息を吸う。
口を薄く開いて、僕は言った。
「・・・実那、瑠璃達にいじめられてない・・・?」
妙な緊張感が漂い、僕は生唾を飲む。
彼女を見ると、一瞬悲しそうな顔をして
それから微笑んだ。
「ううん。そんなことないよ」
「嘘つくなよ」
思わず強い口調になる。
「見たよ。授業中、瑠璃がわざと実那の肩に
シャーペンをさしてるところ・・・」
彼女の表情が曇った。
「それに、皆に・・・はぶられてるところも」
胸が締め付けられる。
顔をあげて、彼女を見た。
「ねぇ。本当のこと言ってよ・・・」
彼女は俯いている。
その体は、微かに震えていた。
「・・・実那・・・」
少し心配になり、彼女の腕を掴もうとしたとき。
彼女は勢いよく顔をあげ、僕を見た。
僕は驚き、そのままの姿勢で固まる。
「・・・大丈夫だから・・・心配しなくていいよ」
声が震えている。
表情も、必死に笑顔を保とうとしているが
涙目になり、今にも泣き崩れそうな顔になっている。
「なんで隠すの?」
「隠してなんかないよ」
「本当のこと言ってよ!!」
強い口調になる。
ここで聞かなければ、後で絶対に後悔する。
「だから、いじめられてなんかないよ。隠してなんかもないし」
彼女も、少し強い口調で喋る。
涙は今にも零れ落ちそうだった。
「・・・お願いだから、本当のこと言ってよ。
なんで隠すの・・・」
「隠してなんかない!」
僕の言葉の最中、彼女は大声で言った。
初めて聞く声に驚き目を見開く。
彼女の顔には、涙が伝っていた。
「・・・余計な心配しなくていいよ」
震える声で彼女は言う。
その言葉には、怒りが混じっていた。
「でも・・・」
「もう、いいよ」
「だっていじめられてるんだろ?」
「いじめられてなんかない!!」
声を荒げる彼女。
初めて見る彼女の姿に
僕は圧倒されるだけだった。
後ろを向き、彼女は教室から出ようと
扉のほうへ走って向かう。
「待ってよ!」
急いで追いかけ、手を掴む。
「離して!!」
彼女は僕の手を振り払い、涙が溢れる目で僕を見た。
「・・・心配いらないから」
「なんで隠すんだよ!?」
隠し通そうとする彼女に苛立ち
思わず声を張り上げる。
「もういい!!」
大きな声をあげ、僕を睨む。
「・・・もう関わらないで」
そういい残し、彼女は鞄を手に
教室から出て行った。
廊下を走る、彼女の足音が聞こえる。
それは段々と遠ざかり、再び教室に静寂が戻ってきた。
僕は、何が起こったのか分からず
ただ立ち尽くすばかりだった。
”もう関わらないで”
彼女が言い残していった言葉が
耳の奥で響いていた。