4月5日/水曜日(前)ー黒羽ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きで読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで前編です。
当然のように500行超えるグダグダな文章になっていますので、お気を付け下さい。
ようやく物語に動きがあります。
それでは、どうぞ!
「ただいまーっ!」
「おかえりー!」
「今日もいっぱい遊んできたね」
「うん!僕,今日もホームラン打ったよ!」
「あらっ,本当なの紅ちゃん!すごいわね~」
「じゃあ,今日の夕飯には,辻ちゃんの好きな唐揚げを入れないとね!」
「うわぁい!ありがとう!お母さん!!」
「じゃあ,先にお風呂に入ってくるねっ」
「紅はお外から帰ってきたらすぐお風呂に入ってくれるから助かるわ」
「うんっ!」
「さっぱりしたーっ!」
「おーっ。さっぱりしたなーっ!」
「おとーさーん!」
ガバッ
「おおぅ!今日は大胆な登場だな!」
「だってお父さんが帰ってくるの、久しぶりなんだもの!」
「はははっ。久しぶりっていっても、三日ぶりだぞ?」
「長いもん!僕,大好きなお父さんを毎日みたいもん」
「ははは。まいったなぁ。よし、今週の日曜日は休みを取って、家族で遊園地でも行くか!?」
「え?本当!?うわーい!!」
「ちょっとお父さん,明日香はどうするの?」
「大丈夫だ。明日香の外出許可を,俺がとっておこう」
「うわぁい!楽しみだなーっ!」
「そうだな,思いっきり楽しもうな!」
ジリリリイッリリイリリリリリリイリイリ!
意識覚醒装置がその役目通り俺の睡眠を妨害しこっちの世界に引きずってくる。
…一応時間だけでも確認しておこう。
ハンマーでベルを乱打する年期が入った目覚まし時計のスイッチを平手で叩きつけ、この部屋に無音を呼び込み、ゆっくりと刻まれている時間を確認する。
…もう5時50分か。寝過ぎたなぁ。今日は学校いけなかったな
そう思いたいところだが、生憎朝の5時50分だ。所謂早朝であり、決して夕方のではない。
そんな願望を考えてしまうほど眠気が覚めてくると、先程まで上映されていた夢のことを思い出してしまった。
―またこの夢か
もう何度見たか数えるのを諦めるほど、頭の中のフィルムが擦り切れるほど見てきた夢。
あの頃の父と、まだ健在だった母、もう入院はしていたものの外出許可をとることができる位元気だった妹。この4人でそれはそれは幸せそうに暮らしていた頃の夢。
俺の今の願望をそのまま見せてくれているように思えるが、夢の内容は紛れもない現実だった。
あくまでそれは過去形であり、過去の出来事だ。
今なんだ。
この家には俺一人しかいないじゃないか。
一体どうして、こんなにもバラバラになってしまったのだろうか。
一体どうして、俺はこんなにも寂寥感を味わなければならないのか。
この残酷なまでの現実を突きつけられ、ぶつけようのない怒りすら湧いてくる。
だがぶつけようのないのだ。ぶつけようのないから更に苛立ちがこみ上げてくる。
…ハァ
唯一の逃げ道である深い深い溜息を一つついたら、同時に眠気も奈落の底に突き落とされていた。
決して睡眠不足からこない気怠さを抱えたまま、のそのそとベットから出る。
身支度をすませ、学校へむかうことにしよう。
「行ってきます」
そうやって今日も永久に話しかけてくることのないドアにそう述べて鍵を閉める。
時刻は6時半を回るか回らないか。学校が始まるまでまだ1時間半ある。
そんなに早く行ってもやることはないが、言わせてもらえば家でもやることはない。
父が自分が小学校に上がる辺りに建てた立派な二階建ての家は、4人ですら少し広いのに1人で過ごすだなんて孤独感を募らせるだけだ。
それに早くでて周りの景色を堪能しながら歩いて学校に向かうのが、最近の楽しみでもある。
同時に夜中に入れ替えられた空気が、俺の頭を囲むこのでっぷりと肥えた暗雲のような沈んだ気持ちを洗い流してもくれる。
その他早く学校に着くと普段見られない光景が見られるのも、早く出てくる理由に挙げられる。
野球部の朝練、教師同士が談笑しながら学校へ向かう姿、静まりかえった学校、まかり先生の寝ぼけた愛らしい顔…etc…違った一面が見られる。特に最後。
とにかく俺は足を止めることなく学校へ向かう。
あっという間に我が校が誇る桜並木が等間隔で俺を出迎えてくれる。
俺は、そんな並べられた美麗な桜のど真ん中を一つ一つ確認しながらゆったりと歩くことにする。
この時間帯にこの道を通る生徒はいなく、完全貸し切りでこの空間を独占できる覇権を得たことによる優越感もまた格別だ。
まだまだ現役の満開の桜たちを見ながら、ゆっくりと学校へ続く道を歩く。
「っはー…はー…」
階段を使って我が教室を目指す。
折り返し地点である2階に到着し、3階に足を踏み入れるときには、引きずる倦怠感が足に重りを付ける。
階段以外で上る手段と言えばエレベーターがないこともないが一般生徒が使って良い代物ではなく、否応なしに段差を上ることを強いられる。
まぁこんな朝早くだったらバレないだろうという悪魔のささやきが聞こえてくるが、少しでも体力維持の糧にしようと思い、結局は階段を使う。
そんな事を思っているうちに、ようやく4階に辿り着く。
静寂に支配された廊下に俺の足音だけが響き渡り、それが止むことは教室に着いたことを意味する。流石にこの時間帯に誰も来ていないだろう。
だが、淡い期待を打ち砕くヤツがいた。
ガラッ
!?
