物語る。26
リリアナは嬉しかった。
久しぶりに、この小屋で二人で過ごせる温かさに浸る。
「召し上げれ!」
作ったのは薬草粥。
材料がないからそれしか作れなかった。
ルキオと一緒に質素な食卓を囲む。
ルキオが恐る恐る口に運ぶのを眺めて、反応を窺う。
「まあ……上手い」
リリアナの圧にルキオが答えた。
リリアナも粥を掬って口に入れた。
「普通じゃん」
「普通に勝る物はない」
「褒めてる?」
「普通だな」
ループさせたルキオの返答に、リリアナは笑った。
「明日には食料が届くはず。師匠の魔法具で依頼しといた」
「伝達魔法の魔法具版か?」
「そう。こんな山奥だからさ。ご用聞きと繋がってる」
「本当に、その師匠と会ってみたかったな」
うん、私も会いたいよ、とリリアナは師匠に思いを馳せた。
そして、夜の訪れとともに、寝床問題が発生する。
畳んで吊るされていたハンモックは、暖炉に近い場所と、出入り口に近い場所とに分かれている。
「私が暖炉の方だし!」
「お客が暖炉の方だろ!」
リリアナとルキオは言い合った。
「はあ、仕方ないか。弟子には譲ってあげるよ」
「ああん?」
「暖炉横をねだるひ弱な弟子にはね」
リリアナは両掌を天に向けて、肩を竦めてみせる。
もちろん、ルキオのこめかみに青筋が浮かんだ。
「おねんねしなよ、おやすみ。うわっ、ちょ」
ルキオがリリアナを抱き上げ、暖炉横のハンモックに乗せる。
「明日は交換だからな」
ぶっきらぼうに言って、ルキオが出入り口横のハンモックに向かう。
リリアナは『へへへ』と嬉しそうに笑う。
「おやすみ、ルキオ。良い夢を」
リリアナはパチンと指を鳴らす。
小屋の明かりは暖炉の灯火だけになった。
夜だけは安心できる。
あの女も寝るからだ。
『呪い』はあの女の想いの凝縮。ルキオを想う昼間にしかやってこない。
ルキオは揺れるハンモックでうつらうつらしていた。
「……し……しょ……、ぃゃ……、ぃかない、……で……ゃだぁ……」
リリアナの悲痛な声にサッとハンモックを下りる。
暖炉の灯火で浮かぶリリアナの目から涙が流れていた。
悲痛に歪む表情と、宙に伸びる手。
ルキオはリリアナの手を掴んだ。
「し、しょ……」
「お前こそ、良い夢を見ろよ」
ルキオはリリアナの涙を掬う。
「っとに、やせ我慢か」
優しく頭を撫でた。
リリアナの顔が安堵に変わっていく。
「……一人は、一人で耐えるのはきついよな」
お前も一緒なんだな、とルキオはリリアナの額に唇を落とす。
そして、ハッとした。
今、自分は何をした? と。
「ル……キィ、オ、……フェへへ」
ルキオの握った手を、リリアナが胸に引き寄せた。
ルキオはされるがままだ。
「ここに……、ぃて……ね」
「……ああ」
ルキオはリリアナが深い眠りに入るまで、見守っていた。
翌朝、パタンと扉が閉まる音で目覚める。
ルキオはリリアナの姿を真っ先に確認する。居ない!
