物語る。5
第一調合室の掃除に明け暮れた一日を過ごし、リリアナは寄宿舎へ向かった。
で、洗礼が待ち受けていた。
「今日からはあんたはここで寝泊まりよ」
リリアナに水をぶっかけた女性魔術師たちが、掃除道具部屋を顎でさす。
昨日はカイトの案内で相応の部屋だった。だが、今日はカイトはいない。そうなると、なわけ。
想定内といえば想定内だな、とリリアナは思った。
女性魔術師だけの寄宿舎だから。
華の園とはそういうものである。
「新入りだから、ねえ?」
わかってるでしょ? と言わんばかりの嘲笑つきだった。
リリアナは既視感を覚え、思い出す。新入りイビリって、ルキオと同じじゃねえか、と。
「さっさと、入りな!」
ドンッと背中を足蹴りされて、リリアナは掃除道具部屋へ押し込まれた。
ガチャンと施錠される。
魔術波動を感じ取った。どうやら、錠前は魔法具のようだ。
リリアナを出られないようにしたのだろう。
『明日から、こいつの代わりに第一師団に行けるんじゃない?』
『新入りは疲れで寝込んでるからってことにして、代わりにお手伝いを申し出るのよ』
『ルキオ様に会えるのね!』
リリアナはアホらしと思ったが、休める口実ができたなとも思いほくそ笑む。
掃除道具の箒を掴み、変わり身の魔法を施す。
箒は見事リリアナに変身した。
「これでよし」
リリアナ本人はというと、第一師団塔の団員詰所へ転移する。つまり、魔鏡部屋である。
「魔鏡部屋しか寝転べないもんね。他の部屋はガラクタ魔法具でいっぱいだし。応接室は気が気じゃない。第一調合室でもいいけど、ルキオの隣室は……」
リリアナは身震いした。
「あいつに気づかれずにコソコソするの面倒くさいし。魔鏡部屋なら、魔力探知も鏡で遮られるしね」
リリアナは大欠伸をして、ゴロンと床に寝転がった。
翌朝。
熟睡していたリリアナは、騒がしさに覚醒する。
「何さ、朝っぱらから……」
リリアナはソロリソロリと扉に耳を近づける。
『ル、キオ様……あの、だから』
その声に聞き覚えはあるし、顔もわかるけれど、名前は知らない。所属が第九師団だってことしか。
つまりは、第一師団塔にウキウキやって来たのだろう、昨日リリアナを掃除道具部屋へ閉じ込めた奴らが。否、リリアナは閉じ込められてはいないが。
『失せろ』
ルキオの声は、とんでもなく不機嫌だ。
『私たちでは力不足であるとわかっておりますが、この人数ならば、第一師団のお力になれるかと、なんでもお命じくださいませ。……新入り一人よりは、多くの手がありますわ!』
『失せろ』
不機嫌を通り越して、威圧的になった。
『あ、……でも』
『失せろ』
声に魔力が乗った。
『ヒッ』
ビリビリビリビリと魔力が雷のような音を奏でた。
『ヒィィィ』
あ、退散したな、とリリアナはまたソロリソロリと戻って、二度寝をかましたのだった。
ルキオは、冷ややかな視線のまま、出入口を閉めた。
「……疲れ?」
リリアナの昨日の様子を思い浮かべる。
確かに第一調合室の掃除に疲労していたように思う。
「仕方ない」
そう言って、五階の私室へ転移した。
ここ最近は、万能魔法薬の研究に時間を費やして、その他が手つかず状態。
ルキオは、高く積まれた書類に目を通すことにした。
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ーーーー
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没頭すると時間を忘れる。
第一師団塔出入口に誰かが訪れたことを知らせる魔法陣の発動で、ルキオは書類から目を離した。
「……どれくらい経った?」
窓の外はもう真っ暗になっていた。
ルキオは一階へと転移する。
魔術波動はカイトのものだと判別できている。
「よお、また没頭してたのか?」
カイトが入ってきた。
「ああ、ため込んだ書類の整理をな」
「そっちか。万能魔法薬ばっかに時間を費やしてたからたまってたんだろ? ところで、リリアナ君は?」
「ん? ああ……疲れが出たらしい。休むと、寄宿舎の雑魚が知らせに来て迷惑だった」
「ああ……雑魚ねえ……、ってか、リリアナ君が疲れ? まあ、確かにずっと追いかけ回され、最後にルキオが登場してやり合ったし、それもそうか。昨日は調合を?」
「いや……第一調合室の掃除をさせた」
「ルキオ、そりゃあ疲れもたまるって。それに、ここはクランツだから、魔力酔いもするだろうし。もう少し、考えてやってくれ」
クランツは魔法、魔術の国。
多くの魔力や魔術が溢れている。
城も五城の魔法陣が展開されているし、クランツ本国に初めて入国する魔法使いや魔術師は、それに酔ったりもする。
「あのちんちくりんの実力からしたら、そうは思わないけどな」
「ルキオ、結局リリアナ君の力を認めてるじゃん」
「うるさい。用事は?」
ルキオはカイトの手元を見た。
「ああ、これこれ。魔術師団の制服を持ってきた。リリアナ君が休みじゃ、サイズ確認できないな」
カイトが荷物を床に置く。
中には、サイズ違いが数枚入っている。
「明日にでも渡しておく」
「それで、第三師団長から伝言がある」
「なんだ?」
「リリアナ君には魔力と魔術だけじゃなく、別の何かを感じ取ったって」
「つまり?」
「魔法、魔術以外の何かが秘められている可能性があるってことらしい」
「野良独特の何かは私にもわかる。まあ、俗にいう継承魔力だろう。万能魔法薬を継いでいるし」
「ああ、僕もそう思ったんだが、第三師団長はしっくりこないと考え込んでいた」
「珍しいな、第三師団長が判断できないのは」
「そう。だから、ちゃんとリリアナ君を預かってくれ。くれぐれもやり合うなよ」
「……善処する」
ルキオの返答にカイトが苦笑した。
「ルキオが地でやり合える貴重な存在だよね、リリアナ君って。だいたい、ほとんどの女性がルキオの前じゃあ正気を保てず、堕ちるんだから」
「うるさい」
「はいはい。じゃあ、制服渡しといて」
カイトが出ていった。
ルキオは静かになった塔を見上げ、昨日、リリアナを案内した光景を思い浮かべる。
いつもの静けさが、少し寂しく思った。そんな感情に驚きを覚え、憮然とした表情を作る。
「六ヶ月の辛抱だ」
そう言って、荷物を手に取り私室へ転移したのだった。
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