俺の視界には多少は歪みながらも規律を保って並べられた学習机のみと想定していたのに、その中に生物が一人紛れ込んでいるじゃないか。
誰もいないと思われた教室の一角に、一人の少女が机に突っ伏して心地よさそうに眠っている。
「スー」
なんとそこには元気っ子兼馬鹿っ子兼俺の席の背後にいる兼神納寺の友達兼元ヒロi…な女の子…栗崎!
「栗崎…!」
彼女の名前を口に出さないで一体いつ出せばいいんだ。
どうして栗崎がこんなに早いんだ!?
例え仮に誰かいたとしても、栗崎と達也だけはこんな早朝にいるはずがないと思っていたのにその幻想は殺されたみたいだ。
まさか彼女が一番早く来ているとは…
初めて『うさぎ○とかめ』を読んだとき、絶対うさぎが勝つと踏んだら、まさかのかめが勝ったときのあの驚き桃の木山椒の木に似ている。
驚きを隠せない俺とはコインの裏表のように、栗崎は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
起こして訳を聞こうと思ったが、安らかに眠ってる姿を見ればそんな気持ちも萎えるというものだ。
「…」
起こさないようゆっくり栗崎の前にある自分の席に座り使用して三年目のぼろぼろのカバンから教科書類を取り出して机の中に詰め込む。
よし…準備は完了。黒板の上に掛けてある時計をみれば、まだ40分近く時間がある。
「スー」
しかしこんなに無防備に寝ているとは…少しは自分が可愛いと自覚した方が良い。将来こんな姿を帰りの電車でやってみろ…きっと
『ヘヘヘ…誘ってんだろ?』…と自意識過剰な変態が群がること請け合いだ。
と、栗崎の寝顔をみながらそんな事を思ってしまう。
「…」
…
…なんだこの寂寞は。ここはスピーカーの周波数特性を観測する無響室か。
とにかく暇だ。誰かと話しをしようも現在この教室には栗崎以外誰もいない。
こういうときだけ達也は重宝する。あいつと共になにかをしていれば少なくとも退屈という文字をかき消すことができる。
自分でできること、例えば勉強なんかがあるが当然する気なんてさらさらない。この世界にテストなどない。
そんな状況の中、俺がやることと言えば…
┌1 栗崎に習って寝る
└2 栗崎を起こして話し相手にする
2はなんて自分勝手な選択肢だろうと我ながら思うが、今回はこっちを選ぶことにする。
…やはりこんなに早く来た理由が気になる
栗崎みたいなキャラは朝遅刻しそうになってパンをくわえてながら通学路を爆走するようなやつなのに。
とりあえず聞いてみるほかにこの疑問を取り除く治療法はない。
しかしこんなに安眠している彼女を起こして良いのか?俺の欲望を満たすためだけに彼女の眠りを妨害して良いのか?
