4月18日/火曜日(前)ーお人好しー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きで読んで下さっている方は、ありがとうございます。
またもや辻村君の身に試練が訪れます。それは一体?
それでは、どうぞ!
頭の頭痛が痛い。
学校の階段を昇りながらつい頭を押さえてしまう。
冒頭から意味が重複する日本語を使ってしまうくらい頭が痛い。
原因は工事現場の削岩機の近くにいたからではなく、それに匹敵する人間の声にやられたからだ。
ついに黒羽をいじめる元凶である銀堂の本拠地まで乗り込むことができたが、結果は惨敗。俺は撤退を余儀なくされた。
正面からのアタックは通用する気がしないが、それ以外に有効な手段を思いつくこともできない。
朝っぱらから頭痛と苦悩のダブルパンチが、1限から5限までぶっ通しでテストを終えた後のような脳の疲労を感じる。
気付けば3年の教室がある階まで足を運んでおり、気怠い足取りで教室へ向かう。
「おっ!?辻村君,おっはよー!」
毎日朝に新鮮な挨拶を運んでくる栗崎だが、今日だけはその快活なおはようが頭に鋭い痛みを感じさせる。
だが折角こんなに気持ちいい挨拶をしてくれた彼女を咎めることなどできるはずもなく、できるだけ何事もなかったように挨拶を返す。
「おはよう」
「昨日はどうだった?」
俺が席に着くなり後ろから聞いてくる。
「あぁそんなにたいしたことがなかったそうで、2週間もすれば退院だってさ」
「おおーっよかったねっ」
両手を合わせながら嫌み0%本音100%の純粋な彼女の安堵に胸がすっとする。
流れで黒羽のことも聞く。
「昨日は黒羽いた?」
「あぁ雪見ちゃんねっ。昨日は休んでいたねぇ」
黒羽の席をちらっとみて言う。
「どうだろう…金曜も元気なかったし…」
「土日に風邪引いていたのかもね。きっと今日には来るよっ」
ニカッとこちらも嫌み0%の綺麗な笑顔。なんとも栗崎らしい前向きな意見だと思わず感心してしまう。
このポジティブな考え方が少しでも彼女にあれば話の顛末はもう少し別の結果になっているのかもしれない。
「そうだな。そうだよな」
そんな彼女の言葉に半ば自分に言い聞かせるように同意する。
果たして来るのだろうか。
黒羽を呼びに行くことも考えたのだが、ただでさえ勝手に首をつっこんでるのにこれ以上の行為はただの勘違い男だ。
だから俺は行きたい気持ちを抑えて学校に来た。
「それじゃ暇だから第5の力について議論しようよっ」
「…そうだな、そうしようか…」
「やっぱりあたしは第5の力は実在すると思うんだよねっ」
「新たなる力…か」
俺は栗崎と言った本人すらよく分からない議題で討論したのだった。
いつもとなんら変わりなくざわつく教室。
談笑や執筆音、そして接地音。
朝のCHRが始まる10分前まで時は過ぎたが、俺が一番待ち望んでいる彼女の姿はなく、影一つ見せない。
「んもぉ紅ちゃんったら嘘がうまぁいぃ」
隣で銀座のママをやっている達也の背後にある奥の扉だけを見つめる。
黒羽が教室に入るその瞬間まで
「いっぱい(一杯)サービスしちゃうわよぉ。なーんてっ」
無駄に時間だけが過ぎる。
長針があと1㎝ずれればチャイムは鳴ってしまう。
来ないのか。そう諦めかけたとき沈黙を保っていた扉が勢いよく開かれる。
「くろ―…」
願ったりかなったりの来訪に声を出すが、その後の言葉を続けることは出来なかった。
「ハァ…ハァ…」
影は1つではなく3つあったからだ。
扉の前には息が弾んでいる中原達の姿。中原たち一行が始業式以来の始業前登校だ。
「え…はやくない?」
「ちょ、珍しいなおい」
意外な事態にコソコソと話し声が広がる。
それに対して全く動じない中原は無言でこちらに視線を揃える。
「…ふ」
昨日からでは絶対に考えられない細い笑みが小悪魔みたいに見えたのは先入観からなのかもしれない。
