4月29日/土曜日(前)ー最後ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
黒羽√最終日です。一体どういう結末を迎えるのでしょうか。
それでは、どうぞ!
「みんな準備は良いか?」
集まってくれた5人に最後の確認を取る。
「うん…いつでも…来て…」
「大丈夫だよっ!」
「大丈夫だ」
「おっけー」
「いつでもっ」
全員の顔を見合わせる。
ついにこの日がやってきた。
ショーのステージはこの場にいる6人で既に完成され、主役は俺のポケットの中に眠っている。
快晴の空が、俺達の登場を歓迎してくれた。
これほどにないほど準備は整っている。
あとはこの扉を開ければショーは開演する。
学校劇本番直前さながらの緊張が走り抜ける。
「行くぞ…」
全員の頷きと同時に扉は開かれる。
「黒羽、入るぞ」
まずは俺から彼女に顔を見せる。
「よう」
努めて平静を装って黒羽に気軽な挨拶を向けるが、先週のこともあったからだろう、相当警戒されている。
彼女は俺の姿を見るや決して穏やかではない表情を俺に差し向けた。
そこに歓迎の言葉はなく、開きそうにない固く結ばれた唇が俺の来訪に対する答だった。
「…黒羽、この間はすまなかった」
頭を下げる。
誠心誠意の謝罪。
この間やろうとした上辺だけの取り繕いではない、彼女に対して本当の気持ちを込めてぶつける。
「……気にしていないですよ」
視線を合わせないその言葉に胸に引っかかるものはあるものの、どうやら入室してもよさそうだ。
ここで躓いたらどうしようかと思ったが、なんとか第一段階は突破できたようだ。
本題に入る。
「そうだ黒羽、今日はお前の友達を連れてきたよ」
「…友達…」
友達、と言う言葉に興味を持った黒羽はいとも簡単に彼女の目は俺に焦点を当てる。
その目には期待がみえる。
俺以外に知り合いがいるというのなら、この反応は至極当然である。
「入ってきてくれ」
「おっじゃましまーすぅ!」
達也を先頭にぞろぞろと中に入る。
あっという間に人口密度は過去に類を見せないほど濃くなる。
一番圧巻にとらわれているのは黒羽で、目をぱちくりさせている。
特に打ち合わせたわけでもないのに横一列に並ぶ。
「…ふっ」
その暗黙の秩序を最初に破ったのはやはり達也だった。
一歩前に出る。
「エントリーナンバー2484番倉金達也です」
有りもしないスカートをたくし上げ、ここで比較対象に出すのは真に酷だが、神納寺の雰囲気漂うお辞儀をする。
「よろすく」
「…あ…、黒羽雪見です…」
ドン引き、以外言いようがない彼女の反応はあまりにも露骨すぎているが、それに動揺するほど達也は柔ではないし、修羅場をくぐってきていない。
黒羽はさぞ喪失前の自分がこんな奴と友達であったことに疑問を感じていることだろう。安心してほしい、その疑問は正しい。
「んふふ,照れてるのかな?」
解毒を『かいどく』と読むくらい見当違いな事を耳打ちをしてくるのは当然無視する。
するとヒールの足音に似て非なる、ローファーを穿いた乾いた足音が一歩前にでる。
「こんにちはっ!雪見ちゃんの友達の,栗崎あずきだよっ!」
続く栗崎は,この快晴に最高によく合う金色の笑顔で自己紹介する。
しかし敬礼。
「あ,はい。黒羽雪見です。よろしくお願いします」
だが、感触は達也の数十倍良好だ。
「中原だ。よろしく」
「同じく中原です」
「同じく。よろしくね」
その事実は俺が驚く。
「皆さん同じ名字なんですか。ご姉妹なんですか」
「…まぁ、そんなもんだ」
こちらも滑り出しが良い反応。
しかし、今の反応はどれも完全に初見からでる感想で何かを思い出してはいないようだ。
一番期待していた中原達の顔による黒羽の記憶の発掘。実際は掘ってもどこの記憶も掘り出すことは出来なかったようだ。
