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無能な王子は私が捨てました

作者: momotarou
掲載日:2026/06/07

王城の大広間には、春の花が飾られていた。


王太子アルベルト殿下の誕生を祝う夜会。


貴族たちは着飾り、楽団は華やかな曲を奏で、天井の水晶灯は眩しいほどに輝いている。


その中央で、私は国王陛下の前へ進み出た。


名を、セレナ・エルグラントという。


エルグラント公爵家の娘であり、十年前から第一王子アルベルト殿下の婚約者と定められていた。


周囲の貴族たちは、私が婚約者として祝辞を述べるのだと思っていたのだろう。


アルベルト殿下も、退屈そうに私を見ていた。


私は国王陛下の前で深く膝を折り、頭を垂れた。


「国王陛下。恐れながら、お願い申し上げます」


「申してみよ、セレナ」


国王陛下の声は穏やかだった。


私は静かに息を吸った。


「私、セレナ・エルグラントは、第一王子アルベルト殿下との婚約を解消したく存じます」


その瞬間、大広間の空気が凍りついた。


楽団の音が止まる。


貴族たちの視線が、一斉に私へ集まった。


「何を勝手なことを言っている!」


最初に声を荒らげたのは、アルベルト殿下だった。


「婚約解消だと? お前ごときが、この私との婚約を捨てられると思っているのか!」


ざわめきが広がる。


私は国王陛下へ頭を垂れたまま、静かに答えた。


「恐れながら、これは殿下への願いではございません。国王陛下への正式な願い出でございます」


「黙れ!」


アルベルト殿下は顔を赤くした。


「お前は私の婚約者だ。私に許しもなく、そのようなことを口にするなど許されるはずがない!」


その時、貴族たちの間から一人の令嬢が進み出た。


淡い桃色のドレスをまとった公爵令嬢ミレイユだった。


社交界の花と呼ばれる娘で、ここ数か月、殿下と親しいと噂されている相手でもある。


ミレイユは殿下のそばへ寄り添い、そっと腕に手を添えた。


「殿下、お気になさらないでくださいませ」


甘い声だった。


「セレナ様は、きっと嫉妬しておられるのですわ」


「嫉妬?」


「ええ。殿下のお心が私に向いていることに、耐えられないのでしょう」


ミレイユは私を見て、柔らかく微笑んだ。


けれど、その目は勝ち誇っていた。


「けれど、王妃となる者に必要なのは、ただ祈ることではございません。人々に愛される華やかさと、殿下のお心に寄り添う優しさです」


彼女は殿下へさらに身を寄せた。


「私の方が、殿下のお隣にふさわしいと思いますわ」


アルベルト殿下は、満足そうに笑った。


「その通りだ、ミレイユ」


広間に、冷たい沈黙が落ちた。


殿下はそれにも気づかず、私を見下ろした。


「聞いたか、セレナ。お前のように説教ばかりの陰気な女より、ミレイユの方がよほど王妃にふさわしい」


私は、ようやく顔を上げた。


「殿下」


「何だ」


「王妃に必要なものは、殿下のお心に寄り添うことだけだとお考えですか」


「当然だ。王である私を支えるのが王妃の役目だ」


「国民を支えることは」


「それは大臣どもの仕事だ」


「国民の暮らしを考えることは」


「そのようなことまで、なぜ私が考えねばならぬ」


殿下の息は荒くなっていた。


「お前はいつもそうだ。国民の暮らしを考えろ。国の治め方を学べ。そんな退屈なことばかり、私に押しつける」


「では、殿下にお伺いいたします。この国を治めるには、何が必要だとお考えですか」


「そんなもの、力だ」


殿下は当然のように言った。


「力で国民を従わせればよい。逆らう者は罰し、従う者だけを守ればよい。それが王というものだ」


広間の空気が、わずかに冷えた。


それでも殿下は、自分の言葉がどれほど間違っているか分かっていない。


私は静かに息を吸った。


「殿下、なぜお分かりにならないのです。国民があってこそ、国は成り立つのです」


「またその話か」


