4月18日/火曜日(中)ー崩壊ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
黒羽一体どうなってしまったのでしょうか。
それでは、どうぞ!
「やっときたんデスね」
妙に、やけにいつもとは違ってはっきりとものを言う彼女。
「え?待っていたのか,俺のことを」
「ええ、ソうデスよ、モう、かナり待ったんデすから」
信じられないくらい流暢に話す黒羽だが、その声は機械音のそれに酷似している。顔は笑っていても口調は無表情で通る、不可解な状況。
その笑みも『笑』のテクスチャを貼っただけのような不自然さで目は全く笑っておらず、本当にただ笑顔になっているだけ。
そんな黒羽から待っていたとの申告に、もう続きを聞きたくなくなる。
「……どうして…?」
聞いた。聞いてしまった。
対する黒羽は出会い頭からなにも変わっていない無機質な声でこう言った。
「ヤダナぁ,イジめにきたんデスよね?ワタシを」
笑う。
寒気が全身を駆け巡る。
これほど笑顔を見て背筋が凍て付いたことはない。まだ中原達に冷笑された方が気分が良い。
「な、なにをいっているんだ!」
「だってソウでしょ?中原さん達にイジめをやめサセテ自分ヒトりでワタシをイジめたかったンでシょ?独占欲ガ強いンデスね。辻村クんは」
目の前がグラリと転倒し、真っ暗になりそうになる。
黒羽が、壊れた。
人形とリンクしていたかのように、きっとあの人形が黒羽の精神を維持する最後のロープだったのだ。
それをナイフが人形と一緒に引きちぎって精神崩壊のトリガーは、いとも簡単に引かれたわけだ。
俺が最も望まなかった展開が目の前に突きつけられる。
「馬鹿、そんなわけないだろ!俺はお前に学校に来るよう言いにきたんだ」
「ハハ…ウそを言わないでクダさい」
笑殺して一蹴される。
「嘘じゃない。本当だ」
「嘘とかホントウとか,ドウデもいイでス。さぁ,早くワタしを殴っテください。はり倒シて罵倒シてください。それが私ノ…役目デすカら」
そろそろ落ちようかなと考えている夕日の逆光に位置する彼女の顔は、いやに黒く塗り潰されていた。
止まらない冷や汗を、戦ぐ程度の風が体温と肝を冷やす。
そんな言葉を、彼女から聞きたくなかった。
「なにをいっているんだ!?」
「ワタし,気づいタンデスよ、最初からワタしはこういう運命ダっタと。殴ラれ,蹴ラれ,罵らレ…スベテミンナこういう使命…役割ダったんダと、気づイちャッた」
笑う。
サンドバックに心と口があったらこんな台詞を言うのだろうか。
つい早口で否定してしまう。
「違う黒羽そんなんじゃないお前は普通の高校生だ。そんな役割なんてないよ」
「なにを言っていルんデスか?それ以外にワタしの存在価値ナンテないンデすよ。ソウなんデすよ。辻村クン」
やめてくれ。
光が消えた目に,困惑した俺の顔が写るそれは自殺しかけていた黒羽を報復させる。
だがあのときより更に磨きが掛かっているような気がする。
暗雲が覆い光りが遮断された空を目に凝縮したようだ。
「頼むからそんなこと言わないでくれよ…お前は必要とされている。俺は純粋にお前に学校に来てもらいたいんだよ」
本音だけを彼女にぶつける。
「だからそんな事を言うのはやめてくれ…!」
「…帰りを待ッテいル?…は…ハハハハハ!」
こんな形で彼女が大笑いする姿を見ることになろうとは思いもしなかった。
しかしその手はブランコの鎖をしっかり握っており、顔だけが上下に細かく揺れ動いていた。
「ソンな嘘イらナいデすよ…!とイウか…もうイイんですよ」
何かを思い出したように立ち上がり、笑顔とはかけ離れた笑顔を向け
「そうヤってワタしに優しくシテ…信用したとこロヲ、イッキにいじめるんデスヨね?」
「な…」
「そんな事をシテも無駄でスヨ」
これが嘘で、夢であったらどんなにいいことか。