ってかさっき起こす気持ちも萎えるって思ったばかりじゃないか。
しかし選択肢には逆らえない。それがプレイヤーの意志だというのなら、俺は例えナイル川に泳ぎにだって行かなくてはいけない駒だ。
栗崎には悪いが話し相手になってもらうことにする。問題は起こし方ではあるが。
さて、栗崎を不快に思わせずに起こす方法といえば…
┌1 肩を揺すって起こす
├2 大きな音を立てて起こす
└3 ハリセンを作って、突っ込みながら起こす
どうして当時こんな謎の選択肢を作ったのだろうとつくづく疑問だが、今回は強制的に1を選び、簡略化する。
ここは一般的な起こし方で起こすことにする。
彼女の肩に手をあて、揺する。
「おい栗崎起きてくれないか」
「スー」
栗崎には効果がない。
どうやら栗崎の眠りの装甲は相当厚いと見た。これじゃハリセンだろうが達也の奇声だろうがお構いなしに眠りこけることだろう。
しかしここまで俺の予想通りだ。俺にはまだ奥の手が存在する。
そう、物理的駄目なら精神的にアタックしてみる…といったものだ。
彼女がこの世で愛するもの…それは『プリン』である。
彼女≒プリンでもなんら不思議ではない。…ニアイコールでとどまっている辺りが俺の自信のなさを表しているが。
とにかくこの単語を彼女に発すれば忽ち彼女は昏睡状態から通常状態へステータス回復するだろうというのが俺の算段だ。
俺は彼女の耳元まで顔を近づけその魔法の言葉を囁きかけようとすると、彼女が纏っている甘い香りで逆に俺が魔法をかけられそうになる。
「ぐ…」
ぐ…だが、この程度でやられる俺じゃない。べ、別にオンナノコに慣れていないからこんなに魔法が効いているというわけでは決してない。絶対にだ。
さぁ、言うぞ。
「プリン」
詠唱を完了させる。たった3文字のこの言葉だが…
「うぅん…ぷ…プリン…?」
彼女を現実に召喚するには十分すぎたか。
ごそごそと体を左右に揺すりながら栗崎の頭が枕を作っていた両手から引きはがされ、半目でこちらを見てきた。
彼女のデコには腕枕をしていたことを証明する赤い紋章…もとい赤い跡がついている。
ポーっとしながらも俺の存在を認識したらしい栗崎は、若干の掠れ声でこう言った。
「んにゃ…あ…辻村君…おはようう」
寝起きでも可愛いだなんて一体どうなってんだよ。
「おはよう」
んんーと目を擦りながら完全に体を起こし、口元をむにゃにゃとさせる。これは5分10分の眠りから来る動作ではない、益々彼女がいつ来たのか興味が湧いた。
「んー…、とりあえず顔洗ってくるね~」
そう言うなり彼女はS字を描きながら立ち上がり、昨日プリンを買いに行ったときの俊敏さは皆無な動きで水道へ向かっていったのだった。
「…それで、どうしてあたしを起こしたのかな?」
席につきつつ四月のやや冷たい水で睡気を打破した栗崎がまだちょっと残る眠さを付け合わせながらそう聞いてきた。
「いや、他に話す相手もいなかったし、ちょっと聞きたいことがあってな」
選択肢の無慈悲な強制とはいえ、起こしてしまったことに後ろめたさがつきまとう。
「えー?なになに?辻村君があたしに聞きたいことって…もしかして好きな冷蔵庫?」
は?
そんなことをはにかみながら聞いてきた。そこに興味はない。
好きな『人』ではなく『冷蔵庫』がこの18歳の思春期少女からよもや発せられるとは誰も思うまい。
「え?いやそんなn…」
「そうだなぁ、あたしはKA93W-225Z型が好きかな?あれ瞬間冷凍機能がついていていいよ~」
まずい。
こいつを発動されたらこのままでは完全にペースを栗崎に握られてしまう。
なんとか掌握仕返さなければ俺は死ぬ。
「栗崎」
「そのほかにも10分で氷が…,ん?どうしたの?」
「俺が聞きたいのはそれじゃないんだ」
真面目な顔を作って彼女の暴走を食い止める。
「えぇ?そうなの?」
ここで相づちをうってはいけない、また話が明後日の方向に飛んでいってしまう。
「どうしてこんなに早く学校に来たんだ?」
話が飛んでいく前に早めに核心に迫ることにしなければ栗崎の猛々しい鷲に話の腰を鷲づかみされてぶっ飛ばされてしまう。
「それはたまたま早く起きたからだよーっ。二度寝するなら家より学校の方が安心じゃん?」
なにかもの凄い重大な理由があると思ったが、そうでもなかった。
