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4月4日/火曜日(前)ー自己紹介ー

どうも、りゅうらんぜっかです。


初めての方は初めまして

前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。


というわけで二日目です。さぁメインヒロイン黒羽ちゃんの登場です。


正直この子を可愛く書く自信はないのですが、できるだけ頑張ってみます。


ではどうぞ!


「……うぅん…」


何度か鳴り響く目覚ましの、生音まで聞こえるくらい意識を取り戻した俺は右手を頭より高く上げ、音の出所を遮断すべく、それにむかって手を上げ下げする。

がちん、と、半ば無理矢理止める。

…今のはスイッチを押したんじゃなくて、目覚ましを叩きつけて電池をぶっ放しただけなのかもしれない。

それを確認する意味でも、時間を確認する意味でも、俺は未だに睡眠へと手ぐすねを引いている睡魔を振り抜き、時計へと視線を移動させる。

残念ながら寝起きの目は目としての機能をはたしてくれず、その視界は歪み、焦点が安定しない。

目をこする。すると少し緩和したぼやけた視界の中でなんとか時計の針を確認できた。

時計は…6時…43分…を指していた。

途端にせっせと時を刻み続けることを証明する稼働音が耳の鼓膜を震わせ、時計がちゃんと動いていることが確認できた。

その謎の安心感から、一気に眠気が押し寄せてきたが、今二度寝したら次目が覚めたときは今の目覚めとは比べものにならないくらいアクティブなものになるだろう。

朝っぱらからそんな誰も得しない焦りや緊張感を味わいたくもないので、さっさと起きることにしよう。

確かに二度寝したときの気持ちよさは格別だが、寝過ごしたときの絶望感もまた格別である。『ハイリスクハイリターン』を気軽に味わえる手段が『平日の二度寝』だと個人的に思う。

