4月11日/火曜日ー3体の魔物ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
中原達との対話。果たして…
それでは、どうぞ!
「そこでですね、ここの文法は…」
先生の解説とチョークの小気味良い音が大部分を占めていた教室だが、その激しい衝突音によってぱったり消え去る。
「だ,誰ですか!?」
「…」
今は三時間目の途中。こんな時間にやってくる奴らといったら,もう説明するまでもない。
ぎらつく眼光をちらつかせ,常に周りににらみをきかせる中原…そしてその取り巻きの登場だ。
ざわりと、生徒や教師は腫物でも見るかのような、あからさまな嫌悪を示すものの彼女たちは気にする素振りも見せない。
いつもなら俺も生徒側の人間に属しているのだが、今回ばかりはそうではない。
思いの他チャンスが早く巡ってきた。
「遅いですよ!早く席についてください」
たまたま休みだったまかり先生の代わりに入った新米の国語教師が,少しだけ眉をつり上げて遅刻した三人を叱る。
教師自身もわかっているだろうが、そんな説教じゃ、彼女らの耳に届くはずもない。
放り投げた殆ど何も入っていないであろう薄っぺらいカバンが、乾いた音を立てて机の角にぶつかり、床に虚しく落ちる。
教師を一瞥することなく、当たり前のように教室から出て行く面々。
「ま…まちなさい!」
新米教師が慌てて彼女たち呼び止め、教壇から降りようとした瞬間
「うるせぇ!!」
中原の暴力に等しいおどろおどろしい剣幕が新米教師を捕殺する。
目を見開き、ビクっと反射的に離れ,半ば口を開けて顔色が一気に枯れる。
悪いがこの騒ぎに乗じさせてもらう。
「ったく…」
3人の足音の響きが良くなる。どうやら廊下にでたらしい。
そしてその姿を、教室に入って奥に席を陣取っているはずの俺が、彼女たちの背中を確認する。
「ふぅ…」
それを可能にしたのは勿論俺自身が教室を脱出することに成功したからである。
廊下の先には三人がダラダラと歩いている。
向かう先は…きまっているだろう。
姿勢を低め、他の教室に俺の存在を悟られないように俺は忍び足でついて行く。
前方20M向こうで彼女達が左に曲がった先は階段であるが、まず上にあがっているだろう。
彼女たちにとっての憩いの場は、春風が気持ちいいあの場所しかない。
俺も階段まで近づき、中原たちが上の階の扉を開ける音を確認した後、自分もその扉の前まで足を進める。
この先に奴らは間違いなくいる。
下では教室から生徒の笑い声が漏れ出ているが、それ以上に俺の耳には唾を嚥下する音がはっきりと鼓膜に伝わる。
軽い運動をした後のようなペースで動く心臓の鼓動は、緊張の色を見せている。
乾く唇を舐め、決意を固める。物怖じするな、絶対に黒羽の大切な人形を取り返すんだと。
ボス前でセーブを済ませた俺は、ゆっくりとノブを捻り、いつもより重い扉を開ける。
「うお…」
出たと同時に、雲の隔たりがない太陽光線が俺を出迎える。
続いて風が俺の頬をなぞって去っていく。
そして正面を見据える俺の視界の先には、三人が招かざる客である俺を本当に歓迎していないようだ。
驚きと不快を足して2で割ったような顔を惜しみもなく向けてくる。
「久し振りだな」
できるだけ冷静に、軽快にあいさつをしてみる。
「…!!」
彼女たちとまともに,確実に会話するには残念ながらこの時間しかない。
昼休みや放課後は人が多すぎる。
そのためには授業中抜け出すというリスクを背負わなければならなかったが、算段がなかったわけではない。
現にどさくさに紛れて俺はまんまと作戦成功。こうして彼女たちの前にいる。
三人は最初こそ驚いていたが、生徒指導じゃないとわかったからなのか、カチリと態度のスイッチが切り替わる。
「おやぁ?これはこれは。正義ぶったヒーローのご登場ですか」
駄王が平民に話しかけるような、上から目線をたっぷり塗りつけた話し方にイラっとくる
「うわっキモっ!」
「まだ生きていたの!?」
他2名も便乗する形になり、さっそく手荒い歓迎を受ける。
「あのさぁ…」
当然校則で禁じられているはずのカラーリングを済ませた、茶髪のミドルヘアーを額から掻き分けた中原が急速に変容する。
「失せろ!誰も手前の顔なんてみたくねーんだよ!」
「…!」
皮肉っぽい喋り方はあまりに突然終わりを告げ、先ほど教師に向けた全てを突き刺す鋭い魔眼と咆哮が俺に向けられる。
教師がひるむのも無理はない。野生動物にも似た威嚇が綺麗に晴れた空に流されていく。
「…話を、聞いてくれないか」
自分に言い聞かせるように、ゆっくり、落ち着いて中原に語り掛ける。
激高したら、負けだ。交渉に怒りを持ち込んで快諾してくれる人間は普通いない。
「なんでお前の言うこと聞かねぇといけねぇんだよ!!」
