12 衝動
6時間目が始まったというのに、彼女は戻ってこなかった。
瑠璃達の所為だ。
きっと、瑠璃達が何かやったのだろう。
僕は悔しくなり、瑠璃を睨んだ。
瑠璃はと言えば、授業中だというのに
周りの女子達と一緒に、遊んで笑いあっている。
彼女はあんなに落ち込んで、悲しんでいるというのに――。
本当に、どうしたらいいのだろう。
僕に、何ができるのだろう。
開きかけた口から出るのは
答えではなく、ため息ばかり。
僕は主が存在しない椅子と机を見て、目を伏せた。
放課後になり、皆が部活に向かう頃。
僕は彼女が帰ってくるのを、教室で待っていた。
教室の中には、自分一人。
廊下にも、他の教室にも誰もいない。
たぶん、この階にいるのは僕だけだろう。
オレンジ色の優しい光が、教室を包む。
僕は立ち上がり、窓枠に腕をのせて
外を眺めた。
夕日が街に降り注ぎ、柔らかな印象を与えている。
そんな景色を見ても、僕の心は晴れず
ただ、重く沈んでいった。
その時、背後で音がした。
振り向くと、そこには彼女がいた。
「・・・・・・実那」
彼女は僕がいることに驚いたらしく
一瞬ビックリしたような顔をして
それから、ゆっくり微笑んだ。
その微笑が、ひどく悲しいものに
見えたのは、夕日の所為だろうか。
「賢、なんでいるの?びっくりしたよ」
彼女はそういうと、自分の席につき
鞄の中に荷物をつめ始めた。
「今までどこにいたの?」
それを聞くのに、不自然なほど緊張した。
小さく開けた口から発せられた言葉は
少し震えていた。
「ちょっと気分悪くなっちゃったから、保健室で寝てたの」
声の震えに、彼女は気がつかなかったらしい。
作業が終わったらしく、一つ息を吐くと
鞄を持ち立ち上がった。
「もしかして・・・心配して、待っててくれた?」
「うん。まぁね・・・」
「・・・ありがとう。嬉しい」
彼女は照れたように微笑んだ。
それは、久しぶりに見る笑顔だった。
作り笑いでもなければ、同情でもない。
彼女の、本当の笑顔。
それを見たとき、心の何かがはずれるような気がした。
作り笑いなんかしないで欲しい。
悲しい顔なんか、もううんざりだ。
―――素直に、笑ってほしい。
無意識のうちに、僕の足は動いていた。
何がそうさせたか分からない。
ただ、衝動に駆られて
僕は彼女のもとへと向かっていく。
彼女と僕の距離が、さっきよりも
ぐんと近づいた時。
僕は彼女の細い肩を引き寄せて、抱いた。
彼女の髪から漂う匂いは
悲しいほどに甘かった。