そして、朝早くから登校してくるということが些末な事になってしまう程衝撃的な言葉が紡がれる。
「おはよう」
彼女から発せられる薔薇も真っ青な棘だらけの言葉はそこにはなかった。
あまりに新鮮すぎる事態に一瞬言葉が詰まるが、俺もそれ相応の答えを返さなければならない。
「おはよう」
それを満足げに聞いた彼女たちが歩んだ先は自分の机ではなく、昨日激しく争った俺の目の前。
ただでさえ朝からいることが珍しいというのに、こいつらが人の席…ましてや俺の席に来るなど珍事の中の珍事だ。
明日は雪でも降るのではないかと心配しつつ、対応する。
次の光景は、そんな冷静な体でいこうとした俺の出鼻を挫くものとなる。
「ちょっとこい」
「えっ?」
言うなり中原は俺の右腕を掴みズカズカと教室の扉の方へ歩む。
「ちょっと待てよ、なにがなんだか…っておい!」
「まあまあいいからいいから」
腕を引きもどして立ち止まろうにも俺の背後にはバッチリ取り巻き二人が俺の背中を押してくれており、歩く足が止まらない。
無理に引きはがしすまではする必要はないので、ここは観念して彼女たちの後に付いていくことにする。
周りからは奇異の視線を全方向から浴びせられたのは説明するまでもない。
爽やかな風が体を吹き抜けていく。
そうして俺たち一向が向かった先は幾度なく争ってきたバトルフィールドである屋上。
女の子に手を引かれて屋上まで連れていかれるとはなかなかおいしいシチュエーションであると思うが、多人数の抑え込みによる拉致に近い状況なのでまったくおいしくない。
到着するとしっかりと握られていた右手は解放され、後ろ2人も俺の正面に回る。
この光景を客観的に見ると苛烈な戦いが繰り広げられたあの時と完全に一致する。
「…一体どういうつもりだ。ここまで連れてきたのはどういうことだ?」
「今まで…本当にすまなかった」
3人の頭がうなじが見えるまで急降下する彼女たちを見て目が点になりかける。一体なんでどうしてこうなるんだ。
「や、やめてくれ、俺がやらせているみたいじゃないか」
慌てて頭を上げさせる。
「でも…」
「いいから、もういいから」
その言葉にようやく頭を上げる3人。
「誠意は今日の登校で分かったから」
今までとなにも変わらないなら今日も遅刻するはずだ。だか今回は走ってでも遅刻を阻止した中原達に、なにかしら心情に変化があったと考えるのが普通だろう。
聞いてみる。
「それにしても今日は早かったな」
「あぁ、黒羽に威圧感を与える必要がなくなったからな。不良イコール怖いってイメージあるだろ?」
「そりゃあ不良だしな」
「だけどもうする意味もないし普通に来ようかなと」
「ほう」
「…というのもあるし」
中原は矢継ぎ早に
「こんなのは罪滅ぼしにしかならないと思うが…来ない黒羽の分、うちらが変わりに学校に来ようと思う」
少し目線を逸らしたもののすぐにこちらへ顔を向けてそう言い切った。その真意とは。
「なんでまた」
「黒羽がいない分のノートを取って黒羽に渡したい。それもうちらなりの罪滅ぼしのひとつだ」
「…まぁいじめっ子に馴れ馴れしくされたら次はなにされるのか身構えてしまうだろうけど」
後ろにいた取り巻きがそういって乾いた笑いで自嘲する。
なんていうか、別人達と話しているようだ。よくSFなんかである、精神を入れ替えられて中原達の中の精神は別人なのかと思うくらいだ。
人はこんなにも変われるものなのだろうか。支配者に逆らえば死ぬ恐怖はこんなにも人を変えてしまうのか。
憶測でしかものが言えない俺には計り知ることも烏滸がましい。
「罪ほろぼしと言えば」
中原が取り巻きの自嘲を遮り、ばつが悪そうな顔で
「本当は今日黒羽に謝りに行きたかったんだけど…今日集合が掛かってて」
「集合?」
眉をひそめる。こいつらの口から出てくる集合とはつまりそういうことなのか。
「…あんたが想像しているのとはかなり違うと思う…」