…考えてみれば来て寝ている時点で何かをしに来たわけではないとわかるようなものなのに、無理に起こしてしまう結果を残してしまった。
これは彼女に悪いことをしてしまった。俺はいきなり起こされても一切文句を言わない彼女に対して申し訳ない気持ちを声に出した。
「そりゃそうだよな。ごめん、起こして悪かった」
素直に謝る。
「いやいや大丈夫だよっ?さっきからずっと寝ていたからもう眠気もないよ?」
小首をかしげてそう言う彼女は、まるでどうして俺が謝ったのかわからない体だ。
その心の寛容さに俺は涙するしかない。
「そう言ってもらえると助かるが…。とりあえず謝っておくよ」
「大丈夫だってば!のーぷろぶれむだよっ」
ガッツポーズをして白い歯をくっきり見せる破顔一笑は、どんな絶望に打ち拉がれていても立ち直らせる事ができる素晴らしい笑顔だ。
俺も釣られて顔をほころばしてしまう。
「うんうん、結構結構。別に夢を見ていた訳でもないしっ」
夢…か
俺がその単語を聞いた途端彼女の顔にはとてもじゃないが似合わない不安の色が混ざり込んでこう声をかけてきた。
「つ、辻村君?どうして突然そんな顔をするの?あたし何か辻村君に悪いことをいっちゃったかなっ?」
栗崎のそんな心配そうに尋ねてきたのを聞いて初めて自分の顔が渋面になっていたことを認識する。
俺は夢と聞いただけで無意識に顔を渋めてしまうほど敏感になってしまっていることに意中で落胆する。
渋めた理由を挙げろと言われたら、今朝見たこと以外答えようがない。つい思い出してしまったのだ。
…その程度で顔色を変える信号を送りやがる自分の脳はなんて愚かなんだ。…
………
…今はとにかく誤解を解くことが先決か。
栗崎にはそんな顔をして欲しくない一途な心で、唇を窄めてやや上目遣いで心配してくれる栗崎にこう告げた。
「い、いや、すまんな。今朝食ったゴーヤの味を思い出してしまってな」
そら笑う。
笑顔100点常連者の栗崎がこの俺の作り笑いと自分の笑顔を比較して採点したら、失笑しながら0点をつけるだろう。
「そんなことよりさ、普段はどんな夢を見ているんだ?」
話の軌道を俺から逸れるような形に整える。
そして彼女はうまくそのレールに乗ってくれ、パッと顔を明るする。
「ゴーヤなら仕方ないねっ。え?あたしが普段見る夢?んーとねー」
彼女の無垢な笑面と無邪気な態度に俺は救われたような気分になる。
栗崎の女神すらも嫉妬するほほえみは万人の精神を穏やかに、そして落ち着けてくれると確信する。
「どうなんだ?」
雲を掴むより難しい栗崎の頭の中で繰り広げられる夢は、少なくとも達也より興味が湧く。
『すいませんね!見る夢まで夢がないやつで!』
そんな将来ニートしか職業選択ができない達也の声が、脳内でフルボイスで再生された。
「ん~…やっぱり聞きたいの?女の子が見る夢を。辻村君も男の子だねーっ!」
いやみのない晴れやかな笑顔でそういう。
その男の子だねーってなんだよ。
「まぁそう言う事だ。教えてくれよ」
「しょうがないなぁ、んじゃあ2日前みた夢をおしえちゃうとぉ」
大人の家庭教師が小学生を誘惑するような口調でそう言った後、コホンと咳払いをして準備を整e…
ガラッ
突如俺達2人の行為以外で何かが行われる音がした。音的には扉を開閉するものであり、それは誰かが来訪してきたことを意味する。
「…!」
俺と栗崎は互いに顔を見合わせ、その姿を視認しようと音の出所である黒板側の扉に揃って注目する。
「…おはようございます」
…というその控えめな声を聞く前に俺は誰なのか理解することができた。
右手にGペンを持っていれば十中八九神納寺とわかるように、あんな黒髪を見れば誰なのかわかるものだ。
「おはよう、黒羽」
「おっはよーっ!」
その髪の所持者に挨拶を返す。
黒羽はこちらを一瞥して誰なのか確認しどう判断したのかわからないが、軽い会釈を自分の机に向かいながらやってくれた。
しかし何度見ても反則級のかわいさだ。
人形がこの世界に飛び込んできた、という表現は強ち間違っていないと思う。
…ん
そんな姿に半分見とれていると、彼女からふとなにか違和感を感じた。
ワンピー○スやNAR○UTOなんかがある今のジャン○プの連載陣の中に『北斗の拳○』が混じっているような、そんな時代錯誤を感じる違和感が。
この教室の唯一歩行音を出す黒羽に視線をロックオンしてその正体を確かめる。