だが、確実に起こしてくれる『親』という存在があればそんなこと…

…ないものねだりをしてもしょうがない…か。

迅速に気持ちが萎えた俺は、常時でたままの布団から身を引き出したのだった。


「いただきます」


無論、この言葉に反応してくれる人間は存在しない。

この部屋に音があるといえば、一方的に喋っているテレビの中にいるニュースキャスターくらいなもの。

なんの躊躇もなく使う人数と数が食い違っている箸が積んである筒に手を伸ばし、朝食をスタートさせる。

いや、食い違ってはいなかった(・ ・ ・ ・ ・)。いつからだろうか、こんなにも箸が余るようになったのは。

俺はもくもくと箸を進めて、今朝炊いた白飯を頬張り、昨日帰りにスーパーに寄ったとき特売されていたウインナーをかじる。

こんな風に一人で朝食…あまつさえ夕食までだが、こんな生活が始まってもう10年がすぎようとしている。

明日香は小さい頃から入院しているのでノーカウントだが、問題は父のほうだ。

自分が小学生にあがってからというものの、弁護士として腕を振るっている父は不自然に仕事に打ち込み始めた。

その頃から仕事が軌道に乗り始めていたと言えばそうだが、その転機の前と後では雲泥の差で態度が変わった。

そう、人が変わったかのように。

待てど暮らせど夜は帰ってこないことが当たり前。たまに帰ってきたかと思えば、次の日には逃げるように仕事へ行く。

以前はなにかお祝い事や行事の時は無理をしてでも帰ってきてくれた父だが、その見る影も消え失せた。

考えるのも嫌になってくる。俺はコップに半分ほど注がれたオレンジジュースを流し込み、溜息を漏れ出す。

…とにかく父は、10年前から俺達家族に対して父親らしいことをしたことがない。

なぜ父がこうなってしまったのか、心当たりがないわけではない。人間大きな出来事でもない限り、そう簡単に変われはしない。

その心当たりとは、同じく10年前に母が亡くなった事…だろうか。

父から病気で死んだと伝えられた。確かにその節がなかったとは言えなくはない。しかし、あまりに突然だった。

そこを考慮すると、今の父は最愛の妻を失った悲しみを仕事で紛らわそうとしている…そう解釈することはできる。

肉親の、自分の妻の死は確かに想像の域を出ることはないが、それは鬼すらも涙を流してしまうほど哀しい出来事だと思う。

現に俺も立ち直るまで随分時間がかかった。

だが、もうあれから長い歳月がたってしまっているし、この180度回転した態度の変容は、それだけが原因だとは到底思えないのだ。

弁護士を務められるほどの精神の持ち主が、妻の死を乗り越えられないとは考えにくい。

別に父が母を愛していなかったと言いたいわけではない。おかしい・・・・のだ。

父は俺達に何か・・を隠している。そんな気がして止まないのだ。


「はぁ…」


深い溜息を一つ。こんな考察、何十回と繰り返してきた。だが結局は『わからない』で俺の頭の中は収束してしまう。

いつの間にか食べられるものはすっかり無くなっており、眼前に映るものは開いた容器達だけだ。

茶碗を水につけ、俺は学校へ向かうことにした。

丁度天気予報をやっていたテレビからは、若いお天気キャスターが指さし棒で温暖低気圧に円を描いて今後の天気を占っていた。

俺の地域も暫くは晴れらしい。それが分かっただけでもテレビを付けた甲斐があったってもんだ。

安心してテレビを消し、鞄を取る。


「いってきます」


誰の見送りもいない玄関から、俺は外の世界へ出た。




雀のちゅんちゅん鳴く声をBGMに、通学路を歩く。

お天気キャスターの予報通り綺麗な青空が、すがすがしい朝をこれでもかと体現してくれている。

登校時間はまばらではあるが、平均して他の連中が学校に登校するには少し早い時間か。

俺と同じ通学路を利用する生徒は、周りを見渡しても数えるほどしか見えない。

うちの学校は家から歩いて20分もかからずにいけるというなんともありがたい距離だ。

俺は自分の不安定な気持ちを落ち着かせる意味でも、ゆっくり周りの景色を見渡しながら歩いた。




学校まであと一直線でつくところまできた。

例年通り、この道には桜が美しく咲いており、ついつい目が奪われる。

この学校をつなぐ直線の道の両サイドには桜の木が等間隔で並べられており、それは校門まで続いている。

