4月9日/日曜日(後)ー対決ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで後半です。
影のヒロインとの絡み、十二分に楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、どうぞ!
「こ…ここが…すごいですわ…」
天国への扉という名の自動ドアをオープンさせるやいなや、金髪ウェーブヘアーの微乳ツンデレお嬢様は器用にペンを回していた手が止まってしまうほどの感銘をうけていらっしゃった。
一体全体どうして病院にはいっただけでそんなに感嘆したような声を出すことができるのか、これは哲学に通じる命題ではないだろうか。
病院ですらこの喜びようであるなら、彼女をLでOでVでEなホテr…いや、これ以上は何も言うまい。
そんな清掃が行き渡り、床から己が写ってしまうほどのピカピカな病院内を見渡せば日曜ということもあって、いつもより割り増し人が多い。
静かであったが、活気がそこにはあった。
「妹は3階にいるんだ、行こうぜ」
「ええ、参りましょうか」
彼女にとって新鮮の塊のような空間を優雅に堪能…といったら語弊があるかもしれないが、とにかく興味津々といったご様子で俺と一緒に階段を目指して歩きだす。
俺はさっき駅前で買った花束を抱えながら、神納寺は俺の妹に会うという期待を抱えながら階段ですら手を抜かない綺麗な通路を共に歩く。
「…」
隣でwkwkを抑えきれなく、ここが公園なら間違いなく中心で叫んでしまうであろうほどのオーラをまとわせている。
そんな彼女を尻目にしながら学校の階段をあがっているような気分になってしまうほどの長い階段を登り切り、ようやく3階に到着する。
妹の部屋はもう目と鼻の先だ。
俺達はここから更に20M位歩いた先でピタリと止まる。もちろん右手にある扉の先にいるのが我が妹だからだ。
「…さ、ここが妹の部屋だが、心の準備は大丈夫か?」
『辻村明日香』と掲げられている表札を詰め込むだけ詰め込んだ花束で指しながら、彼女の意中を確認する。
「…ゴクリ」
「いや、そこで生唾を飲み込む必要はないだろ…」
「すみません…辻村殿、これから妹君にあうことになろうかと思ったら、途端に緊張してしまって…」
急にそわそわし始める神納寺。畜生、どこまで可愛ければ気が済むんだ。
「ほら、素数を数えて落ち着くんだ」
「え…ええ…、1…2…4…16…25…」
数を自乗しているあたり全く落ち着いていない。
…まぁこのままの状態で妹に合わせてあたふたさせるのもまた一興…と、天使の羽がついた悪魔がそうささやいてきたので、ここはその囁きに乗ってみることにしようかな。
ガララっ
「ちょ…!」
あからさまな動揺を見せた神納寺を見て俺はニヤリとしてしまったが、ここからもっと面白くなりそうだからとりあえずは何食わぬ顔で明日香の元へ向かう。
「あ!お兄!」
入ってきた俺を見るや、明日香の上半身の面積の大半を覆うほどのでかいスケッチブックをたたみ、まっすぐで純粋な瞳で俺へ視線を移す。
「よう明日香。ちょっと今日はお客さんを呼んできたぞ」
思わず顔がにやけてしまう。
「え?本当!?」
子供らしい、期待をギラギラにだした目に変わる。
「ほら神納寺、はやく入れよ」
半開きの扉に立つ俺の後ろにいる神納寺を見る。
「つつ辻村殿…わたくしはまだ妹君にあうための心持ちではないというのに…!」
顔をリンゴ並に真っ赤にさせ、恨めしげな表情でこっちを凝視してくる。おお、怖い怖い。
「お兄ー?本当は誰もいないんじゃないのー?」
「くっ…」