ぱくぱくとよく喋る。
「ワタしは誰も信用しナい。シタクナい。信頼なンテなんの意味もナイ。だから、ネ?そんなの意味ないでスヨ。そんな前置キ、いらナイですよ」
もし本心で言っているというのなら、もう手遅れなのかもしれない。
「前戯なんて、もう十分デス。ダかラはやくイジメてくださいよ」
機械的に話す黒羽に感情の『か』の字も入っていない。
なんて悲しい事を言うのだろうか。
彼女の『信用』に鉄槌を振り下ろし、木っ端微塵にした中原たちの業は深い。
…いや、ここで怯んでどうする。一番しっかりしなければならないのは俺じゃないか。出来る限りの事はしよう。
彼女の劇的な豹変に気が動転したが心の中で頷いて心を落ちつかせる。
俺は片時も目を離さず黒羽に言う。
「お前をいじめるなんて絶対にしない。本当に俺はお前を助けにきただけなんだよ」
「ハ…」
「黒羽、思い出してくれよ。お前がいじめられているところを止めた。お前が自殺しかけたところを止めた。お前が雨に打たれて泣いているところを助けた」
「…ハ、正直…メイワクだったんでスヨ。なンか必死ニナってて…ワタシにソンなモノ必要なイのニ、オ節介もイイとコろでスよ」
心を抉るような言葉をこの声で言われるとかなりくるものがある。
負けそうな心をグッと抑えて続ける。
「…そうだな、誰が見てもお節介だっただろうな」
「ソウでスよ、ソンナのイらナいです。だからハヤク殴っテクださいヨ」
「話を最後まで聞いてくれよ」
少しだけ表情が引き締まったように見えた。
「…それら全てがお前に俺を信用させるためにやったとそう思われても仕方がない。だがそんなものはない。全てお前を救い出したかっただけなんだ」
「ソンナの口だケならなントデも言えまス」
「ああ口だけならなんとでもいえるさ。でもな…体は嘘をつかない」
俺は制服の上着を脱ぎ捨て腕をまくる。
流石に読めない行動だったのか、黒羽の瞬きの回数が増える。
捲って肌が露わになった右腕には幾つもの傷。
それが全てを肯定してくれる。
中原達に蹴られ殴られたときの傷だけではない、屋上の金網の間に腕を伸ばした時に出来た痣のような傷が今でもそれが生々しく残っている。
「全てお前を助けるために出来た傷だ」
「か、勝手ニタスケた癖に…!」
「こんな傷ついてまでもお前の信用を得たいと思うか?普通こんなになってまでもお前をいじめたがるか?」
唇を結んで押し黙る。
傷に罪悪感を感じてくれたのかもしれない。
「大体もし俺がお前をいじめるなら最初から俺だけでいじめるか一緒になっていじめるよ。そもそもだな」
黒羽に口を挟む余地を与えない。
「いじめに『信用』や『信頼』はいらないだろ。信用させてから落とす。なんてそんな面倒なことは俺ならしないし、する奴もいないだろう。一方的な暴動にどうして信頼や信用がいるんだ?」
「…それ…は…」
「確かにそっちの方が精神的に傷つくがそこまでの過程が面倒だし、そんな省ける過程を省かない手はないだろ」
世の中にはそれを是とするものはいるだろう。だが今必要なのは完璧な論より勢いであり、黒羽に考えさせてはいけないことだ。
話の根底には「俺は黒羽をいじめたくはない」という確固たる意思を伝えたいのだから、多少の雑さは見のがしてほしい。
「これでわかってくれたか?俺の今までしてきたことはお前をいじめたかった為じゃない。助けたかっただけだと。それだけなんだ」
口を固く閉じ、眉を寄せて俯く黒羽の姿は親に叱られて黙る子どものように見える。
後押しする言葉を最後に伝える。
「『信用』 してくれよ…」
ここまでマジンガンのように黒羽にたたみかけた結果、暴走した歯車に歯止めが掛かったようで、先ほどの流暢さは消え失せて寂然となっている黒羽。
もしかしたら壊れた心に少しでもしみてくれたのかもしれない。