「えっ」
グラサンかけたモロ恰幅のいい男達がわらわらいる姿が過るが、中原の一言で全員が死に絶える。
「集合というのは銀堂の元に、ってことだよ」
銀堂。
その言葉を聞いただけで昨日の発狂している顔を思い出してゲンナリしてしまう。
露骨に顔をしかめた俺を察したのか、3人から同情のような視線を感じる。
「…あったのか」
「ああ。30秒と持たなかったがな」
「大方発狂されて話にならなかったんだろ」
まるでその場で俺と銀堂との会話を聞いていた位正確な答えだが、普段から「黒羽」は逆鱗に触れる言葉なのだろうと解釈する。
ここであいつの話をしても耳鳴りに襲われるだけなので、話の路線を戻す。
「そうなんだよ。それでその集合とは一体なにを。差し支えなければ教えてくれ」
頷いて特に戸惑う様子をなく詳細を語る。
「毎週この辺りに集合が掛かるんだよ。あらかじめ黒羽をいじめている光景をビデオに撮ってそれを銀堂に見せるというのがここ数か月通例になっていた」
「な…」
ビデオの件から痺れるように戦慄く。撮らせてそれを見ながら満足げに唸る銀堂がどんな公式よりも簡単に浮かぶ。反吐がでる。
これまた露骨に嫌悪感丸出しの顔をした俺を察したのか、頷きながら
「…あんたが想像している通りだと思う」
溜息まじりにそう言われたら返す言葉もない。己は安全なところでふんぞり返り、兵が奴隷に暴力を振るう姿を見て楽しんでいるというのだ。
自然と拳に力が入る。
それは銀堂に対する憤りと共に、もっとはやくその真実に辿り着くことができなかった自分の不甲斐無さに対して。
「それがちゃんと更新されているか日付を見るんだ」
「一度忘れてたときがあって、同じことをしたといいつつ古いのを見せたらバレちゃって、こってり絞られたっけか」
確かにビデオを撮ったとき,右下辺りに表示される日付を見て使い回されてないか確認しているのか。
裏を返せば有る程度自分に彼女たちが従ってないと自覚しているのかもしれない。…いや、彼女たちも抵抗していたのかもしれない。
「あいつが最低なことをしていることは分かった。何とかしてみるよ」
「…あの惨状を体験してまだやると?」
怪訝さと驚きが入り混じって彼女は言った。すると俺の机に手を置いて身を乗り出して
「辻村、経験者だからこそ語らせてもらうがな…うちたちは何度もやめるよう話をしたことがある。関係はどうであれ長年付き合ってきたうちたちの言葉にしても銀堂は首を縦に振らなかったんだ」
中原の老婆心がひしひしと伝わってくる。小さい頃から一緒だったある意味親戚のような存在からの諫言に耳を貸さず、暴虐の君主はただただ家臣に命令した。
黒羽をいじめろ、と。
そんな人間にどこの馬の骨かわからないような俺の説得など聞き入れてくれるはずがないのだと彼女は助言してくれている。
それでも。
「それでも俺は…必ず止めてみせる」
改めて自分の覚悟を口にする。
確かにあの狂気具合はいつ命を取られてもおかしくないし、話も通じない精神状態であると思う。中原たちがそのことについても身を案じてくれていることもわかる。
だが、やっぱり俺はなんだかんだで弁護士の父親の息子なのだ。その血が通っている以上正義感がここでやめることを拒んでいる。
その信念に従って、俺は銀堂を説得する。
「あのなあ……ふっ…ふふふ…はっははははは」
張りつめかけた空気に中原のくつくつと笑う声が屋上全体に響く。
両隣の2人が心配そうに突然笑い出した人を気遣うような姿勢が見られたが彼女はそれを手で制し、内から溢れる笑いを発散しながら口を開いた。
「全く…お前はとんだお人好しだな。まるで漫画の主人公だ」
「勿論ここまできたのなら最後までやらせてもらう。そもそも中原たちは黒羽をいじめない以上ビデオはもう撮れない。どうするつもりだったんだ」
「そのときはうちらでなんとか説得するつもりだったさ。だけどあんたの強情さには敵わないよ」
