4月22日/土曜日(前)ー再会ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きで読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで前半です。
黒羽を事故に合わせたのは自分のせいだとふさぎ込んでしまっていますが、どうなるのでしょうか。
それでは、どうぞ!
最初から助けなければ良かった。
その言葉だけが俺の脳を交差する。
それ以外言葉が出てこない。
真っ暗。
なんにも見えない。
世界は闇に閉ざされている。
それは俺の心にも、見える風景にも言える。
空を泳ぐ大気のように、罪悪感は途切れることがない。
黒羽が俺を庇って事故になって三日くらい経ったと思う。
車はそのまま逃げていき、取り残された俺はすぐさま病院に連絡し救急車を呼んだ。
…だが、粗方の事情徴収を終えた後、救急車に同伴することはなくそのまま家に帰った。
俺に同伴する権利も資格も権限もない。
俺が黒羽を轢かせたのだ。
俺のせいだ。
俺があのとき逃げなかったら。
黒羽と歩いていれば、こんなことにはならなかった。
後悔の弾丸が何十発も俺の心を打ち抜く。
俺のせいだ、俺のせいだ。
逃げたから…逃げ出したから。
家に帰った後俺は自分の部屋の片隅に身を寄せ頭を抱えていた。
そのときから今まで俺は一度もこの部屋を出ていない。
罪の意識が俺の人間としての行動を全て遮断する。
「ごめん…ごめん…ごめん…」
根を張る悔恨、どこに向けて良いのか分からない懺悔。全てを飲み込む闇に俺は為す術もなく飲み込まれる。
払っても払いきれない謝罪の借金は利子が付きすぎた。
なんてことを…俺はなんてことをしてしまったんだ。
俺を助けるために身を挺した黒羽。
どうして俺を助けた。
当初俺は黒羽を助ける為に動いた。
その思いに彼女は答えてくれた。
結果彼女は強くなってくれた。
これからって時に。
俺がその種を掘り返してしまった。
育てたい一心で植えた花種を掘り返す馬鹿はどこにもいない。
綺麗に咲いて欲しいと誰もがそう思う。
だが俺は彼女の生命の花種を潰したのだ。
彼女は…死んだのかもしれない。
今頃葬式が行われているのかもしれない。
そうなったら…俺は。
最悪の結末の筋書きが浮き彫りになり、否応にも真実みを帯びさせる。
最低のサイクルが俺の心を更にドロドロに黒ずませる。
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
暗闇に閉ざされた部屋に同化するように佇む。
それが俺の時間の感覚を麻痺させる。
どうでもいい。
もう…俺は…。
……
…
ガチャリと、どこか遠いところから扉の開閉音が聞こえる。
そんなことどうでもいい。
再び扉がさっきより近くで開く。
その音は幻聴ではない。
廊下の電気が部屋の漆黒を光りで塗り潰す。
何日ぶりにこの部屋に光りが差し込んだのだろう。
人の気配。
研ぎ澄まされた俺の耳には誰かが呼吸しているのが分かる。
同時に俺はまだ『現実』にいることを思い出させる。
俺の視界にそれは入らない入りたくもない。
「…わかったか」
男は独特の重圧がビリビリくる声で語り掛けるように口火を切った。
「大切なものを失った時の…絶望が」
威厳と威圧を兼ね備えた声が俺の脳を痛いほど揺さぶる。
…父さん。
誰よりも家に無関心な父が帰ってきた。
なんとも最悪なタイミングで帰ってきてくれた。
なにもこんなときに帰ってこなくて良いのに。
「…なにしに…きた」
久方ぶりに使う声帯は乾ききった掠れた声しかでなかった。
「…無様だな」
言葉が突き刺さる。
ゆっくりと首を上げ、顔を上げる。
――!
