第四章:モノクロームの挑戦(二)
彰人は、もどかしいほど重く感じる玄関の扉を、渾身の力で押し開けた。
冷たい夜気が流れ込み、街灯の下に佇む人影を白く照らし出す。
そこには、呼吸を乱し、肩を激しく上下させる紬が立っていた。
コートも着ず、薄いカーディガン一枚で、彼女はここまで走ってきたのだろう。
「……羽鳥さん、どうしてこんな時間に。家は……」
彰人の問いに、紬は返事をする代わりに、その場に力なく崩れ落ちた。
彰人は車椅子から身を乗り出し、必死に彼女の細い肩を支える。
「瀬戸さん……ごめんなさい。私、もうあそこには戻れません」
「……窓から逃げてきたのか? 怪我はないか」
紬は彰人の腕の中で、縋るように彼の服の裾を強く握りしめた。
「お父様が……私を遠くの学校へ行かせると言ったから。……怖かった」
「でも、あなたに一目だけでも会いたくて。……この絵を、渡したくて」
彼女が差し出したのは、泥に汚れ、端が折れ曲がった一枚の画用紙だった。
そこには、暗闇を切り裂いて走る銀色の騎士の、勇壮な背中が描かれている。
「……馬鹿だな、君は。こんな無茶をして」
彰人は、愛おしさと切なさが混じり合った声で呟き、彼女を強く抱きしめた。
「でも、ありがとう。……この絵のおかげで、俺も迷いが消えたよ」
その時、静まり返った住宅街に、不気味な車の走行音が響き渡った。
黒い高級車が、彰人の自宅の前で急ブレーキをかけ、タイヤの焦げる臭いを撒き散らす。
「……紬! どこだ、出てこい!」
車から降りてきたのは、怒りに顔を歪めた正蔵と、二人の屈強な男たちだった。
紬は彰人の背中に隠れるようにして、恐怖に身体を硬くする。
「瀬戸さん……お父様が……」
「大丈夫だ。……俺が、君の騎士になると決めたんだから」
彰人は車椅子のブレーキをしっかりと固定し、正蔵の冷徹な眼差しを見据えた。
正蔵は、アスファルトを叩く革靴の音を響かせ、彰人の数歩手前で止まった。
その冷徹な眼差しは、車椅子に座る彰人を人間としてすら見ていないようだった。
「その薄汚い手を娘から離せ。分を弁えぬ鼠が」
正蔵の声は低く、夜の空気を震わせるほどの威圧感を孕んでいた。
「……分を弁えていないのは、どちらでしょうか。羽鳥さん」
彰人は、自らの膝の上で震える紬の手に、そっと自分の手を重ねた。
「娘さんを道具のように扱い、その心を殺そうとしているのは、あなただ」
正蔵は鼻で笑い、傍らに控える男たちに目配せを送った。
「五月蝿い男だ。……紬、来なさい。今ならまだ、温情を持って迎えてやる」
紬は彰人の背中の後ろで、小さく首を振った。
「……帰りません。私は、ここで自分の道を見つけたいんです」
正蔵の眉間に深い皺が刻まれ、周囲の温度がさらに数度下がったように感じた。
「……羽鳥さん、一つ提案があります。賭けをしませんか」
彰人の唐突な提案に、正蔵は不快そうに目を細めた。
「賭けだと? 貴様のような男と、私が何の対等な勝負をするというのだ」
「今週の金曜日、私が手がけたデザインの最終審査があります」
「もし、私が最高賞を獲り、社会にその価値を認めさせたなら……」
「……羽鳥さんの自由と、彼女の描く物語を認めていただきたい」
正蔵は沈黙した。
深夜の住宅街に、乾いた風が吹き抜け、街灯がジリジリと音を立てる。
「……ふん、面白い。負ければ、二度と娘の前には現れず、その余生を沈黙して過ごせ」
正蔵は吐き捨てるように言うと、車に乗り込み、闇の中へと消えていった。
残された二人の間に、重く、けれど確かな覚悟を伴う静寂が降りる。
「……瀬戸さん、どうしてあんな。もし負けたら……」
「負けないよ。……君が俺を騎士にしてくれたんだ。今度は、俺が君の城を守る番だ」
第四章の幕が降りる。
二人の運命を懸けた、負けられない戦いが幕を開けようとしていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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