肩を竦めて両手を上げて首を横に振る姿は芝居めいていた。
俺もにやりと笑って
「どうやら俺は、徒労をすることが好きらしいからな」
「ハハハ、分かった分かった。好きにするといい。あたしらもいつかあんたにワビ入れさせてもらうよ…そう、例えばあんたの徒労に便乗するときとかね」
「ああ、期待させてもらうよ」
互いに不敵な笑みをこぼす。俺と彼女たちはこういう関係がしっくりくるのかもしれない。
「時間をとらせた。戻らないとまかり大先生がお怒りになるぞ」
「それもそうだな、いこう」
別に喧嘩をしていたわけではないが、蟠りがとけて晴れ晴れとした気分に似たものを感じながら彼女たちとともに屋上を後にした。
「えーここでxの値は…」
先生の解説と共に黒板に長ったらしく板書されていく数式。
普段なら間違えた問題であれば正しい式を書き直しているのであろうが、残念ながら俺は授業開始から今までペンを握っただけで何もしていない。
俺の思考から消え去ることのないのは黒羽の状態で、今でも彼女は自分の家に籠もっているのだろうかという心配が頭を完全に支配して余計なことを考えさせなくなる。
結局来なかった黒羽がどうやったら元の生活に戻ることが出来るのだろうか。
学校に来なくなった最大の理由はやはりこれなのか。
俺のポケットに眠る人形の残骸に触れる。一応全ての部位はそろっているが見るに堪えない。
それは黒羽にとって大事なもの。それだけは間違えようのない事実。
どんな時にも近くにあったのが全てを物語っている。
それ故壊されたショックは大きいものに違いない。
やっぱり根気よく行くしかないか。
どうしてこの人形に執着しているのか、こんなにボロボロで色褪せるいるのに黒羽の心には色褪せないこの人形は一体なんなのだろうか。
禁忌かもしれない。触れてはいけない事かもしれない。だけどそれを知らないまま黒羽の再起不能を認めるのは絶対に納得がいかない。
伏線を回収しないまま終わる漫画ほど後味が悪いものはない。
俺は決心し今日の放課後に備えたのだった。
待ちわびていた放課後到来。
俺はさっさと学校を出た。
あっという間に到着する。
ここ一週間でかなり見慣れた階段を見上げる。桜山ヶ丘公園の入り口だ。
お年寄りのことを全く配慮していない、無駄に長い階段に俺でも上るのをためらう。
目指すは黒羽の家。
黙々と上る。
階段も終盤になり、公園の全景が確認できるまで登ったところで俺の脚は不意にも立ち止まってしまった。
またもや俺の予想は見事に的を素通りする。
黒羽は家にはいなかった。
そよ風で踊る木々以外の音が公園内に響き渡るそれは人為的に作り出されている音で、具体的な遊具を指すならブランコの揺れ動く音。
久し振りに使われて張り切っている様にも聞こえるが、老いた体を無理に動かしているのか金属の軋む音が痛々しい。
公園自体滅多に人がいないというのに、遊具を利用する奇特な人が…女の子がそこにいた。
「…黒羽…」
久しぶりに再会した彼女のブランコに座る姿は覇気の欠片も見えず、リストラされて公園出勤するサラリーマンのような寂れた雰囲気が漂っている。
形はどうあれ生きている彼女に安心する一方、今にも消えてしまいそうな在り様に心配せずにはいられない。
「黒羽!」
その名前を呼ぶ。
呼び声に反応し、ゆっくりと今まで俯かせていた顔を上げ
…笑った。
あの黒羽が。
その笑顔は素直に喜ぶどころか、寒気すら覚えた。
その笑顔は栗崎の笑顔に-3乗したようで
その笑顔は感情が抜け落ちた虚無な微笑だった。
失礼な表現かもしれないが、骸骨が笑うというのがしっくりくるような笑顔に息を呑む。
「黒羽っ」
ブランコまで駆け寄る。
この時点で嫌な予感はしていたが、予感は絶望へと変わる。
というわけで前編終了です。
明らかに様子がおかしい黒羽。なぜ彼女は公園で待っていたのか…?
それでは最後で読んでくださりありがとうございました。