その瞬間俺は目を背ける。明かりが眩しいだけが原因じゃない。
父の鋭すぎる視線の刺突剣が、半ば反射で目を背けさせた。
俺の死んだ目にはあまりにも痛い、つらい。
「なん…だよ…」
視線を斜め下に逸らして聞く。
父の目には俺はどんな風にみえているのだろうか。
「こうなってるだろうと思ったから帰ってきた。お前は私の息子だ、わからない事などない」
少なくとも息子と話すときに話す口調ではない。
身も震えてしまいそうな冷たいそれは、普段の仕事もこんなにも冷徹な言い方をするのだろうか。
…だが、こんなに俺に話しかけてくるなんてかなり不可解であった。
たまにしか帰ってこない父は例え家で俺に出くわしたとしても挨拶すらしようとしない人だ。
そんな父が、わざわざ俺の部屋に入ってまで話しかけ、あまつさえ『お前は私の息子だ』など言い始める始末。これがおかしくなくてなんだというのか。
「なにがだよ…禄に家に帰って…こないで、家族を捨てた…あんたに…息子だなんて…いわれたくない」
そうだ。
10年前からあんたは何一つ家族のためにしていない。
母を亡くしてから狂った父。
そんなあんたに息子だなんて言われたくもない。
「こういえば分かるか」
一つ間をを開けたかと思った矢先、父から信じられない名前が出てくる。
「…黒羽雪見」
目も向けられないはずの首が、目が、簡単に父に向けられる。
鋭利な視線すらも無力化するその言葉。
今なんて言った。
くろは…ゆきみ?
俺が知っている黒羽雪見はあの子しかいない。
可愛くて、大人しくて、でも本当は元気な女の子。
そして、俺がめちゃくちゃにしてしまった子。
思考が巡るたびに俺の体の細胞が活動を活発にしていく。
「なぜ…」
固唾を飲み込み、喉に潤いを取り戻させてから父に問う。
「黒羽を知っている…」
光りを背にしダークスーツを着ていることもあって真っ黒く浮かび上がる父が、とても恐ろしく見える。
さっきから俺の心を透かした上で発言しているようで、畏怖を通り過ぎてうすら寒さすら感じてしまう。
更に父は続ける。
「紅、お前は黒羽雪見をいじめから救いだした」
何故それを知っている。
「…が、事故からは救えなかったようだな」
ずっとストーカーしてたのではないかと思わせるほどピタリと当て、全知全能という言葉が例えでは通じなくなる。
「どうしてそれを!?」
「お前は私の息子だ。わからない事など、ない」
またその言葉。
まるで自分に言い聞かせている様だ。
「とは言え、私でもこの事故は防げなかった」
「何が言いたいんだ父さん」
あまりにも核心を突く言葉に本当に自分が父さんの手のひらで踊らされているピエロに思えてくる。
「事故までは防げなかったがお前が黒羽を助けたいと思った以上、黒羽がいじめから解放されるのは必然だったという事だ」
いつも仕事でやっているであろう、淡々と事実だけを述べる父。
予言者でもこんなにハッキリと言わない。そうなることが当然だといいたげだ。
「具体的に言おう」
その勢いは証拠品を突きつけて追いつめる弁護士そのものだ。
「お前が中原達からいじめを本当にやめさせたことに繋がる最初の出来事はなんだ」
尋問される。
「…それは…」
ここ数日なめるように見ていた記憶の本。すぐにそのページは見つかる。
…最初俺は中原達からいじめをやめさせたと思った。
それは、中原達を説得しに行き俺が関わらないなら黒羽はいじめないと言われた時だ。
そのとき俺はその条件を呑みしばらく黒羽から遠ざかった。
そして実はまだ黒羽のいじめは続いていたことを気付かせた出来事と言えば…
…そう、今でも鮮明に覚えている感覚,あの背筋に駆け上がった悪寒。
父さんがいじめのについての特集をしていたとき
━━
「学校内は教師や他生徒が生徒の異常や現行犯に気づくことが出来、早期発見できますが、学校外になるとその発見が遅くなってしまうということでしたね」
「確かに、そうおっしゃっていましたね」
「はい、ターゲットの帰り道に犯行が行われやすく、その場合被害者の精神的苦痛は――…」