「みんなお前の友達なんだ」
「そうなんですか…。わざわざ私のために見舞いに来てくれてありがとうございます」
改めて上半身をまげてお辞儀をする。
「いやいや全然良いって!なぁ!」
「そうだよっ友達なんだから当然じゃん!」
「…ごめんなさい」
その謝りは一体何を意味するのか一瞬ヒヤッとしたが
「折角こうしてきて頂いているのに私、何も思い出すことが出来なくて…」
黒羽の顔に薄い暗幕が降りてきている黒羽を見て安心する。
「なーにいってんの?黒羽ちゃんは黒羽ちゃん。今からいっぱい作っていけばいいよっ!」
栗崎の笑顔が暗くなった黒羽を照らす。
「…そう…だとうれしいですが…」
場にいる六人が頷く
「それにしても綺麗だなぁ。黒羽ちゃんがいっぱいいるみたいだぁ」
本当に意味不明だが、話は切り出されしばらく会話が続いた。
それから30分ほど話した頃。
「あはは,面白いですねっ」
口元押さえてながら声を出して笑っている。
仕方がないことだが、黒羽が俺達との間に壁のようなものがあったが、今ではすっかり消滅している。
空気がようやく一つに重なる。
「んんー…そいつ、ヤルネェ!」
相当昔のネタを引っ張り出してくるやはりこいつの存在感は異常だった。
日常的な出来事が全て非日常に聞こえるから困る。
「はははははっ!そりゃうけるな!」
「本当に…おかしい…!」
…そろそろいいかな。
黒羽の張りつめた緊張を解いた今なら。
「黒羽」
丁度話が途切れたところで彼女の名前を呼ぶ。
和気藹々とした雰囲気の中、これから行うことに罪悪感を感じつつも、必要なことだと割り切り、切り出す。
心臓はさっきからバクバクで、息は少し乱れてきている。
一気に一同の構えが変わる。
それは臨戦態勢から戦闘態勢に切り替わる合図だったかのように、達也でも空気を読む空気に一転する。
「はい?」
すっかり機嫌も良くなった黒羽がいつも通りの返事を返す。
唾を飲み込み、覚悟を決める。
「この間見せなかったものがあっただろう」
「―…あぁ私から借りていたものですか」
「そうそう、それを今見せるよ」
取り出す。
これでおしまいにしよう。
もしこの人形を見てなんの反応も示さなかったらもう八方塞がりであり、彼女が以前の記憶を取り戻す可能性は限りなく零になる。
だから少しでも彼女が思い出しやすいように、極力元通りの姿にする為頑張ってきたのではないか。
―…いや、この頑張ってきたというのはなんの意味もない、自己満足なのかもしれない。
そもそも人形が元通りになる結果だけが欲しいのなら栗崎や他の連中に頼んだほうが確実であり、なにより素人の俺に比べてその完成度にも差が出たはずだ。
分かりきったことなのに、俺は自分で治すことに固執した。
そこに俺のエゴで一人で直したと思われても仕方がない。しかし―…
…しかし、これは俺なりの罪の償い。俺以外の誰かがやったことを我が物顔で彼女に渡すことだけは出来なかった。
彼女は…俺の好きな女の子は…黒羽雪見は、俺の手で救いたい。その為に中途半端な努力や行動はしてきていないつもりだ。
自信を持って俺がやったと、言える。
果たしてこれが善となるか凶となるか。
めぐる思いを胸に、それを差し出す。
「…黒羽、これが一体なにか、分かるか?」
彼女の手元に置く。
「え? これ………あっ……」
人形を見た黒羽の手は忽ち、エンジンが掛かったように小さく震え始める。
これが反応がなかったとは言わせない。
ゆらりと揺れるカーテンを越えて吹く風が、脂汗を出す俺の体を少しばかり冷やす。
「あ…あぁ…」
手だけではなく全身に揺れが転移し、目の焦点がぶれ始める。
それは良い意味でなのか悪い意味でなのかは―…
唐突に。
唐突に、人工的に作られた風が切って汗を吹き飛ばす。
それは、俺の首に勢いのあるものが通り過ぎたからだ。
