4月7日/金曜日(前)ー現状ー
どうも、りゅうらんぜっかです。
初めての方は初めまして
前回の続きで読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで前半です。
相変わらず紅君がうだうだ語っていますが、暖かい目で見ていただけると幸いです。
それでは、どうぞ!
「…」
「すー…」
時刻は6時半を過ぎたくらいか。
今日くらいは、と、胸に秘めていた。
二酸化炭素が最小限にまで抑えられ、新鮮な空気だけが漂っている誰もいない教室へ悠々と入り、その静けさを見てほくそ笑む自分の姿を想像して止まなかった。
むしろこんな規格外の時間なら流石の彼女も到着していないだろうと、あんみつに砂糖をぶちまけたくらい甘い考えを持っていた俺が馬鹿だった。
目の前の1人の少女が、またもや俺の希望を粉々にぶちこわしてくれた。
経緯を話すほかあるまい…
時は1時間強遡る。
じりりりりrがちょん!!
奇妙な程正確に、目覚ましは時間通りにその役割を演じ始めるが、一瞬にしてその役目を終える。
「…よし」
時刻はいつもより一時間程早い5時少し過ぎたところだろうか。
いつになく気持ちのいい朝だ。
なにせ昨日は9時に寝たのだからな。お前は本当に受験生なのかとツッコミをいれたくなる。
まぁこれも全て奴が姿を現す前に教室に入るためというかなり下らない理由で俺はこんなに早起きした。
新学期になって以来陸上部主将である栗崎より早く来たことがない俺は、なんとなく寂寥感というものを感じていた。
…いや、下手したら嫉妬も混じったものもあったのかもしれない。
なぜなら2年のとき俺はいつも必然的に1番乗りで学校に来ていた。
俺には『早起き』という習慣がある。
朝の景色を楽しむことが俺の早起きの理由なのだがそれだけではなく、誰よりも早く教室に入る優越感もこの早起きのする意味を確立させてくれたのだ
実はそのことが少し自慢でもあった。
しかし3年になってからは栗崎という壁が、巨大な防壁となって立ちふさがっている。
いつ来ても彼女は既に教室に居座り、頭を抱えて爆睡しているのだ。
今日こそ、今日こそ壁を乗り越えるときが来たのだ…いや、乗り越えなければ行けないのだ。
意地にも似た使命感と無駄な対抗意識を燃やした俺は益々やる気を起こす。
「…よっこらせ」
体を起こし、急いで身支度をはじめた
…こうして現在に至る。
「…」
言葉を失う。
理由を語らずとも眼前に映る彼女の姿を見れば自ずと俺が噤口する答えも分かるというものだ。
一体どうなってるんだっ!?
…こんなに早く来たのに、栗崎に勝つことは出来ないのか?
俺の前方に見える俺の希望とプライドをズタズタに引き裂いてくれた栗崎はいつものように机に体を預けて豪快に寝ている。
一体彼女は何時にこの学校に来ているのだろうか。
もはやここで寝泊まりしているんじゃないかと疑ってしまうほどの領域に達している。
俺はひとつ溜息を吐き捨てて自分の席に向かう。
「スー…スー…」
可愛い寝息を立てながら背景の一部と化している栗崎を背に、自分の席に着く。
そうして教科書を机に突っ込んだときには、抗いようのない睡魔が起きる気力を略奪した。
せっかく早起きして来たのに結局栗崎には勝てなかったそんな敗北感が俺のテンションをみるみるうちに下げて眠気として実体化したのだろう。
「スー…」
栗崎の寝息と重ねるように、俺も静かに眠りにつくことにする。
・・・
・・
・
「つ……ら…!」
「つ…むら…!」
「…じむら君!」
「辻村君!!」
・
・・
・・・
「うおお!」
心臓の急激な運動による慣性がそのまま体に憑依したかのように、それにしたがってビクンと跳ね起きる。
同時に眠気が刈り取られ、代わりに正気が植え付けられる。
「ふーっやっとおきたんだねっ。」
俺の右目の端から、栗崎の笑顔を保ちつつのやや呆れ顔が写る。
いつの間にか立場が逆転しており、起床した彼女と床に就いた俺の構図ができあがっていたらしい。
っていうかどうやら俺は起こされたらしい。
っていうかこの展開どこかでしたことがあるような気がする。
「デジャヴってか、昨日もこんなことがあったような気がするんだが」
眠気の『ね』の字もなさそうな栗崎に、寝ぼけがまだ残る頭を掻きながら尋ねてみる。
すると『ニコッ』というより『ニカッ』というSEのほうが正しいとされるレベルの勢いあるスマイルを浮かべた彼女はこう答えた。
「うん、確かにそんなことがあったような気がするねっ」
うん、まぁそうなんだけどさ。
「それで、今度はいったい何のようだ?」
にっこり笑っている彼女へそう聞いてみると、栗崎は待ってましたと言わんばかりに言葉を続けた。
「うんっ、よくぞ聞いてくれたっ!それはねっ」
バッ!