妹からまさかの催促が下り、益々引き下がることができない状況に陥ってきた。
別に四面楚歌ってわけでもないのだが、神納寺はまさにそんな気分を味わっているようで、とにかく深呼吸をして落ち着こうとしている。
「いや…俺の妹なんだからそんなに緊張する必要はないだろ…。どっかのお偉いさんとかなら話はまた別だが」
そんなアドバイスをすると、人事だと思いまして…!といつもなら回っているはずのGペンをわなわなと震わせ、眉間にしわを寄せて上目で俺に威嚇してくるが可愛いから全く威力がない。
思わず頭に手を置いてしまいそうな衝動に心が支配されそうになったが、流石にそれはまずいと自制心が衝動を勢いよく鎮火させる。
「お兄ー?」
「明日香ちょっとまってな、こいつ恥ずかしがり屋だからさ」
このまま明日香に疑念を持たれるのは心外なので、そう言って多少の時間を持たせる。
「ほら、はやく中に入らないと妹に良い印象をもたれないぞ?」
「ぐ…ぬぬ……ふぅーっ…」
ようやく観念したのか、ふっきれたのか分からないが、その重い重い手を半扉の扉に掛ける。
「辻村殿…この醜態を晒した責任…必ずとってもらいますからね…!」
そして低い開音と共に、その扉が全開になる。
神納寺と明日香が、互いに顔を見合わせる。
「あ!?」
「え!?」
明日香の第一声につられて神納寺も気の抜けた声を出す。
その反応から神納寺も十分驚いてはいるが、この中で一番己の予想を超えて、どうしようもない心中にいるのは間違いなく明日香だ。
「女の子…?」
丸い目をさらに見開いてポッカリ口を開けているあたり、目にそれが本当に現実なのかにわかに受け入れがたい現実の情報を収集しようとしているのか。
この妹の発言は俺も神納寺も全く想定外であったが、神納寺は多少どぎまぎしながらもこう答えた。
「え?え,ええ,わたくしは性別上女ですわよ」
その答え方はどうよとツッコミをいれようとした刹那
「お、お兄!嘘をついたね!?」
今まで食い入るように見つめていた神納寺からさっと俺に視線を移した明日香があきらかに不機嫌そうな声を上げて俺のツッコミをキャンセルする。
悪いが俺はそんな風に言われるようなことは言ったつもりはないのだが。
「え?なにが?」
神納寺を招き入れ、共に明日香のベットに近づく。
リスが食べ物を詰め込んだときのような頬をプックリふくらませ、なぜかもの凄く抗議を申し立てそうにしている我が妹。
俺たちがベットのそばまで来たとき遂に吐き出されたその理由を聞くことにより、俺はどうして妹がここまで怒っているのか理解する。
「だってお兄…彼女いないっていったじゃないかぁ!」
「!」
成る程…、明日香には神納寺がそんな風に見える訳か。
そりゃそうだ、年頃の男女が一緒に行動している姿など、端から見れば彼氏彼女の関係以外考えられるのは兄姉くらいなものか。
しかし残念ながら俺はその偏見の例外に位置する関係を持っていたわけで。今の俺と神納寺の関係を端的に述べるなら『クラスメイト』か『友達』が妥当な線か。
明日香にとんでもない勘違いをされてしまっているので、急いで軌道修正とフォローに回ることにする。
「待て待て待て!だれも彼女が彼女といってないじゃないか」
「嘘だッ!!!だってお兄、今まで誰も呼ばなかったくせに!初めてのお客
さんが女の子って、彼女以外なにがあるの!?」
いや、その理屈はおかしい…と冷静になってみたが、無理みたいだ。
な、なにを怒っているんだ?
「そ…それは…」
「って!お前も照れるんじゃないっ!」
なに頬染めて左手を口元に当てているんだよっっ!ますます誤解の穴が深くなってしまうじゃねーかっ!
