4月9日/日曜日(前)ー神納寺ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きを読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで前半です。
ついに影のヒロインの登場です。最初で最後の勇士をを見届けてもらえたらと思います。
それでは、どうぞ!
「ん…」
睡眠から解放された俺は目を開ける。
今日一日最初に俺が目にした物は、天井の蛍光灯。
これが可愛い女の子のドアップの顔とかだったらもうちょっと愉快な朝を迎えることができるかもしれないが、そんな美少女ゲームでもないこの世界においてそれは本当に希な人間しか味わうことのできない至上の幸福なのかもしれない。
けだるい体を起こす
厚くて日光を完全に遮断することが出来るカーテンの隙間からこれ見よがしに朝日が割って入ってきてどうしようもないくらいまぶしい。
目を細め,目が光りに慣れるのを待つ
そうしているうちに,目の前の視界が開けてきた
「ん…ああ…!」
軽い伸びをし、俺の真後ろに置かれた愛用の目覚まし時計を首を軽く捻って見る。
時刻は7時を少し過ぎたくらいだ。
今日は新学期に入って初めての日曜日。
…といっても特に変わった日でもない。
変わったと言えば、学校が休みなことくらいか。
これで彼女でもいればもうちょっと愉快な休日をすごすことができるかもしれないが、そんな美少女ゲー…いや、これは別に未曾有な事でもない。努力すれば体験可能な事象か。
しかしそんなことはいってられない。
俺は彼女や友人と過ごす以上に大切な事をしなければならないからだ。…という言い訳ではない、決して。
こんな日でもないと妹に会いに行けないのだ。
実質俺の妹、辻村明日香が俺の唯一の家族であるわけだが、そんな家族とも週1回しかまともに会いに行くことができないのだ。
俺も楽しみにしている日だし、彼女にとってもそうであるはずだ。
ここから明日香の病院は微妙に遠いわけだが、俺はその往復や彼女と会うことを苦痛に感じたことはない。
家族に会いに行くのを、苦痛に思う奴の顔が見てみたい。
そんな事を思いつつ、俺は布団から立ち上がった。
…仕度やらなんやらで、結局昼前に俺は家を出た。
今日は穏やかな晴れ。
青く澄んだ青空を見ながら、妹がいる病院へ向かうべく駅に向かって歩く。
目を瞑っても到着することができるほど慣れた道を歩きながら昨日の出来事をもう一度整理してみる。
黒羽がいじめが終わっても元気がない理由、それは片時も手放していなかったであろうあの熊の人形が中原達から奪われてしまったからとみて間違いないだろう。
日常生活に支障というか、ここまで精神状態を歪ませるその人形へ心酔というか依存度は計りしれた物ではない。
どうして彼女がそこまで人形を大切にしているのか分からないが、とにかく他人が思っている以上にあれは大事な物らしい。
それを今所持しているであろう中原達とまた対峙して退治しなければならないかと思うと気が重いというかげんなりする。
会話がまともに成立しない、投げた会話のボールを拾わずに自分のボールを変化球で返してくる奴等と誰が話したくなるだろうか。
こんなことでもなければ未来永劫関わりたくない人種であるが、今回ばかりはそうはいってられない。
…というわけで今からでも彼女達とどう接してどう話を付けるか算段しなければならなく、シュミレートして完璧な対応を事前に用意しなければならないわけだが、今のところどのパターンでもゲームオーバーまっしぐらというのが今の現状だ。
「はぁ…」
快晴には全く似合わない苦悩に対しての溜息を一つ吐いたところで、丁度駅の入り口近くにさしかかる。
広い広場に中央には噴水、となんともデートの待ち合わせ場所にはぴったりなところであり、実際その用途で使われることが多く、日曜日ということも相俟って今日も色んな若い男女がその噴水を取り囲んで各々の彼氏彼女を今か今かと待ち望んでいる。