━━
…そういったときだ。
「…父さんがTVでいじめについて話していたときだ…」
「その通りだ」
頷く。
「私がなにも無意味に3日もいじめについて話していた訳ではない。全ては紅、お前に気付かせるためだ」
「な…?」
嘘だ。
しかし同時に出てくる疑問。
それを口にする前に、俺の口は神を信じたくなるほどの言葉に閉口してしまった。
「そしてお前が私の番組を見ることも必然だったのだ」
一体何を根拠に言っているのかと思えば、またしても父は俺の心を見透かしたようにその理由を述べ始めた。
「10年も家を空けている親が何をしているのか知りたくなるだろう。それを知る絶好の番組があった」
…父さんが出演する法律番組。
「そしてお前は家に帰ってから必ずシャワーを浴び、テレビを付ける習慣がある。それは最近でも続いているということは分かっている」
小さい頃の癖まで把握して、時折帰ってきたときも俺のことを観察していたというのか。
「その2つを考えるとお前は私の番組を見ないはずがない。それでお前が中原達のいじめの続行に気付くのに3日かかると見た。だから何度も私は同じ事を言った」
…俺は奇跡を見せられているのだろうか。
俺は父の思惑通りに動いていたという事なのか。
それに、父に話したこともない中原や黒羽の名前が当たり前の様に出てくる。
確かに父がでる番組はずっと見ていた。
だがこんなにもピンポイントな期間に出せるのはあまりにも怖い。
「どうしてそんなに知っているんだよ…!? 父さん怖いよ。なにがなんだか分からない」
嘘偽りもない言葉を、弁護士にぶつける。
マジックを見せられて浮かぶあの感覚は微塵もなく、本当に不思議で仕方がない。
こんなにもネタばらしが気になるマジックは初めてだ。
父さんから伸びる影が僅かに揺れる。
マジシャンはその視線を逸らさずに黙っている。
「教えてくれよ父さん」
急かすように言ってしまう。
「…銀堂」
またしても俺が知っていて父さんが知らないはずの単語が出てくる。
「それが全ての答えだ」
全ての…答え?
銀堂は父さんを知っていた。父さんも銀堂を知っている。
これらが意味することは…
「仕事で知り合った…?」
「その通りだ。何度も依頼されている」
「な…」
言葉が詰まる。
「…私と銀堂家が初めて会ったのは11年前」
それは、母が死ぬ1年前。父がまだ優しい、良い父だった頃。
「あの裁判からだ」
「あの裁判…?」
「そう…黒羽夫妻と銀堂不動産にあったトラブル」
黒羽夫妻。黒羽を捨てた親か。
それも…11年前。
父の表情は段々と辛そうになる。
「それってもしかして…」
「当時弁護士だった私は,黒羽夫妻の弁護にあたった。話を聞く限りどう考えても向こうの仕業だった。私には勝つ自信があった。ここまで抜けた犯罪なら」
そこで口が止まり、あんなに鋭かった視線は先端が拉げ、弱弱しくなる。
俺が父に声を駆けようかと思ったその時、真実が語られた。
「…だが実際の裁判は違った。証拠隠滅はされ、でっち上げられる証拠の数々…。あっという間に私は負け、黒羽夫妻は多額の借金を負うことになる。黒羽雪見が捨てられ、両親は逃走するのも時間の問題だったという訳だ」
黒羽を捨てたのはこれが原因だったというのか。まさか父さんがこんなところで関わっているとは思いもよらなかった。
「それから…私は銀堂不動産とたびたび争った。だが全て負けた。有り得ない証拠によって」
500万で子供を買い取るほどの財力だ。
あれやこれやの手を使って弁護士やその他関係者に御菓子を貢ぐだけで勝利は確実なものとなる。
「そして…私が弁護士として絶望するときがやってくる」
父の声に緊張の色が付く。威厳と威圧が何かと混ざって薄くなっている。
どこか欠けている顔に、脂汗が滑り落ちる。その雫が闇に落ちたとき、躊躇するようにして言った。
「……優花が殺されてしまったとき…だ」
「…なんだって…?」
初めて俺から視線を逸らす
それとは対象に俺は目を見開いて父を凝視する。
優花……俺の母親は…殺された…?