毎年春になると桜は一斉に満開になり、この味気ない道に言葉通り花を添えてくれる。

お花見には絶好のスポットでもあるため、実際に花見シーズンになると花見の客でいっぱいになり、今年も例外なくそうなるだろう。

この通学路を通るのも今年が最後…か。

俺はそんなことを思いつつ道の真ん中を悠々と歩く。


「…ん」


前方にどこか見覚えのある女の子がいることに気がつく。

道の先からでもハッキリと確認することができるその磨き上げられた黒髪。それを惜しみもなくツインテールにしている。

それは昨日こそ左右に揺れて俺の目の前から遠ざかっていたが、今日はその重力に従って大人しくぶら下がっているし、しっかり捕らえることができる。

もう少し近づき、そうして確信する。

彼女は昨日ハンカチを拾ってくれた女の子以外何者でもないではないか。

さっきまで桜に釘付けだった俺の目は完全にターゲットを彼女に変更させ、食い入るように見てしまう。

いやいや、見てるだけでは駄目ではないか。

昨日のお礼をもう一回述べるべきではないか。

そう決めた俺は、少し足をはやめて女の子に近づく。

女の子は全く気付く様子もなく、俺は容易に彼女の真後ろまで接近することに成功する。

さて、ここは明るめの挨拶でいってみよう。

昨日俺が妄想を加速させすぎたあまり不審者のような顔になり、彼女には変な印象を植え付けてしまった。

それを払拭する、真っ直ぐな青年という設定で挨拶をして、彼女の不本意な印象をねじ曲げなければ。

意を決して挨拶と同時に横に並ぶように歩く。


「よっ、おはよう」


勿論作り笑いえがおを忘れずに、先輩が後輩へあいさつするような、気軽な挨拶をしてみる。


「え、あ、はい??」


いきなり声を掛けられて驚いたらしい彼女は、素っ頓狂な声をあげてツインテールが揺れてしまう程の速さで声の主へ振り向く。

こうしてよく見ると、女子生徒の身長は俺の胸あたりまでしかなかった。150を少し超えたくらいだろうか。

漆黒に染まった黒髪から、甘い香りに少しドキッとするが、平静を保ちながらお礼を言う。


「え?あぁ、脅かしてごめん、昨日ハンカチを拾ってもらったものだよ」


追加説明をしておく。


「あ…あぁ」


達也のギャグを俺が受け流すときに出てくるような、かなり微妙な反応。


「いやー、ちゃんとお礼ができなかったからさ、ちゃんと言っておこうと思ってね。昨日ハンカチ拾ってくれてありがとう」


その言葉に一切の感情を起伏させなかった彼女は、一応俺を見ながらこう言った。


「え?あ。全然、気にしなくていいです…では…」


そう言うなりそそくさと立ち去ろうと、彼女は足早に俺の隣から離れる。


「あ、ちょっと待ってよ」


俺は少し速足で女の子に近寄り,再び隣に着く。なんてアクティブなストーカーだろうか。

横顔からは彼女の心情はわからないが、嫌な顔をされないだけましなのだろう。


「ふぅ、せめて名前くらい教えてくれよ」

「いえ、本当にいいですから…」


ちらっと俺を見るなり俯き気味に彼女はそう答える。俺は完全に嫌われているのだろうか。

しかし、ここで食い下がる俺ではない。


「いやいや、助けてもらった人の名前を知らないだなんて、俺の気が済まないってか、失礼だよ」

「そうですか…でも…」


しばしの沈黙

…なんだよこの空気は…

まさかここまで彼女に悪い印象を持たせてしまっていたとは。

そんな俺を嫌っているらしい張本人から、息を呑むような音が気がした。そして


「くr…きm…」


蚊が鳴くような声で言う。


「え?もう一度言ってくれない?」


マイク越しの音を拾えなかったシ○マンのようにもう一度聞き返す。


「…」


寸刻の後、意を決したのか、可愛らしいお口に空気が吸い込まれ


「黒羽…雪見…(くろは ゆきみ)です。」


地獄耳でも聞き取れるかわからない声でそういったが,何とか聞き取る。

くろはゆきみ…漢字はわからないが、可愛い名前であることは確かだ。


「くろはゆきみ…ね。俺の名前は 辻村紅だ。昨日は本当にありがとう」

「あ、はい…。よろしくお願いします。では…」


よっぽど俺という人間に全く興味がないのか、流れるようにそう言ってすっと俺の前を横切り,先に行く。

