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4月29日/土曜日(後)ー賭け そしてー

どうも、りゅうらんぜっかです。


初めての方は初めまして

前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。


ラストです。どのような結末を迎えるのでしょうか。


それでは、どうぞ!



「はぁ…はぁ…」


いくら軽いとは言え,40前後はあるであろう彼女を持ちながら走るのは些かきつい。

しかも俺のやっている行為が看護士にでも見られたらアウト。

そういう精神的なプレッシャーも、俺の体力をジリジリ削っていく。

が、なにがともあれもうすぐ目的地に着きそうだ。

周りには人の気配はない。

…今だ。

足に力を入れて踏み込もうとした刹那


スッと、白衣の天使が横切る。


今の俺には黒い悪魔にしか見えないが。

いや、そんなことを思っている場合ではない。すぐに角へ身を潜める。

気付かれたのではないかと張り裂けそうなほど心臓が激動するが、どうやらこちらの存在に気付かなかったようで、階段を上がっていっていった。

あれは後姿から見てお姉さんだった。

もしかしたらあの手紙を読んで、もう探しているのかもしれない。だとしたら館内全体に知らせてくれていないだけ良心か。

脂汗が頬を伝う前に、駆けだして汗を振り切った。







無事、目的地に着くことが出来た。

一息入れる。

できれば外の新鮮な空気が吸いたいものだ。病院の空気はどうも好きになれない。

そんなことを思いつつ視線を合わせないようにしていると、別の視線がなめるように泳いでいる。

話を切り出す。


「…あー…久し振りだな、銀堂」


ここは先週死闘が繰り広げられていた銀堂の病室。


「…ふふ…」


林檎でも取ろうとしていたのか、冷蔵庫手前で腕を組む銀堂は眉を痙攣させて俺を見ている。


「…いいから…今の状況を説明しろ!」

「うへっ…」


ここに来たのは当然目的があるからで、その目的を果たしてくれるのはこいつしかいない。


「銀堂、いきなり押し掛けて悪いと思っている。だけどこれはお前にしかできないことなんだ」

「いや、だからどうして黒羽をお前が抱え込んでいるんだ。状況が理解できんのだが。」


ごもっともである。だが


「詳しいことを話している時間はないんだ。俺の願いを聞いて欲しい」


こうしている間にも看護師さんは俺を探しているだろうし、下手をしたらこの病院全体に包囲網が敷かれないとは言い切れない。

今はとにかく急ぎたかった。


「黒羽を、隣町まで運んで欲しい」

「この黒羽を隣町に運ぶだと!?」


まだまだ目覚める兆しがない彼女は俺に抱えられながら、静かに眠っている。


「しーっ! 声がでけぇよ…」

「んなこと言ってられるか! 全く訳が分からん。そいつを拉致して犯したいのか? それなら手伝うぞ」

「冗談を言っている場合じゃないんだ。中原たちから聞いているだろ、今の黒羽の状況を」


今の銀堂と中原たちの関係なら、絶対知っているはずだが。

そう問いかけると銀堂は鼻息ひとつ漏らして頷く。


「…ああ、記憶喪失になったんだってな。お前らが今日見舞いに行ったことも知っている。…俺は恥ずかしくて行かなかったが」

「なら話は早い。黒羽をある場所に連れて行きたい」

「…分かった分かった。じゃあなんで俺の元へ尋ねた」


ようやく本題へ入れる。

その至極真っ当な質問に俺は答える。


「…お前以前やっていたよな、お前が気に食わないやつが出たら叫んで仲間を呼んでそいつを抹殺するって」

「あ? あぁ。それがどうかしたのか」


そんな簡単に頷かれては、殺された人が憂えない。

というか正直本当のことだとは思わなかった。


「その死体の処理は?」

「そりゃ、そこのバックに詰め込んで、仲間に持っていかせるが」


部屋の角に、病院に持ってくるのにはかなり不自然な大きさのバックを指差す。


「…それがどうか…」


自分で言って気付いたのか、ハッとした表情になる。

そして俺に向けた目は、正気の人間を見る目ではなかった。


「…ははっ、まったく貴様は…。今の黒羽にそうしろっていっているのか?」


静かに眠る、決して死んではいない女の子を顎で指す。


「あぁ、そいつを貸してくれないか」

「嫌だとは…いえねぇみたいだな」


にやりと、悪戯を思いついた糞ガキみたいな顔は、本当に似合っている。


「お願いだ。黒羽が目覚める前に」

「はは、バッグの中のこびり付いた血の悪臭で起きちゃうかもしれないぜ?」

「それでもだ…」

「…フン、貴様にお願いされるのはもう飽きたわ」


俺から背を向き、おもむろに取り出される携帯。

ボタンが押され、耳に携帯を押し付ける。


「………あぁ俺だ。今すぐ病室に着てくれ。急いでな」


短くそういうと携帯を切って再びこちらへ振り向く。

明らかに楽しそうな声で


「仲間を呼んだ。乗っていけ、そこまで送ってやる」

「…ありがとう」


銀堂はまんざらでもない顔で、笑った。







1分後…

駆けつけたいかにもな仲間が、手馴れた手つきで黒羽を袋に入れ、俺達は病室から出た。

何事もなく病院から出て、すでに用意されていたこれまたいかにもな車に乗る。


「…お願いします」

「あぁ」


中は普通だが、中の人は普通ではないので、俺は黙っている他に行動は残されていない。

無言が支配する車内、しばらく走行が続く。

すると


「…辻村」

「…ん」