これ以上飲めない固唾を呑む。
「優花は…消された。…証拠隠滅のために」
「それは、もしかして…」
「…そうだ」
父のいつもの凛とした表情は無念の情に潰されている。
「当時勝てない銀堂不動産側との裁判の最中の空き日で、優花と2人で帰っていたとき妻と私は見てしまった,…奴等の犯行を。人間を殺している姿を私達は見てしまった」
白昼堂々と殺人を行っている辺り余裕がなかったのだろうか。
「それはきっとその裁判における重要人物だったのだろう。見つかった私達は追いかけられた。無我夢中で逃げ私達はおおきなミスを犯してしまう。息絶えた住宅街に、私達は吸い込まれていた」
黒羽の家がある住宅街のことを指しているのだろう。
あそこなら確かに多少何かがあろうが発見が遅れることだろう。
「そして,明日香を生んだ直後の妻にそれはあまりにも過酷だった。あっという間に追いつかれ、私達は逃げ場を失う。『大声を出したら殺す』と脅され、その刹那妻は難なく絞殺されてしまう…」
唇を噛む音が響く。
どこまでも外道の道の真ん中を突っ切っている銀堂家。
「そんな…」
「次は私が殺されると思った。だが…」
…
「お…?誰かと思えばあの弁護士じゃねぇかぁ!!」
「あの?」
「知ってるだろ!?法廷でよく会う、かなり食いついてくる」
「あぁ!聞いてて面白れぇ裁判をするやつかぁ!」
「あんたは長に気に入られているんだよぉ『負けと分かっている勝負に真面目にやってる姿が滑稽だ』…ってなぁ!!ははっ」
「じゃあこいつ殺さない方が良いんじゃない?」
「そうだなぁ俺達も暇になっちゃうし…じゃあ見逃すか!これからも期待しているぜ!」
「だけどな、警察とか誰かに相談してみろ…あんたを含め、身近にいる人間は絶対に血祭りに上げる。例え組織が壊滅しても、だ。わかったか!?」
「…ああ」
…
「私は…なにもすることもできなかった。たった今殺された妻のことで動転し、ただ頷くことしかできなかった」
部屋に籠もる父の声と、重すぎる空気。
自分の母親が、目の前でなす術もなく殺される気持ちなど考えるだけでも胸が絞られる思いだ。
「妻は没収され、どうなったことすら分からない。そしてこの裁判は完敗。…私はそのとき思い知らされる」
父の吐露は終わらない。俺は黙って話を聞く他なかった。
「…私は、悪に勝てない。私が貫いた正義は、奴等には通じない。そして…」
目を閉じ、歯がゆさと悔しさを全面に出す父に目を奪われる。
「愛するものすら…私は守ることが出来ない、と…」
握られた拳が震える。
再び逸らす視線。
こんなに感情を表に出した父は見たことがない。いつも無表情で威圧しか知らない大人かと思っていたのに…その目には無縁と思われた涙すら浮かべている。
俺が知っている父とは別人だ。
「話はまだ終わらない…」
再び父の口が閉じる事がなくなる。
「それに直面した私は…せめて銀堂家が絡む問題だけは私がやろうと思った。これ以上私の妻のような被害者をださないために…私なりの『正義』を貫けるのがならば…それが私にできる最大限の妻に対する償だった」
ただ病気で死んだとしか知らされてなかった母が、よもやこんな形で命を失っていたとは知る由もなかった。
父の苦悩、父の断腸の思いが痛いほど伝わってくる。
「そして私は,銀堂不動産に依頼を引き受けてもらえるよう交渉した。話していた通り私は長に気に入られていた。話は簡単に進んだ。そして彼らの弁護士になった私は今までの手段をできるだけやめさせ…私も奴等の悪行に協力し、でっち上げ、裁判に勝ち続けた。それが私の最大限の役割。犠牲者を出さない弁護…そんな関係が続いたある日だった」
父からでた言葉は聞き覚えのあるフレーズばかりだった。
「私はたびたび銀堂翼や,中原達に会うことになる。銀堂翼の父、つまり長からのお願いだった。『友達いねぇから,相手をしてやってくんねぇか』…と」
…
「…誰だよあんた」
「私は弁護士だ。話相手になるために来た」
「うるせぇ!!てめぇと話す事なんてねぇよ!」
「そういわずに…」
「黙れ黙れ黙れええええ!!!」
「……私は君の愚痴や不満を聞くロボットだ」
「あ?」
「いろいろあるのだろう。私が全部聞こう」
「何を言って…」
「遠慮はいらない。君のストレスや鬱憤をはらす道具だと思って良い」
「…」
「さぁ」
「……それがさぁ…」
…
「私は銀堂翼の性格からしてそれが一番だと思った。予想通り銀堂は私に愚痴や不満を話始める」
意外な出会いだった。
人の縁というのは一体どうなっているのか、ただ吃驚することしかできない。
「いろいろ聞かされる。学校での出来事、不満、愚痴…私を叔父と思ってくれたのか、途中から気さくに話し合う中になっていた。それがどれくらい続いたか分からなくなった頃だ…銀堂翼の口から『黒羽雪見』という言葉が出る」
父がそうであったように、俺もその単語を聞くとドキリと胸の鼓動が早くなるのを感じる。
「偶然かと思った。まさか黒羽夫妻の娘の名前がでてくるとは思わなかった。そしてその一ヶ月後には銀堂翼は病院のベットの上にいた。数カ所骨折したらしく、4、5ヶ月の入院が必要だと。そこから始まった黒羽雪見のいじめ」
推理小説の解決編を読んでいるように、どんどん父から裏話が飛び出て、事実の照合がなされていく。
「銀堂翼に意見するのは禁止と言われていたので一時期は放っておいたが、長く続くいじめに流石に危険を感じたそんなある日だった…中原たちの口からお前の名前が出てきたのは」
「なっ…」
「…そのときだ」
定まっていなかった視線が俺に向けられる
「私は確信した」
なにか軋む音がしたかと思えば、父の足は俺の目の前まで来ていた。
「お前なら,黒羽を助けてくれる…と」
…!
「だから私はほぼリアルタイムで入ってくる会話を聞き続け、状況を把握し続けた。そしてお前が嘘に騙されたことを知ったとき番組で伝えた」
それがさっき言っていた3日連続で『いじめ』の題材を使ったわけ。
「本当の場所を。安心しきったお前を訂正させるために。親として子供が間違った道を歩いたなら修正してやるのが当然だろう」
「そんな事が…」
気付けたことは本当に偶然だが、父さんは俺が思っている以上に苦しんでいて、俺を助けてくれていたらしい。
父に対する評価がうなぎのぼりで上がっていく。
だが、そんな境遇であったと分かっても父を許すことは出来ないことがある。
「…だからって…家族を捨てて良いってわけじゃないだろ…?」
どんなにつらいことや苦しい事があっても
「それじゃあ黒羽を公園に捨てたその両親となんにも変わらないじゃないか」
やってはいけないことはある。
俺の目の前にいる男は家族を捨てたのだ、こっちがどれだけつらいか分かっているのだろうか。
そんな言葉など最初から分かっているかのような父はすでに達観しているような顔をしている。
「…言っただろう……もう…」
殺人を認める犯人みたく躊躇い混じりに答える。
「もう…私はこれ以上家族を…失いたくなかった。同じ過ちは繰り返したくなかった…」
どんな言い訳を用意しているかと思いきや、それを受け止める受け皿をすっぽかしてしまうほどの発言。
構えたミットに白球は収まらず、呆気にとられるとはまさにこのこと。
「お前達の傍にいればお前達まで危険にさせてしまうかもしれない。私の仕事相手はあまりいい相手とは言えない、飛び火がきてもおかしくない。だからお前たちとの接触を極力避けた。だが」
矢継ぎ早に
「そんなことは気休めにもならないこともわかっていた。しかし、冷たくあしらって気丈に振る舞い、まるで他人であるかのように接している気でいなければもしお前たちになにかあったとき俺は俺でいられない気がしてならなかったのだ」
止まらない。
「私は…『弁護士』という仕事でもうなにも失いたくなかった。勿論お前たちも例外ではない。だが、紅たちに危害が及ぶかもしれないが銀堂たちとの関係も切るわけにはいかなかった。そんなジレンマが俺を迷わせここまで来させた」
全部吐き出したからだろうか、立っているのが少しつらそうだ。
「なら…どうして俺にこの事を」
それを話す父は矛盾している。父さんがいつもしているように矛盾を突きつける。
「分かったからだ」
父からいつの間にか威圧が消えていた事に気付く。そして、穏やかなその顔は、窶れてこそはいるが10年前の優しかった父の面影が重なる。
「お前が立派に成長したことを」
「えっ…」
「紅、お前は黒羽雪見のいじめの問題に真っ向からぶつかり、そしてやめさせることができた。そんな姿を見て私が思っている以上に、お前は強くなっていたとわかった」
10年振りに父の年季の入った手が俺の頭に置かれ、不覚にも涙が込み上げてきた。
「この話を言うのがこんなタイミングになってしまったがな」
「そうだったのか…」
「…いままで本当に悪かったと思っている……だから、あー……」
気恥ずかしさを取り払う咳払いをひとつした後
「こんな…こんな父親を…許してくれるか」
喧嘩した後仲直りを求める強情な友人のようなぶっきらぼうな言い方。恥ずかしいのだろう。
答えはもう出ている。後はそれを手に取り口に出すだけだ。
「今まで出来なかった親としての振る舞いを取り返してくれよ?」
鼻で笑った後
「…ああ」
固い堅い父の表情が緩み半月の笑みが顔をだし、俺と父は握手をする。
失われた時間はもう戻ることはない。
でも今から取り戻すことは出来る。
ここからが本当のスタートだ。
もうこんなギクシャクした関係を続けなくていいのだ。
気持ちよく入ってくる安心感。それが故に安易に入る不安。
「あ…」
現実に足をついた俺は唐突にたらい回しにしていた自分の現状を理解する。
俺の表情に影がついたことに気付いたのか、優しい声で言う。
全知の父は、またしても俺の考えを読み取る。
「さっきお前にも大切なものを失ったときの絶望が分かるときがくる。そういったはずだ…が、まだそれを味わう必要はない」
「え…?」
「私と紅の決定的に違うところがそこだ」
それは、つまり。
「…死んではいない。黒羽雪見は生きている」
…その通りだ。
冷静になって考えれば分かる。車にはぶつかったもののスピードを緩めていて大した勢いはなかった。
ならば大丈夫ではないが。
黒羽は華奢でしかも女性、オマケに頭から血を流していたのだ。父はそういうが、いつ状態が悪化するかはわからない。
「…行ってこい、黒羽の元へ。お前にはやることがあるはずだ」
父の言葉に背中が押される。
…俺にはまだやることがある。
こんなところで立ち止まってはいけない。
変えていかない未来に未来は開いていかない。
全身にのしかかっていた絶望の重石を粉砕し、俺の体は極端に軽くなる。そしてその硬直しきっていた腰を上げ、血液が足先に巡る感覚が身を震わせる。
「行ってきます」
その言葉はいつしか扉に、壁に向かっていうものになっていた。
…今は違う。
「あぁ行ってこい。明日香のいる病院だ」
父という俺の超えるべき『壁』が答えてくれる。
当たり前のやりとりなのに俺には革命的な新しさだった。
というわけで前編終了です。
父を通して、黒羽のいじめの全容を明かしました。
テレビでいじめの~の件は少々強引ですね。
また、自分は弁護士の知識は殆どないので間違っていたらそういう世界だと割り切っていただければ幸いです。
次は黒羽に会いに行きます。果たして彼女はどうなっているのでしょうか。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。