栗崎の右手が動く。手には紙を持っている。
SEと共に俺は無意識に首を右へ傾ける。
栗崎の手は俺が寸刻まで顔にあった空間へ突き出され、俺は見事に回避したということになる。
…!
そこには先程俺が視界を閉ざす前の世界にはなかったものがこの世界には書き込まれていた。
―…現在進行形でいじめを受けて、このクラスで最も不幸を被っているであろう女の子、黒羽雪見が教室に参上していた。
彼女も俺と栗崎に並ぶ早登校者だ。
「ぐぬぬ…」
…おっと、黒羽にばかり見とれている訳にはいかない。
「何度も同じ手が通用すると思うなよ?」
「うー…」
歯と歯をかち合わせて悔しそうに唸る栗崎。
「…別な方法を考えないとね」
悔しそうにつぶやくものだからノリようがあるっていうものだ。
彼女のノリと笑顔の良さは他ヒロインの追随を許さない先陣切っての独走を突っ走っていることは周知の事実であろう。
「で、その紙がどうかしたのか?」
「と,とにかく。見てっ」
引き抜かれた右手を今度は俺の手元に伸ばされた為俺はその一枚のメモ用紙を受け取り、改めてそれを見る。
「…部活動紹介の台本か」
それは5限目で使用されるであろう台本であった。
昨日まかり先生があざといボイスとあざとい仕草とあざとい顔で説明していた今日5限からあるイベント。
唯一無二の陸上部員…キャプテンである栗崎が参加しない手立てはこの世に存在しない…というのも、これほど自分の部活をアピールするステージはないからだ。
「その通りっ!」
敬礼を添えてハキハキとそう答えた声は教室の枠を超えて廊下にも冴え渡る。
栗崎のその姿に苦笑しつつ俺は内容を確認することにする。
「なになに…」
内容は陸上の魅力について語られている…というのは当たり前か。
具体的には短距離のことについて、長距離のことについて、投擲のことについてなど…
中途半端な知識と興味では到底書き上げることのできない密が濃い、本物の陸上人が書いた素晴らしい台本だった。
「いいんじゃないか?聞くだけでも楽しそうだ」
「ほんとっ!?うれしいな!」
率直な感想を述べると率直にそれを受け取ったらしい栗崎は輝かんばかりの笑顔を光らせる。
その閃光につい目を細めて顔の前に手を覆いたくなるほどである。
「…」
…そんな栗崎の顔を見てふとそんなことを思ってしまう。
俺はフッと息を吐いてまだ空席だらけの教室の角へ標準を合わせる。
「…」
…黒羽
昨日の朝と殆ど変わらない怨念じみたネガティブなオーラがその表情を見なくともこちらがそれに伝染してしまうほど伝わってくる。
覇気のない背中。
なにか、何かがおかしい…
…どうして、なにも変わっていないんだ?