かつて感じたことのない雰囲気に押し殺されていた俺に救いの手が伸びる。

しかし、声はなんとも重い。

とてもこの気分を打破するような明るい話題ではないだろう。


「黒羽のこと…頼む」


今になって、自分が行ってきたことの後悔が芽生えたのだろうか。


「元々は俺が原因だけどな。俺が何とかしないといけないと思うが…。だが、俺が何をやっても意味はないだろ? お前に頼るしかねぇんだよ…」


あの日以来、銀堂はものすごくまともな人間になったと中原たちがぼやいていた。

本当にそうなったんだと、無意味に納得してしまった。


「…お前からそんな言葉が出るなんてな」

「フン…」

「まかせろ。黒羽は俺がなんとかする。今回は俺が悪いしな」

「…頼む」


みんなが黒羽の復活を望んでいる。

こんなにも友達ができた。

しかし記憶喪失にさせた根源的な原因は俺だ。散らばった記憶の欠片を見つけ出して返すのは俺だ。そして、それを左右するのも俺だ。

尋常じゃないプレッシャーがのしかかる。

人一人の、それも俺の好きな人の精神を握っているなんて。ここまで勢いだけで行動していたが、いざここまでくると、荒野を埋め尽くすほどの不安の軍隊が押し寄せる。

…いや、もうこれ以上考えるのはやめよう。腹をくくってやるしかない。

小さな決意を固めて、車に揺られるのであった。







俺が吸いたかった外の空気を目いっぱい吸い込み、吐き出す。

辺りはもう、星が見えるほどの時間帯になっている。


「それじゃあな」

「あぁ、本当にありがとう」

「…黒羽のこと、頼むぜ…」

「まかせろ」


頼む、と、もう一度そう言って、車は走り去っていく。

エンジンを震わせて走り去っていく車を見送り、視線を下に向ける。


「…行こうか、黒羽」


かばん越しの眠り姫に一言そう告げ、階段を上り始める。






少し肌寒い風が、木々を掠めて通り過ぎる。

しかしその風は俺の体温を冷却するのには丁度いい春風だ。


「…ついた…」


人間一人を持ちながらこの長い階段を上るのは、かなりの重労働を要する。

疲労しきった足を折り、地面にへたり込む。


「はぁ…はぁ…」


息を整えながらバッグのチャックに手をかけ、一気にその中身を露にする。

相変わらず目を閉じて動かない黒羽。さっきとなにも状況は変わっていない。

俺はもう一度立ち上がり、ベンチまで彼女を運ぶ。

後は彼女が目覚めるのを待つだけだ。

…ここは桜山ヶ丘公園、全ての始まりの場所だ。









その目が、開かれる。


「……えっ!?」


さらに開眼したかと思うと、彼女は体を直角にして起き上がる。


「な、なな、ななな!?」


病室とはまったく関係ない背景に当然彼女は慌てふためくが、少なくとも発狂はしていない。


「こ、ここはどこですか!?」


キョロキョロと自分の目を疑うように辺りを見渡す。


「桜山ヶ丘公園だよ、黒羽」


救いの手を出すように答えると、声の主を求めて首を捻ってこちらを見る。


「さくらやまがおか…公園? つ、辻村君!?これは―…!」


音声が切れたかと錯覚するくらい突然言葉が途切れ。彼女は黙って20Mも先が見れないような公園を見つめる。

その真上にある電灯だけが教えてくれる狭い光景を彼女は過去に見ている。

普通なら彼女が生涯忘れることがなかったであろうここは、黒羽がおばあさんと始めて会った電灯の下のベンチ。


「……こ…ここ…」


昼間と全く同じ現象が再現される。黒羽の体は意思とは無関係に全身を震わせる。


「い…いや…!」


公園から顔を背け、ベンチの背もたれに焦点を掻き集める。


「いや…いや…!」


今にも泣き出しそうな声で、ただ首を振って拒絶する。これこそが俺が彼女を個々に連れてきた真意だ。

人形は手元から離れられるが、場所は絶対に離れない。

逃げ場のない状況を作ってからこの人形を見せるのだ。

苦しさ、痛みを乗り越えた先にあるなにかを見届けるために。

拷問をしているという罪悪感という不利益よりも、本当の黒羽を取り戻すという利益の方が大きく勝る。

これが勘違いや,黒羽を苦しませるだけの結果に終わったら俺は、死ぬ覚悟だって出来ている。

だが人形同様の反応の仕方に確信に確信をつける。

俺が組み上げた方程式に=が結ばれる。


「黒羽、公園を見てくれよ」

「いや…見たくない…見たくない……! 頭ガ…イタい…!! 痛イの…嫌ぁあ…あ!!」

「黒羽…!」


雨に濡れて震え上がる子犬のような彼女の肩を掴んで公園へ振り向かせる。


「い…嫌ぁああああぁ!」


拒絶。


「やめてぇェエ!! アタマ!! 痛イ! 痛いの!!」


唇を歪ませ、流れ始めた涙を振りまきながら首を振り、下を向く。


「逸らさないで、こっちを見てくれ…!」

「ヤめぇエぇえ!…嫌アあぁアぁ…!!」

「思い出してくれ!黒羽!」


黒羽から視線を逸らさない。


「自分が言った言葉を」


彼女には荒療治が一番覿面なのは何度も経験している


「前向きに生きていこうって言ったじゃないか。逃げて生きちゃだめっていったじゃないか!」

「そんナノしラない…っつ…!! 痛い…! 痛い痛イイ!!!」


完全に錯乱している黒羽。

激痛の鼓動が聞こえてきそうな頭を必死に抱えている。

そうさせているのは俺だと思うと、胸が引きちぎれるほど痛い。

だが、こうするしかない。


「思い出せ! この場所でおばあちゃんと会ったことを!! おばあやんと過ごした日々を!」

「おばあさんなんてしら、し―…!?」



━━



―…おやまぁ、どうしたのかね?


だ…誰…?


