第一章:藍色の独り言
車輪がアスファルトを噛む、硬い音が夜の底に響く。
瀬戸彰人は、冷え切ったハンドリムを押し込みながら、深い溜息を吐いた。
美大のグラフィックデザイン科を卒業した彼にとって、世界はかつて色彩に満ちていた。
だが五年前、脊髄を損傷してからは、世界は「段差」と「影」に支配された。
「……また、ここか」
独り言が、白く濁って夜気に溶ける。
視線を下げれば、街灯の光に照らされた路面の、細かな亀裂がよく見えた。
車椅子の高さから見る夜は、健常な人々が思うよりもずっと深く、そして孤独だ。
仕事帰りの疲労が、競技用車椅子を積んだバッグ越しに、感覚のない下半身へと沈む。
視界の端に、深夜のコンビニ『サンライト・マート』の白い光が浮かび上がる。
それは暗い海に浮かぶ救命艇のように、無機質で、それでいて残酷に明るかった。
吸い寄せられるように、彰人は自動ドアのセンサーをくぐった。
「いらっしゃいませ」
低く、どこか湿り気を帯びた声が、静まり返った店内をゆっくりと満たした。
レジに立つのは、羽鳥紬。
彼女は深くお辞儀をした後、すぐに視線を伏せた。
その目は、不必要な愛想を一切排除した、凍った湖のような静けさを湛えている。
彰人は車椅子を器用に操り、いつもの弁当コーナーへと向かった。
選ぶのは、一番地味な幕の内弁当だ。
それを膝に乗せ、レジカウンターへと滑り寄る。
カゴを使わない彼のスタイルを、彼女は何も言わずに受け入れていた。
紬が細い指先でバーコードを読み取る。ピッ、という機械音が、静寂を際立たせた。
彰人は財布を取り出そうとして、指先の痺れから、小銭入れをカウンターに打ち付けた。
飛び出した百円玉が、高い音を立てて床を転がっていく。
「あ――」
硬貨は、レジ台の脚が作る、一際濃い闇の中へと吸い込まれていった。
彰人は車椅子を引こうとしたが、狭い通路でうまく動けない。
焦り、自分の不甲斐なさに、首筋が熱くなるのを感じた。
その時、カウンターの向こう側で、紬が音もなく床に膝をついた。
彼女の細い腕が、影の中へと迷いなく伸びる。
彰人の視線からは、彼女のうなじの白さと、微かに揺れる後れ毛が見えた。
時間が止まったような、密やかな沈黙。
やがて彼女は、影の中から拾い上げた百円玉を、自分のエプロンで丁寧に拭った。
「……どうぞ」
差し出された硬貨を受け取る瞬間、彰人の指先が彼女の冷たい指に触れた。
微かな体温の移動に、彰人の心臓が不規則な鼓動を刻む。
「……すみません。暗いところ、よく見えるんですね」
絞り出したような彰人の言葉に、紬は一瞬だけ、視線を上げた。
影の中から戻ってきた彼女の瞳には、言葉にできない孤独の破片が宿っている。
「……光の中にいると、隠れてしまうものもありますから」
紬はそれだけを言うと、またすぐにレジ袋の口を縛る作業に戻った。
必要以上の会話は拒む。けれど、その一言は彰人の胸の奥にある、誰にも見せていない
「暗がり」に、冷たくも確かな輪郭を与えた気がした。
「……ありがとうございました」
「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」
マニュアル通りの、けれど少しだけ余韻を残す挨拶。
扉へ向かう彰人の背中に届いたその声は、夜の風よりもずっと優しかった。
一人のワンルームへ帰る道、彰人は自分の指先に残る微かな感覚を確かめていた。
マンションの重い扉を、慣れた手つきで押し開ける。
車椅子生活のために設計されたワンルームは、主を待つこともなく、静まり返っていた。
彰人は玄関のスイッチを入れ、冷え切った空気を肺に溜め込む。
明るすぎるLEDの光が、必要最小限の家具しかない部屋を、無機質に照らし出した。
「……ただいま」