そして地面になにか軽いものが落ちたような音。
後ろを見なくても、その存在は明白だった。
「く…いや…い…い…」
黒羽は既に両手を頭に乗せて悲痛な声を漏らす。
手元には人形の姿はない。
「黒羽!?」
「黒羽ちゃんっ!」
「い…いや…いやなの…」
ガタガタ震える彼女に、流石の瞬発力で一気に近付いた栗崎は彼女の両肩を支えようとした。
「嫌ァ!」
「きゃっ!?」
それは過去形であり、黒羽は箍を外した力で栗崎を弾き飛ばす。
「栗崎!」
慌てて押し出されて彼女を受け止める。
「く、黒羽ちゃん、一体どうして…!」
「嫌…! …や、やめ、やめやめて!!!」
言葉は次第に強くなり、叫びに近くなる。
「く…!医者を呼んでこい!」
「お、おう!」
中原の発言に慌てて達也は飛び出す。
「嫌ああぁあぁぁ!!!」
騒然とする病室。
少女が声を荒げて絶叫する。
…これが結末。
彼女を苦しめるだけの結末。
完全な人形をもってしても黒羽の記憶を取り戻すことが出来ないのかったというのか。
人形があれば彼女の記憶が戻るというのは俺の幻想であり妄想であったのだろうか。
これで駄目なら、もう手はない。
……と
以前の俺ならそう思っただろう。
医者の介入により、事なきを得た俺達は促されるがままに病院を後にし、いつもの駅前の噴水まで戻ってきていた。
「うぅん…雪見ちゃん…大丈夫かな…」
達也が一切のボケを挟まず本気で彼女のことを案じている。
「あの人形だったらなにか思い出してくれると思ったんだけどなぁ…」
栗崎も腕を組んで落ち込んでいるようだ。
「逆効果だったと言うことになるのか…」
中原の一言で場は静まり、六人も集まってするべきではない盛大なため息がどこからともなく吐き出される。
発狂した黒羽は医者がなんとか抑えて薬を打ち、騒然となった病室は黒羽の寝息と共にその静けさを取り戻した。
しばらくは薬の力で彼女は目覚めないだろう。
「まぁ気にしない気にしないっ。また別な方法があるよっ。あたしも一緒に考えるしっ」
「そうだな、みんな今日はありがとう」
「…辻村」
元いじめっ子の刺すような視線を感じる。
「まさかこれであきらめるだなんて言い出すんじゃないだろうな」
「…まさか」
「黒羽を変える力があるのは、お前だけだ。うちらも出来ることはするから、いつでも呼んでくれ」
「そう言ってくれるだけで十分だ。今日は解散しよう」
気持ちが沈んだ連中に向かってそう促す。
こんな状態で遊びに行こうと言い出す奴はいないだろう。
「そうだねっ。お医者さんに言われて何となく帰ってきちゃったし、こんな気分で遊びに行っても仕方ないよね」
「んじゃー解散っ!お疲れしたぁ」
「お疲れ」
「じゃあねぇあずきちゃん」
「うんっまたねーっ」
「あぁ、またな」
各々別れの言葉を告げ、それぞれ行く場所へ散っていく。
すぐに俺の周りには雑踏と雑音で埋め尽くされる。
『黒羽を変えることができるのはお前だけだ』…か。
全員がいなくなったのを見届けた後、ひとつ深呼吸をして改札口の方へ踵を返し、カードを当てて通る。
無論、病院へ行くのだ。
昼過ぎの電車は人もまばらで快適そのものだ。
壁に叩きつけられた人形を手に取り、もう一度整理をする。
彼女は人形を見て叫び、苦しんだ。
それは俺が望んでいた『人形を見せたら記憶が蘇る』ではなかった。
傍からみればそれは失敗であり、黒羽をただ苦しめただけに見える。
そう
苦しむというのは確かに俺の希望に沿っていない。
だが
もしあれが変化の途中だったとしたら。
あのとき黒羽はなんて言ったか。
「い…いや…いやなの…」
あれは人形を拒否してその状況から逃れるために人形を投げ捨てた。
つまりそれはその先があったのではないか?
俺が考えていた変化がその先にあったのではないか?
