物語る。31
リリアナと第三師団長は、第一師団塔から遠のく。
二人とも無言で歩を進めた。
「聖女様」
第三師団長が口火を切る。
「これから、どうするのですか?」
「クランツを出る」
「……そうですか」
「うん。そうしなきゃ、駄目だもん。封印した記憶の鍵じゃんか、私ってさ」
リリアナは赤い宝石を優しく手で包んだ。
第三師団長がそれを見て口を開く。
「この奇跡が認知されないことに……、私は胸に引っかかりを覚えます」
「それが奇跡なんだよ。本当の奇跡はそういうもの。奇跡が起こったことを知らないで、日常が進んで軌跡を紡いでいく。認知される奇跡は奇跡じゃないよ。それは、努力の結晶って言うんじゃないの?」
第三師団長がリリアナの言葉を噛み締めている。
「成せたことは、奇跡じゃなく必然。掴み取った運命(努力の結晶)とでもいうんでしょうか?」
「かもね」
リリアナと第三師団長は頷き合う。
「どこへ向かうのか、お訊ねしても?」
リリアナは首を横に振った。
「そうですか。では、どう聖女様とご連絡をすればよろしいのでしょう?」
「小屋に合図を残して」
「わかりました。私が奇跡の日常を見守ります」
「ごめんね、第三師団長。この軌跡をちゃんと紡いでいく番人になってほしいの」
「聖女様の仰せのままに」
第三師団長がリリアナに深く頭を下げた。
「ありがとう」
ガサガサ
茂みから音がした。
ニャーゴ
黒猫が現れる。
リリアナはフッと笑った。
「おいで」
黒猫はタッタッタッとリリアナの足下に擦り寄る。
「迎えが来たみたい」
第三師団長が黒猫をジッと見た。
黒猫は、シャーッと威嚇する。
「視ないであげてよ。魔女の黒猫なんだから」
リリアナは第三師団長の魔眼を止めた。
「もう行かれますか?」
「うん」
黒猫が茂みに入る。
リリアナはその後を追った。
だが、少し進み振り返る。
まだ、第三師団長が見送っている。
「箒」
「箒?」
第三師団長が首を傾げた。
「ニセッキオ、置いてきちゃった」
リリアナは心残りを第三師団長に託す。
「ルキオにへし折られないように、回収してくれる?」
第三師団長が笑って頷いた。
「箒を小屋に残す合図にします」
「うん!」
リリアナは軽く手をあげて、茂みの奥でスッと消えた。
ニャーゴ
黒猫が鳴く。
リリアナは屈んで、黒猫の額をチョンと突く。
ぼわん、と一瞬の空気の揺らぎ。
そこに人影が現れる。
「嬢ちゃん、これを渡すように頼まれた」
そこにいたのは、馴染みの行商人。
師匠が助けた行商人。
行商人が毛布をリリアナに投げる。
「これ!?」
「『みかわしの毛布』だ。可愛い姪っ子の状況を義兄と義姉に伝えたら、持っていってくれってさ。それを被って帰ってくればいいって」
「師匠がとと様とかか様に託したっていう毛布だよね」
聖女の母と、聖女の妹がいる双子の父を、彼の国の追っ手から逃がした師匠の話は、小さい頃からリリアナはよく耳にしていた。
頭からスッポリ被ると、姿が消える『みかわしの毛布』のおかげで父と母は腐海の森まで辿り着けたと。
だから、その師匠の元での修行が決まったとき、リリアナはとても嬉しかった。
「ああ、皆嬢ちゃんの帰りを待ってる」
行商人が毛布に顔を埋めるリリアナの頭をグーリグリと撫でた。
行商人は黒猫でもあり、リリアナの叔父さんでもある。父の双子の妹の連れ合いだからだ。
リリアナの聖女としての血は濃い。
聖女と聖女の血筋から生まれたから。
「修行は終わりだ。……辛かったな」
「ううん」
ルキオと出会ったことを、辛いことだと思いたくないから。
「じゃあ……強くなったな」
「元々強いわよ!」
リリアナは毛布から顔を上げる。
「あー言えばこう言う、全く減らず口だな」
「うん、よく言われた」
ーールキオに。
リリアナは泣き顔を隠すように、みかわしの毛布を頭からスッポリ被った。
リリアナの姿は消える。
その日を境にクランツからも。
ルキオは日々違和感を募らせていた。
明確に口にできないそれがなんなのかわからず、信頼する第三師団長に視てもらうも、問題ないと言われる。
そして、今日明確に気づいたことが一つ。
