物語る。28
「……」
第三師団長が無言でリリアナを出迎えた。
突然の転移にもかかわらず、第三師団長は冷静だった。いや、膝をついてリリアナに頭を下げる、「聖女様」と。
「やっぱりバレちゃった?」
第二調合室の分析爆発の粉塵を解析鑑定したのだろう。
「クランツが『ドンッ』と滅ぼした彼の国は、二昔前は聖女の国と称えられていたと書物で確認しました」
「うん、そうだね。私の師匠も王家に召されて、散々な目にあったって。戦が終わると魔女だって糾弾されて、なんの力もない祈ってただけの貴族令嬢が聖女だなんてもてはやされてさ」
「そうでしたか」
「うん、そう。だから、師匠は城にいたずらしたの。張った結界を綻ばせたって。朽ちる種を蒔いたって言ってたけど」
リリアナは第三師団長に続きを促す。
「そのおかげで、ありがたくクランツが容易く『ドンッ』とやれました」
「だね。第三師団長は視えてたでしょ、綻びが」
第三師団長が頷く。
「立ってちょうだい。話しづらいわ」
「はっ」
そこで、リリアナと第三師団長は軽く会釈した。
「単刀直入に言うわね。『呪い祓い』をするわ」
「ご存じでしたか? いえ、愚問でした」
リリアナは、ルキオとともに過ごしているのだから。
「うん。でも、『呪い』を詳しく知りたくてここに来た。第三師団長の目は間違いないから。この『呪い祓い』は第三師団長が絶対必要なの」
「聖女様の仰せのままに」
第三師団長が口を開く。
「ルキオ師団長にかけられた『呪い』は『茨の棘』というものです。心の臓に埋め込まれた呪いの種が、茨の棘蔦となって、全身を絡め取って締め付けるというもの。激痛が続きます。ルキオ師団長でなければ……耐えられるものではありません。普通なら、呪いの発動者に屈することでしょう」
リリアナは熱くなる瞳をグッと堪えて頷く。
「呪いをかけた者は、ナチャン国ベイリー姫。第二王子マルロー様の元婚約者です。ルキオ師団長に執着し、婚約は流れました。もちろん、ルキオ師団長はベイリー姫になびくことなく。ベイリー姫はルキオ師団長の髪を手に入れ、呪いをかけました。自身の想いが叶えば解呪されると迫って。それが二年ほど前のことです」
第三師団長が一息入れる。
「呪い返しは可能でしたが、ナチャン国から懇願されまして。ある意味姫を葬ることになるので、国家間の問題にもなります。さらに、クランツはナチャンから宝石を輸入していますから、ルキオ師団長だけに我慢を強いる形に収まっていました。運良くと言いましょうか、この呪いは拙く、未熟なもので、遠くにベイリー姫がいれば、呪い発動の頻度が低いものでしたので」
月に二、三度の頻度だったと、第三師団長が言った。
ここまでは、リリアナもカイトから聞いている。
「それが、このタイミングでナチャンが動きました。いつでも、呪い返しができる状態であること、『ドンッ』と一国を崩壊させる力を見せられたことが原因でしょう。ベイリー姫の結婚が決まったといって、呪い返しをしない『魔法契約』をクランツ申し入れてきました」
「だから、姫まで引き連れてなのね。ううん、それを口実に、なのでしょうね」
『魔法契約』は当人同士がいなければ成立しないから。ルキオに会うがためだ。
「はい。ですが、ルキオ師団長は『魔法契約』は断り、ベイリー姫を視界の隅にでも入れようものなら、呪い返しをすると宣言し、第一師団塔に封鎖魔法を展開させて籠もったというわけです」
流れが掴めたリリアナは頷いた。
「ここからは、面談の内容になります。ルキオ師団長の意向を伝えますと、ベイリー姫は会えぬままなら、未来永劫苦しませると発狂しました」
「ルキオは私室に籠っていたわ」
第三師団長が目を伏せる。
「ベイリー姫が近い状態ですので……その念は、断続的に呪いとなって襲っていたことかと」
リリアナは知っている。
上着を湿らすほどの呪いに一人耐えていたルキオを。
「そして、……
第三師団長が面談内容の詳細を続ける。
リリアナはジッと耳を傾けた。
***
ベイリー姫の心の平安こそが呪いを軽減させる。一見させてくれ。ひと声かけてくれ。