「治水を行い、田畑を潤し、道を整え、流通を増やす。国民を飢えさせず、怯えさせず、働いた者が報われる国を作る。それが王の務めではありませんか」


「聞き飽きた」


殿下は吐き捨てるように言った。


「お前はいつもそうだ。国民、国民、国民。王族である私に、なぜ下々の暮らしまで考えろと言う」


「この国の人々を、我が子と思うのが王の務めです」


「くだらぬ」


殿下は横を向いた。


「国民と王族とは違う。王とは上に立つ者であり、国民は従う者だ」


「殿下……」


「もうよい。お前の説教には、うんざりだ」


殿下は私を指さした。


「だからこそ、私はミレイユを選ぶ。お前など、王太子妃にふさわしくない」


ミレイユは得意げに微笑んだ。


「まあ、殿下……」


「謙虚で、愛らしく、人を惹きつける華がある。国を導く王妃にふさわしいのはミレイユだ」


私は黙っていた。


殿下は、それが気に入らなかったのだろう。


さらに声を張り上げた。


「お前は十年も婚約者の座にありながら、何をした? 毎朝、聖堂で祈っているだけではないか。祈るだけなら誰にでもできる」


広間に、嘲るような笑いが少しだけ広がった。


「王妃になる女に必要なのは、国民を惹きつける輝きだ。お前のような陰気な女ではない」


「そうですか」


私は静かに答えた。


「殿下がそのようにお考えなら、やはりこの婚約を続けることはできません」


「何だと?」


私は国王陛下へ向き直り、もう一度深く頭を下げた。


「国王陛下。私は、殿下が王としてふさわしい方か、十年見てまいりました」


広間が静まり返った。


「私は、何度も申し上げました。国民の暮らしを見てください。国を治める術を学んでください。力で従わせるのではなく、国民を守る王になってください、と」


アルベルト殿下は何も言えなかった。


「けれど殿下は、最後まで変わりませんでした」


私は一度だけ目を伏せた。


十年。


決して短い時間ではなかった。


けれど、その十年の中で、殿下が国民のために学ぼうとした日は一日もなかった。


「殿下は、国民を守ることより、国民を従わせることを選ばれました」


私は告げた。


「ならば、私の加護を捧げる理由はございません」


「加護……?」


アルベルト殿下が眉をひそめた。


私は静かに続けた。


「いま、私はこの国への祈りを止めました」


その瞬間だった。


ぱきん、と乾いた音がした。


誰かがグラスを落としたのかと思った。


けれど違った。


音は、玉座の上から聞こえた。


広間の奥、王冠を安置していた台座。


そこに置かれていた王家の宝冠に、細い亀裂が走っていた。


ぱきん。


ぱきん。


次の瞬間、王冠の中央にはめ込まれていた青い宝石が砕け散った。


「な、何だ?」


殿下が振り返る。


同時に、王城全体が低く震えた。


天井の水晶灯が揺れる。


窓の外で、王都を覆っていた淡い金色の結界が薄れていく。


貴族たちが悲鳴を上げた。


「結界が……!」


「王都の守護光が消えているぞ!」


「聖堂の鐘が鳴っている!」


遠くから、鐘の音が響いてきた。


一度。


二度。


三度。


それは祝いの鐘ではない。


王国に危機を告げる鐘だった。


殿下の顔から血の気が引いた。


「な、なぜだ。なぜ結界が消える」


その時、私の足元に光が集まった。


金色の粒が、床を這うように広がり、私の周りだけを包み込む。


それは長年、私が聖堂で祈り続けてきた加護の光だった。


殿下が私を見た。


「セレナ……?」


私は殿下を見返した。


「私は、国を加護する力を持って生まれていたのです」


私は静かに告げた。


「この国を守っていたのは、私の力でした」


広間が凍りついた。


誰もが、ようやく意味を理解し始めていた。


この国を魔物が襲わなくなったのは、セレナ・エルグラントが生まれてからだった。


私が五歳になると、聖堂は私を導いた。


それから私は、王国の安寧を祈ってきた。


豊作を。


疫病除けを。


魔物避けを。