希望が見えてきて嬉しくなる。
「分かってくれたか」
捲ったYシャツを元に戻し、勢い余って投げ捨てた上着を拾う。
少し土がついたので手で払っていると、ポケットにある違和感を感じて同時に思い出す。
ポケットに潜む彼女の宝、いや、天文学的数の値打ちがある人形の存在を。
これを渡せば彼女は変わるかもしれない、彼女の全てを支えるこの人形で。
「なぁく―…」
「…嘘だ」
ボソリと、口を開く。
「嘘ダ…嘘だ…」
さっきまでの偽物の笑顔は完全に霧消して顔を歪ませ、震えている。
「嘘ダうソだ嘘だ…」
―見開く。
「嘘ダァ!!」
爆発。
またしても彼女の中の癇癪に点火してしまった。
彼女を激情させる爆弾は触れるだけで暴発するらしく、それほど彼女の精神は深く蝕まれているようだ。
俺達二人以外誰もいない、大きい桜一本以外はろくなものがないこの場所でそ彼女は容赦なく叫ぶ。
「そンなノハ嘘ダ!ナにガ『助けたかった』だ!そンな上辺だケノ言葉なンテ信じナい…絶対ニ信ジナい!」
「く、黒羽!」
屋上で自殺しようとしたあの時と同じ、剥き出しになった彼女の感情が再び相見える。
今度はそう易々と死ぬことはできない状況であるから多少冷静でいられるものの、あくまで多少であり、油断を決して許されない状況だ。
付け加えるなら今度は本当に壊れてしまっている為、言葉の荒々しさは前回を遥かに凌ぐものだった。
「そウやっテ…ソうヤッて何度も騙されてキタ…!人を信じたばッカりニ、何度も裏切ラレた!!ただ助けタカった?ナニ言っテんデすか!?お前もなにか下心があるから私に優しくするんデショ!?どうせ裏切ルくせニ!!人間は所詮、得するコとニしか動かない、動ケない!デモナケれバ!ニンゲンは必ず!裏切る!無償でなニかをスるなんテ絶対に有り得ない!!」
ターン制だといわんばかりに、意図せず後ずさりしてしまいかねないほど怒涛の言葉の数々。
瞳は小さくなり、両手を震わせながら腹の底から張り裂けたものを怒号として噴火させている。
「信用、信頼なんて利益1つで簡単に裏切られる!ソンな軽いものナンカにワタしは縋らナい!信用シナい!信頼できルノは自分…ワたしダケダ!」
奥底に眠る獅子を叩き起こして,悲鳴にも近い声で言い放つ、俺に向かって叫んだ魂の慟哭。それは彼女の今まで生きてきて得た結論だというのか。
それはあまりにも偏って捻れた結論だ。
「黒羽…」
「そうでしょ!?利益があるか―…」
「いらないよ」
たった一言で彼女は突然ミュートになったかの如く声が途切れる。
俺は野獣のように本能に赴くまま怒り狂う黒羽をあくまで穏やかな顔で、平静で語り掛ける。
「誰かを助けるために利益なんて必要ない」
「う…嘘だ!」
「ならこの傷と同等の利益はなんなんだ?」
「あっ…」
俺は今まで黒羽を助けたい一心でやってきた。
最初こそは好奇心からの行動だったことは言い逃れ用のない事実だが、その先の行動に損得を考えたことはない。
確かに周りから見れば黒羽に好意を持ってもらいたいという『利益』のために俺が頑張っているようにも見えるだろう。
だが俺にそんなものはない。『黒羽のために』…いわばストーカーに近い行いだった。
俺の彼女に対しての一方的な好意が俺を動かした。理由はあっても利益は求めない、簡単に言えば騎士が姫を守る様な心理だ。
でも俺は彼女が嫌がれば俺もすっぱりやめていた。俺でもそこまで自惚れてはいない。
「どうなんだ?誰かを助けるために利益なんて必要なのか?裏切る必要なんてあるのか?」
「…う…」
「…いらないよ。そんなもの」
「……違ウ!」
見るに堪えない姿に胸が締め付けられる思いだ。
まともに思考回路が動作していないのか、あからさまに顔を顰め頭を抑えて苦悩している。