前日の昼休み、少し元気が出たかと思ったのは幻想だったのか、昨日の放課後から今日にかけて既に初期化されている。
繰り返し押されているその無意味なリセットボタンは永久に封印する必要がある。
なんとかして彼女を元気づけてやりたい。
願わくば休日を使って遊んでやりたい。
…が、俺の彼女でもない彼女を連れ回すなんてできないし、そんな状況を考えるなんて達也に彼女ができたことくらい有り得ない。
どうしたものか…
「うわあっ!?なにこの落書きっ!?」
考えに耽っていたらいつの間にか黒羽の所まで行っていたらしい栗崎がうわわわと、ゴキブリを見たか弱い女の子張りの悲鳴にも似た声を上げる。
どうやら見てしまったらしい。
見つめる先は、見た人間全てを不快に思わせることができる悪魔の机。
普通の人間ならその反応が至極全うであり決して栗崎が異人というわけではなく、寧ろそんな家畜のエサにもならないようなモノを平然と受け止めている彼女の方が異常なのだ。
力が入りクシャリと歪んだ台本を軽く上下に振りながら栗崎はこのピカソをも理解することができない奇妙な代物に激しく動揺する。
「超机が汚いよ!?」
「……」
栗崎の問いが耳に入り込まないのか、ただ黒羽は黙ってそのアートを見つめ続ける。
それが鉛筆で机の隅に書かれたものなら彼女はこんな大っ平なリアクションをとることはなかったはずだが、如何せん常識を遙かに超えた代物だったため仕方がない。
「と、とにかく消さなきゃっ!」
端から見れば石化している黒羽にやきもきしたのか、そう言うなり部活紹介の原稿を放り投げて廊下に飛び出す。
俺も黙ってその状況を見過ごすことはできないわけで、立ち上がり黒羽の席まで近寄る。
「黒羽」
「…」
何もいいたくないのか、何か言いたいのだが言葉が具現化しないのかは神のみぞ知る。
代わりに軽快な足音がこちらに驀進してきた。
「あ!辻村君っ…もってきたよっ!」
スムーズに走り滑り込むように教室に入ってきた栗崎が布巾もってあっという間に戻ってくる。
軽く呼吸が弾んでいる辺り本気で走ってきて取ってきてくれたらしい。何が彼女をそうさせるのかはいわなくても分かる。
「お、ありがとう」
比較的綺麗な白に少し灰色を混ぜたような色をしている布巾を栗崎がオーバースローで投げてきたのでそれを受け取り、俺は書き殴られた落書きを磨き落とす作業に移る。
俺は机に布巾を押し当て、擦…
―…あれ、止められない。
昨日の彼女ならそもそも取りに行く時点で止めていたのに、今日は拭いてもなにも口にしない。
それが意味するのは果たして中原達に抗うと決めた心意気からかによる見過ごしか、それとも完全なる諦めの境地に入った故の見過ごしなのか、その前者後者の決定権を持つのは他ならぬ黒羽のさじ加減である。
「ほらっ、黒羽ちゃんもボーッとしてないで手伝って!」
俺が拭き始めて数秒もしないうちに栗崎も怨嗟や呪言のようなものが無造作に書き連ねている死霊魔術師が肌身離さず持っている魔術書の1ページを写経したかのような机に手を加える。
「自分の机でしょー?キレイにしないとっ」
布巾が束になって放置されている地帯から鷲づかみで持ってきたのだろう7、8枚ある布巾の1枚を、母親が娘をたしなめるような言い方で受け取りを催促する。
「…別に…このままでm」
「なにいってんの?」
久し振りに彼女が口を開いたところなのにすかさず鋭い言葉を割り込ませる。
その顔は怒っているようにも見えなくもないが、感情を乗せている声にはその怒気は籠もってはいない。
「こんなに汚れているのに、きれいにしないなんておかしいよっ」