あの二年にも及んだ『呪い』の記憶が曖昧なのだ。
ただ、『呪い』を受けてしまい、戦い続け、『呪い返し』をした、というストーリーを記憶しているだけ。
その詳細を思い出せない。
それでまた第三師団長を喚んだ。
「……それは、『呪い返し』の副作用でしょう」
「副作用?」
「はい。呪いを返したので、呪いの影響も返却された、と考えられます。ルキオ師団長の呪い返しが完璧だったとも言えましょう」
「そうか」
納得はするがやはりスッキリしない。
「他に何か違和感は?」
第三師団長がルキオを気遣う。
そのとき、あの日の光景が頭に浮かんだ。
同じように第三師団長がルキオを気遣っていた背後に隠れた者の姿が。
「あの縁者は」
ツキン
頭に痛みが走る。
いや、痛みではない。
キラッと光った感じ。
あれ? さっき何を口走ったのだ……とルキオは頭を軽く振る。
「気分転換をしてはいかがでしょうか?」
「気分転換か……」
「明日から、新領域を第二、第四師団合同で調査します。先にルキオ師団長が『魔力溜まり』の場所を調査してくださったあの山です。第四師団長マルロー様がナチャンに婿入りすることが決まりましたので、最後の仕事となりましょう。ご一緒しては?」
第二王子であり第四師団長マルローは、素材探求を深めたく宝石を排出するナチャンのベイリー姫と婚姻話が進んでいる。
本来なら、第二王子としてクランツに留まってほしいのだが、本人たっての希望と、ナチャンの歓迎により、両国がより強固に繋がると踏んで、本決まりとなった。
何より、いくら操られていたとはいえ、『呪い』を運んだベイリー姫が、ルキオの視界に入るような輿入れは、クランツとしても許容できないと察したマルローの賢明な判断だった。
「マルローは一本気な男だな」
「はい」
導きが正しければ、足を踏み外さない奇跡の日常が紡がれるのだ、と第三師団長は実感する。これこそが、奇跡だと。
だが、第三師団長もルキオ同様にスッキリはしていない。
だから、新領域を勧めたのだ。
本当は奇跡の番人として、あの記憶を引き出すようなことを、避けるようにすべきなのかもしれない。
だが……期待した。ーー奇跡を、と。
リリアナの奇跡とは、また別の奇跡を、第三師団長は望んでいた。
リリアナにできた奇跡を、同等の力を持つルキオにもできないはずはないと、期待している。奇跡の番人としては、それを望んではいけないと理解していながら。
もしくは、リリアナ的に言うなら、ルキオなら成せるはず、奇跡と軌跡、二つ運命を掴み取ることが。
「行ってみるか」
ルキオは第三師団長の提案に乗る。
なぜか胸が熱くなる。
やはり、おかしいとルキオは感じた。
自分の中から、何かが訴えているかのように感じる。
「胸のつかえが取れるかもしれませんよ」
第三師団長の言葉に、ルキオは頷いた。
「あ、それで……その間に、第一師団塔の魔法具を点検したく思います。呪具が紛れ込んでいないかどうかを。私だけで行いますので」
「それなら、いいだろう」
第三師団長なら第一師団塔を預けても構わない。ルキオは、了承した。
これで、リリアナとの約束を果たせると、第三師団長は箒回収の目処がつき、ホッとする。
「呪具か……」
ルキオは首元のそれに手を触れる。
真っ赤な宝石のネックレスに。
『古魔女の呪いの宝石』は赤く輝いている。
「これが呪具であったとは、思えない」
ルキオを苦しめたブツであるのに、所持さえ忌むのが普通であるのに、肌見放さず首元にある。
反対に外そうとすれば、苦しくなる。
外すことができないのだ。
「はい。すでに呪いの影響は消され、本来の美しさを取り戻しているので」
第三師団長は軌跡を紡ぐ。
それが奇跡の番人の役割だから。
リリアナが起こした奇跡の矛盾や隙間を、奇跡の番人が紡ぎ補っていく。奇跡の日常が軌跡となるように。
「ルキオ師団長の魔力と相性が良いのでしょう」
「ああ。……赤いのに、金色に見えるときがあるほど、綺麗で心落ち着く」
「そう、ですか……」
第三師団長が微笑む。
無意識で、ルキオがリリアナを感じ取っているのだ、と。
それが、第三師団長の胸を締め付けていた。