飛び起きて、ハンモックを下り、出入り口の扉を開けた。
「あ、ルキオ、おはよう」とリリアナ。
「お久しぶりです」と男。
一度会ったことがある行商人が、大荷物で立っていた。
「食料ですぜ、旦那」
「旦那?」
「へい。とりあえず、中に運びます」
「あ、ああ」
ルキオは、出入り口から外に出た。
途端に、ギシ……ギシギシ……とあれが始まる。
「っ、ん」
表情を取り繕えない。
「旦那、朝日で目を潰しますぜ、中に入ってくれよ」
「ああ」
行商人の言葉に助けられる。
ルキオは目に手を当てて、さっきのあれを誤魔化すように小屋に入った。
やはり、この小屋は何かの守護が巡らされているようだ。
『呪い』はルキオの中に小さくなって引き返し、燻っている。
「はああぁぁーー」
行商人が大きな息を盛大に吐いた。
「お師匠様の聖域は、やっぱり身体が回復するぜ」
「聖域?」
「まあ、結界のようなものだとさ。常人の俺にはわからんが、ここはそういう場だ。旦那もそう感じるだろ?」
「まあ、な」
そこで、ルキオはリリアナがいないことに気づく。
「ジンジャー畑に行ってるって。畑って言っても、小屋裏の家庭菜園だけど。お師匠様が大事にしてた畑さ」
行商人がルキオの心配を察した。
ルキオはホッとしたが、それでもリリアナが視界に存在しないことが、何かしっくりこない。
バタン
勝手口から扉が閉まる音がした。
「あれ? まだ、食料奥に運んでなかったの?」
リリアナの姿にホッとする。
ルキオは行商人の荷物に手を伸ばす。
「いい、いいって。旦那は座っててくだせい。こりゃあ、俺の仕事ですから」
行商人が奥へ入っていった。
代わりにリリアナが出てきてカップをルキオに渡す。
「ごめん、白湯だけど」
「いただく」
「ねえ、旦那様」
「ブッフォ」
ルキオは白湯を噴き出した。
リリアナがいたずらが成功したような顔で笑っている。
「お前、ふざけやがって」
ルキオはリリアナの頬を摘んだ。
「ひゃめてぇ」
リリアナもルキオの脇腹を摘んで反撃してくる。
「はいはい、仲がよろしいことで。俺はさっさと退散するぜ」
行商人が奥から出てきた。
ルキオとリリアナはパッと手を戻し、見つめ合う。
互いに、お前が悪いとでも言わんばかりの感じで。
「じゃあ、これ早急に頼んだぜ」
行商人がルキオに紙を押し付けた。
「これは?」
「まさか、ただで食料をもらえるとでも?」
ルキオは紙を見る。
一般的魔法薬が個数まで指定されて記されていた。
「まあ、これなら三、四日あればできるかな」
リリアナがルキオの持つ紙を覗き込んで言った。
「じゃあなあ、また来る」
行商人が出て行った。
「じゃあ、ルキオも頑張って」
リリアナも出ていこうとする。
ルキオはもちろん、リリアナの首根っこを掴んだ。
「なぜ、お前も出ていく?」
「え? だって、それ渡されたのルキオじゃん」
行商人のメモは確かにルキオの渡された。
リリアナが調合器機を指さす。
「そこでやってね。風邪薬の素材は押収されてないし」
「なぜ、私だけが? お前だって、食料使うだろ?」
「もちろん。だから、分担作業。私が素材採ってくるから、ルキオは調合。ルキオは、この山の素材場知らないじゃんか」
「まあ、そうだが……」
ルキオは考える。
確かに合理的だし、何より外に出ると『呪い』を受ける。小屋にいた方がいい。
……だが、ルキオに都合が良すぎる展開だ。
「一緒に出れば、山の案内もできるだろ?」
「夜にしようと思ってたけど」
「夜に?」
「うん。星空の下でデートだよ、旦那様。ウッフン」
リリアナが両手で投げキッスをかましてくる。
ルキオはポーンとリリアナを外に放り出した。
「さっさと行ってこい!」
小屋から笑って見送った。
リリアナが軽やかに森に消える。
「……星空か。星図、星の位置で正確に魔力溜まりがわかる」
ルキオなら一度行けば、魔力溜まりの場所を覚えられるが、魔術師団員はそうはいかない。
魔力溜まりに魔法陣での転移など危険だろうし、この小屋がクランツ本国から唯一の転移場になるはず。
「素直じゃないな。おちょくって、おちゃらけて……だが、私が気づくともわかっている」
ルキオはフッと笑って、調合に取りかかった。