結局『黒羽のために』といっても、最終的には黒羽に好意を持ってもらいたいための行為と言われては、彼女に対して好意を寄せている以上否定はできないわけだが、あくまで俺は彼女に好意を持っているから勝手にやっているだけで、好きになってほしいからという気持ちは二の次だ。ないといえば嘘になるが。
なんにせよ、そういった邪な考え第一で今まで動いていない。自殺の件に関しては本当に咄嗟で彼女を助けたいと思ったのだから。
すこし黙り込んでいた黒羽だが、無理矢理纏め上げたのか、絞り出すように反論を試みる。
「ダッたらッ…!利益も…なにもナイノに…オマエはドウしてワタシをタスケンでス!?理由は…理由はナンナンデス!?」
こう聞かれてしまっては、俺の数多ある回答の選択肢は一つに絞られる。
「…お人好しなんだよ」
ここで『好きだから』なんて言っても意味はないだろう。
怒ってる…ましてや狂っている人間に告白してもそれはあいさつと何ら変わりないレベルで受け止められ、流されるだろう。
そうやって告白できない理由を作って逃げているとは否定しまい。
「お…人好シ…!?お…オば…」
異常なほどのリアクション。
なにがともあれ俺の言葉で狼狽し、弱点のコアが露呈した今がチャンスだ。深呼吸をして覚悟を決め、落ちついた口調で
「黒羽、世の中には確かに人を騙す奴もいる。お前はそれに当たりすぎた。運が悪すぎたんだ。だけどな、お前を大事に思っている奴は絶対にいる」
中原たち、そして銀堂の存在は彼女の人生にとって大きなイレギュラーであったであろう。彼らに出会わなければ黒羽は今頃普通の高校生活を送っていたはずだ。
しかし、銀堂たちがいなければ俺は彼女にここまで接することもなかっただろう。星の巡り会わせとはどうなっているのかわからない。
「お前を思ってくれる人間はいるんだよ。少なくとも俺がそれだ」
「そんなの…う…う…く…!」
洗脳が解けそうだがまだ踏み込み切れない瀬戸際にいるかのような苦しみようだが、俺はこのベストなタイミングを逃さない。大技は相手がひるんだ隙に使うのが一番だ。
「それにな黒羽、お前は嘘をついている」
「な…」
「お前が『信頼』しているのは自分だけじゃない。初めから嘘をついている」
「ハッ!なにをイウカトオモエば…!ヤメテくダいよ!ソンナ意味ノないウソハ!」
俺は再び羽織った上着のポケットに手を入れて取り出し、受け渡すように彼女に示す。
ハッと声を漏らさずにはいられなかった彼女の表情は先程とは違った形で目を見張っている。
「…違うか?」
「そ…そん…な…」
「お前が大切にしていた人形だ」
どんなときも一緒にあった人形。それに信頼を寄せていないはずはない。
「ど…ドウシて…」
黒羽の目の暗雲が消滅し、人間があるべき目のハイライトが復活する。
雨上がりの雲の隙間から出る細い光も幻想的で美しいが、黒羽の瞳に差し込む光の方が何倍も優美に見える。
「ドウシて…アナタガ…もう…あえないと…思ったのに…」
激情の噴火は一気に沈静化し震える手で至宝を受け取る。
「…まさ…か……あなたは……あなたは…初めから裏切らなかった…!」
両手でしっかりと抱えられた人形を胸に寄せて抱きしめる。
この人形を失ったと気づいたとき、彼女はなんに対しても裏切られると思ったのだろう。
「…ああ………どうシて…」
「ん?」
「どうして…あなたは…いつも……」
喋り方もココロに電源が入り、機械から人間に戻っている。
「いつも…わたしを救ってくれるんです…か?私…本当は…嬉しかった…」
「…そう思う気持ちが『信用』ってやつなんじゃないか?」
彼女の本音らしい本音にここまでずっと感じてきていた『お節介』という足枷が消える。
おかげで少し気の利いた言葉をかけてあげられたのではないかと思う。
「お前が裏切られてきたはずのものにだよ。それでもまだ否定するか?」
首を横に振る。
その慣性に従って真珠の様な涙が、光って落ちる。