国境の結界を。


王都の守護を。


それを、殿下はただの習慣だと思っていた。


退屈な婚約者が、退屈な祈りを捧げているだけだと。


「馬鹿な」


殿下は震える声で言った。


「そんなこと、私は聞いていない」


「はい。申し上げておりません」


「なぜだ!」


「この力は、王家に無条件で捧げるものではございません」


私は殿下をまっすぐに見た。


「国民を守る王にこそ、捧げるべき力です」


「私を試していたというのか」


「はい」


広間に、息をのむ音が広がった。


「私は、殿下が王としてふさわしい方か、十年見てまいりました」


「セレナ……お前……」


「殿下は、国民を守ることより、国民を従わせることを選ばれました。ならば、私の加護を捧げる理由はございません」


ミレイユが慌てて殿下の腕にしがみついた。


「で、殿下。こんなの、この方のはったりですわ。祈りなどなくても、きっと何とかなりますわ」


私はミレイユを見た。


「何とかなる、ですか」


「そ、そうですわ。国のことなど、殿下や大臣たちがどうにでもなさいます。王妃は民に愛されればよいのです」


その言葉に、広間の空気がさらに冷えた。


ミレイユは気づいていない。


自分が今、王妃の器ではないと証明したことに。


殿下は口を開けたまま立ち尽くしていた。


「嘘だ」


「嘘ではありません」


私が答えると、殿下は一歩、私へ近づいた。


「ならば、婚約解消は認めない」


その言葉に、広間がさらにざわめいた。


「認めない。聞いただろう、セレナ。私は今、認めないと言った。だから、お前はこれまで通り祈ればいい」


私は、殿下を見つめた。


この方は、まだ分かっていない。


自分が何を失ったのかも。


何を踏みにじったのかも。


「許しをいただく必要はございません」


「セレナ!」


「これは、私の加護の行き先を決める話です」


「命令だ!」


殿下は叫んだ。


「私は王太子だぞ! お前は私に従え!」


その時、玉座に座っていた王が立ち上がった。


「もうよい」


低く、重い声が響いた。


玉座から国王陛下が歩いて来た。


その後ろには宰相、そして近衛兵たちが控えていた。


国王陛下の顔は、怒りで青ざめていた。


「父上……」


アルベルト殿下の声が震えた。


「これは違います。私は王太子として、ふさわしくない婚約者を――」


「黙れ」


たった一言だった。


けれど、その一言で殿下は口を閉ざした。


「アルベルト」


「は、はい」


「お前は今、自分が何をしたか分かっているのか」


「私は、王太子として、国のために――」


「国のためだと」


国王陛下の声が低く沈んだ。


「国民を力で従わせればよいと言ったお前が、国のためだと」


アルベルト殿下の顔が引きつった。


「それは、その……」


「無能な王子はこの国には不要だ」


広間が静まり返った。


国王陛下は怒鳴っていなかった。


だからこそ、恐ろしかった。


「お前では、この国は亡びる」


「父上……?」


「お前は、人の話を聞こうとせぬ。自分の都合の良い言葉だけを聞く。王の器ではない」


「ち、違います!」


アルベルト殿下は慌てて国王陛下へ駆け寄り、その衣の裾にすがりついた。


「私は王太子です! 私は、いずれこの国の王になる男です!」


「王になる男には、人を見る目がいる。お前にはない」


「婚約解消は取り消します! セレナをもう一度婚約者にします! だから――」


「まだ分からぬのか」


国王陛下は、殿下の手を冷たく払いのけた。


「お前では、国を治められないと言っているのだ」


アルベルト殿下の唇が震えた。


「私は……悪くありません。ミレイユが、セレナは殿下にはふさわしくないと……」


ミレイユの顔が強張った。


「殿下?」


国王陛下の目が、ゆっくりとミレイユへ向いた。


ミレイユは慌てて微笑もうとしたが、その頬は引きつっていた。


「わ、私はただ、殿下をお支えしたくて……」


国王陛下は何も答えなかった。


その沈黙だけで、ミレイユの声は消えた。


「第一王子アルベルト」


国王陛下が告げた。


「今この時をもって、お前の王位継承権を剥奪する」


「……え」


アルベルト殿下の目が見開かれた。


「北方の寒冷地へ送る。砦の一兵として、己の愚かさを骨まで思い知れ。国に仕えている人々の痛みを知れ」


「嫌だ……」


殿下は、子どものように首を振った。


「嫌です、父上。北方など嫌です。私は王子です。王太子です。こんな扱いを受けるはずが――」


「まだ分からぬか。お前に私のあとを継がせることはできない。連れて行け」


近衛兵たちが、殿下の両腕を掴んだ。


「離せ! 私に触るな! 私は王になる男だぞ!」


殿下は床に足をもつれさせながら暴れた。


だが、近衛兵の手は緩まない。


「ミレイユ!」


アルベルト殿下は、引きずられながらも必死に彼女へ手を伸ばした。


「君の公爵家の力で私を助けてくれ! 君だけは、私の味方だろう!」


その声は、先ほどまで私を見下していた王太子のものとは思えないほど情けなかった。


ミレイユは一瞬、目を見開いた。


そして、すぐに唇を歪めた。


「何をおっしゃいますの、アルベルト様」


甘く震えていたはずの声が、冷たく変わる。


「王太子でなくなったあなたを、私が助ける理由などございませんわ」


広間が、しんと静まり返った。


「私は王妃になるために、あなたのおそばにいたのです。北方へ送られるだけの方に、公爵家の力を使えるはずがないでしょう」


アルベルト殿下の顔が、絶望に歪んだ。


「ミレイユ……君は、私を愛していると言ったではないか!」


ミレイユは、嘲るように笑った。


「ええ」


そして、吐き捨てるように言った。


「王太子であるあなたを、ですわ」


その瞬間、広間中の視線がミレイユへ突き刺さった。


先ほどまで彼女を羨んでいた令嬢たちは、冷え切った目で見ていた。


貴族たちも同じだった。


「あ……」


ミレイユの顔から血の気が引いた。


ようやく、自分が何を口にしたのか気づいたのだ。


冷ややかな視線が集まる。


あれだけ殿下を愛していると言っていたのに。


平気で嘘をつき、人をだます、心の卑しい人だったことが明るみになってしまった。


アルベルト殿下の膝から力が抜けた。


近衛兵が、その体を引きずる。


「嫌だ……嫌だ! 北方など嫌だ! 父上! ミレイユ!」


誰も動かなかった。


誰も手を伸ばさなかった。


殿下の目が、最後に私を捉えた。


「セレナ!」


私は黙って見返した。


「セレナ! セレナ! 私を見捨てないでくれ!」


私は一歩も動かなかった。


このような情けない方に、十年も仕えていたのだと思うと、怒りしか湧かなかった。


殿下の顔から、最後の色が消えた。


「セレナぁぁっ!」


泣き叫ぶ声ごと、アルベルト殿下は広間の外へ引きずられていった。


重い扉が閉まる。


その瞬間、広間に残ったのは、王太子ではなくなった男の泣き声の余韻だけだった。


誰も言葉を発しなかった。


やがて国王陛下が、私の前へ歩いてきた。


私は膝を折ろうとした。


けれど、その前に国王陛下が床に膝をついた。


「陛下!」


宰相が叫んだ。


貴族たちがどよめく。


国王陛下は、私に向かって深く頭を下げた。


額が床につくほどの、深い礼だった。


一国の王が、公爵令嬢に対して、頭を下げていた。


「セレナ・エルグラント嬢」


「陛下、お顔をお上げください」


「上げられぬ」


国王陛下の声は震えていた。


「愚かな息子が、そなたを侮辱し、この国の加護を危うくした。王として、父として、詫びる」


私は黙っていた。


この十年、私は祈り続けた。


王国のために。


国民のために。


王太子妃となる者として。


けれど、その祈りを当然のものとして扱われることに、もう耐えるつもりはなかった。


国王陛下は、額を床につけたまま続けた。


「第一王子は継承権を剥奪した。二度とそなたの前には立たせぬ。望むなら、王家はどのような償いでもする」


「陛下」


私は静かに口を開いた。


「私は、アルベルト殿下のために祈っていたわけではありません」


「分かっている」


「王家のためだけに祈っていたわけでもありません」


「分かっている」


「私は、この国に暮らす国民のために祈っておりました」


国王陛下の肩が震えた。


「ならば、なおさら頼む」


その声は、王の命令ではなかった。


国を背負う者の、切実な願いだった。


「どうか、国民のために祈りを続けてほしい」


私はすぐには答えなかった。


ここで簡単に頷けば、また同じことになる。


私の祈りは、命じられて捧げるものではない。


誰かの都合で使われるものでもない。


国王陛下はさらに言った。


「王家との縁が必要なら、他の王子でよければ誰でも選んでくれてよい。第二王子でも、第三王子でも構わぬ」


広間が揺れた。


国王陛下は続けた。


「もちろん、王家に嫁がぬという選択も認める」


私は目を伏せた。


第二王子は穏やかな方だと聞いている。


第三王子はまだ若く、学問に熱心な方だとも聞いている。


けれど、今ここで選ぶ気にはなれなかった。


私の人生を、また誰かの都合で決めるつもりもなかった。


「考えさせていただきます」


私がそう言うと、国王陛下はようやく顔を上げた。


その目には、安堵と後悔が滲んでいた。


「それで十分だ」


「ただし、祈りについてはお約束いたします」


「そう言ってくれるのか」


「私は、国民のために祈り続けます」


広間に、ほっとした空気が流れた。


けれど私は、続けた。


「ですが、それは王家に命じられるからではありません。私自身が、そうしたいと思う間だけです」


国王陛下は深く頷いた。


「承知した」


「そして今後、私の祈りを当然のものとして扱う者があれば、その時は本当に祈りを止めます」


貴族たちが一斉に息をのんだ。


国王陛下は、もう一度深く頭を下げた。


「肝に銘じる」


私は窓の外を見た。


薄れかけていた王都の結界が、まだ頼りなく揺れている。


私は静かに目を閉じた。


五歳から、毎朝繰り返してきた祈り。


けれどこれからの祈りは、これまでとは違っていた。


誰かの婚約者としてではない。


王太子妃になるためでもない。


私自身の意思で、この国の民を守るために祈る。


足元に集まっていた金色の光が、ゆっくりと広がっていった。


王城を包み、王都へ流れ、夜空へ昇る。


消えかけていた結界が、再び淡く輝き始めた。


外から歓声が聞こえた。


王都の民が、光を見上げているのだろう。


広間の貴族たちは、誰ひとりとして私を笑わなかった。


地味だと。


役立たずだと。


祈るだけだと。


もう誰も言えない。


私は静かに礼をした。


「今夜は、これで失礼いたします」


誰も私を止めなかった。


国王陛下も、まだ膝をついたままだった。


大広間を出る時、遠くの廊下から、かすかにアルベルト殿下の泣き声が聞こえた。


「嫌だ、北方など嫌だ」と、子どものように叫ぶ声。


けれど、その声はもう私の心を揺らさなかった。


十年分の重荷が、少しだけ肩から降りた気がした。


私は夜の庭へ出た。


空には、王都を守る金色の光が戻っている。


けれど、その光はもう王家のものではない。


私の祈りは、私のものだ。


これから、何を選ぶかはまだ分からない。


第二王子を選ぶのか。


第三王子を選ぶのか。


王家とは別の道を歩むのか。


何も決めていない。


けれど、少なくともひとつだけは決まっている。


もう二度と、私の価値を知らぬ者の隣で、黙って祈り続けることはしない。


私は夜空を見上げた。


そこには、星が光っていた。

しばらく、短編を毎日11:50分に更新予定です。

お昼休みにでもお読み頂ければ嬉しいです。

できるだけ斬新なアイデアをひねり出して書いています。

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