1 僕と彼女
「悲しいんだ」
もう、夕陽は落ち始めていた。
暗い部屋に、二人の人間。
一人は僕。もう一人は、彼女。
「君は、全てを綺麗事にしようとしている」
僕は机に片手をついて、窓の外を見詰めた。
山の後ろに夕陽が少し見える。空も雲も赤く染まっている。
それは、部屋の空気を、より一層虚しくさせた。
「なんで?・・・なんで、僕を頼ってくれないのさ?」
窓の外を見詰めながら喋る。
雲は風に身を任せ、ゆったりと動いていた。
ゆっくりとした動作で、僕は振り返り
彼女の方を見た。
手を後ろにやり、机に両手をつき彼女を見詰める。
彼女は、ただ静かに立っていた。
何の表情も読み取れない顔は、とても綺麗だった。
「・・・なんで、嘘を吐くの?」
涙が出そうになった。
でも、こんなところで泣いたらかっこ悪い。
僕は涙をぐっと堪えた。
彼女は少し俯き加減の顔を上げ、僕を見た。
そして、にっこりと笑った。
その笑顔は優しげで、とても美しかった。
「・・・何の話・・・?」
彼女が、言葉を発する。
細まれた目が、僕を優しく見詰めた。
そして、その綺麗な声は、僕の感情を揺るがす。
「・・・それが、僕の心を痛め付けるんだ」
涙が零れてきそうで、少し俯く。
「それって、何・・・?」
彼女は優しい声で、笑顔のまま言った。
唇を噛み締める。
まだ、涙は零れてはいけない。
もう少し。もう少し、我慢するんだ。
僕は心の中で自分に言い聞かせてから
顔を上げ、彼女を見詰めた。
彼女の瞳からは、何の感情も読み取れなかった。
「その・・・その、嘘の笑顔が僕を痛めつけるんだ・・・!!」
僕の声は、震えていたかもしれない。
彼女は、笑顔のままだった。
僕が彼女を初めて見たのは、中学一年生の入学式だった。
彼女は、女子達の中でも一際目立っていた。
整った綺麗な顔と、美しいロングヘアーを持ち合わせた
彼女は、完璧と言っていいほどの美しさだった。
僕は思わず見惚れてしまい、入学式をやっている
最中も、ずっと彼女を見ていた。
お蔭で、校長先生の話なんかまったく頭に入らなかった。
それから一年が経ち、僕は中学二年生になった。
中学一年生の時は、他のクラスの彼女を
理由をつけて、度々見に行ったりしていた。
やはり彼女は有名で、彼女を見に来るために
そのクラスに出向く男子生徒も、多かった。
そして、幸運なことに、中学二年生のクラス替えで
彼女と同じクラスになれたのだ。
僕はとても嬉しくなり、心の中で先生達と神様に感謝をした。
他のクラスだった彼女が、一緒のクラスにいる。
一緒の空気を吸っている。
そんな妄想が、僕の頭の中を駆け巡った。
それは、同じクラスの僕意外の男子生徒も同じらしく
授業中他の男子を見ていると、皆視線の先は
彼女に集まっていた。
彼女と席は離れていて、何も話をしなかったものの
僕は彼女を見ているだけで、とても幸せな気分になれた。