この光景に思わず嫉妬を覚えるのがごく普通の男子高校生なのだろうが、もしこの場に達也が居合わせていたら「はっ、家から出ないと彼女にあえないとか可哀想…。俺なんて家の中でいつでも会えるんだぜ?」と、自分が一番可哀想な発言を当然のように言い放つことだろう。
そういう俺はどうなのかと言えば、正直そこまで嫉妬心もなく、素直に応援したくなるのが本音だ。
そんな健全な男子高校生にあるまじき信念を持ってしまっている(自称)俺は視線を噴水から少しずらした先に見えるものに釘付けになっている。
「お父さん!お母さん!早く早く~」
「はっはっは、そんなに急いでも動物さんはにげないよ」
「ふふふ、健太ったらあんなにはしゃいじゃって…」
…若い男女がキャッキャウフフしている場面に出くわすよりも…そう、こんな風な光景が一番嫉妬を覚えずにはいられなくなる。
子どもに引っ張られながら歩く、幸せそうな顔をしている家族連れ。
いつの間にか俺はその家族を見つめてしまっていた。
別に子どもに引っ張られて歩く家族が羨ましいのではない、『家族』という言葉に恥じぬ家族に悋気してしまうのだ。
俺が経験することができない…いや、できなくなってしまった家族で行動するということ。
俺達にも、いつかはそんな時が来るのだろうか。
『家族』と胸を張って言えるときが…
「わたくしの家族はいつも元気ですわよ」
…そうそうこんな風に…
「って…え?」
嫌にでも聞き覚えてしまうあまりに特徴的な声を捉えてしまった三時の方向に、ほぼ反射的に振り向く。
噴水がしぶきを上げているすぐ側に、彼女はいた。
「昨日もメロンを丸ごと食べて死にかけたのですわよ。オホホホホ」
日曜なのに堂々と制服を着こなし、初老の男性と朗らかに会話している俺の高校の女子生徒…そう。
金髪ウェーブヘアの貧乳微ツンデレという、テンプレ鉄板美少女な神納寺が俺が忘れた頃にやってた。
右手には生まれたときから話さずに持っていたのではないかと邪推してしまういつものGペンが握られている。
『いつものGペン』という文章自体がおかしいわけだが、皮肉にもそのペンを見るだけであの老人になにをしていたかわかってしまう。
指向性マイクを向けるように、俺は意識を全集中して彼女達の会話を聞いてみる。
するとじいさんが軽く笑いながらしわがれた声で言った。
「そうかい…そうかい…親御さんは大事にするんじゃぞ…」
「わかっていますわ。わたくしの親ですからね」
「ほほ、そうかい。それじゃあ邪魔してわるかったのぅ。ありがとう」
「いえいえ、そちらもお気をつけて」
神納寺とじいさんが別れる。
仄かに微笑みながら、神納寺は俺とは反対方向に歩き出そうとしている。
このままでは神納寺と別れてしまうが…
☆選択肢☆
┏1 声をかける
┗2 声をかけない
…ここで声をかけないわけにはいかないだろう。
とにかく突っ込みどころが多々ある神納寺に声を掛けることにする。
「おーい!神納寺」
小走りしながら彼女の背後から近づく。
「え?…!?つ、辻村殿!?」
平常な顔でこちらを向いたかと思えばこの世にいないものを見たかのような顔に変貌して驚く。
「どうした?ナンパをしに来た大学生かと思ったのか?」
ニヤリと口元を釣り上げながらそう聞いてみると、何故か頬をほんのり赤く染めて視線を若干俺の目から逸らしている神納寺はこういった。
「い、いえ…そんなんじゃありませんわ」
「「そんなことよりどうしてここにいるのですの?」」
「って!?えっ!?」
ありませんわ…と一区切りして次の言葉を紡ごうとした彼女が言おうとするであろう言葉を俺も言ってみたら、見事にハモッた。
あまりの急なハモりに完全に置いてきぼりをくらった神納寺は、少し戸惑った後、更に赤みを増してトマトならじつに美味しそうな頬で反撃してくる。
「つ、辻村殿っ!そういう冗談はやめてくださらない!?」
「ハッハッハ、ハモりすぎだろ俺ら」
「わわわたくしはそんなつもりはなかったですわよーっ!」
なんだこのギャルゲーたいな会話は…。
そもそも神納寺のキャラ設定自体がそれに極限まで昇華させたわけなのだから、当然といえば当然なのだが。
そういうことなら俺もとことん付き合うことにしようか。
