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4月3日(後)ー病院ー

どうも、りゅうらんぜっかです。


初めての方は初めまして

前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。


というわけで後半です。文章が長くなってしまいました。すいません。


日常パートはもう少し続きます、クスリときてもらえれば幸いです。

「―、それでは今日はここで終わりにしますね。また明日、お会いしましょう!」


そんなまかり先生の締めの言葉を切り口に、ざわっと一斉に教室が生徒達の会話で埋め尽くされる。

今日は始業式という事もあり、授業もなく午前中で学校は終了する。

そこからくる開放感と、昼からなにをしようかという期待感が、この教室を騒がしくさせるためには十分すぎる燃料だった。


「それじゃあねーっ」

「おう、またなー」


学校公認で元気印を与えるべき栗崎は、終わったと同時にそれこそ脱兎の如く教室から消え去る。恐らくこのあと部活なのだろう。

俺も背もたれに身を預け、大きく伸びをしてじっとしていて疼いていた身体に満足感を与える。


「よっしゃっ!学校終わってよっしゃっ!」


意味の分からないテンションに取り憑かれた俺の右隣にいる人は、何故かガッツポーズをしながら喜びを表している。

そしてそのテンションの捌け口が、達也の目が俺をとらえると共に向けられる。


「よ」

「断る」

「ま」

「断る」

……

「…ま」

「断る」

「せめて『まだ1文字しか喋ってないよ』って突っ込ませろや!」

「断る」

「お前はプログラムされた言葉が来ないと同じ言葉しか言えない動物ロボか」


俺は信じられないくらい面倒臭そうな面を達也に見せつけながらこう答えた。


「なんだよ、俺に何か用なのか」          

「きまってんだろ?もう学校は終わったんだよ?」

「じゃあな」


今日貰ったプリントが数枚ある以外何もない、すっきりした鞄を持ち上げて達也から背を向けて歩き出す。


「ちょ…ちょ待てよ!」


駆けて俺の前に立ち塞がり両手を水平に広げ『ここは通さないポーズ』になる。鬱陶しい。


「あたしの話を聞いてぇ!」


悲劇のヒロインっぷりを演出する達也。

この目立つ行為に、まだクラスにごまんといる生徒から「また達也か」「はじまったよ」と、口々にいわれる。

そう、達也は高校に入ったときからこんな奴であり、初見の人間がこいつを見るときまって「キモい」と言う。

だが本人は全く聞いていないというかもはや耳に届いてないらしく、良い意味で唯我独尊を貫いている。

どうしてこいつとこうしてつるんでいるかというのは、話せば長くなるので割愛する。

なんだかんだで俺もこいつと付き合い初めて3年目になる。ということはこいつの性格が嫌でも分かる。

その経験からして、こうなってくると聞かないと力ずくで通らなければならなくなる。そんな無駄な体力は使いたくないので大人しく従うことにする。

問題は従ったら従ったでSAN値がガリガリ削られるので、とっちもどっちという事だ。


「はぁ…、なんだよ」

「そんなあからさまに溜息つかないでください」


ありもしないめがねを上げるような手つきをし、話を聞く気になった俺に満足げな頷きをする。

そしてなにを思ったのかおもむろに俺に近づいてきた達也は、殴る準備完了の俺の拳を解きほぐしたかと思えばそっと何かを握らせる。

少しひんやりとしたものを感じ、手を開いて確認すると、何故か鍵がそこにはあった。

視線を達也に戻すと、髪をかき分けてニヒルな笑顔でお出迎えしてくれた。


「コレ…僕の部屋の鍵だ。来る気があるならいつでm」

「ってちょちょちょちょちょっっ!ごめんっっ!!それ俺の家の鍵だからっっ!!投げないでっ!?」



俺が全力で4階の廊下の窓から人が豆粒に見える1階に投げ捨てようとした鍵を土下座4回してなんとか取り戻した達也は、抱きしめて歓迎した。

母親のお腹の中に男のプライドなど捨ててきた達也の目尻には、涙が溜まっていた。


「これが最後の問いだ。俺に何のようだ」

「わ、私はただ、一緒に帰ろうって、いいたかっただけなんですぅ」


頼むから最初からそう言ってくれよ…

俺は大げさに肩をすくめて鞄に鍵を突っ込んでいる達也にこう言った。


「それはいいが、俺は妹の所に行ってくるから途中までな」