返るはずのない言葉が、白い壁に当たって、虚しく足元に落ちる。
彼は日常用の車椅子から、ベッドの端へと身体を移した。
感覚のない両足を持ち上げ、一本ずつ丁寧に揃えてベッドに乗せる。
その単調な反復動作の最中、ふと、膝の上のレジ袋に目が止まった。
ビニール袋の中には、さきほど彼女が詰めた幕の内弁当が入っている。
指先を伸ばせば、彼女から受け取った百円玉が、まだポケットの中で冷たい。
光の中にいると、隠れてしまうもの。
彼女が零したあの言葉が、静寂の中で何度も反芻される。
彰人は、部屋の隅に置かれた競技用車椅子を見つめた。
研ぎ澄まされた銀色のフレームは、暗がりに沈み、鋭い光を放っている。
あれに乗っている時だけは、自分は欠落した存在ではなくなれる。
だが、降りてしまえば、またこの音のない孤独な海に沈んでいく。
「……腹、減ったな」
独り言を吐き捨て、彼は弁当の蓋を開けた。
プラスチックの容器が軋む音が、耳障りなほど大きく響く。
冷えた米を噛み締めながら、スマートフォンの画面を点けた。
美大時代の同期たちが投稿する、眩しい日常。
成功した仕事の報告や、夜の街で笑い合う仲間たちの写真。
そこには、彰人がかつて持っていたはずの色彩が、無慈悲に溢れていた。
事故の後、自分から彼らの前から姿を消した。
同情に満ちた視線に晒されるくらいなら、一人で暗闇を数える方がマシだ。
弁当を食べ終え、車椅子を漕いで窓際へ行く。
五階の窓から見下ろす夜の街は、どこか遠い他国の出来事のようだった。
絶え間なく流れる車のヘッドライトが、アスファルトの影を激しく揺らす。
彰人は、窓ガラスに映る、表情の消えた自分の顔をじっと見つめていた。
週末の朝、彰人は誰よりも早く部屋を出た。
市外の体育館へ向かうには、幾つものハードルを越えなければならない。
特注の競技用車椅子を収納した重いバッグを膝に載せ、駅へと向かう。
道行く人々が、彼の存在を避けるように、わずかに歩幅を変えるのが分かった。
「……すみません」
駅のホームで、不自由な身体を縮めるようにしてエレベーターを待つ。
健常な人々には見えない「段差」や「遠回り」が、彰人の時間を奪っていく。
美大でデザインを学んでいた頃は、街の造形を美しさで測っていた。
今は、そのすべてが自分を拒むための障壁に見えてしまう。
電車に揺られながら、彼は目を閉じた。
ガタン、という振動が、車椅子のタイヤを通して直接腰に響く。
目を閉じれば、昨夜のコンビニの、あの静かな声が聞こえてくるようだった。
名前以外、何も知らない。彼女もまた、この不自由な世界を生きているのだろうか。
一時間以上かけて辿り着いた体育館。
その扉を開けた瞬間、冷えた空気の中に、焦げたゴムと汗の匂いが混じった。
彰人は日常用の椅子から、戦うための椅子へと身体を移す。
ストラップで自分の胴体を椅子に固定し、強く、ハンドリムを叩いた。
キュルッ、とタイヤが床を噛む甲高い音が、体育館の天井に跳ね返った。
彰人は競技用車椅子のハンドリムを力強く押し込み、コートを加速する。
日常用の椅子とは違う、身体の一部になったような一体感。
急停止、急旋回。車椅子同士が激しくぶつかり合い、金属の悲鳴が上がる。
「瀬戸、行け!」
チームメイトの叫びに応え、彰人はパスを呼び込んだ。
手に伝わるボールの重みと、革のザラついた感触。
彼は視線の端で敵の動きを読み、一瞬の隙を突いてゴール下へ切り込む。
上半身の筋力を爆発させ、背筋を伸ばしてシュートを放つ。
シュッ、とネットが揺れる乾いた音が、彰人の胸に風を通した。
この瞬間だけは、重力も、不自由な足も、夜の孤独も忘れることができる。
自分を拒絶していたはずの世界が、今は自分の意志に従って動いている。