とにかく俺と話すのが嫌みたいだ。

いや、人見知りなのだろう…とついつい好意的な解釈をしてしまう。


「あぁ…行っちゃった。…俺ってブホヘァ!!?」


突然目から火花が散る。明らかにグーパンで殴られたようで、俺は為す術もなく片手を着いて倒れる。

いきなりすぎる出来事に事態をうまくまとめることができないが、誰かに殴られたという事だけはハッキリしている。


「この…」


殴り主を確認するため怒りを顔に出しながら首を振る。すると…


「フッ」


そこにはドヤ顔で俺を見下している、助走を付けて殴ったガンジーならぬタツヤーがそこにいた。

珍しく早起きしてきている。


「殴って欲しかったんだろ…?お前の望みは叶えた」


漫画の序盤で出てくる魔神のような台詞を吐いた達也のスネに遠慮無い蹴りをぶちかます。


「アゲ!!?な、な、なななにすんだおめぇ!?」


容赦ない激痛に耐えきれなかった達也は両手で蹴られたスネを押さえながら涙目で睨んでくる。


「うるせぇ、お前に殴られる義理なんかねぇってことだよ」


立ち上がり、砂が着いたズボンを払いながら今度は俺が達也を見下しながら言い放つ。


「イチチ…、しかし朝からナンパとは、盛んだねぇ、ねぇねぇ」

「見ていたのか…」


なにも一番見られたくない奴に見られてしまった。これは面倒なことになってきた。

一体こいつはどこから聞いていたというのだろうか。

少し声のトーンを落として、やや脅迫気味に聞いてみる。


「…お前いつからいた」


すると表情を吟味し、片方だけ唇をつり上げ、目元で笑ってこう言う。


「そう、お前があの子の名前を聞き出していた所辺りかな。でも軽く流されてたな?」


何故か勝ち誇った様な声で言ってくる。こいつに何か言われると、何より腹が立つ。


「…」

「あの子結構可愛いねぇ。ちょっと暗いけどなぁ。ヤンデレ属性持ちと見た。んーおまえも見る目があるな」


冷静にキャラ設定を解説してくる。

二次元の女の子の設定を現実の女の子に当てはめようとしている辺り、終わってらっしゃるエロゲ脳の持ち主だ。


「ちげぇよ。昨日ハンカチを拾ってもらって、それのお礼を言っただけだよ」


このまま勘違いされっぱなしなのは癪なので、端的に彼女との関係を述べておく。


「ふーん?なのに名前まで聞き出すなんて、意味深だなぁ」


達也がにやにやしながらこっちを見ている。


「先行くぞ」


これ以上付き合ってられないので達也が視界に入らない方である学校へ向かう。


「まぁ…そうだよな。俺たち三年なんだし彼女がほしくなるのも当然かうむだが紅お前はあまりにも恋愛経験が浅すぎる今のままではきっと焦りが生じて失敗してしまうだろうさっきの彼女との会話が何よりも証拠だお前は選択肢をまちがってえらんでいるこのままではバットエンドかノーマルエンドに終始してしまうそれはゆうじんとしてはとてもとても哀しいことだそこでだ紅この何百人と女の子を後略してきたミスターオンナノコマスター達也にまかせれb…っておい!人の話をきけよ!」


念仏のようにぶつぶつ言っていた達也が後ろから追いかけてくるのを無視して,教室へ向かった。



「…くはぁ…」

「くぱぁ?」


だったらなんだっていうんだよ。

ご丁寧に4階にある我が教室を目指してようやく階段を上りきる。

自分の教室の扉を開けると生徒で埋め尽くされたときの独特な空気感はそこにはなく、朝の気持ちよい風がほどよく通る余裕がある程度の集まり具合だった。

まだ始業のベルがなるまで時間があり、朝早くから登校してきている生徒達は席を離れて談笑している。


「みなさんおはよう」

「……おはよう」


そんなさわやかさをぶち殺す達也君の元気な挨拶で、クラス全体が一つになって苦笑いを浮かべたのを俺は見逃さなかった。

まばらな挨拶が終わったところで自分の席に着く。

なかなか良いポジションである窓側に近い席に座り、一呼吸置いた後、まだ種類の少ない教科書類を出す。


「すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。 風…なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに」