『なめるように』と言っては語弊があるので換言する。黒羽の頭からつま先まで『隅々まで』視線を巡らせる。
そこでようやく俺はそのスッと頭に入らない存在に気付く。
この違和感の正体は人形だ。それも熊の。
黒羽の制服ポケットからひょいと顔を出している可愛らしい熊の人形が相当年季の入っているのか、随分色褪せていて、こういっては失礼かもしれないがボロボロだ。
…彼女から来るこのしっくりこない感じはどうやらあれからきているようだ。
しかし存在感は申し分なく、可愛い黒羽が身につけているのなら尚更だ。
するとどうして彼女はあの人形を持っているのだろうという疑問と、なぜあんなに大切に扱っているのかという疑問が同時に沸く。
この疑問を解決する一番手っ取り早い方法は当然聞きに行くことだが、その思考に別の思考がぶつかってきてその早計な判断に釘が刺される。
その第2の思考が言うには『昨日が昨日だ、まだ彼女の警戒心が完全に解けたとは言い難い』…という早漏な第1の思考とは真逆な意見だ。
最もな意見であり、実際その通りである。新学期が始まって2日、焦る必要もないだろう。
…という脳内円卓会議をいざこざなく無事終わらせると、さっきからなにやらそわそわしている栗崎が俺に物欲しそうな目をギラギラさせているので脳を通常モードに切り替え、栗崎に応答する。
「…なにか言いたげだな」
目を細めながらそう聞くと待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲き誇らせ、突然栗崎の顔が大きくなる。いや、それは遠近感の問題であり、実際はただ顔を近づけてきただけだ。
先程感じた甘い香りに意識を略奪されそうになるが、いかにもな平静を装い彼女の耳打ちに耳を傾けると俺は苦笑いする他無かった。
「ねぇねぇ辻村君、あの子黒羽…ちゃんだっけ?お互いよく知らないからもう一回自己紹介してきたほうがいいかな?」
…という栗崎らしい質問が耳に入り込んできたから。
とはいえ、真剣な面持ちで俺の答えを待つ彼女に対して生半可な返事をしてはいけない。
再び自分の思考に耽る。
『コミュニケーション×』の達也とは違い『コミュニケーション○』と『笑顔◎』のスキルを所持する栗崎なら、黒羽とうまく会話できるかもしれない。
それに同姓というアドバンテージもある、なんだ、何も心配しなくても勝利は必然なので俺は自信を持ってこう告げた。
「そうだな、やってこいよ」
「うんっ、いってくるでありますっ」
椅子を後ろに引きずりながら立ち上がった栗崎は俺に敬礼をしてきた後、体を翻して黒羽の元へ。
これほど勝利が確定した戦いを見に行く事はないだろうと俺は幾分余裕ある態度で経過を見つめることにする。
ツカツカと目標へ向かう。
5秒ほどで戦場に到着した栗崎は黒羽の真横について、筆記音すら聞こえてくる程静まり返った教室に息を吹きかえす一言を放つ。
「黒羽ちゃん?」
「!?…は、はい?」
突然自分の名前を呼ばれたことに驚いたのだろう、肩を挙げて体をビクつかせどぎまぎしながら声の元へ振り向く。
そこには初対面の人間にこれ以上ないほどの好印象を持たせる無邪気な笑顔を満開にさせる栗崎が。俺とは大違いである。
若干この状況を理解し切れていない黒羽に、栗崎がとびっきりの笑顔をセットに理由を提供する。
「おはよう!昨日の自己紹介じゃあんまり黒羽ちゃんの事わからなかったから、こうして来たよっ」
「あ…え…?」
戸惑いを隠しきれない彼女に、彼女はその笑みを一切崩さずに続ける。
「あたしの名前は栗崎あずき。あずきってよんでねっ!」
右手を胸上に当てて元気よく紹介する。
対して黒羽は謎テンションについてこれていない感が否めないが、なんとかこう返した。
「は、はい、よろしくお願いします」
満足げに頷いた栗崎は追加攻撃を加える。
「黒羽ちゃんの名前は?」
「はい、ゆきみです」
まるでこの図は部活の先輩が入り立ての1年生に質問攻めするようなそんな感じだ。栗崎に後輩ができたら、こんな光景が見られるのかもしれない。
そのくらい、この光景はシュールだった。なんともほほえましい。
「ゆきみっていうんだ!可愛い名前だねっ」
「い、いえ…そんな…」
栗崎と黒羽がかみ合いそうで噛み合わないその微妙な距離を傍観して楽しんでいると…
「そんなことない…って、おっはよー!」