義妹いもうと?」


冒頭で説明したとおり、俺には7つ下のがいる。

産まれたときからかなりの病弱で、人生の大半を病院で生活しているような状況だ。

退院しては入院しての繰り返しで、今のところ回復の見込みはない。


「あのさあ…」


軽く拳を振り上げると、目を丸くして絶望した顔をする。


「い、いや…お前と義妹の関係の中に俺が入ってきてNTRする…みたいな妄想をしていたんで、つい…てへぺろぉあがっ?!」


なにが『てへぺろ』だ。舌を出して片目ウインク、それに手を頭の後ろに回すというコンボを男がするだなんて、ガンジーさえ助走をつけて殴るレベルである。

これがまかり先生だったら、俺は逆に感謝してしまうことだろう。


「ごめん(棒)。じゃあな」


これ以上この馬鹿と関わっても仕方がないのでさっさと妹…明日香あすかの元へ向かうことにする。


「まったくもう、紅ちゃんっていっつも勝手なんだからっ」


『エロゲの幼なじみヒロインが言いそうな言葉ランキング』8位にランクインしそうな台詞を平然と言ってのけてから、追いかけてくる達也だった。






「…おい」


この場所独特の雑踏や店のおばちゃんのけたましい売り込みの声が俺の耳に否応なしにはいりこんでくる。


「どうしたんだい?」


時刻は一時を少し過ぎたくらいだろうか。辺りを見渡せば、昼飯を食べに来たサラリーマンをチラホラ見かける。


「なぜお前がここにいるのだ」


…ここはこの街最大の商店街である深翁みおきな商店街。

うちの学校からゆっくり歩いたとしても20分程度あれば来ることができるため、学校帰り学生がよく遊びに来る場所だ。

商店街を抜ければ駅もあるということもあり、今の時代には珍しく、かなり盛り上がっている…と思う。

とはいえこの街には特に観光名所と呼ばれるところはないため、あくまで地元で盛り上がっている、という程度だ。

文房具屋にファミレス、小さいがスーパー、ゲームセンターなど、普段の生活で不便を感じることはないくらいの充実っぷりなので、正直このままでいい気がする。

余談だが、一時期温泉ブームの影響で妹のいる隣町が大いに注目を浴び、空前絶後の観光客数を観測したことがある。

そのおこぼれというか、おかげでうちの街にも人が流れ込んできたものの、最近ではブームもすっかり下火になり、いつもの平穏さを取り戻している。

そんな商店街の方向に達也の家は存在しない。ところがこいつは当たり前のように付いてきている。

この展開にデジャヴを感じたことがないと言えば嘘になる。まさか…


「まさか… また妹のところにくるつもりか?」


懐疑の念を抱きつつ、横目で質問すると、達也はいきなり腕を組んだかと思えばそっぽを向いてこう言い放つ。


「べ、別にあんたの妹に会いたいだけなんだからっ。あんたと一緒にいたいわけじゃないんだから。勘違いしないでよねっ」


『エロゲのツンデレヒロインが言いそうな言葉ランキング』で永久不動の一位の座にある定型文をつかってくるんだからタチが悪い。―…、今時こんなステレオタイプはいないか。


「断る」


いっても無駄だが、一応言っておく。

案の定、無駄だった。


「断る」


なぜか俺を見下ろすような目線になろうと必死になっている。

至極一般的なことではあるが、こんなことでこいつが引き下がる要素など微塵もない。全く困った奴だ。

…実際来ても全然構わないが。


「ん?どうしてアヘ顔になるん?」

「あへぇ」

「ちょおい!本当にすんなよ!?これ小説だからお前の顔見せずに済んだけど、漫画やアニメだったら完全に事故だぞ!?」

「ん、お、悪い悪い。」


顔をキリッとさせる。

さ、様式美は済んだことだしそろそろ行こうかな。


「お前に何言っても無意味なのは知っている。きたければ来ればいい」


そう言って承諾すると


「イェーイ!」


今にも汚物を消毒しかねない悪人面で喜びを表現してやがる。


「だが、病院内では一言も喋るなよ。喋る毎に裏拳一発な」

「フッ、造作もない…え?」

「よしいk」

「まー待て待て待て!!それじゃ俺行く意味なくね!?ただお前に黙ってついて行くだけだなんて俺はお前の背後霊か!?」

「能力名は『空気な強者ストロングエアー』だな」

「うわーっ!いろいろ矛盾しているじゃねーか!」


両手で頭をワシ掴みして悶える達也を無視して、俺は駅に歩き出した。





ガタンッ!!