そう言って達也は鞄を席に放り投げて飛び出したっきりであるが。

こうなると格好の暇つぶしがどこかに行ってしまい、やることが無くなる。

パーフェクトスマイルマスター栗崎も鞄はあるものの、肝心の栗崎自身がいないので何の意味もない。

『暇』の一文字が俺の思考を瞬く間に占拠していく。

無駄な抵抗はせず、さっさと折れて暇に従い寝ておこうか。

伏せようとした目を、俺は伏せることができなかった。

つい10分ちょっと前に見たばかりの既視感たっぷりな後ろ姿が、教室の隅でちょこんと座っているのだから。

まさか一緒のクラスだったというのか。

逆にどうして気付かなかったんだと昨日の自分を殴って欲しい。

しかし、これはチャンスというものだ。

もう一度挨拶してみよう。

…という理性が働くが、反対にまたあしらわれるからやめたほうがいいという理性も働き、正直迷う。

だが、どうせ嫌でも一年間一緒なわけだし、折角なにかの縁だ。

俺はその腰を上げ立ち上がり、例の美少女に近づく。

教室に通り抜ける春風か、妙に俺の肌にまとわりついてくるような感触を受ける。

彼女の丁度斜め後ろに着き、できるだけ偶然を装いながら一歩踏み出して話しかけてみる。


「おはよう、またあったね」


爽やか笑顔とセットで提供する。


「はい?」


先程と全く同じリアクションで振り向いてくれた。


「あ、あぁ、辻村君でしたか。おはようございます。」


肩に頭を埋めながら一礼する。その視線は段々俺から遠くなっていく。

黒羽のつむじ部分しか見られなくなった俺は、少し見るところをずらし、他の人とは明らかに違う部分に目がいく。

別に黒羽の外見の話をしているわけではない。いや、他の人とは明らかに可愛いのは揺るぎないわけだが。

今はそこの話をしているのではなく、俺が話題にしているのは机だ。

机の上には不自然に机を埋め尽くすほどの教科書やノートが並べられている。

まだ授業は始まっていないというのに。

なにか違和感を感じる。

いや、それくらい勉強熱心なのだろうと思い直し、本来の目的である挨拶はまだ終わっていないのでそちらからしようと気持ちを切り替える。


「俺と同じクラスだね。よろしく」


とにかく今は『黒羽』に集中することにする。


「…、はい、よろしくお願いします。」


そう言うなり、椅子が床を擦る音がしたかと思えば彼女の頭が一気に近くなる。何なのかと思ったら、ただ立ち上がっただけだった。


「す、すいません、用事があるのでこれで…」


早足で教室から出て行く。この間一切俺の顔を見ていない。

やっぱり俺は嫌われているのだろうか。

これ以上ここにいる意味はないので、自分の席に帰る。

そのとき帰ってきていた達也に視線を合わせられ、腕を組みながら意外そうな声で今の俺の行動に感想を述べる。


「へぇ、おまえあの子相当気に入ったようだな」

「だからちげぇよ。まさか同じクラスとは思わなかったからさ」

「ニヤニヤ」

「声に出していうなよ…」


しかし、ここまで相手にされないとなると、今後俺は関わらない方が良いのかもしれない。

どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、まかり先生の到着を待ったのだった。







「えっ」


思わず口に出してしまう。


「フッ…ついにこうして公にでるときが来たようだな…」


達也ははやくやりたくて仕方がないご様子。実に滑稽である。


「はぁーい!それじゃ、一限目のLHLロングホームルームは、自己紹介をしてもらいまーすっ」


ロリ巨乳のまかり先生から、小学生に言い聞かせるような口調で高らかに自己紹介開催が宣言される。

しかもこれが教室に入ってきた瞬間そういうのだから、これ以外する気はないのだろう。

俺はあんまり自己紹介が得意ではない。というか面倒である。

で、あるのにこの自己紹介は自分の印象を4割決定づける大事な儀式であるから無下にすることができない。

そこがまた気怠さを助長してくれる。

教室中がざわめきで支配される。


「は、はいはーいっ、みんな静かにしてぇー」

「んー、やだなー自己紹介」


またしても俺の背後にいる栗崎が俺の気持ちを完全に口に出してくれている。

一応前を向きながらではあるが頷いて同意しておく。


「でわでわ、出席番号1番の人からお願いします!」


ようやく静かになったところで、まかり先生は深々と頭下げ、それ平行になるように右手を差し出す。

出席番号一番の男がしぶしぶ立ち上がり,自己紹介し始める。

自己紹介と言えば名前、前のクラス、趣味、一言がセオリーか。

そんなテンプレートに1から3番までの男達は従順にそれにしたがった自己紹介をする。

ここまでは想定内。問題は次のこの男の自己紹介である。

どれだけクラスの連中に悪い印象(良い意味で)を与え、この先過ごしにくくなるか(良い意味で)楽しみである。


「次は、4番…お願いしますね」

「はいはーい!こーんにーちはー!」


ガラッと椅子を引いてどこかで聞いたことのある挨拶をしながら立ち上がる。

この時点でかなり異質な空気をクラスに呼び込んだこいつは本当にある意味天才である。

手を天高く上げるその姿は完全に自己アピールする小学生と姿が重なる。

ここまでで誰のことを言っているのか説明するのは、本人に失礼というものだろう。


「出席番号4番、倉金達也でーすっ!」


教室内が若干ざわつく。主にこいつの心配になるほどのハイテンションについて。


「えー、趣味は…エロゲーを少々嗜んでいます」



今のこいつの愚言は、口の中に飲み物を含んでいたら間違いなく吹き出してしまうくらい酷かった。

流石に自己紹介でエロゲしてるっていうやつなんていねーよ。

クラスの反応はその意味がわかっていてドン引きしているやつと、わかっていなくてきょとんとしているのが半々くらいか。


「えろげ?それって一体なんですか?」


純粋無垢なまかり先生の悪意ない質問であるが、それはまかり先生こそ知って欲しくない世界だ。

世の中知らないことがあった方が良いとはよく言ったものである。

教室全体がまかり先生の一言により緊張に包まれる。


「E?先生エロゲー知らないんですか!?人生の4割損していますよ!?」

「えぇっ、そうなんですか?ごめんなさい、先生に教えてくれない?」


自分がとんでもないことを聞いているのを自覚しているわけもなく、申し訳なさそうに達也に説明を請う。

それを説明されたら今まで汚れを知らずに生きてきたであろう、心が純白なまかり先生の命が危ない。

達也…と口走りながらボディーブローで止めようとした時には、達也は解説の火蓋を切っていた。


「簡単にいうなら、――で―――それで――――」


達也がピー音混じりで丁寧に答える。


「えぇえ!?―――ゲームで―――なんですか!?」

「―――です」

「――――――?」

「――――――」

「―――――――!…わかりました、ありがとうございますっ」


お前らワザとだろ…

というか意外にもまかり先生が積極的に質問しているのはいかに。

これが結婚した女性の力か…!