「ゴミが話していても、聞くわけないでしょ!?」
無視。
「まだ…、まだ黒羽をいじめているのか?」
俺の抑制心の歯車が狂わない内に、本題に入る。
「てめぇに話すことはねぇよ!!」
「結局なんにもできないくせにねっ!」
思い切りむき出しになった牙を向けて、吠える。
「どうなんだ…?」
「消えろ!」
左の女が、手持ちのペットボトルを投げつける。
俺の足元で不時着したそれは水音を含んで転がる。
「頼む…教えてくれ」
頭を下げる。
「あ?なにそのうちらがまだ黒羽をいじめているかのような言い方。マヂ勘ち困るんですけど」
「そういうの、勘違いっていうんだよ?わかった?僕?」
「ちがうよぉ!そういうのは被害妄想っていうんだよぉ!」
「その発想はなかったわ」
「アハハハッハハハハ!!」
歯に力が入る。歯軋りを起こしかねない程強く圧力をかけなければ、この謂れのない暴虐を飲み込むことはできない。
ドロリと熱く、むせてしまいそうなそれを何とか処理し、本当の目的に話題を移すことにする。
「わかった…それじゃあせめて、人形を返してくれないか」
「あ?人形?」
意外だったのか、素に近い声音が飛び出す。
「ふぅん…?もしかして、これのことか?」
中原がポケットから無造作に取り出したそれは見間違えるはずもない、俺の脳裏に焼き付いて離れない、正真正銘本物の黒羽の人形だった。
不幸中の幸いか、なにをしでかすがわからない彼女たちの手に落ちたものの、その姿は未だ健在であり、俺が以前見た時と遜色はない。
胸の中で安堵したが、油断は一切許されない。一つでも選択肢を間違い彼女たちの機嫌を損ねてしまおうならば、瞬く間にあの人形は原型を維持できなくなるのが明明白白だからだ。
「…ああ、それを返してほしい」
「えーっ!?こーんなものに興味があるなんて、辻村君ってめるへんちっくね!」
「「ギャハハハハハ」」
中原達がわざとらしく腹を抱えて笑い出す。
…時間にして15秒程度か。一頻り笑い終わった彼女たちは互いを目視した後、良い悪戯を思いついた餓鬼のような下卑た笑みを浮かべる。
それを見て嫌な予感をしないものがいようか、いやいない。
「だったらよぉ…」
次に宣言された言葉は、あまりにも常識を逸脱した雑言だった。
「…落ちろ」
「え…?」
その言葉を理解することができない。
「落ちろっつってんだよ!」
中原が指さしたのは、この屋上から見える景色、もっと言えば黒羽が自殺しかけた柵の方面。
「あそこから飛び出して生きてたら,教えてやるよ…」
見るものをゾッとさせる、汚泥しきった満面の笑顔は裏表のない、本当に楽しそうな笑み。それも3つ。
彼女は俺に自殺しろと言ってきたのか。
「頑張って!辻村君!」
「腸ぶちまけて上ってきてね」
「いや、それはできない…」
そんな非常識極まりない、タガが外れた提案を到底受け入れることはできない。
面白くない反応に、ヘビ睨み…という表現が近い、恐怖で体を凍てつかせる目に豹変する。
「さっさと落ちろや!どっかの女みてぇにな!!」
それだけでも十二分の破壊力を持っていた言葉の拳だが、取り巻きによる引き継ぎの台詞で拳にメリケンサックが加わる。
「嫌なの!生きているのが!…とかいいながらさぁ!!」
ウヒャハハハハハ!と、取り巻きのもう一人が腹を抱えて笑い出す。
どう考えてもその状況は…
━━━
『もう嫌なの!生ぎているのが!』
『生きているのがづらいの,苦じいの,耐えられないの!』
『あなたはなにも…わがっでいない!』
『わたしが…今日までどれだけがまんじできたか!』
『したぐないことをざせられ,されたぐないことをざれる』
『私は…もうごれ以上いぎる意味がないの!』
『生ぎていたって楽しくない,嬉しくない!』
『じかない日々になんの意味があるの!?』
『そんな日々を過ごずより,死んだ…死んだ方がいいの!ぞうぎめだの!』
『だから…もうかがわらないで!!』
━━━
先週の木曜、大切な命を投げ捨てようとしていた女の子……黒羽が言っていた言葉だ。
偶然は、有り得ない。
「お前らぁ!」
「あ?あれ?あれ!?アッハハハハハ!今思い出した!ギャハハハハ!!」
彼女たちにとってギャグでしかなかったあの出来事のことを今思い出したらしい中原が、3秒のタイムラグがあった後笑いに合流する。
人が死にそうになったことを笑いに、それも大笑いができるほどの奴らに、もはや『彼女たち』と人間を形容する言葉はもう使うことはできない。
『悪魔たち』は、黒羽を追い詰めたという自覚など微塵になかった。
「ウハハハハッ!」
「腹が!腹が!!アッハハハハ!!」
「ヒーッ。…あぁー、ばーっちり見ていたよぉ!?この目でなぁ!!」
指す先の狂喜に満ちた目には、泣き笑いの涙が溜まっている。