「ハハハ そっちから答えてくれよ。どうしてここにいるんだ?」
ハの字に広げる口と紅潮する頬という凶悪コンボ炸裂の神納寺だったが、俺の質問を聞くと少し冷静になったのか、立ち絵パターン2のような腕を組んでGペンを持たない方の手で髪の毛の先をいじりながらこう答えた。
「ふー…ふー…、わ…わたくしはさっきまで文房具屋にいたのですわ」
くるりと指に激しくはねている髪の毛を巻き込み
「その後ここを歩いていたら、お年寄りが道を聞いてきたのですわ」
今のじいさんとのやりとりの光景が目に浮かぶ。
「だからわたくしはそれでこれを使って道を教えてただけですわ」
もはや体の一部といっても過言ではないGペンで描きマネをしながら状況を説明した。
すでに周りからみたら違和感しかない話だとは百も承知なわけだが、その意味不明な話の中にこれまた違和感を感じた。
「でもその能力って人の居場所しかわからないんじゃないか?」
「ホホ、辻村殿、この力がそんな一方通行な使い方しかできないとでも?」
という、俺の常人には理解を超えた話の中に孕んだ更なる疑問をぶつけると、実にお嬢様らしい、記号に満ちた艶美な微笑を浮かべる。
「わたくしを調べることによってその周辺の地図を浮かび上がらせることができますわよ。それをつかって先ほどのお年寄りに道案内をしたのですわよ」
「あぁ…成る程な」
思わず納得してしまう。
「それはそうとしてだ神納寺」
「どうしました辻村殿、いきなり改めまして」
神納寺の話も確かに疑問はあった。それも解決した。でも俺はそれ以上にツッコまざるを得ない質問を残していた。
もしかしたら彼女の核心に触れる部分である可能性も否めなく、唾を飲み込んでその迷いに雌雄を決する。
「神納寺…」
「は…はい…?」
「……どうして制服なんだ?」
「……え?」
俺が彼女を呆けさせてまで聞きたかったこと。それはその姿について。
世間は日曜であり学校は休み。そこに制服を着る義務などどこにもないというのにどうして彼女は制服を身にまとっているのだろうか。
神納寺の行動を聞くあたり、別に着る必要もない用件だし。
「…そ、それはですわね…」
まじめなのかなんなのかよくわからない質問に対し、神納寺は若干狼狽え、先程とはうってかわってハの字に口を開けて苦笑いしながら言葉を詰まらせる。
「…そ…れは…ぁあ―…し…仕様ですわ」
しよう?私用?仕様?
「だからっ…仕様…ですのよ…!」
…あぁ、これがャルゲーとしてかかれていたときは立ち絵を想定してシナリオを書いていて、モブである神納寺には私服姿が用意されていないという、なんともわかり辛いネタだとようやく理解する。
まぁ「わかってていったんだが…え?」
「辻村殿ぉぉぉぉぉおおおおおおーっ!!」
つい思っていたことが口にでてしまった。
おかげで神納寺が女の子、ましてやお嬢様らしからぬ気合いの籠もった怒号で俺を反省させると思わせる領域まで吹き飛ばす。
「すまんすまん」
「ハーッ…ハーっ…全くもう…辻村殿はぁ…っ」
急激に体内の酸素をまき散らしたので肩を使って息をしている。
「…まぁ…いいですわ。それはそうと…辻村殿」
「ん?」
金髪でツンデレでお嬢様でGペンを持ってるという、萌え(?)記号の固まりのような神納寺が俺の攻めを途切らせ、こう切り返してきた。
「今度はこちらから質問させてもらいますわ。どうして辻村殿はここにきていますの?」
特にはぐらかしたり嘘をつく理由が見つからないので、ここは普通に本当のことを伝えることにする。
「ちょっと今から妹の見舞いにいくのさ」
「!?」
「そんなに驚くなよ」
本当に表情がコロコロ変わるな。
笑顔を頻繁に変える栗崎も面白いが、俺の言葉に対して敏感に表情を変化させる神納寺も引けをとらず面白い。
「も、申し訳ないですわ…辻村殿に妹君がいるとは思わなかったですから」
そんな驚き顔から、鋭い目つきで腕を組む、いつものツンあふれる表情に戻る。
が、すぐに目を半閉じし
「…ほぉ…妹君がいるんですの…」
ニヤけた顔で体中を視線でなめるように見つめてくる。
この目は絶対…!