「ほぉら,お腹がすいただろう?」


…聞こえる…。


「ほら,そこにお座りして一緒に食べようか」


聞き覚えが…ある…。

走り回る頭痛の中に、誰かの…声が……い…痛い…! いや…思い出すと…頭が割れちゃう…


━━


「い…やめ…いた…!!」


毛色が全く異なる悲痛な声を俺は見逃さない。

古ぼけた電灯の優しい光りに包まれる黒羽に俺が思いつく言葉を告げる。


「黒羽!」

「い…イヤぁアぁあぁ!!」


絞り出される怒号は間違いなく黒羽の喉を潰してしまうだろう。

痛みと悲しみが黒羽の目に涙を溢れさせている。

痛みの真犯人は,恐らく過去の記憶を展開しようとすると出現する妨害障壁。

それが黒羽の脳に『痛み』として与え、思考をやめさせ、自己防衛しているのだろう。

その壁をぶち壊せばきっと黒羽は。


「お願いだ黒羽…!! 逃げないでくれ…!! 現実から目を逸らしたらだめだ…」

「うぅ…いいぃいい…!!」

「お前にはお前の人生があった。確かにつらいこともたくさんあった。逃げ出したくなる気持ちもわかる」


現に彼女は自殺しようとした。それ位中原たちのいじめは苛烈で、優しい黒羽の心には堪えられるものではなかった。


「だけどその人生をリセットすることなんてできない。花の種から出た芽はもう戻ることはないんだ」


彼女の肩に触れる手に力が入る。


「花種は、前を向いて生きることしかできないんだよ…!」

「ひっ…いっ…つ…!」


黒羽の肩を掴む手に力が入る。

俺の全てを吐き出す。


「思い出してくれ! 黒羽の人生は嫌なことだけだったのか? おばあちゃんと過ごした日々は決してそうじゃなかったはずだ!」

「ああぁ…くぅ…!」

「言ったよな黒羽…! 変えることの出来る未来を変えないのは…後悔しか残らない」


銀堂と対峙したときに、彼女はこの言葉を言ってくれた。それはきっと、受け入れてくれたからこそ言ってくれたはずだ。

もう一度、彼女に伝える。


「…変えていかない未来に、未来は開いていかないんだよ!」

「―!!痛いぃぃっ…!!」


脳に支配的に変えられた思想をねじ曲げて有るべき黒羽の姿に戻すんだ。


「でも実際黒羽は乗り越えた! 未来を変えようとしていた! これからって時になのに…! どうしてこんな事をするんだ!」


黒羽であって黒羽でない黒羽に向かって言葉の矢を放ち続ける。

本当の黒羽を取り返すために。

俺は黒羽に向かって叫ぶ。


「やめてくれよ…! 俺が…俺が…好きなのは…」


躊躇する鎖を自ら断ち切る。


「困難に立ち向かう…勇気があった黒羽だ!! 俺が恋した黒羽は、お前なんかじゃない!」


彼女の目が大きく見開く。


「早く…! 記憶を元に戻してくれよ! そしてこの人形と…! この人形と一緒に…笑ってくれよ!! 俺が言った言葉に返事をくれよ…!」


最終兵器を白く、細いその手に握らせる。

おばあさんの思いと俺の思いが籠もった…人形を持ち主に返す。


「…あっ…!!」


渡した瞬間、その人形が手で目を覆うほどの強烈な光りを放ったような気がした。

涙で歪み過ぎた黒羽の瞳に一筋の光りが刺す。


「あぁ…ああ…」


その人形が彼女を解毒してくれるかのように、涙の理由が頭痛のものではなくなっていくのが分かる。

天井を知らない感情が黒羽の心を突き抜ける。勝負を決めたのはやっぱりこの人形だった


「あああ…ああ…ああおば……おば…」


その刹那、黒羽のなにかが、変わった。


「おばあちゃん…!」





「雪見や、これは雪見に元気と勇気をくれる人形なの。苦しいときや悲しい時、つらいときに…この人形をもてば,きっと雪見を助けてくれる。おばあさんの、とっても大事なものなんだよ。」


