物語る。9
「おい、今日から第一師団塔で寝泊まりしろ」
「ええ……嫌ですって」
魔境部屋から退散し、第一調合室を掃除していたリリアナは、やって来たルキオの言葉に顔を歪めた。
「三日も団員詰所に寝泊まりしておいて、嫌だと?」
「そりゃあ、人知れず悠々自適だったから」
リリアナはルキオを一瞥し、これ見よがしにため息をつく。
『お前に見張られてたら嫌なんじゃい』ってな一瞥をくれてやったわけ。
「第一師団配属実力者と同室したい者は寄宿舎にいないってことでねえ」
カイトがそう言いながら、第一調合室に顔を出す。
新入りなのに、実力が上ではやりづらいのだろう。
第二師団が総力を上げ、第一師団ルキオの手を借りて捕まえたほどの者が、どんな者なのか、見極められないから。
あの第九師団の能無し女性魔術師たちと違って慎重なのだ。
「同室?」
「そう。本来なら魔術師団新入りは、寄宿舎で先輩魔術師と同室が慣習で、世話係になるはずだったんだよね。リリアナ君には第九師団の、あの者らがね」
「ああ! 水を浴びせたり、閉じ込めたりした低レベルな奴らがか」
「ちょっと、待って。水を浴びせられてたの?」
「言ってなかったっけ?」
リリアナは乾燥魔法をしたから、問題なかったと付け加えた。
「カイト、第三師団長に伝えておいてくれ」
「了解。これは、もう退団一択だね」
リリアナに水を浴びせたり、魔法具まで使って閉じ込めたり、ルキオに媚薬入りの食べ物を差し出したりもしたら、当然の処置だろう。
「私も一緒に退団とかどうかな」
リリアナはウキウキしながら言った。
「今、空耳がしたね、ルキオ」
「ああ、そうだな、カイト」
カイトとルキオが、リリアナのそれを聞き流した。
リリアナはガクッと項垂れて、掃除に戻った。
その日は渋々、第一調合室でリリアナは眠りについたのであった。
翌日。
「おい、出かけるぞ」
ルキオが第一調合室でダラダラ掃除しているリリアナに言った。
「イェーイ、いってらっしゃーい」
リリアナの表情がパッと華やいだ。
ルキオが出張れば、一人のんびりできるから。
「お前も一緒にだ」
一瞬にして、リリアナの顔つきがどんよりと変わる。
反して、ルキオの表情は楽しげだ。
「第一師団の仕事だ」
「あ、そういえば、第一師団って何を担ってんの?」
第二は外勤、第三は内勤といえるだろう。
各師団はそれぞれ役割を担っている。
魔法や魔術の研究だったり、魔法具の開発だったり修復だったり、素材調達だったりと多岐に渡って。
「各師団で手に負えないあらゆる事案の対処、設置魔法陣の綻びの補強と魔力の補充を担っている。今日は、第二師団の魔力補充だ。誰かさんが数ヶ月逃げ回ったせいで、魔術師たちの宝石や魔石がスッカラカンだとカイトから連絡を受けた」
ルキオがリリアナにニーッコリ笑む。
リリアナは引きつり笑いで応えた。
「さあ、行くぞ」
「……へーい」
リリアナは重い腰を上げ、ルキオの後を追った。
第二師団塔に入ると、カイトが出迎えた。
「おっ、リリアナ君、制服似合ってるね」
リリアナは首を竦めて、周囲を窺う。
魔術師団員がカイトの背後で整列しているから。
居心地が悪かったのだ。
リリアナは感覚で掴んでいる。
自然に、視線は捉えていた。
リリアナを追いつめた四方位の魔法陣の魔術師を。
つまり、カイトの他三名を。
「流石、リリアナ君だね」
リリアナが瞬時に捉えたそれに、カイトが反応した。
「第二師団は現在僕を入れて十六名」
カイトが背後の団員らに目配せする。
団員らは軽く会釈した。
「リリアナです」
リリアナも名乗って頭を下げる。
団員らは、肌感で掴んだリリアナの魔力に頷いている。
カイトが『だろ?』と言わんばかりの視線を団員らに向けていた。
元より、リリアナを数ヶ月追った第二師団は、リリアナの実力をわかっていた。リリアナを目の前にして、納得したことだろう。
「やっと、会えた。恥ずかしがりやの子猫ちゃんに」
いきなり団員の中から出てきたそいつは、リリアナに弾ける笑みを向けると同時にウィンクをキメた。
「どうか、お見知りおきを。私は、第二師団の副師団長セレス。ルキオ師団長に次ぐクランツ二位の美丈夫がこの私。本当は、リリちゃんを私の魔法陣で保護したかった」
リリアナの前で跪いたセレスに、全身が拒否反応を示す。
確かに美丈夫だ。ルキオは近寄り難い人外的、セレスは親しみやすい貴公子といった感じ。
ほぼほぼ初対面のリリアナを、リリちゃん呼びし、恥ずかしがりやだの、子猫ちゃんだのと……寒イボもののセリフを口にしてくる。
そして、セレスは四方位魔法陣他三名のうちの一人。
リリアナは思わず、ルキオの背後に半身を隠した。
「リリちゃん?」
セレスが覗き込んできた。
「キッモ!」
それは、セレスに一撃を食らわせたらしい。
セレスが思考停止している。
「クックックッ、ね、リリアナ君って面白いでしょ?」
カイトが団員らに言った。
「ルキオとセレスの顔面に全く興味がないわけ」
普通なら、セレスの馴れ馴れしさは有効に働くだろう。いくら実力あれど、捕まって、クランツの魔術師団の中に放り込まれ、右も左もわからず心細かったならば。
キザなセリフで警戒心を解く心優しいお兄ちゃんで登場したのに、返された第一声は『キッモ!』である。
「……聞き間違いであってほしい」
セレスがリリアナをジッと見つめ、悲しそうな瞳で呟いた。
「ウッザ!」
「……なんだろう、この感覚は。拒絶経験がなさすぎて、逆に燃える……萌える、そそる?」
「ヒィッ!」
リリアナは完全に、ルキオの背後に隠れた。
「おい、セレス。もうそのへんにしておけ」
ルキオがリリアナを庇うようにして言った。
「アハハ、ごめんごめん」
セレスが立ち上がる。
まあ、要するにセレスの心遣いだったわけだが、リリアナに必要なかっただけ。
リリアナを追った第二師団が、捕らえられなかった逆恨みをしていないと、示したかった一興である。
「第二師団は、リリアナさんを歓迎するってことだから」
あの第九師団の女性魔術師らと違って、ということだ。
リリアナはルキオの背後から顔を出す。
セレスはまたウィンクした。
リリアナは引きつり笑いで応じておいた。
「じゃあ、セレスのイタい一人芝居は終わったことだし、さっそく仕事に戻ろうか」
「カイト師団長、そりゃないですって」
ルキオとリリアナはそんな第二師団の面々に続いた。
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