4月12日/水曜日(後)ー決着ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
切れた辻村君がとる行動とは?
それでは、どうぞ!
中原たちの暴虐の限りを尽くした反吐が出る雑言により、俺の脳の神経が引きちぎれる。
それは理性の回路。
もう耐えきれない。耐えきれない。
黒羽のことをあそこまで馬鹿にするこいつらを人間として許してはいけない。
殴る。誰がなんと言おうと中原に一発入れる。
こいつらは人間じゃない。分かりきったことであったのだが、一欠けらでも可能性を信じていた俺が馬鹿だった。
人間の醜いところだけを抽出して更に改悪させたような生物兵器。
もう我慢が、出来、ない。
怒気を全快に立ち上がろうとしたその瞬間
…て…い…
俺の脳の片隅から涙声が聞こえる。
何事か。
めて…だ…さい
嫌にその声は振り切って中原を殴りに行かせない、なにかを持っている。
やめて…さい!!
その声が次第に大きくなる。
やめてください!!!
黒羽!?
この言葉は以前体育館裏で言われたもの。
その時俺が中原を殴ろうとしたときに叫んだ”やめてください”の一言。
中原を殴りたい『衝動』を『実行』に変換させなくする。
なぜ、どうしてあのとき黒羽は彼女たちを庇ったのか。
いじめを受けている本人が止める理由とは一体なんなのだろうか。
俺には絶対に理解できない。
…
少し冷静になったところで考える。
もう彼女たちに頼むだけでは結果は得られない。
分かっていたが、頼むの一歩先の なにか に踏み込んでいかなければならない。
俺は…
選択肢
┌土下座して頼む
└殴る
黒羽の言葉が、俺を自我の崩壊をギリギリ防いだ。
もうこうなったら,恥など捨てる。
最終手段だ…これで駄目なら俺は…
「中原…」
「あ?まだ殴られ足りねぇか!?」
俺は足を曲げて正座する。
全身全霊の憤怒とぬぐえきれない雪辱をねじ伏せて…
「この通りだ!!」
俺は額を地面にこすりつけて土下座をする。
「やめてくれ!黒羽をいじめるのを…!人形も返してくれ!」
これは屈辱なんて生優しい言葉じゃすまない。
俺は彼女たちに頭を下げているなんて…考えただけでも恐ろしい。
羞恥と悔しさが混ざった感情がこみ上げる。
「…」
「ぷっ…」
「アッハハハハハハハハ!!」
「!?」
俺の頭の上で三人は哄笑している。
「なに?なに?土下座!!?ッハハハハ!信じられないっ!!」
「この展開はなかったわッハハハ!!ウハハハ!」
俺が考えていた反応とは180度回転した反応を見せる彼女たち。
コーラと思って飲んだものが黒酢だったかのような裏切られた気分になる。
土下座程度でも、彼女たちの心は動くことはないというのか。
「ギャハハハ…。おい…辻村…」
「がっ?!」
俺の頭になにか固いものがのしかかる。
恐らくこれは…スリッパ。
「土下座したから…なんなんだ?あ?」
ぐりぐりと俺の頭の上で足をこする。
たばこと人間の頭も区別が付かないらしい。
「ぐ…が…頼む…」
俺も同じ事しか言えない自分の語彙のなさに絶望する。
「さんざん人の気分を悪くしといてよぉ…」
スリッパが俺の足から離れたかと思われた
「土下座くらいで許すかぁ!ボケェ!」
俺の額からすくい上げるようなキックがかまされる。
「グア…!」
抵抗無く跳ね上がった頭が再び扉に吸い付けられ、痛々しい金属の鈍い音が激しい頭痛と共に押し寄せる。
重く鈍い衝撃音が俺の脳を大胆に揺さぶる。
後頭部から一気に広がる声を出さずにはいられない痛みに目がチカチカする。
「が…は…」
「けっ…行くぞ。話しているだけで気分下がる」
