4月6日/木曜日(中)ー謝罪ー
初めての方は初めまして
前回の続きで読んで下さっている方は、ありがとうございます。
というわけで中編です。
原作ではかなりごり押しだったシーンです。少しでも自然な形になっていれば良いのですが…。
それでは、どうぞ!
※若干前回からの続きです。
「ああ!わからないさ!知り合って間もない人間の気持ちなんてな!いじめも受けたことも、したことのない俺にはな!」
その頭にクエスチョンマークが浮かんだだけで、十分だ。
「だけどな!ただ一つ言えることがある!」
もう一度言おう、このクエストの成功条件は『黒羽を死なせない』こと。
その結果さえあれば、過程など、どうでもいい。
ここは将棋同士が戦っている、頭や言葉だけで命をやりとりする戦場ではない。
状況が詰んでいるのなら王を手にとって移動させてやれば『詰んだ』という結果は死ぬ。
精神的に彼女を止めることができないのなら、肉体的に止めてやればいい…ただそれだけだ。
俺は金でははかりきれない『命』をかけた賭にでる。
それは赤いものを見て興奮している闘牛のような気が荒い彼女に対しての挑戦を意味する。
近づき終わる前に手を離されてしまうことがあるかもしれない。
荒療治は時に壮絶な効果を生み出すことがある。
しかしその分リスクは高い。
一歩間違えれば彼女は死ぬ。
ハイリスクハイリターンの、生死を分ける賭に俺は打って出る。
俺は大きく息を吸い込み…少し間を開ける。
┌1「おまえが死ぬ必要はない」と言う
└2「家族が困る」と言う
2は所謂『おふくろさんが泣いてるぜ?』とほぼ同じベクトルの答えだが、彼女の家庭状況を把握し切れていない俺にはこの台詞は危険すぎる。
無闇にその人間の家庭を語るなど愚の代表的な例であり、禁忌だ。
俺の今の目的は彼女の手を掴んで物理的に自殺を阻止することであり、精神的に追いつめることが目的じゃない。
…ぶっちゃけると2はバットエンドだ。
息を吸い込みっ放しにして、思考を整理させる。
流石に俺の答えも聞かず飛び降りていくはずはないからだ。
―…よし。いくぞ、紅。
逆転への布石の第1手を打ち放つ。
「おまえが死ぬ必要はない!」
願望でも虚言でもない、紛れもない真実を俺は言ったつもりだ。
自ら命を絶って良いのは、他人を殺した位の重罪を犯したときだけで良い。
『生』はみな平等に与えられた不可侵の権限であり、ましてや人にそれを侵されて死を望むだなんて神への冒涜だ。
そんな俺の言葉に彼女は本当に何を言われたのか分からないと言いたげな、目を見開いて口を開けっ放しにしている。
「黒羽…本当に死にたいのか?」
脅迫に近いプレッシャーを言葉に乗せて言質を拝聴する。
「い,いいにぎまっているじゃないでずが…!」
予想通りの答えが返ってきた。俺の言葉に耳を傾けるようになっている時点で彼女は俺のトラップに身を投じたのも同然である。
繰り返すが俺が必要なのは答えの内容じゃない、俺の質問に興味を持って答えてくれること、だ。
…なぜだろう、さっきからなぜか凄い冷静でいられる。
彼女を助けられる…そんな因果の欠片もない自信が、不思議と轟々と燃える俺の頭を急速冷却する。
それは、激情だけで動いている錯雑した今の彼女なら立ち回り次第でどうとでもなるという余裕から来るものなのかもしれない。
変に安心した俺は次のトラップを仕掛ける。
「…な,なんですか?」
黒羽が恐怖と怯懦を1対1で混ぜたような声でそう言った理由は、俺が意味深に彼女を指差したから。
客観的に見れば黒羽全体を指しているが、主観的に見たらその右人差し指は彼女の右手を指している。
「…震えているぞ」
という煽りも加えて。
「!?」
黒羽はハッと自分の右手を見る。
彼女の視線の先には己の意識とは別次元で動いている義手に近い小刻みに震える右手が。
「…!」
黒羽の目の色が変わり、それこそ自分のものではないような目で自分の手を見つめる。
心理の奥の奥にある真理まで手を届かせ改竄しない限り、その状態は因果に従順に沿っている何よりの証拠だ。
「黒羽…本当は死にたくないんだろ?」
そんなことは誰でも分かり切っていることを敢えて口に出す。
いちいち俺の言葉に機敏に反応する黒羽は忙しく自分の手と俺の顔を交互に見る。
その間じりじりとすり足で近づく。
意識が拡散し注意散漫になっている彼女へ距離を詰めることなど、足音を殺して彼女の背後に迫るのとなんら変わりない。
「その震えが、何よりの証拠だ」
洗脳に近い、語りかけるようにして彼女に今を分からせる。
「ちが、違う…!わたじは…わたしは…!!」
言葉通りヒステリックになっている黒羽は手ほどにないにしろ、その事実を否定したいが為に顔を小刻みに横に振って拒否反応を示す。
その間も無限に作られる涙が蛇口を捻ったかのように溢れ出て彼女の最後の『地』を濡らし続ける。
よし…あと2Mもない…もう少しだ…
勝利の兆しが姿を見え始めた、それを確実に掴むためにつなぎの一言を気が気でない慌てふためく彼女の耳に入れる。
「『死』を恐れない人間なんていない、だから…!」
少しずつ…少しずつ…
―!