「いいんです…私は…」
ズイっと、手にしている布巾を更に黒羽の顔の元へ寄せて、無言の催迫を唇を結んでややつり目気味の目とセットで行う。
「だーめ。あたしが許さないよ」
黒羽は青点のテストを受け取るような面持ちでようやくそれを渋々受け取った。
そして、次の台詞は黒羽にとって何とも耳に入りづらい言葉だったらしい。
「友達の机がこんなになってたら見過ごす事なんてできないよ」
「え…?」
ナチュラルに机を拭きながら言い放たれたその言葉に、なにいっているの?…のようなイントネーションが黒羽から発せられる。
これまで俯きがちでチラリとも俺達と顔を合わせようともしなかった彼女がその重い首を軽々しく上げ、Oの字のような口を開けてやや呆けた顔をしてそう言う。
どうやら黒羽は『友達』という言葉に違和感と引っかかりを感じたのだろう。
対してそんな障壁は一切持ち合わせていない栗崎は、小首をかしげてかなり不思議なものを見るような目でこう答えた。
「ん?あたしなにか変なこと言ったかな?」
「え…友達って?」
「え?もうあたしと黒羽ちゃんはともだちだよっ?」
何を今更、と語尾にくっつきそうな勢いの台詞に必要以上に冷静というか無感情な彼女も驚きの頭角を表に出さずにはいられなかったようだ。
これは素でやっているのか、黒羽の性格を考慮済みの上でやや強引に行っているのかはその奔放を駆けめぐる彼女の顔からでは読み取れない。
「え…え…?でも私達…面識が…」
「もーっ」
物事を潤滑に理解しようとしない彼女に面倒くささでも感じたのか、芸人もびっくりな切り返しでこう言った。
「いまからよくなればいいんだよっ!よろしくねっ!黒羽ちゃんっ!」
思わず歯が浮いてしまうそのごり押しな決めつけと少女というより少年の姿が重なるボーイッシュな笑顔に、俺がにやけてしまった。
「あ…う…」
当然の狼狽。
「ね?んじゃ拭こっ、黒羽ちゃん」
当然のように立ち振る舞う。
栗崎には敵わないな…
心からそう思った。
人と人との隔たりを全て取り払い、全ての人間と平等に接しようとする姿勢には敬服すら覚える。
確かに強要している感は否めないが、黒羽は特段嫌な顔も反応もしていないのでこれはこれで有りだと思う。
ゴシゴシ…
3人が机に集って必死に拭き上げているこの光景は第三者からしてみれば一体どう映るのか…。
「う~ん、落ちる気配がないよっ」
「うぅむ…」
「…」
こんな風に汚れを落とす行為によって商店街のシャッターをスプレーで落書きされて消すのに苦労するおばちゃんの気分が理解できたような気がした。
しかしこちらの相手は何重にも重ね塗りされた油性ペンの傷跡。
それを精々水でしめらせた布巾程度で拭き落とそうなど初期武器でラスボスに攻撃するようなものだ。
「んもーっ!落ちないよ!もうカビキラー使ってドーンと落とそうよっ!」
擦ってもコスっても完全に綺麗にならない手強いエネミーに栗崎が目を瞑って嘆く
「これはカビじゃないぞ…。しかしなかなか落ちないな…」
「…」
黒羽はやるにはやっているが、嫌々やっているようにも見て取れる。
何が不都合なのか理解できない。中原達に消しているところがバレる、または消したことがバレてその反逆性をいじめの種にされるというのが嫌なのだろうか…とも考えたが、俺はいじめを受けさせないと彼女に誓った筈だ。
それほど俺を信用していないのだろうか。
それとも中原達からいじめを『強制』されているように、このおせっかいに近い俺の介助もまた『強制』でされているのだと言いたいのだろうか。