「おっけ~」
まずい、帰ってしまう。
それだけは…させない…
「どけ!」
中原の払うような下段蹴りが俺のこめかみに向かって手加減なしで向かってくる。
これを食らったら確実に俺は気絶してしまう。
気絶してしまえば最後,もう俺は彼女たちと話すことは困難になる。
それだけは…達也と栗崎の頑張りを踏みにじりたくはない。
「まだだ…!」
「!?」
まだ現役の右腕で受け止める。
「んだぁ?なに抵抗してんだよ!」
「俺は…、俺はお前らが人形を返してくれるまでここをどかねぇ…!」
───どうして
どうしてこんな言葉が出てくるんだ。
そうやって出てきた言葉で、本来受けることのない蹴りや殴打をくらって、つらくて痛くて苦しい思いをして。
ここまで俺はなにを動力源に頑張っているのか。
ぱっと映る彼女の顔。喜怒哀楽の『喜』が欠けた表情。
俺は殆どこの顔しか見ていない。でもこれより見たくない顔。
「てめぇのせいでばれちまったじゃねーか!」
「黒羽は自動で捨てられるけどね!!」
「自動自殺機能搭載!みたいな!?キャハハハハ!!」
黒羽の無感情な無表情が無情の中原達によって泣き顔に変えらる。
それだけは絶対に見たくない。
…。そうだよ。そう、全ては
その無表情を目に痛い太陽になるくらい…黒羽を笑顔にしたいから。
黒羽という女の子を、助けたいから。
「俺は…絶対にどかねぇぞ!」
「んだぁ…?おい!こいつを病院に送る準備をするぞ!!」
「おっけ~」
縦隊から横隊に変動した三人が殺意を持って一斉に俺に襲いかかってくる。
「死にさらせ!」
「しーね!しね!!」
「はいそこどいたーっ!」
六本の足が二人三脚より酷く乱れた足取りで俺を蹴りつける。
「ぐおお…」
単純に考えてもさっきの三倍の勢いと手数がある。
更にこいつらは人を蹴りなれているので,破壊力が違った。
「オラァ!!」
「くっ!」
「アハハハ!人蹴るの楽しいーっ!!」
「ぐぐっ…」
「死ね!死ね!!」
「く…くおおおお!!」
「ちっ…さっさとくたばれ!」
業を煮やした中原が足を振り上げる。
体をひねったここ一番の攻撃が俺の顎めがけて迫ってくる。
この時を待っていた。
「!!?」
戦闘に置いて重要なのは真っ先に指揮官を潰すこと。
指示者のいない部隊など,ただの寄せ集めに成り下がる。
俺はその司令官である中原の動きを止めてやった。
「は、はなせぇええええ!!!」
「う、うおお!?」
だが、完全に頭に血が上った中原は人間とは思えない力で俺を引きはがした。
「はぁ…はぁ…」
「…」
少し俺から距離を置く三人。
振り払われたのは想定外だったが。結果的に間をおくことに成功した。
「はぁ…はぁ…」
しかし、いつまた蹴られ始めるか分からないこの極限状態で神経が更に勢いを増してすり減る。
体も限界まで来ているし、次々身体から撤退していくエネルギー倉庫の弾薬は既につきている。
限界、だ。
「…」
一瞬、ほんの一瞬、中原の唇がつり上がったような気がした。
激しく乱れた髪をかき分けながら中原の口が動く。
「…お前には負けたよ…」
ついに俺が望んでいた言葉が聞こえた。
反射的にでそうになったガッツポーズを押さえ込んで中原を凝視する。
「言ってやるからそこから消えろよ…!」
「ん、まーそろそろいいかも…ね」
取り巻きの言葉もそこそこに、中原は表情を一切変えずに言葉を続ける。
「お前が思っている通り、今もうちらは黒羽をいじめているんだよ」
一体!?いつ!?
俺が見ている,傍にいる間はそんなことなかったのに。
パッと思いついたのはトイレや,俺と教科が違う理科選択の時間か?