栗崎が突如言葉を切って教室の後ろのほうへ軽く手を挙げながら気持ちの良い挨拶をする。どうやら誰かが来たらしい。
「うっす、おまえらはやいね」
すると先ほど脳内で再生された声よりクリアな声が俺の耳から聞こえてきた。
振り向いて誰かを確認するまでもないが、まぁ挨拶がてらに向くとする。
「よう」
軽く挨拶する。
相手はなんだかんだで朝早めに来る、地球上に存在してはいけく、見るモノ全てが性癖に関わってくる正真正銘のHENTAI、倉金達也がご入場してくる。
チラリと黒羽と栗崎を見て再び視線を俺に戻し、自分の席である俺の隣に腰を下ろす。
達也がチラ見した栗崎と黒羽は相変わらずの構図だが、話をしているので一安心だ。
達也は少々荒く鞄を机上に放り投げたかと思えばいきなり全身を俺のほうへ捻り、顔を近づけてくる。
栗崎の時とは違いまるで嬉しくない。やめろ気持ち悪い。
どうやら耳打ちしたいらしい達也はその顔を俺の右耳まで近づけ、俺を破壊衝動へ導く呪文を唱える。
「え?あれ百合?」
ドムッ
「んほっっ?!や、やめろよ!朝食ったフルコースのフランス料理が飛び出るだろぉ!?」
どうしようもないくらいイかれた思考をお持ちの達也の腹に一発入れておく。
「ったく…春巻きが飛び出してくるところだったぜ…」
フランス風春巻きですね、わかりません。大方冷凍食品の春巻きでも食ってきたのだろう。それ中華だけど。
腹をさすりながらそう安堵している達也に、こちらもどうしようもないくらいの蔑視をし、こう言い放つ。
「お前あれが百合だというのなら、クラスの大半の人間は百合とゲイで溢れかえることになるわけだし、俺達も例外じゃあないだろ」
「は?…うぇぇ…俺とお前の濃厚な絡み…?馬鹿なの?ゲイなの?」
引いている達也に春巻きだけじゃなくて胃液も吐き出させてやろうかと本気で迷ったが、食事中の方がいるかもしれないので主人公として自重しておく。
「やれやれ…」
「くっくっく、ぬしは面白いのう」
うるせぇホ○ロかお前は。エビフライぶつけんぞ。
「そんなことより」
さらっと話題を転換する。
そのくらい頭の切り替えが早ければお前はもうちょっと成績が良かったのかもしれない。
「今日俺が見た夢、聞いてくれよぉ」
両手を合わせ懇願するような態度を見せる。
他人が見た夢など、これほどどうでもいいことはない。だが脳内でねじ曲がりながら構築されるその奇っ怪さを、誰かに話さずにはいられないのはわからないでもない。
…まぁ暇は暇なので、変態の渠魁を務める達也さんの脳内で思うがままに料理された淫猥溢れ出るデッシュを、味見させてもらう。
「なんだよ」
そう聞くと自分の持っている能力をペラペラとドしゃべり出す敵キャラと姿が重なる達也がこういった。
「部屋に閉じこもっている俺が床ドンしながら『ババァ飯はまだか!』っていう夢」
あたかも全国制覇した事を自慢げに語るような口調でそういいやがった。
「やれやれ…ついに夢でも世界は俺に嫉妬し始めたようで…」
「なんだ正夢か。お前が将来なる日常の断片を覗いてしまったみたいだな。夢くらい夢見ろよ」
「すいませんね!見る夢まで夢がないやつで!…ってちげぇよっっ!!ニートになんかならねぇよ!」
確かにこじつけた節はあるが、台詞回収したので、俺は満足だ。
視線を達也から外せば、少しうち解けたであろう黒羽と栗崎が互いに微笑みながら会話を交わしている。
それだけでも、大きな収穫だ。
そう、順調にいっているはずだった。
ガララーッガンッ!!
扉をカーテンと勘違いしているのではないかと疑うレベルの勢いでそれは開け放たれ、扉を開けられる範囲の許容を軽く逸脱して見事に反対側で激突する。
授業中だというのに随分場違いなそれは紛いなく奇怪なものであり、クラス中の視線がそこに釘付けにされる。
奇怪なものが浮いてしまうのは世の常であるが、大胆に扉を開し威風堂々と入ってきた奴もまたその常に全くぶれることなく付き従っていた。
「こらぁ!静かに入らんかぁ!」
というのは教師生活30年はあるであろう、顔に刻まれたシワがそのベテランさを体現している化学教師から。
時刻は11時を少し回ったくらいで、所謂3時間目の途中だ。
どう見ても遅刻してきた彼女らにその台詞は正論過ぎて何も言えない。
…が、そんな言葉は彼女らにとって寝言以下の価値しかないらしい。
「あ?うっせーよ」
反省の『は』も見せない彼女達。