簡易イスを神納寺に譲った後、軽く咳払いとまっすぐな目を明日香に向けて、深淵まで掘り下がった誤謬を埋める説明をする。
「明日香よく聞いてくれ。こいつは同じ学校のクラスメイトなんだ」
手を差し出して神納寺を指し、自己紹介を促すと、俺の意図に気付いてくれたのか。
「か、神納寺夏帆ですわ。辻村殿と同じ学校ですの。よろしくお願いしますわ」
うねりながらも美しい曲線を描いている髪が顔を覆ってしまうくらい深くぺこりと頭を下げる。
「…僕の名前は辻村明日香。お兄の妹だよ」
なんていう投げやりな自己紹介。なに怒っているんだか…
「実はな,こいつが無理矢理ついてきてな。仕方なく連れてきたんだよ。別に神納寺とは恋人とか、彼女とか、大切な人という関係じゃない。友達だ。友だち」
生半可な説明では懐疑を全て霧消することはできないと踏んだ俺は多少行き過ぎてはいるが、頭ごなしに彼女と親密関係でないことを強調する。
「結構グサッときましたけど…。そちらの兄の言うとおりですわ」
俺もここまで言うつもりはなかったんだが、徹底的に彼女関係を排斥しなければならなかったんだ…すまない、神納寺。
「本当にぃ?」
相も変わらず明日香の目は懐疑の其れを解く気配は見られない。
な…、ここまで言っても明日香の目と口調から、まるで疑いは晴れていない。こりゃ説得するのには骨が折れそうだ…。
「どうしたら信じてくれるんだよ」
「そうだなぁ…。あ,僕の目をみながら『神納寺なんて大ッ嫌いだ』と、いって。僕が『いい』と、いうまでね」
クク…と、不適に笑む。
「おまえ…誰にそんな悪知恵を教わった」
どうして一昔のエロゲのネタを知っているんだ。
「うふ、冗談だよ冗談。お兄に彼女なんか出来るわけないもんね」
ここにきて本来の11歳が持つべき顔に戻る。
なんか納得がいかない納得をされてしまったが、この際明日香の不審を払拭できるのならなんとでも思われていい。
「結構グサッと来たけど…。そういう事にしておくよ」
「オ、オホホ、仲が良い兄弟ですわね」
この雰囲気に慣れてきたのか、チャンスを見計らっていたのか、ここで神納寺が口を開く。
「これ…つまらないものですけど,花ですわ。受け取って下さる?」
色とりどり鮮やか綺麗な明日香が持つ巨大なスケッチブックに負けずとも劣らない大容量の花束を明日香の胸元へ寄せる。
前回は描写がカットされていたが、駅前でずっと唸りながら結構長い間考えて選んだ花達。1つ1つの花の個性を殺さない配置と、神納寺の美的センスもなかなかのものだ。
それと同時にこの見舞いを彼女は本当に誠意を込めてきたという裏付けにもつながっており、俺はそこも含めて彼女を連れてきて正解だったと思う。
「うわぁ!本当にいいの!?嬉しいなぁ!」
さっきまでの怨念が籠もった声から一転し、年相応のはしゃいだ声に変わる。
「ありがとう!早速後で飾っておくよ」
「オホホ、嬉しそうで何よりですわ」
「もう、お兄!この人と付き合っちゃいなYO!」
半端じゃない手のひら替えしにこれほど出来の良い苦笑いはなかなかないと言えるほどの苦笑いがでてきた。現金すぎるだろう。
「調子が良いんだから」
「うふ、ごめんごめん!」
栗崎が振りまくあの笑顔とはまた違った、幼い少女が持つ特有の弾けた笑顔がその呆れを忘却の彼方にふっとばすものだからタチが悪い。
そんなことを思っていると、俺たちのやりとりをほほえみながら聞いていた神納寺が再び口を開く。
「ところで、そのスケッチブックはなんですの?」
己と同じものを感じたのか、そう神納寺が明日香の脇に置いてある妹の上半身を覆い尽くすことが可能なほどの大きさを持つ黄色いスケッチブックに興味を示す。
「あ、これ?うん!僕、絵を描くのが大好きなんだ!」
明日香も神納寺に合わせ、嬉嬉とした顔でで使って長くなるスケッチブックを白く小さな手がよいしょと取り出す。
とても小学五年生が所持しているものとは思えないほど年季を感じるのは所々に絵の具のシミや紙のヨレ具合からだ。
そんな同じ絵描き人としてこんなおいしい代物があって中身をみたいくないと思うはずもなく、神納寺は速攻でこう提案した。
「見せて下さらない?」
「勿論だよ」
神納寺でも肩幅ほどある大きなスケッチブックを受け取る。
「どれどれ…」
その一枚をめくる。
俺もその絵を横目で見てみる。確か一枚目はこれを渡した始めだったが…
そこには何度も鉛筆で殴り書きされた歪んだバナナだった。
これは俺がこのスケッチブックを渡して、すぐさまお見舞い用に買ったバナナを見ながら描いたものであり、お世辞にもうまいとは言えない。
神納寺はそれを真剣眼差しでじっと見つめる。
次々と紙をめくっていく。
「…?」
神納寺の口が次第に開いていくのが手に取るようにわかった。
最初は飴を食べるように開いていた口が、ビックマ○ックを分けずに食べるような大きな口に変わる。
「…え?同一作者ですの?辻村殿が描いてるのではなくて?」
「全部明日香が描いているんだが」
「こ、こここの絵がですか!?」
カンペを見せるプロデューサーのように神納寺が驚愕した絵を指さしながらスケッチブックを見せてくる。
そこには一枚目とは比べものにならないほど歪みないバナナで、彩色、影までしっかりついている。
確かに最初の絵とその絵を見ればとても同一人物が書いたものだとは思わないだろうが、それは明日香の努力の結晶であり、紛れもない事実だ。
「うふ、そうだよ。どや?」
自慢げに明日香が鼻を鳴らし、胸を張って聞いてくる
「関心…いや,尊敬しますわ。小5でここまで美しく描くなんて…」
頷きながら何度も絵を見返しながら唸っている。
そしてずっと唸りに唸っておいた彼女は何か吹っ切れたようで、ふと明日香の絵画集を閉じたかと思ったらボソリと遠くを見据える目でこういった。
「…わたくしも負けていられませんわね」
「え?」
そう言って右手を挙げる。その手にはペンだこができた細い指に挟まるGペン、左手にはいつの間にかインクがもたれており、Gペンがゆらりと流線を描き、止まる。
駆けるように、ペンによって空へ一気に書き起こされた斜線の最果てに見えるは我が妹。
キョトンと彼女のその意味深な行動に素直で率直で虚心坦懐な反応を示す。
「わたくしと正々堂々勝負ですわ!テーマ別絵描きバトルを申し込むわ!」
「「は?」」
1ページ殆ど使われた大コマで謎の勝負を申し込んできた神納寺に対して俺たち兄妹は小さいコマで彼女の謎の提案に対して怪訝な顔で反応を示してみる。
フフンと鼻を鳴らした神納寺は満足げにうなずき、と突然の発案の中身について突き刺したGペンをくるくると回しながらこう言った。
「一つの題材をお互い描き合って、その出来で勝負するのですわ」
いつもの崇高な笑顔はなく、そこには純粋に決闘を申し込んだことを楽しんでいる顔だ。
そんな暇つぶしにはもってこいというか明日香にとってこれ以上の娯楽があるはずもなく、手で視界をふさぎたくなるほど彼女の眼光はギラギラと輝いている。
「うわーっ、面白そうだねぇ!お兄!僕やっちゃうからね?」
明日香はやる気満々だ。
こんなに心の底から楽しもうとしている明日香は何年ぶりだろうか。
「明日香がやるなら止めはしないが…問題のテーマは?」
「……ニャルk……いや…辻村殿、貴方に決めてもらいますわ」
なんだ微妙に間が開いてからのその這い寄る混沌みたいな、クトゥルフ神話をパロった作品に出てきそうな名前は。
「あと、判定もお願いしますわ」
「俺が?」
「ええ。わたくしたちの勝負にふさわしいテーマをいって下さって?」
なぜかものすごい唐突にとんでもないプレッシャーを押しつけられた。
「そんな急に言われてもなぁ…」
「お兄!早くきめちゃってよ」
はやく神納寺と勝負したくてうずうずしているらしく、若干頬を赤らめて興奮をしつつ俺に催促をする。
「そ、そうだな…」
急かされた俺は周りを見渡して彼女たちの戦いにふさわしい題材を選別するも、ここは病院…もともとむやみ勝手に模様替えをしてはいけないので周りにものがない。
まっさらの部屋に毛が生えた程度のレイアウトが施されたこの病室に、彼女たちが熱い激闘が交わせるテーマなどあるのだろうか…?
忙しく動く眼と首が必死に探すものの、あると言えば明日香のベットの両脇にある無個性の本棚やタンスだけだ。
…駄目だ、こんなものじゃ彼女たちを満足させることなどできやしない。もっと…こう、熱くさせるものがないだろうか…
「んー、じゃあ…」
あたかもだいたい目星がついたかのような唸りを上げてみたが真実はそんなこと一切なく、そろそろ疑念の眼差しを浴びせかねない女の子二人を欺くための苦肉の策。
………
……こうなったら…
これぞ本当の苦肉の策なのかもしれないが、仕方がない。俺が道化になるしかない。
☆選択肢☆
┏1「今の俺」かな
┣2「かわったポーズをした俺」かな
┗3「どこかでみたことあるポーズをする俺」かな
…とんでもない選択肢が頭に浮かんできた。
どちらかといえばこれがいいんじゃないだろうかと、俺は3を選ぶことにする。
「どこかでみたことあるポーズをする俺…かな」
「うええ!?お兄を描くの!?」
「つ,辻村殿を描くのです?」
二人とも豈図らんや俺を描くのかよ!となんの遠慮もなく黒マッキーの太ペンでそう顔に殴り書きされている。
まぁ予想どおりの反応だと言えばそうなのだが、まさか山の中で突然熊に出くわしとんでもない形相を浮かべたときのような顔を神納寺からされようとは。ゾクゾクする。
「な、なんだよ!恥を忍んででいっているんだぞ!」
弁解のメスをいれる。
「周りには何もないし,描いてもつまらんものばかりだからな」
「それで自分を描けだなんていう男の人って…」
「…」
うわ、なんだよお前らその冷めた目は!?
神納寺なんて呆れたときにしかやらない肩をすくめて深いため息をつくあれをやっているし。
俺にこれほどの恥辱を味わせた彼女たちに訴訟しようと意気込んでいると、それまで落とす手前の力でブラブラさせていた神納寺の握るペンにガッチリと力が入った。
「…まぁ、いいですわ。描きましょうか…明日香殿」
明日香のスケッチブックから頂戴した紙と普段あまり使われることのないシナモ○ンの下敷きを受け取った神納寺はさながら武器を受け取って後は出撃合図を待つ傭兵といったところだろうか。
「ま、仕方ないか…」
明日香もカンケースに手をかけ、中からMON○消しゴムと2Bの鉛筆を取り出す。
これで2人の準備は整ったことになる。
「それで…どこかで見たことがあるポーズとは?」
「あぁ…そうだな」
興味半分と不信感半分で構成されている顔でそう聞いてきた神納寺に答えるべく俺は立ち上がり、2人が俺をよく見える位置まで歩き、前を向く。
そして左腕を前へ伸ばし、鼻筋へ人差し指を合わせ軽く右肩を上げ、右手の甲を正面して、肩から78度ほど下げて一本の棒のようにのばした。
「これだッッ」
やってみれば分かることだろうと思うが、詳細は伏せる。意味はないが。
「あー…なんか見たことあるかも…」
「そうですわね…どこかで見たことがあるような…」
なぜ知っている。
「じゃあ描いてみてくれよ」
「わかったよ」
「わかりましたわ」
どこか既視感がある俺の姿を見定め、二人の右手が忙しく動き始めた。
…って、よく考えなくてもだな。
俺って彼女たちが書き終わるまでずっとこの格好を続けないといけないわけだよな…?
まぁそこまできついポーズをとっている訳じゃないから大丈夫だが、左手をずっと持ち上げっぱなしなのは長期戦に持ち込まれると流石に苦痛を強いることになるな。
「…うぅん…」
「うーん…」
「どうした?二人ともそんなに困った顔をして」
熱いバトルが始まって早30分。俺の左腕に乳酸が溜まりきり、その形を維持できない程になった頃、二人はどこか所在ない様子で自分の作品を見ながら唸りを上げていた。
「いや,それがね,殆ど完成したんだけど…」
「なにか足りないのですわよ…」
神納寺がGペンの尻を顎に当ててその“なにか”を考案している。
すると
「…!」
明日香から出ていた『もどかしい』オーラが消えた。どうやら気づいたようだ
「も、もういいですわ。完成にしますわ」
神納寺は結局そのなにかを見出すことができず、妥協の完成を余儀なくされた。
「そうだね。僕も完成にするよ」
対する明日香はその蟠りを退治することに成功し、満足げな笑みをこぼしている。
「それじゃあ、いちにのさんで見せてね」
明日香は白い歯をださずにはいられない様子だ。
よっぽどこの勝負が楽しみなのだろう
「では,いーち」
「にーの」
「さん!」
互いに絵を公開する
「うおお…これは…」
俺も歯をださずにはいられないようだ。
それもそのはず彼女らの画力は俺の予想を雲一つ超えていたからだ。
両者一歩も譲らないそれぞれ魅力があふれる絵。
神納寺はインクとGペンを使用し、ホワイトを持っていないのでまさに一発勝負だ。
それにも関わらず,失敗を恐れない力強いタッチ、絵にアクセントがあり、メリハリがきいた、まさに生きた絵である。
一方明日香は鉛筆なので書き直しが可能であるが、消した後がない。
神納寺の『正々堂々』をしっかり守っている。
全体的に丁寧な仕上がりで、線がやわらかい。
力強さはGペンに劣るものの,Gペンでは難しい影の付け方が素晴らしい。
「これはどっちが優勢か決めづらいな…」
一応このあと分岐するのだが、今回はこの結末で。
甲乙付け難い両者の作品に、俺は迷いに迷う。
………
……
「…だがやっぱりこれが決めてだと思うな」
結論を下す。
俺は、明日香の絵を指さす。
「熱いビートを感じる俺の後ろにある『バーz_ン』という文字、これが決め手だな。これは文字の差で明日香の勝ち」
軍配を明日香に上げる。
「やったーっ!」
「く…これが兄弟の力ですの…?」
明日香は立ち上がらんばかりに喜び、神納寺は肩を落としている。
「うわーい!お兄ならわかってくれると思ったよ!」
「く…悔しいですわ…り、リベンジを申し立てますわ!」
敗北し、瞳に強い炎を宿した神納寺は再挑戦状を明日香に叩き付ける。
「望むところだよ?」
勝者の余裕か、明日香はフフンと軽く鼻を鳴らし、挑戦者の申し出を快く引き受けた。
すると、承諾するや否や、明日香はさも当然のように俺に視線を向け、疲労困憊の俺に死刑宣告をする。
「ほらお兄い、次のポーズを取ってよ」
「え?待て待て、疲れたよ」
「え?何を言ってるの?」
明日香は笑顔で俺の断りを快く断った。
この後も激しい戦いが続き、病室を出たのは7時を回っていた。
激しい戦いは主に俺の肉体の話だが。
「━━今日はとても有意義な時間が過ごせましたわ。感謝しますわ」
春といえど、七時になると外は真っ暗だ。
病院から溢れ出る光を受け、明と暗が真っぷたつにわかれる神納寺を見る。
「いや、明日香があんなに喜んでいる顔は初めてだ。お礼を言うのはこっちだよ」
「そ、そうですの?」
「あぁ」
嘘偽りのない、感謝の言葉を述べる。
現にあんなに楽しそうに誰かと過ごしている明日香はそう見ることはできないものであり、それを堪能できただけで御の字だ。感謝しないほうがおかしい。
「お役に立てて、光栄ですわ」
神納寺も俺の言葉を素直に受け止めてくれ、にっこりと俺に微笑む。
「それでは帰りましょう。そろそろ二人も心配する頃ですわ」
いや、心配じゃなくて発狂していると思うんだが…
そんな心配をしながら俺たちは駅に向かう。
こんな日がいつまでも続けばいい。そう思わずにはいられない一日だった。
…全身の疲労感を除けば。
というわけで後半終了です。
最後になるかもしれない日常回でしたが、いかがでしたしょうか。
神納寺ルート、やはり没にするべきではなかったかもしれません。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。