「だけどこれから…うちらはもう黒羽を呼び出したりしないただし」
矢継ぎ早に続く
「ただし…うちが言うことを守んなかったら、今すぐにでも再開する」
言葉一つ一つに重圧をかけてくる中原。
「いいだろう…それはなんだ?」
そのプレッシャーに答える。
「それは…これから二度と…黒羽に近づくな!」
「な…」
「それができないなら今すぐにでもこいつでいたぶっぞ!?あ?」
取り出したものはこいつらの醜さを象徴する果物ナイフ。
こいつの情緒不安定さは、今すぐ病院に行く必要があるレベルである。
「く…」
俺の続く言葉と勢いを太い釘で打ち付けられてしまう。
こいつらはなにを考えているんだ?
どうしたらいい…どうしたら…
「どうした?条件を飲むか?飲まないのか?早く答えろ!!」
「ぐ…」
激しく思考が交差する。
条件を飲んだら最後,俺は彼女と関わることが出来なくなる。
しかしここで飲まなかったら彼女に憑く悪霊は消えない。
だが飲んだとしても本当にしないという保険はどこにもない。
黒羽の人生の岐路を決めるであろう重要な質問。
俺は──
選択肢
┌条件を飲む
└条件を飲まない
飲むしかないだろう。
俺が引き下がるだけで,根を張った彼女の不安と苦しみの雑草を焼き払えるなら、喜んでその火炎放射器の燃料になろう。
確かに黒羽と関われなくなるのは嫌だ。
だがあくまで俺は勝手に彼女の問題に首をつっこみ、派遣した職員だ。
そして今も彼女のまともな意志も聞かずに判断した行動。
俺のわがままでこの関係が悪化したら元の子もない。
たとえこれが俺を黒原から引きはがすための罠だとしても、確実な未来を予想できない今でその判断を下すことは出来ない。
「分かった…。もう俺は彼女に近づかない」
苦渋の判断の末の答え。
「ほう…」
意外な答えだったのか。中原はやや感心した面持ちだ。
「だから…。お前らも彼女にもう近づかないでくれ」
「あぁ,良いだろう。うちらはもうよびださないよ」
「あぁ、わかった」
「はぁ…,これでやっと消え失せてくれるんだよね」
「体臭臭ぇからさっさとこの屋上から出て行けよ。空気が汚れるんですけど」
最後まで五月蠅いオプション共だ。
俺はずるずると立ち上がり,真後ろにある扉に手をかける。
「ほら、忘れもんだよ」
中原の手にあるあの人形がその手から離れていく。
少々霞む目をこらえて、危なげにそれを受け取る。正真正銘黒羽が大事にしている人形だ。
「─それじゃあ」
一瞥して俺は屋上から出ていく。
「…」
限界まで塗り重ねた奴らへの怒りを、またしても壁にやつ当たってしまう。
…でも
俺はきっと正しいことをしたんだ。
これで黒羽に「あいつらはもういじめはもうしない」と胸を張って言える。
龍の逆鱗に何度も触れてようやく言ってくれた言葉だ。
これだけでも十分すぎる報酬だ。早速彼女に報告しよう。
俺は喚き叫ぶ五臓六腑の痛みをこらえながら,教室へ戻る。
授業内容は一切聞かずに、ただただ昼休みをまって、ようやくその願いがかなう。
俺は昼食ムードに入っているクラスメイトを横切り、なぜかそこ辺り一面席が空いている場所の中心にいる女の子に話しかける。
「黒羽」
「…」
完全に自分の世界に入り込んでいる。いや。元々そこが本来の場所であるかのようだ
その完全に機能を停止した感覚器官に刺激を入れる。
「…」
だるそうにこちらを見る。
「さっき中原達と会ってきた」
「…」
「そこで話をつけてきた。俺は…」
奴等が守ってくれる以上、俺も約束を守らなければならない。
「黒羽とはもう関わらない」
「…」
「そういう条件で、彼女たちは俺が関わらなくなる代わりにいじめはもうしないといった」
「……」
「ちょうど良かっただろ?」
「……」
「黒羽もそろそろ俺の事を煙たがっていただろう」
「頼んでもないのにこんなよけいなことをしてさ…お節介だっただろう。でもさ、いじめはもう無くなったはずなんだ。それだけは…嬉しいだろ?」
彼女は、答えない。
「……」
全く興味のないような顔だ。
「あと…これ」