3人組のど真ん中にいる常に眉間にしわを寄せているような顔つきの女が、そう科学教師に喧嘩を売る一言を放った。
教室の空気が凍り付いたように動かなくなる。
教師と彼女の4人だけがこの教室で動いて良いルールが作られたかと錯覚してしまう程、4人以外のクラスの人間はただただ、黙り込んで動かなくなる。
俺もその1人であり、この情勢を見守ることしかできない。
「教師に向かってなんだその態度は!!」
衰えを見せながらもまだまだ現役である喉から怒声を教室に響かせた。
対して舌打ちして憎悪を一切抑えず全開にしている真ん中の女は残り二人になにやら目配せする。
それを受け取ったかと思ったら、全員体を180度回転させて俺達に完全に背を向け、やがて姿すら消した。
遠のく足音からも気怠さが伝わってくる。
「―ったく、あいつら…」
溜息混じりにそう漏らす教師。
これでまた一つ彼の皮膚にシワが刻み込まれたであろう。
ざわ…と教師の溜息を皮切りに今までの一部始終に対してこんこんと積もらせた思いをクラスメイト達が一斉に吐き出し始める。
「今の凄かったねーっ」
「俺の全盛期の頃はあれの1万倍すごかったぜ?」
誰がどの台詞を言っているのかは割愛する。
「ほらお前達!授業を再開するぞ!」
手を叩きながら授業の環境を再構築している。
授業を再開して1分もすれば、そこは先程のことなど無かったかのようないつもの風景に戻る。
だがそれは徹頭徹尾無かったかの『ような』だ。風景は平穏さを取り戻してもその心内は大きく荒れている。
それにしても…と俺は授業をすっぽかして頭を巡らせる。
今どきここまで不良らしい不良はいない、どうしてもこれが最初に出る。
まるでそうキャラ付けされた不良が現実世界に紛れ込んできたかのようだ。
そのくらい徹底していた。なぜか、なぜか違和感を感じてしまうほどに。
この2日間過ごしてきて出る素直な感想だ。
そんな『不良』で人格形成された彼女たちを説明するのも億劫だが、一応しておく。うちのクラスメイトだ。
…よくよく考えれば昨日黒羽に野次を飛ばしていたヤツらだったんだと説明しながら気付く。
その集団のど真ん中にいた、いかにもリーダーの風格を醸し出していた女は中原藍。2年の後半から急にあんな風になったと聞く。
以前から教師達から問題視されているものの、手が付けられないというのが実情だ。
というのもいくら注意しても馬の念仏だというのは既に前提であり、それ以外の方法である彼女達の保護者へ連絡も、一切つかないため呼び出しようも注意しようもないからだ。
…しかしこれはあくまで噂の域を出ないのだが、現実問題彼女らの親が全く姿を晒さない辺りこの説かなり有力だ。
そんな重い問題を抱え込んだ彼女たち3人をまとめてこのクラスに詰め込み、新米教師であるまかり先生に丸投げするこの学校は意外にブラックなのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン
…と、中原達の行動とまかり先生の今後を杞憂しつつ授業を適当に受けていたら、あっと言う間に授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。
俺にとっては実に好都合だ。先生が自分の教科書を名残惜しげに閉じる。
「はーい、今日はここまでだ」
どうやら3時間目の休み時間に突入したらしい。
授業の鎖が解き放たれた今、生徒達が気儘に行動を始める。
「んん…はぅぅ~っ…やぁあっと休み時間がきたですぅ」
とはいえ3時間目の休み時間はなんとも中途半端な休みなので、適当にすごすことが多い。
昼休み食堂へ戦争しに行く奴等はその予約をゲットしに販券機へこれまた内戦する時間ではあるが、俺には無縁の話である。
無縁と言えば先程の台詞も、だ。
「先程の台詞も、だ。じゃねーよっっ!ほら!話繋いでやったんだから昼飯くらい奢れや!」
生きていることすら勘違いしている達也が突然こちらを振り向き両手を開いてその間に顔を挟む形になり、そんな事をぬかしおる。
「お前の台詞が無くても話は繋がってたわボケ」
実に道理にかなった正しい意見を述べると達也が目を斜めに伏せ、どこか悔しそうな顔になってこう言った。
「ば…馬鹿、こうして俺が喋らないとお前に…触れて貰えなくなるだろ……気付きなさいよ…」
さて、この休み時間をどのようにすごそう?