まだ、この人形の力の真髄を見ていない。
必殺技をする前のモーションなんて痛くも痒くもなく、モーション後の攻撃が重要に決まっている。
一筋の希望、だが最後の希望。
苦しんだ先にある、何かに全てがある。
…この仮定が事実なら一つ言えることがある。
それは、黒羽は記憶を思い出したくない、ということだ。
絶対的な効力を持ち、黒羽の唯一の家族である人形を投げ捨てた。その行為は黒羽は記憶を思い出したくないことを立証する。
ということは、黒羽の身を襲った記憶喪失というのは
事故によって起こったものではなく
脳自らが記憶を喪失させたということだ。
以前読んだ本によると、記憶喪失にも種類がある。
頭部の強打による物理的な記憶喪失。
そしてもう一つは、そのつらすぎる現実から逃げるために脳自ら記憶を喪失させる、精神的な記憶喪失。
事故はあくまでその心因が原因の記憶喪失になるための引き金であっただけで、撃鉄は精神的な記憶喪失のほうに付いていた…ということになる。
物理的な記憶喪失ならば思い出すことに抵抗せず、人形を見て投げ捨てたりしない。
しかし裏を返すと、無理にこじ開けようとすれば黒羽が壊れる危惧があるという事だ。
脳がそうさせたのだ。黒羽の意志とは無関係に。
それを侵すということは、黒羽の安全は保障できない。
下手をしたら本当に二度と記憶を取り戻せなくなるかもしれないし、精神を壊してしまうかもしれない。
そんな危険なことを、俺の一存でやってしまっていいのだろうか。
昨日の夜、俺は人形を渡した後のことを何度も何度も考え、ここまでたどり着いた。
きっと正しいと思う。それを分かった上なら俺は、余計なことをしないほうがいいのではないか。
いじめやおばあさんの死の記憶がない、脳が望んだ記憶でいいのではないか。
俺が執拗に記憶を戻そうとすれば、本当に取り返しの付かない事になるのかもしれない。
それが俺をここまで来させるまで迷わせた。
…俺は…
選択肢
┏1それでも人形を見せに行く
┗2あきらめる
…俺は、それでも人形を見せに行く。
黒羽が記憶を取り戻したいという望みがあるのなら、俺は最大限のことをするだけだ。
もし失敗し彼女がどんな状態になったとしても、俺は責任を取り、寄り添う覚悟がある。
もう迷わない。もううだうだ考えるのはやめだ。
闇が刻一刻と町を染め上げて来ている。
急がなくてはならない。
少々手荒に扉を開ける。
乱れた呼吸を整えつつ、眠りにつく少女の元へ。
誰もいないように錯覚する世界に時々鼻孔から漏れる息の音が、この部屋に彼女がいることを認識させる。
薬を打たれた黒羽はその効力に従って眠っている。先程発狂して狂い咲いた女の子にはとても見えない。
毒林檎を食べた白雪姫の様な悲しい眠りについている。
彼女が目覚めるのを待って性懲りもなく人形を見せたところで桃太郎の最後はどんな絵本でも同じ結末を迎えるように、絶対に昼間と同じ事になるというのは分かっている。
それを避けるために、俺は昨夜策を考えていた。
黒羽に人形を見せたら拒否されて、医者に眠らされるまでの流れを。
人形を見せ、変化の途中で彼女自身によって中断をされるというのを分かっていながらそれを受け入れ、栗崎たちと一度帰った理由。
それは彼女達にこれ以上迷惑をかけたくなかった事と、もうひとつある。
黒羽に眠ってもらい、ここからあるところまで運び出す為。
運び出すということがどれだけしてはいけないことだとは分かっている。
…だけど、やるしかない。今日やらなければ意味がない。
明日になれば俺との交際を拒絶し、チャンスは永久に訪れなくなる。
「…やるか」
何も無計画でここに来たわけではない、概算はついている。
「失礼しますね…と」
俺は黒羽のその軽い体を持ち上げる。
いくら彼女が軽いとはいえ意識がない人間を持ち上げるのは、覚醒しているときのそれの比ではない。
ずしりと、小走りくらいはできるがそれ以上はできない位の重みが俺の両腕から伝わる。
それは今から行う行為の罪の重さを暗示しているかのようだ。
だが、それでも俺はやらなければならない。
お姫様抱っこの形で黒羽を担ぎ上げる。端から見ればとんでもない光景だ。
長居することはそのまま危険に直結するので、早々に部屋から立ち去るため扉へ足を運ぶ。
「…いやまて」
流石にこのまま出て行くのはまずい。
いなくなったとわかれば病院全体が黒羽を探すだろう。
発狂して眠らされた人間が姿を消したとなると、その事態は警察沙汰になることも十分考えられる。
置手紙でもしておくか。
再び彼女にはベッドで寝てもらい、適当に紙を引っ張り出してメッセージを書く。
『すこし借りていきます。帰ってきた後叱るのは俺だけにしてください。 辻村』
…これでいいのか?
明日香を担当しているあの看護婦は黒羽も担当しているらしいから、最初にこの現場に来る可能性が高いのは姉さんだ。
この置手紙をみて、察してくれればいいのだが。これをお姉さん以外の誰かが見れば、110番を押されてアウトになる。
こればかりはどうしようもなく、神頼みになるがしょうがない。
お姉さんに説明したところで理解を得られるわけもなく、計画は頓挫してしまうだろう。
ベットの上にそれを置いておく。
失敗すればタダじゃ済まない、あまりにも危険な作戦が始まった。
というわけで前半終了です。
果たして辻村君の読みは当たっているのでしょうか。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。