被害者が謝罪もしない加害者になぜ気を遣う必要があるのだ? いつでも、呪い返しや『ドンッ』できる。我慢を強いられているのはこちらだ。
謝罪する。本人に。
ああ、してもらおう。マルローに。
ナチャンの一計。
婚約を元通りにと。
マルローに迫るベイリー姫。
婿入りすることしか受け入れないとマルロー。それで、一目の機会を得られるぞ、と囁く。
第一師団長には寝食ともにするご執心の団員がいると、マルローが告げて。
本心をさらけ出しマルローを突き放すベイリー姫。
マルローがベイリー姫を煽る。
***
……もっと、憎め! 苦しめてやれ! と叫ばれ……、マルロー様も心を壊されました」
リリアナは思った。
小屋にルキオを避難させて正解だったと。
「初回の面談から、毎日マルロー様がベイリー姫を第一師団塔に案内する日々になりました。憎悪の念を封鎖魔法の外からずっと……」
第三師団長が言い淀む。
「私たちでは、何もできませんでした。いえ、決着をつけるべきだ、とアルカロ王太子殿下が判断し、傍観することにしたのです」
「うん。わかってる。第三師団長には視えていたのでしょ?」
第三師団長がフッと頬を緩ませた。
第一師団塔に、ルキオとリリアナがいないと第三師団長は見破っていたのだ。
「ベイリー姫は赤い宝石にルキオ師団長の髪を封印して肌見放さず持っています。呪い始動の素材、ルキオ師団長と繋がっていることを実感する戦利品として」
「そう……取り戻さなきゃね。ルキオも、ルキオの日常も」
リリアナはグッと腹に力を込めた。
意を決して、口を開く。
「『呪い祓い』は……、祓った記憶さえもなくし、日常に戻すことなの」
「……どういうことですか?」
第三師団長にしては、珍しく戸惑った声だった。
「呪いを祓う。それは、ルキオの呪いを祓うことだけじゃないわ。その姫も第二王子も、呪いで狂わされた者たちを祓うことになる」
「……すみません。わかりません」
第三師団長が申し訳なさそうに、リリアナを窺った。
リリアナは苦笑いする。
「だよね。うん、一番ハッキリしてることは、祓った後に皆の記憶から私が消える。『呪い』があったことだけが残り、私が紡いだ記憶に変わる。最適解の記憶にね。『祓った』ことさえ残らない。『呪い』が解決した状況から時が刻まれていくの。皆、日常に戻っていく」
第三師団長の顔が驚きに変わる。
そんなことが可能なのか、と。
「だから、魔眼を持つ第三師団長が必要なの。『呪い祓い』後に、私を認識できる第三師団長が」
そして、リリアナは第三師団長に『呪い祓い』の手順を伝えたのだった。
リリアナは魔法陣を展開させ、第三師団長と一緒に第一師団塔内へと転移した。
リリアナの魔法陣ならルキオの封鎖魔法を潜れるから。
「ルキオ!」
リリアナはドス黒い煙に覆われた寝台に駆け寄る。
すぐに、煙を祓い、聖女の力で『呪い』を抑え込む。
「……すまないな、第三師団長」
ルキオがそう言いながら、身体を起こして表情を緩ませる。ルキオの第三師団長への信頼だろう。
第三師団長が首を横に振った。
そして、視界に入ったその存在に第三師団長の視線が固まる。
ソファに足組して座るそれに。
「ニセッキオだよ。おいで」
リリアナはニセッキオを喚ぶ。
ニセッキオがスッと立ち上がると、スタスタ歩きリリアナに抱きついた。
「へへへ」
「っ、こいつへし折ってやる」
復活したルキオがニセッキオをリリアナから離した。
「箒、ですか?」と第三師団長。
「ご明察」
リリアナは頷いて、続けた。
「『呪い祓い』に必要なものは揃ったわ。ルキオとニセッキオ、魔眼の第三師団長と私聖女。そして、魔境が一枚。……元に戻ろう、日常に」
リリアナはルキオの手を握った。
ルキオがリリアナに微笑み、握り返す。
ーーこの笑みが続く日常に。その景色に私が居なくとも。私が苦しい記憶は持っていくから。
リリアナは、胸を締め付ける……茨の棘のような痛みを自身で押し込めた。
そんな二人の様子を、第三師団長がその瞳に留めていたのだった。