わからない…
ただでさえ謎が多い彼女にこれ以上項目を増やしてしまえば、本当に収集がつかなくなる。
ひたすら布巾を何度も何度も上下にさする。
この間栗崎は黒羽の事情を何一つ詮索することなく剥き出しの爪痕を消し去ろうと奮闘してくれている。
そこが不思議というか、意外だった。
彼女なら真っ先にどうしてこうなったのか、誰にやられたのか等成果を上げようと画策するインタビュアーの如く質問攻めを浴びせるのかと思ったのだが。
「―…ん?あたしの顔になんかついてる?」
そんなことを思いつつ必死に拭き取る栗崎を見ていたらおきまりの定型文を言われてしまった。
「あ、いや、すまん。何でもない」
俺もテンプレートで返して、今やるべき課題に集中する。
すると少しずつではあるが布巾に汚れが憑依してきた。
この調子で何枚も張り巡らされたバリケードを一枚一枚はがしていく。
そしてふと顔を上げると黒板上に着いているアナログ時計は机と格闘し始めてから30分くらい経過していることを正確に弾きだしていた。
「ふーっ、これくらいでいいかな」
「うん!だいぶキレイになったねっ!」
「…ですね」
三人の目の前にある机は全消しとまでは言わないが、半消しくらいまでにはなった。
非常に酷使された布巾は色が混ざりすぎて本来の色を失い、もはや作業前の状態がどんな色だったのか思い出すことができない。
「うーむ、やればできるねっ」
栗崎が満足げな息を鼻から漏らす。
「さて、この汚くなった雑巾を洗いに行こう。もうすぐ授業だ」
「そうだねっ。んじゃこれ洗ってくるから」
そう言って黒羽へ手を差し出し、彼女が持つ布巾を受け取って廊下へ踵を返しスタスタある吉舎ってしまう栗崎。
―…いやそれはいいんだが、敢えて問題を指摘するのならば俺の布巾は未回収のままだということだ。
…暗についてこいってことかい。それとも…
それが俺の行き過ぎた妄想ではないことを心から祈りつつ、行き届いた手入れをされたサラサラな茶髪を持った彼女の後ろを追うことにする。
「俺もいってくる」
そう置き言葉を残して俺は教室から出る。
廊下に出て視線を一巡りすれば簡単に彼女を見つけることができるくらいその存在感は十二分過ぎるほどある。
様々な目的を持った生徒達が横行している通りをかき分けて、この時間帯ではかなり珍しい行為を執り行っている栗崎の所まで足を運ぶ。
「―…やっぱり―…」
俺が来たことを一瞥して理解した栗崎は、目は汚れきった布巾に固定しつつ待ってましたと言わんばかりにその言葉を皮切りにその募った思いを吐き出した。
「黒羽ちゃんはいわゆる…いじめられているの?」
それ以上もそれ以下もないど真ん中ストレートに核心を突いてきた。
まぁあれだけの罵詈雑言を見て、それは趣味でやったんだというG級ドMだとは誰も思わず、自ずとその解答に辿り着くのは明々白々か。
彼女の隣に着き、俺は静かに頷く。
「…できればそうであって欲しくなかったな…」
眉にしわを寄せ、悲痛めいた表情を浮かべる。
それを分かっているのなら俺は彼女に伝えなければならない重大事項がある。
「俺がやめさせる」
「えっ?」
「誰が虐めているかもう分かっているんだ。だから近いうちに必ずやめさせるから栗崎が危険に晒される必要はないよ」
同性同士でいじめが起きる構図が最もポピュラーであるが、女が男をいじめるという構図はもはや『いじめる』の意味合いをはき違えている。
結論を言わせてもらえば、そういう類の『いじめ』以外はそう簡単には起こり得ないということだ。