「ち…ち…」
「ぢがいます!!」
突如彼女の声色がそれこそ狂った人間のそれに変わった。
発音のイントネーションの常識を我流で再構築させた秩序の欠片もないその状態に一瞬、嫌な気配を感じた時だった。
「わた、わたじだって!!」
!!?
誰からも求められていない自己顕示がついに理性をも食らいつくしたのか、できなくても良いことを発狂という名の興奮剤がそれを可能にさせた。
手を離しやがった!!!!
重力に従い黒羽の体が『地』から離れようとしている。
させない。
絶対にさせない。
「くろはああああああああああああああああ!!」
ガシャガシャアアァン!!
飛び込む。
黒羽が着いていない地を力一杯踏み込んで。
目の前には柵。
そんなものは関係ない。
構わずその小さな隙間に強引に手を突っ込む。
柵の無機質な叫び声。
手首から二の腕まで順々に走り込む激痛。
痛み、騒音なんて、どうでもいい。
俺は同じ肌を持つ それ を握りしめたい一心で手を伸ばす。
…!
瞼が最悪の自体だった場合の有様を視野にいれたくないのか、否応なしに瞳にシャッターをかける。
もしこの右手に俺以外の重量を感じることができなかったとき、それは彼女の死を意味する。
「…」
…俺の神経からつながっている手は別の神経を持つ手に触れる感触を与え、握りしめている。
ゆっくりと目を開ける。
…!
そこには、人外を見るような目をした全身しっかりある黒羽の姿が。
つま先がなんとか校舎に食いついている。
言ってしまえば組み体操で扇を3人で作ったときに両端にいる人間の状態が今の現状を有り体に表している。
「…!!」
「…く…はぁ…はぁ…!」
…間に合った…
それと同時に主導権を握れたためあまりの安堵に手の力が緩んでしまいそうだ。
俺は彼女の手を今一度離さないようしっかりと握り直す。
「大丈夫…か?」
そう聞くと苦虫を噛み潰したような苦い顔を涙のソースを一緒にかけて提供された。
…その表情の意味が気になるところだが、とりあえず彼女を引き上げるのが先か…
春のいたずらで飛んでしまいそうな黒羽を、いたずらで済まなくなる前に引き上げようと右手に力を入れたその時
「…して…」
掠れ気味の語尾が聞こえたため、しっかり聞き取ろうと耳を傾けた頃には彼女は既に爆発していた。
「どうじでだずげたんでずか!?」
!?