いや、教師として色々問題ありすぎであるし、俺から右上の女の子なんて泣いているぞ…


「うわぁ!えろげーって面白そうだねぇ!」


栗崎が感心した声を上げる。栗崎がエロゲをしている構図など、神をも冒涜する。


「頼むから栗崎、そんなこといわないでくれ…」


そんな眩しい笑顔で小首をかしげないで欲しい。


「そう言うわけで、みんなよろしくなう」


お得意の髪をかき分ける仕草をして達也は見るものに殺意を喚起させるドヤ顔を披露して着席する。

今すぐそこをツッコもうと思ったが、とりあえずさっきのエロゲ談義について指摘する。


「頼むから人前でそんなことは言うなよ…」

「インパクトあって良いだろ!?」


頭が痛くなってきた。





そんな感じで再び自己紹介が勧められる

俺が自己紹介しているのは割愛するとして、だらだらと進み


「…」


いよいよ黒羽の番になる。

ある意味俺が一番楽しみにしていた人の自己紹介だ。

だが、黒羽は凍り付いたように動かない。まるでへびにらみをされて動きたくても動けない鼠のように。


「えーっと?,出席番号26番さん?あなたの番ですよぉ」


まかり先生が自分が間違えているんじゃないかと、何度か手元の番号と黒羽を交互に見ながら言う。

生憎俺は黒羽の後ろ姿しか見ることができないため、彼女の今現在の表情がわからない。


「はやくしなさいよねー」

「ハリーハリー」


どこからともなくそんなヤジが飛んできた。しかしそれは達也からではなく女の声達であった。

達也が言うのならともかく、女の子達からそんな野次が飛び込んでくるのは意外だ。

教室がにわかに騒がしくなる。


「は、はいはーい!みんなしずかにしてねー!黒羽さんが発表しにくいでしょ?」


そんなまかり先生のナイスフォローがはいり、再び教室は黒羽がしゃべり出すまでスタンバイ状態に切り替わる。


「はい、それじゃ黒羽さんお願いできる?」


ようやく決心が付いたのか、黒羽は粉薬を飲み込んだときのようにコクリと首を上下させ、静かに立ち上がる。


「出席番号26番、黒羽雪見…です。」


この緊張の静けさをスポーツで例えるなら、記録を更新している走り高跳び選手がスタート地点でタイミングを整えている場面と同じである。


「…」


クラスが水を打ったように静かになる。

そして次の言葉は名前を言ったときよりさらに小さな声であったが、破壊力はこの教室を驚愕させるには十分すぎた。


「か、か、か…れ……し…ぼ…しゅ…う…ちゅ…う……です…!」


!?

途切れ途切れではあったが、確実にこういった。『彼氏募集中』…と。

黒羽の性格とは全く真逆なこの発言により、クラス全体が爆発したかのような急速さで各々の思いが交錯する。

総理大臣が国会で失言したときに陥るようなこの状況の中、黒羽は穴に落ちたかのように、どさっと席についた。

教室がここ一番の盛り上がりを見せる。


「わ、わーっ!みなさんおしずかに~~~~」


先生の必死の注意に耳を傾ける奴などおらず…いや、聞こえていないというのが正解か。

そんななかで、ひと際大きい声でしゃべる女生徒たちがいた。


「ちょっとー!自己紹介から大胆ねー!」

「そんなにあせることないんじゃないのー?キャハハ!」

「新学期ははじまったばかりよー、そんなに男に飢えてるのー?」


キャハハと、女生徒達が笑い合っている。

随分大胆だな。

誰もが思うであろう事を思ってしまう。


「おいおい、辻村が狙ってる女の子、大胆だねー」


ヒューッと言いかねない男が、率直な感想を述べてくる。


「狙ってねぇよ」


言わずもがなではあるが、あれは明らかに誰かに言われるよう指示されている。

わざわざ恥ずかしがってまであんなことを言う理由が何処にあるというのだろうか。

もしさっきの女の子達の言う通り男に飢えているというのなら、もっと俺とかに話しかけてきてくれてもおかしくない。…それは自惚れすぎか。

結論を言わして貰えば、罰ゲームかなにかだろう。そう思うほか無かった。

教室中は、しばらく黒羽の発言で盛り上がっていた

という訳で前半終了です。


父親との関係が、今後のストーリーにどう絡んでくるのか…?

楽しんで頂けたら幸いです。


次回は個人的に好きなキャラが登場しますよ!


それでは最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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