表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ナメクジ男

作者: 桧月彩花
掲載日:2026/06/15

 あるスーツ姿の男が一人いた。三十七歳の草臥れた会社員。

 彼は今日もまた仕事を終え、夜の電車を乗り継いで帰宅する。

 車内は満員というほど混んではいないが、都内を駆け抜ける電車なので、旅行中の外国人や飲み帰りの集団が乗り込んでくることもある。

 彼はスマホをスワイプしながら、無表情のまま、何気なく猫の画像を閲覧して暇をつぶしていた。


 やがて電車がホームに滑り込み、駅へ到着した。ターミナル駅なので、それなりに乗降数が多い。

 その時、行楽帰りであろう子連れの親が優先席の方に陣取り、子供らは甲高い声で騒いでいる。

 親はスマホを弄ったまま、何も言わない。

 彼は一瞥だけして、興味無さそうにスマホに視線を戻した。しかし――

(……親が親なら子も子か。……じゃあ、ナメクジを進呈)

 彼がそう思うと、ナメクジが数匹、親二人の頭にボタボタと落ち、額や口の周りをにゅるにゅると徘徊し始めた。

 件の親はというと、貼り付けられたことに気付かぬまま、知性を感じない振る舞いをし続けていた。


 彼は、ナメクジを人の人生に貼り付けることが出来る。

 不可視で本人にしか見えない。貼り付けられた者は、匹数にもよるが、大なり小なり人生を食い荒らされる。

 先の親子には、早速影響が現れた。

 お土産の紙袋を電車に忘れて行ったのだ。入れ替わりで乗ってきた人が気付いたが、既に親子の姿はホームに見当たらなかった。

 こういった、その後の顛末に何が起きるかは彼にも分からない。

 ただ、ナメクジ達は派手に人生を壊さない。じわじわと〝花開く時期〟や〝羽ばたきの機会〟を奪う。

 小さなミスが続く、選択の判断を誤る、人間関係の乱れ、チャンスを失う、成績の下落、縁談が遠退く等々。


 彼は自宅最寄りの駅で降り、構内のトイレに立ち寄った。

 洗面台には、飲みかけのカップが放置されていた。

(ナメクジ、置いときますね)

 彼が放つナメクジは、迷惑者が残していくキラキラと輝く軌跡を辿ることも出来る。

 今回はどういった事柄が起きるのか。

 ゴミを置いて行った青年は、三日後の深夜にナメクジが到達し、布団の中で失禁することとなる。


 彼は駅を出て、ようやっと帰路に就いた。

 途中、コンビニの前で、髪を染めた中年男がタバコを吹かし、吸殻を歩道に投げ捨てていた。

(……あ、ナメクジ付けときますねー)

 男の手足にナメクジが纏わりついた。

 結果を見てみよう。

 彼の場合は三年後にまで及び、肺の七分の一を失う事故に遭っていた。


 しかし、ナメクジ男が知る由も無い。興味も無い。

 ただ、自身や周囲が迷惑行為を被った時、半ば事務的にナメクジを放つ。

 今日も、明日も、ずっと――。


 ナメクジをどうぞ。


 了

ご精読ありがとうございました。


次作『ナメクジ女』

https://ncode.syosetu.com/n8401mi/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