「「わたくしも連れて行って下さらない?」」
「…と言う」
本日二度目のハモり。
「!!?ちょ…辻村殿!?もはやわけがわかりませんわ!?」
いつもの表情に戻ったかと思えばまた目を見開いてと忙しい。
「まぁまぁ…それで?本気で言っているのか?」
というのは俺の妹である明日香のところに行くのかということ。
その質問に対して、肩をすくめてため息をつき、散々俺に遊ばれた神納寺は赤らめながらもややげんなりした顔でつらりとこう言った。
「え…ええ、丁度暇を持て余していたところでしたし、お見舞いは人が多い程患者は喜ぶものですわ」
その一般論は俺たち家族にも罷り通る論であり、その通りとしか言いようがない。
最近で言えば達也を連れて行ったが、あのときは完全に空気な強者で、存在すら関知されていなかった。
「それに辻村殿の妹君も見てみたいですし」
それは一体どういう意味でいっているのだろうか。
「勿論いいですわよね?辻村殿」
口元を少し緩ませ,Gペンをこちらに向けながらそう聞いてくる。
別に断る理由もないが…
☆選択肢☆
┏1 連れて行く
┗2 断る
いたほうが絶対楽しいしわけで、拒否する意味すら問う。
「かまわないぜ。行こう」
「ほ、本当ですの!?」
彼女は俺が同意することを予期していなかったようで、口元を吸い寄せられるように右手が覆い、歓喜に近い喜びを露わにする。
「どうしてそんなに意外そうなんだよ」
まるで俺が断る気満々だと思っていたらしい彼女に、思わず聞いてみてしまう。
「えっ?」
すぐ返事が返ってくるかと思ったが、意外にもどもりを見せた彼女は、そ…その…と軽く握った拳をあご上にのせる…というのは女の子がする普通の仕草であるが、如何せん彼女は特殊な女の子であり、その手にはGペンが握られているため原稿にペンが止まった漫画家に見えてしまう。
やがてアイデアが思い浮かんだイラストレーターの姿が重ねあってしまった神納寺がいつになく平坦な声でこういった。
「…い、いえ…こんなに簡単に実現してよかったのかと…つい拍子抜けしてしまいまして…」
「なんだそれ」
我慢できず漏らしてしまう。
「こ、細かいことはいいですわよっ!とにかく!」
有耶無耶を振り払うように水平に右手を切り払った神納寺が俺に視線を釘づけて
「いきましょう?!辻村殿!?」
「お、おう…」
なんなんだその勢いは。顔が近すぎて神納寺の鋭い目が俺の目と鼻の先にあるんだが。
まぁ彼女がそこまでいうのなら、俺はこれ以上詮索することを打ち切る。
小春日和、外に出るには絶好すぎる今日。
制服の金髪女子高校生と私服の男子高校生という謎の組み合わせな2人は妹のいる病院へ向かった。
「こ…」
電車を降りて改札口を通った矢先、それを見た神納寺の目が大好物を目の前にした子供のようにキラリ輝きはじめ、見せつけているのではないかと錯覚してしまうほど感動を表現してきた。
「こ…これがこの町で有名な病院ですのね!?」
感嘆の混じった声で俺に問いかけてくる。
隣町に着いた時の神納寺の第一声は鼻息を荒くしながらの非常にテンションの高いものだった。
駅からも見えるその圧倒的な存在感に驚くのも無理はない。
空を見れば雲以外に存在し得ない白が見えてしまうほどの圧倒的な大きさ、存在感。
ほかの建物と比べるのも失礼と感じるほどの巨大な三つの病棟を並べたそれは正に城。白だけに。