涙声に更に涙声を掛けたような声で主張してきた。
「わたしは…わたじは…」
「…手を…手を離じて!」
黒羽が手を振り払おうとしている。
生憎俺はそこまでできた人間じゃない。
今の発言に正直苛立ちを覚えた。
俺は相反するようにその手を離さない。
…いや、ここまで死を願う人間をこうして無理に引き留めることは間違いなのかもしれない…いや、間違いだ。
そもそも俺の存在がおせっかいだったのかもしれない。
『生』が平等というのなら『死』もまた平等だというのも不可逆な真実であり、望んで命を絶とうというのなら俺は止める権利はない。
だがもしその意志が斜面をブレーキのないトロッコが永遠と下り続けるように、もう後戻りできないから落ちるところまで落ちてやる的な、そんないい加減なものであるのなら俺はトロッコを大破してでも止めてやる。
そいつを確かめるべく、最後になるかもしれない尋問を開始する。
その前に…
「キャッ…!」
体温を感じる彼女の右手を強く引き、取りあえず彼女の体重を俺の右腕に一任させないで、地面にその役目を預ける。
だがその手は決して離さない。寧ろ更に強く握り返す。
これで自殺願望者と己の体力を気にすることなく対等に話し合うことができる。
今の精神状態では吐き気を催すことしかできない新鮮な空気を肺に入れ込み、口を開く。
「どうしてそんな簡単に死ぬなんていうんだ?」
「おかしな話じゃないか?」
彼女の目に完全に焦点を当て、一言一言語気を強くして質問攻めする。
「あ…あなたにはかんk」
「あいつらのせいで死のうとしているのだろう?だったら俺はこの手を絶対に離さない」
「…!」
ブルブル震え続ける彼女の白い小さな右手を俺はグッと握り直す。
「…死んで楽になろうなんて…そんなのは逃げだ」
「現実から目を背けているだけだ、違うか?」
「黒羽は本当に死を望んでいるのか?」
「…いやぁ…離じて…!」
彼女の視線が右にスライドする。
だんだん言葉にも勢いが失速してきている。
やはり。
踏ん切り着いた決断を今更踏み止まることに抵抗を感じているのだろう。
俯きがちに、ただ離して欲しいと連呼する黒羽に言葉を続ける。
「まだ解決策はある、まだ未来は変えることはできるんだ」
「離…して…!」
口ではそう言っているがもう彼女の手は反抗するような動きはしていない。
「変えることの出来る未来を変えないのは、後悔しか残らない」
「…し…」
もう一度、手を握りなおす。
精一杯の言葉を、ぶつける。
「変えていかない未来に、未来は開いていかない…!」
「……」
ジン…ジンと、狭い柵に無理矢理手を突っ込んだ右手全体に痛みが走り抜ける音を感じる。
沈黙が訪れたからだ。
今がチャンスか。
一気に畳み掛けてその馬鹿げた思考を完全にやめさせる。
「…勿論、この件を俺は他人事だとは思っていない」
ガッチリと右手を握りながら真っ赤になっている彼女の瞳に入れ込むように語りかける。
彼女の手の震えは、まだしばらく止まりそうになかった。
「乗りかかった船だ。黒羽が拒否しないのなら協力させてもらう」
「絶対に、あいつらからいじめをやめさせると誓おう」
今の彼女に必要なもの、それは『支え』だ
その支えになるしか彼女のエゴやプライドで塗り固められて作り上げられた決心を崩壊させる方法はないのではないか。
「俺は今のお前を見ていてられないんだ」
「絶対に助けよう」
「…!?」
俺の予想とは大きく反し、その手が硬直する。
明後日の方向を向いていた紅玉の瞳がしっかりと俺を見据え、そこに光が宿り、涙がさらに輝かせて生えさせる。
暗雲が取り払われ、そこから出てきたのは虚ろな瞳ではない、本来彼女が持っている青空が霞んで見えるほど美しい目だった。
誰からも救われることなく身を投じようとしたそのときに伸ばされた救いの手は、例え俺のものだったとしても彼女にとってそれは神の手に等しかったか。
「どうして…どうじて…!?」
なにか喋ろうにも嗚咽が発声を邪魔をしてなかなかうまく喋れていない。
切望するほど欲した『支え』の登場が、嬉しかったのかもしれない。
黒羽がなんとか作り上げた言葉は、嗚咽でもなんでもない戸惑いが言葉を殺した。
「意味が…わがらないでず…!!」
「あ…あなだは…私をそこまで…ぎに…がけてくれるんでずか!?」
「う…」
至極真っ当当然当たり前の質問である。
言ってしまえば1+1を聞いているようなおぞましく簡単な問いなのに、俺には5ケタ同士の掛算を暗算でやれと言われたような難易度を誇っていた。
=2という答えを出せる用意をしていないからである。
確かに、どうして俺は今までこうして彼女を助けようと思ったのだろうか。
今更な話であり、行動と思考が逆な話だ。
頭より先に手が出てしまう熱血タイプな主人公でもないというのに。
因みにこの間3秒である。そろそろ答えなければ疑心暗鬼が迂回している彼女にますます不信感を与えかねない。
「…それは…そう、俺は…」
適当に繕い時間を稼ぐが、焦りが言葉を構築する本を勢いよくめくるためページに言葉が書き込まれない。
やがて、滑り込むように書かれた言葉はこんな言葉だった。
「俺は…お人好しなんだよ、きっと」
「お…お人…好し…?」
ビー玉ほどあった瞳子がBB弾ほどに縮小してその驚きを体現してくれた。
彼女にとっても苦肉の謀だった俺にとっても、なんとも眉をひそめずに入られない微妙な答え。
しかしこれ以上言いようがないのだから困ったものだ。
気にかかっていたというのはあったが、特別な理由なく…悪く言えばなんとなく彼女を助けていたというのが本音だからだ。
その胸の中での引っかかり様は鉤爪でガッツリと引っ張られるような感覚だ。
人はそれをもやもやした気持ち…とでも言うのかもしれない。
「と、とにかく助けたかったのは本当だ。黒羽が死ななくて本当によかった」
ありのままの気持ちを彼女に伝える。
「…」
キュッと唇が結ばれたかと思うと彼女の右手の力が一気に弛緩していくのが掴み越しでも分かった。
その行為が意味するのは、安堵…または俺を信用してくれたのかもしれない。
俺の予断は概ね正しかったらしく、というのは彼女から再び涙がこぼれ始めたから。
「ひっ…ヒッ……」
涙の粒が次第に大きくなっていく
一体どの性質を持ち合わせた涙なのかは分からない。
死ねなかったことに対する悔し涙なのかもしれないし、感動の涙かもしれない。ひょっとしたら嬉し涙なのかもしれない…というのは流石に俺の個人的希望が入り交じった推測だが。
「うっ…うっ…」
声を上げて泣きはじめる。
子供のようにしゃくりあげ、泣きじゃくる。
「ひっく…うう…あ、あああ…ああ!」
溜まりに溜まった悲しみを涙と共に押し流しているのだろうか。
「う…ぐぅ…あぁ…ごめん…ごめんなざい…ああ…ああああ!」
?