「って無視すんなやコラァ!!」
┌1 達也と暇を潰す
├2 栗崎と話す
└3 購買部で飲み物を買ってくる
2は2で良いのだが、ここルートの分岐点なので絶対に3を選ばなければならない
ちょいと喉の渇きを潤すために購買部に行ってこようか。
…帰りのことを考えると潤した喉もまた渇いてしまうんじゃないかと思ったが、飲みながら帰れば何とかなるんじゃないかと思い直す。
それに頭をつかったんだし、糖分補給もしなければな。
休み時間は短い、そうと決めたならさっさと行動に移そう。
ガバガバの鞄から愛用して2年は過ぎる財布を取り出し立ち上がる。
右手を見れば俺に無視されてふてくされたのか知らないが、なにやら文字を書いている。
…しょうがないので出番を増やしてやるか…。
「達也、一緒に購買部に行かないか?」
忙しく右手を動かし、よからぬ怨念を描く達也に希望とも言える提案をしてみたが、達也は自ら断ち切った。
プリントのほうに視線を固めたまま真面目ぶった声で
「遠慮しておく。次の時間の英語のテストのためにカンニングペーパーを作らないといけないんだ」
…と見つかれば単位すらお預けされる行為をさも当然のようにしている達也。
まぁ俺もしたことがないと言えば嘘になるのであまり強く言えないが。
「せいぜい見つかって単位を落とすんだな」
捨てセリフを残して達也から離れて歩き出す。
「うぐぅ、俺と時間を潰せばカンニングネタがあったのにぃ」
背後からそんなメタ発言が聞こえた。
悪いな達也、これもルートの為だ。
…というワケで特になにもなく購買部に到着する。
流石にこの時間はエサに群がるハトのような人だかりはなく、逆にスッキリしすぎていて怖いとすら思えるレベルだ。
購買おばちゃん2人が、購買部の奥に三畳ほどある控え室でまったりと談笑している姿が伺える。
昼休みの開戦に向けて小休止と言ったところだろうか。
「あ、はいはいいらっしゃい?」
だが俺の姿を見るとその顔はしっかり通常営業顔に切り替わり対応してきた辺りは年の功だろうか。
そんな休憩の邪魔をしてしまった事に罪悪感を覚えたくらいだが、まぁ致し方がない。
俺は70円を支払って紙パックのコーヒー牛乳を買い、ありがとうとおばちゃんに軽い会釈をして購買部から背を向ける。
さて、また階段を上るという無駄な労働を勤しむことにしようと、ストローをぶっ刺して口につけた時だった。
「ん…」
スッと、かなり先のほうから見覚えがある姿が出現する。
しかもその姿には勢いというものが存在しており、言ってしまえば小走りでこちらに向かってきている。
ゆさゆさと揺れるそれは胸ではなく、黒いツインテール。
何を隠そう、最近やたら出くわす俺達のクラスメイトの1人である黒羽雪見であった。
いつもの彼女からは到底予想することができないその俊敏な動きに驚きながらも、高校生の女の子が廊下を走っているその異常事態に疑問を浮かばさずにはいられない。
急いでいるところ申し訳ないが、一応あいさつだけでもしよう。
静寂がいとも簡単に彼女の息づかいを捉え、駆ける足音をリズムよく響かせるこの廊下で俺は軽く手を挙げて彼女に話しかける。
「よう、廊下を走ると危ないから気をつけろよー」
「え?あ、はい?」
彼女の勢いあるベクトルが俺の挨拶による真逆のベクトルで相殺したらしく、その足が止まり俺を認識する。
自惚れかもしれないが、俺だとわかった瞬間その堅い表情が少しだけ緩んだような気がした。
「あ、辻村さん」
黒羽は手を伸ばせば届く距離まで近づき会話ができる程度の息切れをしながら、その頭が下がる。
「す、すみません…急いでいるので…」
そう言うが否や頭を上げた彼女は再び加速し俺の横を躊躇いなく通り過ぎる。
「急いでいるところ呼び止めてごめんねー」
背中越しにそう謝罪する。
…
…何をそんなに急いでいるのだろうか。
今の急ぎようといい、この2日間ですら彼女の行動に不可解を感じる点はかなりある。
見た目で判断するのは正直間違っているが、それでも彼女のすることには後ろから糸を引いているヤツがいるような気がしてならないのだ。
その操り主は、俺に一つの可能性を示唆させるには要素がありすぎる。
―…いや待て。
ここで俺の今し方やった行為を何故か冷静になり、第三者視点で見つめ返す。
―どうして俺はこんなに彼女の事ばかり気にしているのだろうか。
今更になってそれに気付く。
その理由を考えるのは実に容易いものがあり、すぐにその解が思考回路に流される。
それは最初の出会い方にインパクトがあったという事と、よく見かけるという事。
…いや、そんな単純な理由なんかじゃない。
それらを遙かに超えうる何かを俺は感じている。今の今までの彼女が行った行動に対する考察が正にそれだ。
そこまで意中で呟いたところでまた一つの可能性が浮かび上がる。
…俺は…3年当初靄が掛かって姿を見せなかった『目標』を見つけてしまったのではないだろうか。
具体的になにがどう目標なのかわからない、その達成方法もわからないが、そう脳が思わせるのだから仕方がない。
この気持ちを言葉にすることができない…一体どうなっているっていうんだ。
そんな私利私欲に近い感情で彼女の行為に兎や角沈思黙考して、手を出して良いものだろうか。
現に俺は今から彼女の様子を見ようとまで思っている。
俺は…
┌1 様子を見る
└2 帰る
フッ、と俺はこの選択肢を鼻で笑うしかなかった。
という訳で前半終了です。
辻村君の中になにかが芽生え始めているようです。
この後辻村君が取った行動は…?
それは次回で!
それでは最後まで読んで下さり、ありがとうございました。