「あぁそうだ。あの中に俺の妹がいるな」
「この病院に妹君が…」
ゴクリと、思わず聞こえてしまいそうな唾の飲み方をする。
「どうしてそんなにうれしそうなんだ」
「べべべ別にうれしいのではありませんわっ!た、ただ興奮してしまっただけですわよ!」
「いや、それ嬉しいってことだろ…」
それも動揺をしてしまうほどで、ツンデレキャラが使う最も汎用性の高く最もポピュラーな定型文をつかってしまうレベルで、だ。
なにがともあれ何事もなくここまでたどり着いたわけだ。はやく妹のところまで行ってやらなければ。
「では、まいりましょうか」
その旨を伝えようかと白い巨塔に魅入られている神納寺に声をかけようと思ったら、冷めやらぬ興奮を抑えつつ、神納寺がこちらを振り向いてそういった。
駅前で見舞いの花を買い、病院へ若干距離がある道路を二人で歩く。
病院へ直へ向かうことができるバスがピストンしているのだが、便数が少ないため待って乗った方が歩くより時間がかかるということが長い経験から学んでいるので、迷わず歩く。
いつもならこの道が暇で暇でしょうがないわけだが、誰かが隣にいればあっという間だ。
そう、こんな風に物珍しそうに周りを見渡しながら歩く神納寺を観察するだけでも十分面白い。
その顔は本当に子供のようで、あたりの景色が全部新鮮に見えるのか、半分興奮してきょろきょろしている。
「…ハッ」
そんな広角にものを見ていればいずれ俺と視線が合うのは必然で、俺の舐めるような視線を感づいたのか、ホッと頬を染めてかるく咳払いをする。
「ど、どうしましたか辻村殿?私の顔に何かついています?」
なんだその手垢が付きまくった体裁の取り方は。
ここは率直に聞いてみるか。
「いや、随分ここを珍しそうに見ているから…というか」
「え?」
「そもそも外に出ること自体が久しぶりで、外の世界が新しさに満ちているのを感じる子供みたいだったからさ」
「グサッ」
声に出すなよっ!
「お、オホホ…流石は辻村殿、なかなか興があることを言いますわね…しかし、そんなわけあるはずないですわよ?」
白目でそんなこと言ったところで、図星であることの事実は揺るがない。
「図星なんだな?」
「…」
「いや、そんな表面だけ作った笑顔を見せられても俺は騙されないぞ。しかも白目だし」
「…」
「いや、そんな表面だけ作った泣顔を見せられても俺は騙されないぞ。しかも白目だし」
「…」
「いや、そんな表面だけ作ったアヘ顔を見せられても俺は騙されないぞ。しかもアヘ顔だし…って!意味わかんねぇよ!!」
まぁ、神納寺のアヘ顔をみれたのは思いもよらぬ収穫…だったのか? できればダブルピースもしてほしかった。
「そ…そのとおりですわよ…クッ、流石は辻村殿、一筋縄では行かないみたいですわね…」
「いやいや、神納寺が隠すのが下手すぎるんだよ」
俺が全額出すと言ったのにわたくしも出すと一点張りで、結局割り勘で買った花を差し向けながらツッコむ。
「ぐぬぬ…」
「…ほかにも俺に隠していることがあるだろう?」
特に根拠があっていったわけではないが、彼女ならきっと自爆してくれるんじゃないかと思い、トラップカードを伏せておく。
すると口を~のような形をして謎の戸惑いをみせはじめる。
さっき仕掛けたばかりのにホイホイ引っかかりにきた。
「…実はですわね」
本当にあったのかよ!