噴き出す汗が目に入り、視界が滲んでも、彼は漕ぐのを止めなかった。
だが、三時間の練習が終われば、魔法の時間は容赦なく解けていく。
体育館の片隅で、彰人は慎重に身体を日常用の椅子へと戻した。
昂ぶっていた鼓動が静まるにつれ、重い疲労が四肢にまとわりつく。
競技用の椅子をバッグに仕舞う作業は、まるで自分の翼を畳むような喪失感だ。
「……また、明日から仕事か」
独り言をこぼしながら、彼は体育館の出口へと向かった。
外はすでに夕暮れに包まれ、建物の影が長く、鋭く伸びている。
駅までの道のりは遠く、膝の上のバッグが朝よりもずっと重く感じられた。
彰人は、無意識に昨日の夜の記憶をなぞっていた。
サンライト・マート。羽鳥紬。
彼女は、あの光の檻の中で、今夜も独りで立っているのだろうか。
練習で限界まで追い込んだ身体の痛みよりも、
胸の奥にある、正体の知れない渇きの方が鋭く彼を刺した。
電車を乗り継ぎ、自宅のある街へと戻ってきたのは、夜の十時を回った頃だ。
街灯の届かない暗い路地を避け、車椅子を慎重に操作する。
遠くに見えるコンビニの白い看板が、今夜は一段と眩しく見えた。
彰人は、自分の手がわずかに震えていることに気づいた。
疲れのせいか、それとも。
彼は一度立ち止まり、深く呼吸を整えてから、自動ドアのセンサーをくぐった。
電子音が鳴り響き、冷房の効いた空気が頬を撫でる。
レジには――、やはり彼女がいた。
「いらっしゃいませ」
昨日と変わらない、低く、静かな声。
彼女は深く頭を下げた後、彰人の膝の上にある巨大なバッグに、
ほんの一瞬だけ、視線を止めたように見えた。
彰人は何も言わず、弁当コーナーへと向かう。
棚には、昨日と同じ幕の内弁当が一つだけ残っていた。
それを手に取ったとき、ふと、隣の棚にある小さな菓子箱が目に付いた。
普段なら見向きもしない、彩りの良い焼き菓子の詰め合わせ。
……何をしようとしているんだ、俺は。
自分でも分からない衝動に突き動かされ、彼はその箱を手に取った。
弁当と菓子箱を膝に乗せ、レジへと滑り寄る。
紬は無言で商品をトレイに移し、バーコードを読み取り始めた。
店内に流れる安っぽいBGMが、今の彰人にはひどく場違いに聞こえる。
「……千三百四十円です」
紬が金額を告げ、彰人の目を真っ直ぐに見上げた。
その瞳は、やはり夜の湖のように深く、何も語らない。
彰人は財布から紙幣を出しながら、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
何を言えばいい。昨日拾ってもらった礼か、それとも。
「……あの」
彰人の声に、紬の手が止まった。
彼女は小首を傾げ、彰人の次の言葉を待つ。
レジ越しの短い距離。
そのわずかな空白が、彰人には永遠のように長く感じられた。
「……お疲れ様です」
結局、口から出たのは、どこにでもある挨拶だった。
紬は一瞬、驚いたように瞬きをした。
そして、影を含んだ唇をわずかに緩め、本当に小さな声で答えた。
「……お疲れ様です、お客様も。バッグ、重そうですね」
それだけの会話だった。
けれど、彰人の心には、練習でシュートを決めた時よりもずっと激しい、
温かな火が灯っていた。
レジ袋を受け取ると、昨夜よりも少しだけその重みが心地よく感じられた。
彰人は車椅子を反転させ、出口へと向かう。
背後で「ありがとうございました」という、控えめな声が静かに響いた。
自動ドアを抜けると、夜の冷気が汗ばんだ肌を容赦なく撫でる。
独り言を呟く気力も失せるほどの、心地よい疲弊感。
アスファルトの上を滑るタイヤの音だけが、夜の静寂を切り裂いていく。
マンションまでの緩やかな坂道を漕ぎながら、彰人は何度も自分の指先を見た。
千円札を渡し、お釣りを受け取った時の、あの微かな視線の交差。