おばあさんがわらう。


「これをあげるから…ね?強い子になるんだよ?」

「ひっく…この…くまさんが…?」

「あぁそうさ。ゆきみの力になってくれるはずだよ?」

「…うん、わかった。くまさん、たいせつにする」

「雪見はものわかりがいい子だねぇ」

「えへへ…ゆきみつよくなる!」

「おばあさんはずっと一緒にいるからね」


「ありがとう!おばあちゃん!」






桜も散り、存在理由は皆無に等しい公園。

だけど、黒羽にとって絶対必要な公園。

その公園の唯一存在する古い外灯が、今回の計画の重要な役割を果たしてくれた。


「ひっ…ひく…うう…」


外灯というスポットライトに当たった悲劇のヒロイン。ついにその物語に終止符が打たれる。

これで本当に終わった。

俺は彼女が泣きやむのを待った。







「…辻村君」


沈黙を打開したのは,黒羽からだった。


「お、おう!?」


唐突に名前を呼ばれる。


「ずっと…あなたの声が…聞こえていました」


今話しているのは,脳によって閉じこめられていた記憶の方の黒羽なのだろう。


「ここに戻ってこられたのも,辻村君のおかげです。またあなたに…助けられました、ありがとうございます」


ペコリとおじぎをされる。

そのお辞儀を撤回させる。


「違うんだ黒羽。俺のせいでこうなったんだ。俺があのとき逃げなければ…こんなことにはならなかったんだ…ごめん」


頭を下げる。

そんな俺を見て彼女は口元に手を添えて微笑む。

俺が渇望した、本当の黒羽が帰ってきたんだ。


「…頭を下げられるより…どうしてあのとき逃げたのか、教えて欲しいです」


前代未聞の可愛らしい微笑みに俺の胸はぞうきんのように絞られる。


「あ…あははは…」


もう逃げられない、いや逃げては駄目だ。

自分で言ったことを否定するような事はあってはならない。


「はは…」


恋愛偏差値40台で、成績底辺の俺がこの場で考えついた答えを、言う。


「俺が…お人―…」

「辻村君」


目で制される。

…万事休す。

言うこと以外、俺は彼女の束縛から逃れることは出来ないみたいだ。


「く…く…くろ…黒羽の…」


観念するしかない。


「く…黒羽の事が…好きだからだよ…! は、恥ずかしかったから…だよ…!」


みっともない。このまま自然発火して塵になりたい。

フフ,と黒羽が笑ったのはそのときだった。

頬は満開の桜に劣らない美しい桜色だ。


「私も辻村君のことが、大好きですよ…」

「…黒羽…!!」



最初からそう決まっていたかのように。

あるいは磁石でひっぱられたかのように。

そうなることを望んだかのように。

唇と唇が重なる。

物語の最後の最後で、有終の美を飾る。

終わりよければ全て良し。

心からそう思い。

この時間が永遠に続くことを心から、望んだのだった。













「ふぅ…」

流石に早すぎた。

時刻は集合時間の三十分前。

今日は待ちに待った黒羽との初デート。緊張しないわけがない。

家を出る前から心臓はなりっぱなしで、父さんに冷やかされるのも無理もない緊張の仕方だった。

今のうちに深呼吸をして心を落ち着かせて…。

…どうやらそれは彼女も同じだった。

俺から少し離れたところで同じく体をそわそわさせて腕時計をちらちら見ている黒羽。彼女も俺と同じく三十分前には到着していた様だ。

心中で笑い、歩む。

声を掛ける以外することはない。


「黒羽」

「は、はい!?」


肩を弾けさせてびっくりしている。


「そんなに驚かないでくれよ」

「す、すいません。いきなり声を掛けられたものですから…」


頭をぺこぺこさせる。