栗崎という一女の子がが関われば相当のリスクを追うことになり、下手をしたら彼女がターゲットにもなりかねないこの状況下で、安易に彼女の助けを求めるわけにはいかない。
優しさをもった栗崎のことだから黒羽の身を案じ、力になろうとするのはもはや必然と見たから俺はこうして彼女が口に出す前に釘を刺しておいた。
「で…でも…」
俺の推測は大当たりだったらしく、布巾を擦り合わせていた手が止まってせがむような視線を突き刺してきた。
「大丈夫。栗崎はいつも通り明るく彼女と接してくれればそれでいいさ」
世の中には適材適所という言葉があって、栗崎は彼女に元気を分け与える役目としてこれ以上の逸材はいるだろうか。
だから俺は少しはにかみながら彼女にそう言った。
深憂して笑顔が潰れてしまう彼女の姿にさせてしまうなど一番してはいけない失態であり、少なくとも俺はそれを望んではいない。
そんな望んでいない顔をしていた栗崎だったが、頭の中で気持ちを切り替えたのか、微笑でも十分破壊力がある笑顔になってこう言った。
「…わかったよっ、辻村君がそう言うならそうするよ」
「ありがとう」
ここまで言った以上孤独の戦いは必須であり、是が非でも奴等の破壊活動を撲滅しなければならない。
…
――待て、この発想自体が空回りしているんじゃないのか。
脳内にいる慎重派が、聞き捨てならない意見を淡と述べた。
…確かに昨日の放課後の態度は無視できないものではあった。
…が
思い出せ、自ら命を絶とうとしたあのとき、俺の『たすけよう』の一言で劇的に変化したあの紅い目を。
あの目は確かに誰かの助けを求めていたはずだ、だから俺は役割を全力で果たすつもりだ。
そうやや強行突破ではあるが、己を納得させて右手に持ったどす黒い布巾を水にさらしたのだった。
ガラッ!ドンッ!
3限目、教師の声とチョークが板書する音以外は存在してはいけない空間に、別の音源が荒々しく混入する。
「だれだ!」
そんな異端に気付かないはずもなく、これまた化学の教師が自分の世界に入ってきた邪魔者に対して怒りの刃を向ける。
「…」
扉の前にはもはやわざわざ説明する必要もないと思うが、校則を悉く無視して登場した例の3人が睨みをきかせて立っている。
「おい!今何時間目だと思っているんだ!遅刻だぞ!」
「それになんだ…その服装の乱れは!今すぐ整えてこい!」
その幾千度の生徒を叱りつけたかも分からない貫禄が板に付いた怒号で、すぐさまいつも通りの奴等を咎める。
教室全体が彼等の行方を固唾を呑んで見守る状況になる。
「…」
毒針にも似た睥睨と無言の応酬は先生に対する宣戦布告であり、応じた教師はお構いなく叱りとばす。
「なんだ?教師に向かってその目は!」
「―…チッ」
…かと思えばぞっとするような蛇睨みを聞かせた後、黙って3人は教室を後にした。
彼女達の足音が次第に遠のって行く。
「ったく何しに来たんだあいつらは…!」
溜息を吐きながら授業妨害をしに来たとしか思えない謎の登場に対してコメントする。
その通り過ぎて困る。
授業中に来れば大抵こういう展開になることなど分かり切っているはずなのにどうしてわざわざ入ってきて怒られるようなマネをするのか。
全くもって意味が分からない。
「―では、授業を再開する」
そう授業再開の音頭を取った先生から少し左に視線をずらせば、必死に恐怖を堪えようとしている後ろ姿の黒羽が見える。
原因が全くわからない黒羽に対するいじめ。
あんな風に出てくるたびに不可視の剣が黒羽の心をじりじりと傷付けていく。
そこまで思って1つ仮説が思い浮かぶ。
…もしかしてそれが目的なのか?