黒羽はいつの間にか泣いていた。
「う…う……く………おばあ…ちゃん…!」
ついに押さえきれなくなったのか人形を抱いたままその場に崩れ落ち、黒羽の縮んだ影が俺の足下に落ちる。
こうも感情の起伏が激しいと相当体に負担をかけているのではないかと心配してしまう。
「うっ…ううう……ごめん…なさい」
唐突に彼女が謝り始める。
「ごめんなさい…ごめんなさい…おばあちゃん…」
彼女の口からよく出てくる『おばあちゃん』という単語。
この人形とおばあちゃんに何かしら関係があるのだろうか。
「うわあ…ああ…っく…うう…ヒック…」
今はとても聞くことができる状態ではないので、彼女が泣き止むまで俺は待つことにする。
あれから結構時間がたった。
二人が世界から切り離されたかのように誰一人、この公園に足を踏み入れるものもなければ、何一つ雑音が俺の耳に届くことはなかった。
空を見れば、太陽は舞台から降壇し、すっかり月の独壇場となっている。
地上を見れば、古めかしい照明が散り行く桜を見届けている。夜桜のその妖艶な美しさに、しばしば見とれてしまう。
俺の提案により黒羽と近場のベンチに座っていた。
痛いほど腫れ上がった目を浮かばせて、ようやく泣き止んだ黒羽の縮こんだ彼女の影は周りの闇にまぎれて消えている。
「…大丈夫か」
「……ごめんなさい」
開口一番におばあちゃんではなく俺に謝罪してくる。
「ごめんなさい…辻村君に迷惑をかけてしまったようです」
まるで子供と一緒に謝罪する親のような、間接的視点からの発言。
それが意味することとは。
「まさか…黒羽」
察してくれたのか彼女はコクリと頷く。
「実は一昨日からあんまり記憶がないんです…。辻村君と話していたような話していなかったような…記憶に靄がかかったような感じで、うまく思い出せないんです」
中原たちによる苛烈ないじめと人形を失ったショックが重なり心が壊れた黒羽は、機械的にこの公園でいじめられにきたというのか。
あの人形が壊されて以降の彼女の記憶は曖昧になっている。理性が吹き飛んでしまうほどショックだったと言うのだろうか。
改めて彼女にとってこの人形の価値の大きさを再認識する。
「気づいたときには私泣いていて、辻村君が傍にいて…」
腰を上げ、立ち上がる。
「なにか私、辻村君にとんでもないことを言ってしまったのかもしれません…そのことを謝罪しようと…」
両手を膝に当ててペコリと頭を下げる。
「私、なにかいっていませんでしたか?失礼なことを言っていたら、謝りたいのですが…」
「いや、大丈夫だ。黒羽は何も言っていないよ」
「…それは本当ですか?」
「ああ、本当だよ」
「…そうですか…」
それと同時に気づいたことがある。
彼女の話し方に劇的な変化がでている。さっきの言葉を使えば流暢になっているが、それは決して機械的な話し方ではなく血の通った人間の声だった。
恐らく俺が最初に出会った彼女は、心に人間不信の鉄鎖が絡み付いていた『表』の黒羽。それは人に決して近寄らさせず、人との距離をとらせていた。
話し方がおぼつかなかったのも、極力人を避けていたのもそのためだろう。
そして俺がさっき対話した黒羽は、その鎖をつなぐ張本人である彼女の本当の本性が剥き出た『裏』の黒羽。
それを消滅させたとき裏が表を制約している鎖を消したのだ。
だから今の黒羽は記憶が曖昧になっているのだろうと推測してみる。
「…辻村君?」
思いにふけていて、どうやらぼんやりしてしまっていたらしい。
「あ、いや、ごめん。なんでもないよ」
「心配しましたよ」
軽く握った右手を口元に寄せて微笑む。普通に可愛い。
10人が聞いても誰も信じてくれないくらい彼女は明るい少女になっている。
俺がおかしくなってしまったのではないかと思ってしまうくらいだ。
「ところで私はここでいったい何を…?」