初めて俺が彼女に話しかけたときは、こんな反応ではなかった。


「いやぁごめん」

「はぁ…はぁ…」


なんでこんなにギクシャクしているんだ。

初デートというのはこういうものなのだろうか。

潤滑油が欲しいところだ…いや変な意味じゃなくて。


「今日から私のことを雪見ってよんでよねっ」


は!? 突然の提案。


「え? 黒羽!?」

「は、はい!?」

「お前そんなに大胆だったか…?」

「え? え? なんのことです!?」


素っ頓狂な声が飛び出す。

…かと思えば。


「なんですの?彼女の名前も呼べないっていうですの!?」


口調が変わる。


「は、はい!! …ゆ、雪見…?」

「ぅええ!?辻村君!!?」


脳内ショートを起こしかねないほど赤面している。

全く話にならない。


「え!?今黒羽がそうしろって…」

「私はそんなこといってないですよっ!」

「と、言うのは嘘~。ほぉら、さっさとホテルに直行しましょっ!?」


…あ。


「ボブベゴファアアアァアア!!?」


殺意のある裏拳を男の鼻へ豪打し、そいつは悲鳴と共に地面へ転がる。

転がっていくその姿は誰がどう見ても達也。


「達也、どうしてここに…」

「あ~ら辻村殿。奇遇ですわねぇ」

「か、神納寺!?」


後ろからする貴族臭の犯人は紛れもなく神納寺だった。


「言いましたわよね? 『4度目が二度あることは三度ある、三回目の正直を越えた、正真正銘運命の出会いということにしておこう』って…」

「え? いや、それは…」

「おっはよーっ!! 辻村君! 雪見ちゃんっ!!」


言葉からも明るさがにじみでるのは彼女しかいない。


「く、栗崎!?」

「あ、おはようございます」

「おはよ~!」


スマイルガール栗崎とも出くわす。

意図的と思わざる終えない構成がここに完成する。

そうでなければ、達也、栗崎、神納寺が一斉にそろうなんて有り得ないだろう。


「いやー奇遇だねぇーっ。こんなところでみんなと出合っちゃうなんてっ」


後頭部をさすりながらいかにもらしく言う。


「誠にですわあずき殿…。本当奇遇ですわ」


その視線は嘘をついているぜ神納寺。


「ははっ!? ところで二人してどこに行くつもりだったんだい!?」


視線ならぬ死線を感じる質問。

間違って線を踏み出せば間違いなく射殺される。

罠にはまったネズミは、大人しく捕まるのが筋ってものだ。


「どこにいくって…。お、お前らを待っていたに決まっていたじゃないか! な? 黒羽!」


最悪な同意を求める。


「え? あ…はい!その通りです」

「「「ですよねーっ!!」」」


やられた。


「そんじゃ,カラオケに行ってパーッと盛り上がっちゃおうかっ!」

「支払いは俺に任せろ!」


マジックテープの財布をバリバリと開く。


「や、やめて下さる!?」

「ははははは!」


でもまぁ

こういう光景の方が、俺達には合っているのかもしれない。

夏の兆しを見せる太陽が、俺達の歓迎するように、日曜の午後をサンサンと照らしていた。


というわけで完結です。

正直出来は良くないお話でしたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ラストは選択肢次第で心が壊れてしまうENDもありましたが、今回はトゥルーということで、ハッピーエンドになりました。


黒歴史をこうしてまた黒歴史に出来たことを嬉しく思います。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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