黒羽の畏怖の対象である彼女達はもはや存在を表すだけで黒羽の精神力を削り落とすことができる力があり、わざと緊迫した状況下を作り上げることによって更にその印象を強烈に与える。
―だとしたらなんて恐ろしく狡猾に彼女を追いつめているのか。
そしてそこまでする必要性にすら疑問を覚える。
自分たちが怒られてでも黒羽に恐怖の象徴として煽りに来るだなんて、もはや命令されて動く手下のように見えてくる。
行動の動機がさっぱり分からない中原達。
そんな疑問要素が多すぎる彼女達と近々直談しなければならない。
しかしなかなか人語を理解しようとしないやつらに、具体的に、どうやって、中原達を止めるのか。
俺はそのことしか頭になく、途中から授業などさっぱり聞いていなかった。
…結局なにも思い浮かばないまま昼休みへ。
中原達も学校に参上し、いついじめが勃発するかわからない臨戦状態。
戦場になるとわかっている場所にいつまでも留まっている住民はいないわけで、防げる火傷を事前に防ぐのは当然の処置といえる。
さっさと教室から出て行ってしまい、安置とも呼べる屋上にさっさと身を投じた方が安全だ。
俺はイスを真後ろに引き、黒羽のほうへ足をむk…
ガシィ
!?
なんの脈略もなく俺の右手が何者かの手によって束縛を受ける。
そんなに構って欲しいか。
「いやぁね、出とかないと俺のファンに、申し訳ないだろ?」
気障な台詞を口にした男は、そう言って恋人つなぎをしようと俺の指と指の間に絡めてくる。
「やめろ腕が焼失する」
俺の親友という設定になっている倉金達也君が今日もうざ絡みを強制イベントしてくださって、実にありがたい。
「しょ焼失ってなんだよ!溶ける!とか腐る!とかならわかるけどよっ!」
「とにかく離せ気持ち悪い」
勢いでその絡みつく手を引きはがす。
「もうっ、あたしたちは恋人なんだから当然でしょ!?」
頬を膨らませながらエロゲのツンデレヒロインが言いそうな言葉ランキング25位くらいの微妙な台詞を吐き散らす。
「なにヒロインぶっているんだよ、4人に謝れ」
「まぁそんなことより、飯買いに行こうぜ、飯」
会話の流れがバックドロップする。
「それじゃあ俺は用があるから」
俺もそれに便乗して会話をバックドロップする。
「うお!ちょ、待てよ!」
当然無視して黒羽の元へ向かう。
「…」
彼女は弁当箱を持って今にも席から立ち上がろうとしているところだった。
「黒羽」
「…」
ゆっくりとこちらを振り向いてはくれたものの、その相変わらずの元気のなさは水やりをサボってしおれてしまった向日葵の影が重なる。
元気づけてやらなければ…
「昼飯を食べに行こうか」
「…はい」
昼飯は意外と快諾してくれるんだよな。
「「それじゃあ行こうか」」
なんとも展開を面倒にするうざったい俺とは違った声色が覆い被さる。
またおまえか
「またおまえか」
「さ、行こうぜ」
腕組みをしながらドヤ顔であたかも今までここにいたかのように振る舞っている達也が俺達の後ろに。
適当にあしらおうか…いや待て。
黒羽を元気にしたいと言ったのは何処のどいつだ。
ムードメーカーとクラッシャーを紙一重で併せ持つこの男がいれば、少なくとも雰囲気は明るくなるのではないか。
色んな意味を含めてピエロと呼ぶに相応しいこいつなら、素晴らしい道化っぷりを発揮してくれることだろう。
ここはこいつの力を借りるのもやぶさかではない…が、ちゃんと確認しなければならない。
「黒羽、こいつと一緒で大丈夫か?」
ドヤる達也を無表情で見通した黒羽は、静かに肯定という頷きをする。
いいのかよ…
「こいつ下ネタしか話さないけどな」
「話す前からそんな先入観うえつけてんじゃねーよっ!―…その通りだけど(ボソッ」
「え?なんだって?」
「な…なんでもないわよっ」
ぷいっとそっぽを向く。
ここテン。
「…」
黒羽のその何とも言えない無表情が俺達の胸に深く突き刺さるのだった。
というわけで前半終了です。
色々フラグ建てているつもりですがいかがでしたか?
取りあえず4月8日と9日は趣味全開で書こうと思っています。
それでは最後まで読んでくださりありがとうございました。