…という全力のツッコみを入れたかったところだが、意中にとどめて彼女の語りを聞くことにする。
前方の視界は良好で、あとはこの坂を登り切れば目的地だ。
「わたくし、今日半ば逃げ出すようにしてここまできましたの」
「…ん?」
彼女は何を言っているのだろうか。
「ちょっと何言っているのかわからないですね」
「言い換えますと、家出…ですわ」
「はぁ?」
これは思わぬ方向に話が進んできた。
「あぁ、いえいえ!そんな大仰な話ではありませんわっ!ちゃんと連絡は取ってありますし」
「連絡は取ってるのに家出?ますます話がこんがらがるんだが…」
「…正確に言えば、『付き人』から逃げ出してきたといったところですわ」
なんだその俺ら凡人からは決して口に出すことはない『付き人』という高級な言葉は。
でもなんだか話の趨向はなんとなく理解した。
「あいつは休日だって言うのにわたくしの周りをベタベタしますの。それが本当に鬱陶しくて」
肩をすくめてため息を吐きながらそう言う神納寺だったが、俺にはまるで共感ができないそれだ。
そんな上流階級でしか味わうことができない、ある意味特権のようなお嬢様の悩みなのだろう。
「大変だな…。とはいってもさ、平日はその付き人っていなくないか?」
少なくとも神納寺と学校で遭遇したときにそれらしき人物を見かけたことはないが。
すると神納寺は俺の言葉が拍子抜けだったのか、『お前は何を言っているんだ』といいたげな顔になる。
「なにを仰ってます?辻村殿。いつもわたくしの周りにいるではありませんか」
俺はその台詞に『お前は何を言っているんだ』といいたい。
「え?嘘だ。俺はそんな人見たことがないぞ」
俺の返しにますます神納寺は俺の頭を心配するような蔑む目つきになって斜め下からのぞき込んでくる。
「本気で言っていますの?」
「当然だ」
…いやまて
『特定の人物の位置を地図に描き出す程度の能力』の件の時もそうだったが、どうも俺が思う常識と彼女が持つ常識の歯車がかみ合わないことがある。
「まぁまぁ、今度ちゃんと見てみるわ」
「…なんかあっさり流された感じがしますわね…」
同じアングルからジト目でそう言われたが、花束でその視線を隠す。
それにしても今回神納寺の家の背景を知ることができたわけだが、正直これ以降出番がほぼなくなる彼女の事情をしったとこr…
「…?どうかしましたか?辻村殿」
「…いや、なんでもない。そんなことより」
心配そうに俺を見てくるので俺はその哀れみの目を俺の指先にの先にあるものに誘導させる。
「もう着いたぞ」
「え…?」
そこには俺たちの前に堂々と構える『天国への扉』の姿が。
神納寺と話をしている間にいつのまにかここまでワープしてきたと感じてしまうほどはやく到着したようだ。
「ここが……なんて壮観な…!」
「感動するところじゃないだろっ」
無理もないといえばそうだが。
それに難なく当てはまった神納寺は、すでにしてwkwkオーラを振りまいており、早く入りたくてうずうずしている。
病院にはいることにワクワクする女子高校生など、例え日本の高校生を集結させてど真ん中で見渡したとしても見つかるか見つからないか迷いどころだ。
「つ…辻村殿?それではいきませんか?」
だ…駄目だ…まだ笑うな…こらえるんだ…しかし…といいたげな含み籠もった声に思わず苦笑してしまう。
「おう、行こうぜ」
制服と私服のコンビは明日香のいる病室に向かうため、ヘブンズドアという名の自動ドアを開放した。
というわけで前半終了です。
ギャルゲっぽさをだそうとがんばってみましたが、いかがでしたでしょうか。
次回は妹も交えて日常回を書いていきたいと思います。
もうすこし更新を頑張ります。
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました。