王都からの使者は、静かに絶望を運んでくる
朝の空気は、やけに澄んでいた。
窓から見える村は、昨日と何も変わっていない。
畑で働く農民。
煙を上げる家々。
のどかな風景。
――なのに。
俺の視界には、相変わらず“現実”が表示されていた。
【アルヴェリア領】
人口:100人
財政:-1200G/月
幸福度:42%
「……笑えないな」
数字は、優しくない。
会社員だった頃も、数字に追われていた。
売上、コスト、人員、効率。
だが、ここではもっと残酷だ。
この数字の先にあるのは、
“人間の生活”そのものなのだから。
コンコン。
控えめなノック音。
「坊ちゃま、よろしいでしょうか」
昨日と同じ声。
メイドのリナだった。
「どうぞ」
扉が開き、彼女が一礼する。
「朝食の準備が整いました。それと……」
一瞬だけ、言葉を選ぶように視線を伏せた。
「王都からの使者が、到着しております」
来たか。
嫌な予感が、確信に変わる。
「……どんな人?」
「騎士二名と、文官一名。正式な使節です」
正式。
つまり、冗談ではない。
俺は小さく息を吐いた。
「行こう」
「かしこまりました」
リナは淡々としていたが、
その目だけが、わずかに緊張しているように見えた。
応接室は、質素だった。
伯爵家とはいえ、豪華さはない。
調度品も年季が入っている。
そこに、明らかに場違いな人物が座っていた。
王都の紋章入りの外套。
整えられた髪。
冷静な目。
文官らしい男だった。
「アルヴェリア伯爵家三男、レオン様ですね」
「……はい」
声が少しだけ震えた。
自分でも驚くほど、緊張している。
男は書類を取り出し、淡々と読み上げた。
「王国勅命により、二年後、陛下がアルヴェリア領を視察されます」
やっぱりか。
「視察の目的は、領地の現状把握、および今後の方針決定です」
――方針決定。
言い換えれば。
残すか、切り捨てるか。
俺は唾を飲み込んだ。
「質問は?」
文官が言う。
俺は、一瞬だけ考えた。
そして、聞いた。
「……もし、評価が低かった場合は?」
部屋の空気が、わずかに冷えた。
文官は、少しだけ微笑んだ。
「伯爵家の存続は保証されません」
つまり、終わりだ。
伯爵家は没落。
領地は没収。
村は別の領主に売られる。
――現実的すぎる未来。
「以上です」
文官は立ち上がり、一礼した。
騎士たちも続く。
彼らは何事もなかったかのように去っていった。
残されたのは、俺とリナだけ。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、リナが静かに言った。
「……坊ちゃま」
「なに?」
「この領地は、正直に申し上げて……」
言葉を濁した。
だが、俺には分かる。
続きは、
“助からない”。
俺は苦笑した。
「だよな」
そして、視界にUIが浮かび上がる。
【新規目標】
期限:2年
目的:領地価値の向上
評価基準:不明
まるで、ゲームのクエストだ。
だが、失敗したらリセットはない。
人生が終わるだけ。
窓の外を見る。
小さな村。
百人の人間。
何もない土地。
俺は、気づいてしまった。
この世界では、
誰も助けてくれない。
王も、貴族も、神も。
助けるのは、俺だけだ。
「……リナ」
「はい」
「この領地、どれくらい価値があると思う?」
彼女は少し考え、答えた。
「正直に申し上げるなら……」
一拍置いて。
「ほとんど、ありません」
容赦ない。
だが、嫌いじゃない。
俺は小さく笑った。
「ならさ」
視界の数字を見つめながら、言った。
「価値を作ればいいだけだろ」
その瞬間、UIが静かに光った。
【領地改革プラン:提案可能】
胸の奥が、妙に熱くなった。
怖い。
無理だ。
失敗するかもしれない。
それでも。
俺は、逃げなかった。
なぜなら――
前世で、逃げ続けた人間だからだ。
「……やってやる」
小さく呟いた言葉は、
誰にも聞こえなかった。
だが、その瞬間、
アルヴェリア領の未来は、確かに動き始めていた。
2話いっきに公開ですがいかがでしょうか。