「……バッグ、重そうですね、か」
彼女が初めて、店員としての定型文以外の言葉を自分に向けた。
ただの客観的な事実を口にしただけかもしれない。
それでも、自分を「車椅子に乗った記号」ではなく、
荷物を抱えた一人の人間として見てくれたような気がして、胸の奥が震えた。
自宅に戻り、再びあの音のない空間へと帰還する。
彰人は日常用の椅子に乗り換えると、買ってきた焼き菓子の箱を机に置いた。
本来なら、自分のような男が買うようなものではない。
甘いものが特別好きなわけでも、誰かに贈る予定があるわけでもないのだから。
彼は箱の包装を丁寧に解き、中から小さなクッキーを一つ取り出した。
口に運ぶと、バターの香りが鼻を抜け、控えめな甘さが広がっていく。
孤独な夜の味。
けれど、今夜の独り言は、いつもより少しだけ尖っていない気がした。
「……美味いな、これ」
誰にも届かない感想が、部屋の隅にある競技用車椅子のフレームに反射する。
もし、次に彼女に会うことがあったら。
何を買えば、彼女はまたあのように言葉を繋いでくれるだろう。
そんな子供じみた空想が、自分の中にまだ残っていたことに彰人は驚く。
翌日から、また長い一週間が始まった。
平日の彰人は、オフィスビルの一角でモニターの光に顔を照らされている。
グラフィックデザイナーとしての仕事は、論理と感性のせめぎ合いだ。
クライアントの要望を整理し、美しいレイアウトを構築していく。
だが、どんなに完璧なデザインを仕上げても、彼の心は満たされない。
制作中、彼は無意識に「青」という色の深さを探していた。
あのコンビニの入り口に落ちていた、深い藍色の影。
そして、その影の中に溶け込んでいた、羽鳥紬という存在。
「瀬戸さん、ここのフォント、もう少し柔らかい印象になりませんか?」
同僚の問いかけに、彰人はハッと我に返る。
「……ああ、すみません。すぐ修正します」
手慣れた動作でマウスを操作しながら、彼は窓の外を流れる雲を見た。
昼間の光は、すべてを白日の下に晒し、影を消し去ってしまう。
車椅子で移動する自分の姿が、街のノイズのように浮き彫りになるこの時間が、
彰人は昔からあまり好きではなかった。
早く、夜になればいい。
影が濃くなり、世界から余計な色彩が削ぎ落とされる時間が。
そうすればまた、あの静かな光の箱へ、堂々と足を運ぶことができるから。
彼はキーボードを叩く指に、知らず知らずのうちに力を込めていた。
その日の深夜。
彰人は再び、サンライト・マートの自動ドアの前に立っていた。
連日の練習と仕事で、腕の筋肉は悲鳴を上げている。
それでも、彼は自分の意志でここに来た。
店内に足を踏み入れると、いつもの電子音が鳴り響く。
だが、レジに立っていたのは、彼女ではなかった。
見慣れない年配の男性店員が、欠伸を噛み殺しながら「いらっしゃいませ」と呟く。
心臓が、不自然なほど大きく脈打つのを彰人は感じた。
目当ての商品があるわけでもないのに、彼は意味もなく店内を一周する。
弁当コーナー。飲料棚。そして昨日の菓子パンの棚。
彼女がいない。ただそれだけのことが、これほどまでに世界を空虚にするのか。
彰人は結局、何も買わずに店を出た。
自動ドアが開いた瞬間、背後に感じる白い光が、今はひどく冷たく思える。
夜の風は昨日よりも刺すように冷たく、アスファルトの影は
ただただ、救いのない暗闇としてそこに横たわっていた。
「……いないのか」
独り言が、吐息と共に夜空へ散る。
彼女の名前以外、何も知らない。
いつシフトに入っているのかも、昼間に何をしているのかも。
自分たちは、ただレジ袋を介して数分間触れ合っただけの、赤の他人なのだ。
その事実を突きつけられ、彰人は再び自分の「場所」を思い知らされる。