「アガッ?!」


電車に揺られること二十分、俺達は明日香のいる隣町までやってきた。

その矢先、キップを入れたのに改札口は全力で達也の通行を阻止した。

機械にまで嫌われるだなんてなんて不幸な奴なんだ。


「ちょっと駅員さーんっ!?」


そんな達也を視界から外し、俺は他の建物より一つ頭抜けたやけにでかい建造物に目を向ける。

それは大々的に『白』を強調したもので、他の景色から余りに異色なため嫌でも目立つ。言わずもがなではあるが、あれはこの町一番の総合病院。

ほかの建物が小さいというのもあるが、巨大な三つの病棟を並べたそれは巨大な城を思わせる。建物の色が白だけに。

殆どの専門家が集結しており、困ったらとりあえず駆け込めと言われるほどの汎用性がある。

そんな病院にうちの妹は長期に渡って入院している。逆を言えばそんな病院ですらも明日香の病気を治すことができないのだ。


「ったく、酷い目にあったぜ…」


後ろを振り向けば、ようやく解放されてやれやれ顔で戻ってきた達也の姿が。


「ほら、行くぞ」

「ちょ…ちょっと待ちなさいよっ」





「…しかし、何度来てもここはすげぇって思っちまうな」


そう言いつつ、半分にやけ口で目を見開かせる達也。

こいつにしては珍しくまともな感想を述べる。ネジが五本はずれた達也でさえもそう言わせる程この病院は圧巻なのだ。

病院の入り口、ここをひとたび入れば殆どの病気が治療できる正に『 天国への扉ベブンズドア』といっても過言ではない。

そんな病院を目の前にし、感嘆に浸るこいつに今から残酷な宣告をしなければならないと重うと気が重く…なるはずない。


「さ、こっから先はお前は絶対に無言だからな」


サラッとそういってやると出目金と勘違いしてしまうほど開眼させ、にやけた口は一瞬でへの字に変わる。


「あれ冗談じゃないの!?救いの手はないんですか!?」


両手の指をわさわさしながら抗議を申し立ててくる達也に俺は冷徹な判決を言い渡す。


「ねーよ」


もっと面倒な事を言い出すかと思ったが、意外にも達也は突然ない頭で思慮深くなる。

自分の中で何かを納得した達也は頷き、こう言った。


「……フッ、まぁいい」


こう変なときにギアチェンジが早いこいつは、気障に含み笑いをしながら


「たとえ俺が一言も喋らなくても、明日香ちゃんは俺の魅力の虜になる…そうだろう?」


そんなことを言いのける。

このドヤ顔につい枠を付けて薔薇を添えたくなるが、そんなものを世に出したら叩き潰されるのは火を見るより明らかである。


「ああそうだな、じゃあいこう」


自動ドアを二枚隔てて、中に入る。

それとほぼ同時にあの病院の独特のにおいが鼻につく。

中にはチラホラ人が各々の目的で動いており、受付で待っている人、カルテを持って歩くナースなど様々だ。

見慣れた光景なので、俺は妹の部屋に向かうことにする。


「…」


チラッと後ろを見れば、作り笑いを浮かべた達也がちゃんとついてきていた。

正面を向き直し、入り口から右手にあるエレベーターのボタンを押す。


「あら辻村君,こんにちは」


10数秒後、チーンとエレベーターが出迎えの挨拶をしてきたとほぼ同時に、後ろから柔らかい優しい声が俺に向けられている。

栗崎の時と同様、この声は俺の脳が知り合いだと認識している。だが栗崎と違い、完全に確証があるため、確認もせずに挨拶を返す。


「こんにちは」


振り向けば,そこには妹を担当している白い白衣を身にまとった看護士さんが立っていた。

手にはカルテを持っており、今まで誰かの部屋にいっていたのだろうかと適当に推測する。


「今日は妹のお見舞いかな?いつもありがとうね」


天使の微笑みに加え、若い看護士さんのスタイルは絵に描いたような理想的なものだ。

看護士さんも大好きな達也の口は閉じられず、だがしっかりいやらしい視線を看護士に突き刺す。ぬかりない奴だ。


「いえ、兄として当然のことをしているだけですから」


その視線をなるべく悟られないよう俺は看護婦に話題を振ってみる。


「えらいわねぇ。今時の高校生からそう出る言葉じゃないわ。いいお兄さんね」


…いや、心配いらなかったか。看護士さんは達也など眼中になかったようだ。…そもそも達也がちゃんと見えているのだろうか。


「い、いえ…」

「さぁ、はやく合ってあげて。妹さん寂しがっていたわよ?」


なにかを思い出したらしい看護士さんは、軽く笑いながら胸元で人差し指を天井に向ける。


「本当ですか?」

「フフ、毎日来ない限り、その寂しさは紛らわすことはできないと思うけど」

「わかりました。それでは急いで行ってきます」


感謝の意を込めて頭を下げ、エレベーターを待つ時間も惜しいので、小走りで妹の元へ。


「病院内は走っちゃ駄目よ」


苦笑混じりの看護士の声が後ろから聞こえた。





「あっ!お兄!」


俺(と 空気な強者ストロングエアー)が入るなり、目を輝かせて俺(達)を迎え入れてくれた。

窓際によく洗濯された真っ白いシーツや布団に身を包んだベットがあり、明日香はその上で半身を起こしている。

部屋はシンプルな立方体構造で、壁や天井、床の色も白に統一されており、どこか異空間に来てしまったのかと錯覚する。

いや、この表現はあながち間違っていないのかもしれない。


「お兄が来てくれたーっ」


高校ではまず聞くことはない年相応の幼い声は、俺の耳には新鮮だ。

オ○プーナの頭をモチーフにした帽子を深々と被り、水玉のパジャマという、つい後ろの奴が鼻息を荒げる格好だ。

なぜこの格好になったのか、その経緯は忘れた。


「フン…フン…フン…」


既に顔を赤くして、鼻息を漏らさずにはいられなくなっているのが一人。

無理もない、ただでさえやばいのに、そこに『病弱な娘が白いベットの上で見てくる』という属性攻撃が付和されるわけだから。

ご覧の通り、明日香の格好は幼児異常嗜好ロリコンをオーバーキルするには十分すぎたようだ。

これで確信する。こいつの目的は明日香を視姦するためであって、決して見舞いに来たわけではないと。


「久し振りだな、明日香」


興奮することしかできない人形に変わった達也を無視して、軽く手を挙げて挨拶する。


「もーっ、くるのが遅いよっ」


言葉は不満げだが、その顔は白い歯をくっきり見せながら笑っている。


「ブホッーアアアーーーッ」


鬼に金棒なその無垢な笑顔に、達也は今にも白目を剥いて失神しそうだから危なっかしい。

しかし、明日香はどうして達也に対して何も言わないんだ?


「いや、ごめんごめんそんなに怒らないでくれ」


歩みながら謝る。


「週一回しかこないお兄が悪いのっ」

「ゴパッ」


顔を頬に食べ物を詰めたリスのように膨らませる。これ以上いじめないでやってくれ。

明日香の言うとおり、俺は週一回しか妹の病院に行っていない…正確には行けない…だ。

もっと合ってやりたいのはやまやまだが,平常時は、学校が終わって急いで病院に向かってもそのころには面会の時間が終わってしまっている。

そのため平日はどうしても合うことが出来ない。

だから俺は土日のいずれかを、妹に会う日にしている。

今日は午前中に終わったため、例外だということだ。

俺はベットの近くにある質素な簡易イスに腰を下ろして聞く体勢を取る。


「僕、お兄が来るのをずっと待っていたんだよ?」


小首をかしげてねだるような目を向けてくる。


「カハッ…ハァ…ハァ…」


「本当にごめんな、あまり合いに行けなくて」


家族だというのに、まだこんなに幼いのに、週一回しか会うことができないだなんておかしな話である。


「いいんだよ。会いに来れなくても。だってお兄は高校生だもんね。だって高校生はいろいろ忙しいんでしょ?」


明日香のそんな言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。

こんな小さな妹に気を遣われる俺はなんて不甲斐ないんだ。


「ま、まぁな。…でもな!」


なんとかして明日香を安心させたいがために、つい勢いよく言い出してしまった。       

こんな何もできない自分に言い聞かせるように。言い訳するように俺は笑顔の仮面に隠れた明日香に向かってこう言った。


「今日で三年生になった。高校生なのは今年までだ。大学生になったら…もっと会いに来る。絶対に」


これが俺の今できる精一杯の言葉。


「んふ」


困惑する俺とは対照的に、明日香は口元に手を当てて小さく笑った。


「そうかなぁ?彼女とか出来て,僕にかまっていられなくなるんじゃないかなぁ?」


白い歯を見せながら、ジト目で悪戯っぽい笑みをこぼす。


「そ…そんなこ――」

「いいんだよ。僕は…」


余りに儚い、今にも崩れ落ちていきそうな小さな手が眼前まで上げられ、制される。

フッとその表情は崩れ、どこか遠い目をしながら風が良く通っている窓の外を一瞥したかと思えば、再び俺に視線を落ち着かせる。

そして手の下に隠れてしまったが、そこには仮面を剥いだ本当のほほえみを垣間見せた明日香から、トドメの一言を言われる。


「僕は…僕ができなかった事を、お兄にたくさんしてほしいからね」


――

生まれて2、3年たった頃からこの病が発症し、この生活が始まった明日香。

外の世界を殆ど知らず、病院という独房の中でずっと病の回復を望んでいる。

俺はそんな明日香を何度連れ出して、いろんな所を見て回りたいと渇望したことか。

でも、それは今になっても叶わない。いくら願ったところで、神は明日香に外を出ることを許さない。

だからって、そんな言葉は言って欲しくなかった。

明日香…お前は…


「オッ…ウッ…ウッ…オウ…ブヒッ…」


今の馬鹿の漏らした声のせいで、一気にこみ上げてきていたものが一目散に退散していく。

大半の人間から憎まれている芸能人が涙の引退会見しているときに「やっと消えてくれるんですかwww」と言い出す位空気が読めていない。

…とは言え、良くも悪くも雰囲気殺しなこいつのおかげで、助かった一面もある。

ここで弱気になってしまっては、それこそ明日香の気持ちが無駄になってしまうからだ。

そう言う意味で達也に救済された。だが


「ブベッ!!?」 


後ろで不快な環境音はないきを垂れ流すスピーカーに明日香に視線を固定しながら一撃裏拳をかます。一度殴っておかなきゃ気が済まない。


「ヒッヒーッ!!フーッ!ヒッヒッフー!」


何故かラマーズ法で転げ回る達也は放っておいて、改めて明日香を見る。

一度深呼吸して、完全に気持ちを落ち着かせてから、口を開く。


「明日香…僕ができなかった事、だなんて言わないでくれ。絶対に病気は治るから。もう少しの辛抱だ。な?」


根拠のない台詞。そう誰もが思うが、それに縋ることしかできない。

その一言に少し表情を明るい方向に引き戻してくれた明日香は、真意が読めない笑顔でこういった。


「うんっ。でも僕の分じゃなくても彼女は作ってよね。お兄は優しいし,カッコイイんだから、もったいないよ」

「そ、そんなこと…」

「あーっ、お兄顔真っ赤っかだよ?んふふーそんなに言われて嬉しかった?」


愉快な様子で『m9』を真っ赤になっているらしい俺の顔に突き刺す。


「おま…お、お兄ちゃんをからかったのかっ!?」

「もー、お兄は女の子の言葉に弱いんだからぁ。僕みたいな小学生から言われてもそんなに真っ赤にしているようじゃ、同い年に言われたらコロッといっうちゃうんじゃない?うふ」


明日香の周りに『ニヤニヤ』が取り巻いている。

かと思いきや何かを悟ったようにハッとする。コロコロ表情が変わる奴だ。


「あ、まさか僕みたいな子供から言われたから?えっ、お兄ってまさか…」

「俺はそういう趣味じゃない!」


全身全霊で明日香の狂言を全否定する。


「うふふ、冗談だよ、じょーだん」


からかいが大成功したため、非常に満足げな顔つきでうんうん頷く。

やはり俺は明日香のその手のひらで踊らされている道化のようだ。


「く…勘弁してくれよ」


適当に体裁を戻しつつ、妙な汗をかいてしまったためポケットに手を突っ込んだ。

そのとき俺の左肩に手が置かれる。この状況下でこんなことをする奴は一人しかいないわけで。

俺はもう立ち直れたのかと思いつつ後ろを振り返ると君も幼女異常嗜好ロリコンかい? と言いたげな、口元を片方だけつり上げ、どこか蔑むような目で見られていた。うるさい。


「んふふふふ、やっぱりお兄をいじるのは絵の色塗りなんて霞んで見えるほど面白いなぁ。うふ」


『絵』という単語を聞いた途端,壁際に置かれたスケッチブックが無性に存在を強調してきた。これは使える。


「そういや、絵の方はどうだ?」


これ以上妹のペースに持って行かれるのも癪だし、ロリコン疑惑を引きずってもらいたくないので、話題を逸らす。

案の定、好きな話題なので飢えた魚のように活きよくガッツリ食いついてきた。


「ん?これのこと?」


明日香が自分の体を覆ってしまうほどのスケッチブックを取り出す。

それをペラペラとめくり、自分の過去の作品を鑑賞しながら溜息混じりにこういった。


「身近なものを描くのは飽きちゃったから,今外の景色を描きたいと思っているんだ」


その言葉がグサリと心に突き刺さったが、平静を装いつつ言葉を続ける。


「そうか,ならここから見える景色を描いてみろよ」

「うぅん…」


明日香が何度も何度も掴み、表紙にシワが目立つスケッチブックを撫でながら唸る。

俺が明日香にスケッチブックと絵の具セットを買ったのは2年前だ。

その頃毎日暇だ暇だと言ってやまない明日香のためになにか遊べるものを色々買い与えていたが、全部駄目だった。

そんなある日、それらを買ってくると、今までゲームや本には全く興味を示さなかった妹が、なにかに取り憑かれたように熱中し始めたのだ。

その上達振りには目を見張るものがあり,驚異的なスピードで描けば描くほどうまくなっていった。

年齢で言えば妹は11歳だが,その上達の早さで、もはや彼女の手から描かれた絵はコンクールの賞を貰える高校生と引けをとらない。

それは『自分の家族』という色眼鏡の補正がかかっているからなのかもしれない。が、これだけはそうでないと太鼓判が押せる。


「ここの景色なら,ここから動かずに書けるぞ」


俺は開け放たれた窓の先にある、青空が続く外へ指先を向ける。

外には特に何もないので、静まりかえった陸上競技場が見える。

これも伏線のひとつではあったが、このルートでは特に意味はない。


「それだけじゃつまらないなぁ…うぅん…ちょっと考えておくよ」


このレベルになるとこだわりというものがあるのだろう。特に俺は強要するようなことはしなかった。


「あ,それでね,お兄…」


…そんな感じで、しばらく明日香と会話を続けたのであった。




気づけば外は赤一色に染められていた。世間的に言えば『夕方』と呼ばれる時間だ。

夕日が病室にも差し込まれ、白メインのこの部屋には夕日が彩ったものはイレギュラー以外の何者でもなかった。

それに気付いた明日香は会話を中断して、少々驚いた顔を浮かべつつこう言った。


「あわ、お兄もうこんなに時間が過ぎちゃったよ?帰らなくても良いの?」

「別にこれくらい良いさ。それよりお前と話がしていたい」


明日香の慌てを鎮火させるように言ったが、それでも炎は燃え続けるようで、開いた手を突き出す。

そのか細い腕には何カ所も点滴の管が痛々しくぶら下がっている。


「いいよ。お兄といっぱい話しできたし。お兄には宿題もあるでしょ?」


ない…と言う隙もないほど明日香は言葉を止まらない。