「ごめん…なざ、い…ごめん…なさい…ごめんな…さい…」
「わだ…わだじ…また…や…そく…あ,ああぁ!」
唐突に誰かへ謝罪を始める黒羽に初めこそは俺に謝っているのかと思いこんだが、俺を見ているわけでもないしそもそも謝られる理由はないので最終的に俺ではないと結論づける。
なら一体誰に?
彼女の言葉、行動に疑問符を付けないといけないことが多すぎる。
「うわああ…ああああ!」
黒羽の目尻からこぼれ落ちる涙が、強く吹き荒れた風に流されて空に消えていく。
それは彼女の代わりに空へ旅立っていくような、綺麗な光に見えた。
それから5分後。
何とか無事に再び本来人が着くべきであるコンクリートに戻ってきた。
黒羽にしっかり地面に足を着かせる。
「うっ…」
するとすぐに地面にへたり込んだ。
無理もないか。自殺の直前まで来ていた彼女には極度の緊張が重くのしかかっていたのだから。
「う…ううっ…」
足下には涙で円形のシミをつくっている。
「…ふぅ」
そんな彼女を見ていたら一気に解かれた緊張感と入れ違いで疲労感が押し寄せ、つい足が砕けて地面にへたり込む。
「ふぅーっ…」
ちらりともう一度俺とほぼ同じ目線にいる彼女を見れば彼女の顔はうつむいたままだ。
彼女と初めてあったときの距離感は、全く縮んでいない。
しかしそれが心理的な距離感で済んで本当に良かった。
俺がこのまま傍観していたら肉体的な距離感が遠くなる…つまり彼女は見るに耐えない姿になっていたことだろう。
そんな彼女の命のを得た代償に俺は一つ難題を抱えこむことになった。
中原達からいじめをやめさせる。
…難儀というレベルではない。常識が通じない相手に俺は何を武器に奴等と戦えばいいって言うんだ。
正論で論破したところで彼女達にとってはそんなもの馬の耳に念仏。
そもそも『やめさせる』というのが広義すぎて具体的に見えて全く具体的じゃない。
口から出任せとは少し意味がすれ違っているが、先のことをよく考えずに助けるだなんて言ってしまったことは事実だ。
しかしそうでもしないと黒羽は死んでいたことは紛れもない真理であり、間違いなく延命しただけでも良かったと思う。
だが俺がなんの対策も立てなかったら彼女はまた生き地獄を味わうことになる。それだけは絶対に忌避すべき事態だ。
―…まぁそれは追々彼女と話し合って今後の方針を決めることとしよう。
少なくとも俺が近くにいれば奴等もそうそうに手を出せないはずだ。
そう意中で意見を決着させ、地面に吸い寄せるられる重い腰を上げて立ち上がる。
「おちついたか?」
「…」
涙を流しながら黒羽は依然として口を結んでいる。
でも、彼女は生きている。
でも、今はこれでいいかな。
完全に彼女の涙が退いた後、俺たちは教室に戻った。
という訳で中盤終了です。
今回と次回は少し短めですので予めご了承下さい。
黒羽が自殺に至った経緯や今後の話、その結末など、まだまだ物語は続きますのでお付き合い頂ければ幸いです。
それでは最後まで読んで下さり、ありがとうございました。