電灯と月明りの頼りない光源をもとにを見回して彼女が言う。
「中原達にいじめられに来たんじゃないのか?」
「…そうなのかもしれません」
「でもそれは無駄足だったな」
「え?」
「もう誰もお前をいじめる人間はいないよ」
「え…!?」
俺は事の経緯を話した。
「え?辻村君がやめさせてくれたんですか!?」
「ああ、そういうことだな」
俺は中原達にいじめをやめさせたことだけを話した。
銀堂のことは一切話していない
「もう、大丈夫なんだよ」
「本当に…」
「本当に…ありがとうございます。もう…なんとお礼を言ったらいいか…」
黒羽からお礼をいわれたことがあっただろうか。
それすら許してくれなかったのだろうか。
「でも辻村君…どうして…私のためにそんなことをしてくれるんですか?」
「えっ…」
正気に戻った彼女にそんな質問をされて緊張と焦りから思考が停止する。
「ぅ……………お、お、俺は…お人好しなんだよ」
…結局この台詞を言っている自分がいる。
いまこそこの『タイミング』というやつじゃないか。
俺の恋愛の成績は偏差値40を切っていることは間違いない。補習を受けられるなら是非受講したい。
「苦しんでいる人間を助けることに、理由なんていらないよ」
言っている台詞が恥ずかしいのも重なり、彼女に視線を合わせられなくなる。
だが彼女の言葉に自然と黒羽に視線を戻してしまう。
「…それはとっても…いいことだと思いますよ」
そういって微笑む。
俺はその笑顔を待っていた。
形だけの笑顔じゃない、本物の笑顔を。
微笑み返して続ける。
「黒羽、元気になったな」
「え?はい、なんだか心が軽くなったようなきがして…えへへ。これも辻村君のおかげです。ありがとうございます」
桜色に染めた頬でお礼を言われて聞こえてしまうのかと思うくらいドキッとする。
これ以上黒羽と会話をしていたら体裁が保てなくなるので話題を切り替える。
「く、黒羽、話があるんだ」
「え?」
電灯の下のベンチで一緒に座っているが、彼女と俺の距離は20cmあり、微妙な距離感がある。ただ俺が恥ずかしいだけなのだが。
咳払いをして少し緩んだ気持ちを引き締め、しっかり彼女を見据えて質問する。黒羽の目は涙で赤く腫れていた。
「話って、なんですか?」
「また尋問みたいで悪いんだが質問を…いや、過去を話してくれないか」
「え…?」
「いや、もちろん話したくないことは話さなくてもいいよ」
「あ…はい。分かりました」
「それで、質問って?」
目線を下におろして俺は彼女の右手に優しく握られた頭のない人形を見る。
「…その人形について…だ」
下手をしたらこの話題は禁忌であり、また彼女のトラウマをほじくり返してしまうかもしれない危険な題目だ。
気安く聞いたことにやや後悔すると、彼女は怒り狂うわけでも泣き叫ぶわけでもなく至って冷静に答えてくれた。
「あ…これですか?」
人形が握られた手が脈打つ。
「詮索しているみたいで悪いが…」
「いえいえ、これはですね…」
懐かしげな顔で人形を見つめる。
遠い目に映る先はなんなのだろうか。
「おばあちゃんからもらった、大切なものです」
彼女は語り始めた。
というわけで中編終了です。
今回完全に黒羽が壊れています。当時PCゲーである精神崩壊する女の子を書きたかったのだと思います。
その割にはあっさり戻っているあたりまだ詰めが甘いというかなんというか。
選択肢次第では壊れたままのBADENDとかあったらいいのにプロットにはそれはないです。
まだまだシナリオも練り不足だったんだなと痛感しました。
さて来週は過去編です。
黒羽の精神を支える人形の存在とは一体?そのあたりをできるだけ説得力のある文章を書いていきたいと思います。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。