「それに僕は一人でも寂しくないからね。もう11の強い女の子なんだから、お兄はなにも心配しなくていいんだよ」


矢継ぎ早にそう言った。

ここは明日香の気持ちを汲んでおとなしく下がった方が良いだろう。


「わかった。それじゃあ、またな」


上げたくない重い腰を上げ、妹に別れの言葉を言う。


「うふ、この右腕が筆を動かせ続けられる限り,僕に暇はないよ」


力こぶに反対側の手を当てながら、努めて明るい声でそう答えてくれた。

明日香に手を振り、病室を後にした。

…明日香。

廊下を出たと同時に、後悔の念が津波のように押し寄せてくる。

無意識にも右手の拳に力がはいる。


『いいんだよ。会いに来れなくても。だってお兄は高校生だもんね』

『それに僕は一人でも寂しくないからね。もう11の強い女の子なんだから』


…あの言葉は全て嘘だっていうのは明白だ。わかりやすすぎる程に。

家族に気を遣う必要なんて微塵もない、なのにどうして明日香はこんなにも俺に気を遣ってくれるんだ。

寂しいなら寂しいと言って欲しい。見舞いに来れる俺をもっと頼って欲しい。

しかしその疑問を明日香に問い出すことは俺にはできない。聞き出せば、この関係が崩れ去ってしまいそうだから。

それが怖かった。


「…くそ」


やり場のない虚無感をこらえつつ、俺(達)は廊下を歩く。

廊下には人という人がおらず、薄暗く続く道が俺の気持ちを再現してくれているようだった。

そのせいかいつもより周りの音に敏感になっており、病院内の静かなざわめきが良く聞こえる。

その中に…


「…!…!」


俺の視界に入る、ここから2つ先の扉の中から、やたらでかい声で喚いている奴がいる。どうかしたのだろうか。

それの前まで来ると、扉越しから声が聞こえる。なにかを主張しているようだ


「い…よ!…!」


…まぁこれ以上聞いていても無駄だし申し訳ないので,とっとと行くことにする。





「だあああぁあああぁぁぁあああああ!!!!やーっとお!!しゃべれたああああああ!!!!」

「うるせぇ」


天国への扉ヘブンズドアから下界にでた瞬間、本当に病院内では何もしゃべらなかった達也が、その鬱憤を晴らすが如く怒涛の叫びを腹から出した。

しかしいくら病院外とはいえ、入り口の目の前だ。非常に迷惑なので頭にチョップして、黙らせる。


「いや、まぁ、お前は良くやったよ。今回だけは賞賛に値する」


病院の敷地内を二人で歩きながらそう言って達也の苦労を労う。今日は割と本気で労う。


「フッ、俺にかかればこのくらい造作もない…だが…」


今だから許されるキザな髪のかきわけをする達也であったが、直ぐに額にしわを寄せ困り顔になり、急かすように聞いてきた。

その姿は、神に助けを請う迷える子羊そのものであった。


「…でもさ、どうして明日香ちゃんは俺の事について触れてくれなかったんだろう…」


確かに。としか言いようがない質問である。敢えて仮説を立てるとすれば…2つ思いつく。

俺という神に縋っている子羊に、2つの解を示してみる。


「そうだな…、達也の存在が視界に収まらなくなるくらい俺しか見えなかった…か」

「達也のあまりの存在感のなさに、そもそも見えなかった…かだ」


指を1つ1つ折りながらそう答える。


「つまり前者だろうが後者だろうが、お前は見えていなかったんだな」

「『 空気な強者ストロングエアー』の力をいかんなく発揮したんですね、わかります…って」

「そんなオチありかよおおおおおおぉおぉぉおおぉおおおお!!!」


…この話にもオチがついたところで、今日は終わりにしておこうか。

綺麗に染まった茜雲を堪能しながら家に帰ったのだった。



と言うわけで一日目は終了です。


妹の存在は正直この黒羽ルートでは関係ありませんが、共通ルートなのではいっています。


さて、二日目は学校の女の子達との会話が多くなります。

ギャルゲーらしい展開はあんまり無いかもしれませんが、お付き合いお願いします。


それではここまで読んで下さり、ありがとうございました。



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