マンションの自室へ戻り、車椅子からベッドへ移る。
静寂が、以前よりもずっと重くのしかかってくる。
彼は天井を見上げながら、暗闇の中で何度も彼女の名を反芻していた。
彼女がいないという事実は、彰人が築き上げてきた平穏な孤独を、容易く踏みにじった。
翌日も、その翌日も、コンビニのレジに紬の姿はなかった。
仕事帰りの深夜、期待と不安を抱えて自動ドアをくぐるたび、
そこには別の店員が、無機質な動作で客を捌いている光景があるだけだった。
デザインの仕事も、車椅子バスケの練習も、手に付かないわけではない。
むしろ、空虚さを埋めるように彰人は没頭した。
だが、ふとした瞬間に、あの沈黙の共有を求めている自分に気づく。
「……馬鹿馬鹿しいな」
暗い自室で、彰人は自嘲気味に呟いた。
名も知らぬ店員に、何をこれほど執着しているのか。
車椅子生活になってから、彼は他人との間に高い壁を築いてきたはずだった。
傷つく前に遠ざけ、期待する前に諦める。それが彼の生存戦略だったはずだ。
それから三日が過ぎ、雨の降る木曜日の深夜だった。
傘を差しながら車椅子を操作するのは困難で、彰人の肩は雨に濡れて冷えていた。
マンションの手前、雨を避けるようにして滑り込んだコンビニの店内。
水滴を振り払いながら顔を上げた彰人の視界に、あの静かな横顔が飛び込んできた。
羽鳥紬。
彼女はレジの奥で、補充用のタバコのカートンを整理していた。
彰人は心臓が跳ねるのを隠すように、足早に――車輪を急がせて飲料棚へ向かう。
冷えたカフェオレを一つ手に取り、ゆっくりとレジへ向かった。
「いらっしゃいませ」
数日ぶりに聞く、あの湿り気を帯びた声。
紬は彰人の顔を見ると、ほんの一瞬だけ、その動作を止めた。
それは見落としてしまいそうなほど小さな変化だったが、
彼女の瞳が、確かに彰人の存在を捉え、記憶と照合したのが分かった。
「……お久しぶりです」
彼女から先に、言葉が零れた。
彰人は息を呑む。
マニュアルにはない、けれど親密すぎもしない、絶妙な距離感の挨拶。
「……三日、いなかったので。風邪でも引いたのかと」
思わず口に出てしまった言葉は、客としての分を越えていたかもしれない。
彰人はすぐに後悔し、視線を落とした。
だが、紬は気分を害した様子もなく、小さな手でバーコードを読み取った。
「……大学の課題が重なって、お休みをいただいていました。すみません」
「……謝ることじゃ、ないですよ」
大学。やはり彼女は学生なのだ。
昨日まで何も知らなかった彼女の輪郭が、少しずつ、鮮明になっていく。
紬はレジ袋にカフェオレを入れると、いつもより丁寧に、彰人の手に渡した。
「……外、雨がひどいですね。風を引かないように、お気をつけて」
その言葉は、コンビニの店員が客に向ける社交辞令としては、あまりに静かで、
まるで自分自身に言い聞かせているかのような、不思議な響きを持っていた。
「……ありがとう」
彰人は短く答えると、逃げるように店を出た。
外はまだ雨が降り続いていたが、濡れた肩の冷たさはもう気にならなかった。
彼女も自分と同じように、何かの締め切りに追われ、夜の世界で足掻いている。
その共通点だけで、独り言に支配されていた彼の夜は、少しだけ色を変え始めた。
自室に戻り、タオルで頭を拭きながら、彰人は窓の外を見つめた。
雨に煙る街灯の光が、路面に滲んで複雑な色彩を描いている。
第一章の終わりを告げるような、深い夜。
彰人は、初めて「明日」が来ることを、恐れずに受け入れようとしていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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