ある日の雀
別に意味なんてあると思って書くのじゃないのだけれど、なんとなく書いてみたいと思ったから、僕はこれを書いてみる事にした。
僕は散歩が好きで、その日もなんとなく車の通りの多い道を散歩していた。昔は、こんな道を散歩するのは嫌いだったのだけれど、今はそれほどでもない。人間って、やっぱりちょっとずつでも変わるものらしい。
その散歩の途中で、僕は道路に目をやった。何かの気配に気が付いたんだ。すると、そこには雀が一匹いた。なんの事もない、ただの雀。ところが、その雀の様子がおかしい。どうにもどこかを怪我してるように見える。道路の真ん中で、ヨタヨタとしている。多分、車にぶつかったのだろう。
僕は車が通らなくなったのを見計らって、雀を助けに行った。手の平の上に乗せると、とても温かくて柔らかくて軽かった。可愛い。でも、その雀がとても弱っている事は明らかだった。僕はその雀を持ったまましばし逡巡していた。
動物病院に行こうか? でも、その後でどうする? 例え、治ったとしてもこの雀を飼うができるの? 無理だ。だったら、どうする? このまま見捨てるのか?
その内に、雀は僕の手の平から逃れようと弱弱しく羽ばたいた。運よく柔らかい土の上に落ちたけど、僕は「あっ」と小さく悲壮な声を上げた。雀はとても弱っていて、そんな動作だってきっと負担になるだろう。苦しい思いをさせてしまった。そう考えたら、なんだか罪悪感が込み上げてきた。僕は悪い事をしてしまった。
僕は再び雀を手の平に乗せようかどうしようか迷って、結局やめた。地面に落ちた雀の様子を見て分かったから。きっと、この雀はもう助からない。口をパクパクさせていて、苦しそうにあえいでいる。多分、僕が捕まえたなら、死ぬまでにもっと苦しい目にあわせてしまうだろう。
このまま、そっとしておくのがいいんだ。
それは言い訳でもあったし、本当のことでもあった。そっとしておくのがいい。動物は死ぬものだもの。苦しそうにしているのが可哀相なら、この場で殺してやればいい。卑怯な僕に、それができないのならほっておくしかないじゃないか。
だから、僕はその雀をその場に放っておいた。花壇の柔らかい地面の上。きっと、道路の上でそのまま息絶えるよりは楽だったろうなんて、自分に言い訳をして。別に悪い事なんかしてないし、それはただそんな現実がそこに転がっているだけな話だし。
でも。
気が付いたら、僕は目に涙を浮かべていた。
ちきしょう。
バカか?自分は。本当に。涙だって?!偽善者め。今日だって、明日だって肉を食い続けるくせに。そんな事も分からないのか?
ちきしょう。
ちきしょう。
チキショウ!
もちろん僕は分かってる。僕が涙を浮かべたのは、人間という動物にそんな性質があって、人間である僕がその性質を働かせたからに過ぎないのだって。だから、それはなんら僕に食欲がある事とは矛盾しないのだって。どちらも人間に必要だからある性質で、それが働いてるに過ぎない。食べる為に動物を殺しもするし、その動物を可愛いとも思える。それは、人間という動物の正常な行動。否定したって仕方ないんだ。
でも、時にはそんな理屈が全く通用しない自分になってしまっている時だってある。自分が酷く醜く思えたり、安っぽい人間に思えたり………
それから数時間経って、僕は再びその場所に立ち寄った。正直に告白すると、実はわざわざ見に行ったんだ。もし、雀が消えているか、生きていて元気そうだったらいいな、なんて淡い期待を抱いていた。だけど、雀はやっぱり死んでいた。既にアリがたかっていて、目を瞑っているその姿はとても美しかった。少なくとも、その姿からは苦しんで死んだ様子は想像できない。でも、もちろん、そんなのは僕の身勝手な空想だ。雀は、地獄の苦しみを味わって死んだかもしれない。けど、それでも僕は少しだけホッとしていた。
死んじゃえば、もう苦しくないから。