今回の戦闘でかなりの外傷を背負うことになった代わりに得た最大級の戦利品である人形を彼女の机に置く。
その机には彼女たちの落書きが刻まれたままだ。
「大事にしていたものだろ?取り返しておいたよ」
感情が死に絶えたのではないかと錯覚するほど、その眼は虚ろで、どこを見ているのかわからない今の彼女はその人形と一緒だった。
大切なはずである人形を目の前にしてもミリも揺らぐことなく、ただ黙って見つめているだけ。
──いじめを止めて、人形も取り返した。彼女に対するクエストはクリアしたはずなのに、変化が、ない。
プログラムのミスなのか、バグなのか。どちらにせよ進行不能の致命的な欠陥ではないか。
俺はこの報告を受けて少しでもいい、黒羽のほんのささやかな笑顔を見たかっただけなのに。
どうしてそんな目を、顔をしているんだ。
彼女に背を向ける。耐えられない。
自分が考えていた結末とはあまりにかけ離れた現実に、俺は耐えられなかった。
「それじゃあ…」
なんとか言葉を振り絞り、彼女から去った。
放課後になり,いつものように帰る。
…
黒羽と別れる分かれ道にたどり着く
だが、今日からは俺の隣に彼女はいない。
いいんだ、これで。
我ながら黒羽にはうざい絡みしかしなかった気がする。
頼まれていないのに『助けてやる』なんて言っちゃって。
放課後黒羽が暗くなっていたのは,俺も原因かもな。
でも優しいよ黒羽は。俺の言葉に嫌とも言わないで。
なのに嫌がっていたはずの黒羽に気づけない俺は本当に馬鹿だよ。
「は…はは…」
自嘲する。せせら笑う。
「あ、あれ?」
目には一雫の涙があった。どうして、こんなものが流れてくるんだ。
いいじゃないか。俺は…俺は
黒羽を…助けられたんだから。
ひょっとしなくても俺は黒羽が、気になっていたのだ。
それがこのDVにも似たしつこさを招いたのだ。
最低な男だ。
でもこれで完全に解決できた。
いじめ という壁は崩壊した。
だが彼女たちの言葉は本当とは限らないから、本当に終わったとは言えないが
暫定的に終わったんだ。
「あぁ…これでいいんだよ…」
もう一度肩であざ笑い,俺は家に向かった
周りには振っていない雨が、俺の顔だけに降り続いた。
無気力で帰った後,俺はシャワーを浴び,居間に着く。
その無気力を無駄に持続させながら,俺はソファーに倒れかかる。
「…」
無音。なにも聞こえない。俺の呼吸と全身の痛む鼓動だけが…聞こえる。
そんな状況を変えるべく,テレビをつける。
とにかく俺はこの憂鬱な気分をどうにかしたかった。
「こ…んかい…はですね…」
つけたと同時に聞こえる刃の言葉。
父のレギュラー番組が映っている。
手を組んでいて威風堂々な態度は、ずっと変わることはないだろう。
「いじめに関して,今日から三日間,話していこうと思いますが…」
「いじめ…?」
「最近はいじめの問題が深刻になっていますからね」
「ここでひとつ,私的な発言も織り交ぜてしまいますが,話していこうと思います」
「…」
あまりにもピンポイントすぎる話題。
これは父のメッセージなのだろうか?
…特にほかに見る番組もない。
何より自分の父の存在を一番近く感じることができるこの番組は完全に日課となっている。見る以外の選択肢はない。
「いじめ、といっても複数パターンがありますが」
「私は今回、これを大きく二つに分けたいと思います」
「と、いうのは?」
純粋に気になったのか。カンペや台本ではない素直な質問に父は頷き、言葉を続ける。
「一つ目は校内、または会社内で行われるいじめ」
「二つ目はこれは学生しかやらないでしょうが、発見が遅れるいじめ、校外で行われるいじめです…」
その後も父は淡々といじめについて語る。
結局俺は全部聞いてしまったのだった。
というわけで後半終了です。
中原達をなんとか説得し、人形を取り戻した辻村君。
だが黒羽の反応は意外なものであった。
それが意味することとは…?
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。