同じ涙でも黒羽の流した涙とは,雲泥の上を行く差。これほど無意味な涙はない。
握った拳の力が緩まない。
「楽しかったねぇ…!あんなに必死に死のうとしている奴と…」
「必死に止めているやつの姿と来たらぁねぇ!?」
「「お前を助けてやる!」だってよっ!ハハハハハハハ」
「傑作!ハハハハハ!臭過ぎだろっ!ハッハハハハハ!」
「人が…人が死に掛けていたのを…!黙ってみていたというのか!?」
声を荒げて抗議する。
「いやぁ。ごめんごめんっ!ヒーローさん!あなたの寒い台詞で盛り上がったよぉ!ッハハッハアハ!」
「お笑いがねっ!!どこのお笑いライブかとおもったわ」
こいつら…
屋上に来たとき恐らく俺が黒羽を説得しているところを見ていたと言うのか。
入り口の脇に隠れて聞いていたというのか。
「お前ら…」
「な!?そういうわけでっ!さっさと死んでこい」
既に抑制心の歯車はとっくにその役割をやめ、暴走する。
こいつらを殴りたいという衝動だけが、俺の頭を完全に乗っ取りかける。
…だが━━ここは我慢、しなければ、ならない。
あくまで俺は頼む側、交渉に怒りを持ち込んだ時点であの人形に命はない。
「……それ、だけは、でき、ない…!」
精一杯怒りを鎮圧した俺に言えるギリギリの言葉を発する。
「は?このチキン!!んなこともできねーで男やってんのか!?恥じろ!屑!」
「プッ…、こんな軟弱者…死ねばいいのに…はぁ…」
「もうてめぇの顔も見たくねぇよ!死ね!失せろ!!!」
こいつらに会話しようと思ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
これ以上話が前に進む様子はみられない。
…だが…どうする…?
選択肢
┌1話を続ける
└2引き上げる
もう少し、もう少しだけ頼んでみる。
「待ってくれ!お願いだ…返してくれ!」
「ああ゛あ゛ああ゛!うるせぇえええええ!!!」
中原の誰にも予想することのできない癇癪が爆発する。
「消えろっていっているのがわかんねぇのかぁ!!?」
そのとき中原の右手から鈍く鋭い光が俺の目に飛ぶ。
あいつが手に持っているのは…果物ナイフ程度の大きさをもつ凶器。
「そんなに死にたいならこっちから殺るぞ!?ああ!!?」
「あ、藍ちゃん、落ち着いて!」
「そんなものだしたら、あいつ失禁しちゃうよ!」
息を荒げて鬼人化した中原は,取り巻きに制止をさせてしまう程に、今にも俺を殺しに掛かる勢いがある。
荒ぶる殺意を限界まで圧縮させる寅がそこにいる。これは本当に危ない。
こんな思想を持つ人間と本当に分かり合える日が来るのだろうか。話が通じないこの化け物と。
とにかく今は早々に立ち去った方が身のためだ。明日またもう一度…
「悪かった。じゃあ俺は退散するよ」
「消えろ!!」
取り巻きが便乗せずどう、どうと落ち着かせている姿を視界から外し、踵を返して俺は屋上から退場する。
平等に流れる春風も、今だけは鬱陶しく感じた
「…」
ズキン、と。
手に痛みを感じたのは、自制を打ち破った右拳が力いっぱいコンクリートの壁に吸い込まれたからだ。
貯金に貯金を重ねた奴らへの怒りを無関係な壁に叩きつけてしまう。
「くそ…なめやがって…!」
人の命を軽く見て、似非笑って、馬鹿にして…
これほど人間に憎悪の感情を芽生えたことはない。
一体どうして彼女たちは…黒羽を…
そこだけが本当にわからない。
…
ジンジンとリズムを刻む右手の痛みが、俺を少しずつ理性を回復させる。
少し冷静に俺はそっと壁から手を離す。
もう一度後ろを振り向いてから、俺は教室へ帰った。
放課後になる。
あの後,彼女たちが俺たちの前に姿を晒すことはなかった。
今日の密会であいつらがいじめを続けていないという保証もなければ、いつまでもあの人形が無事という保証もないことも分かった。
俺があの人形を欲しているという弱みを見せつけたのは間違いだったのかもしれないが、後の祭りだ。
明日も難攻不落の奴らの下で説得する必要がある。
見返りの見込みのない会社に投資するほど無意味な事はないが、彼女たちにはそうするしか方法がない現状。
やるしかない。そう
俺の右肩方向にいる一人の女の子を見る。
「…」
彼女にもう一度笑ってもらうために。
今日、黒羽が口を開いたところを見ていない。
その瞳はいつも恐怖が宿っており、俺には見えない何かにいつも襲われている。
「黒羽」
「…」
「もう少しの辛抱だからな…」
彼女のために,俺はやらねばならない。
この後も、会話の波に乗ることなく黒羽と別れ、一日が終わった。
というわけで終了です。
果たして中原から人形を取り戻すことはできるのか。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。