物語る。20
第二調合室の掃除を始めて三日。
第三師団の手伝いもあり、元の状態に戻っていた。
セレスが三角巾、マスク、エプロン姿で、最後のチェックをしている。
「うん、粉塵は全部回収できた」
綺麗になった第二調合室を見回して、セレスが言った。
「はあー、やっと終わった……」
リリアナの体の力がダラーンと抜ける。
「それでさ、リリアナさん」
「ん?」
セレスが粉塵を掃き溜めた袋を三つほど掲げた。
「これ、第三師団でもらっていい? 師団長に指示されたんだ」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。変わりに欲しいものある?」
「箒を一本」
箒を手にするリリアナの返答にセレスが笑う。
「どうぞどうぞ」
リリアナと同じ返答をセレスがした。
「ルキオ!」
リリアナがルキオを呼ぶ。
「なんだ?」
第一調合室からルキオが顔を出す。
どちらの調合室も爆発で扉はない。
「これ、セレスに貰った私の箒だし!」
リリアナがふんぞり返っている。
ルキオは箒一本で誇らしげなリリアナを呆れたように眺める。
「そうか、良かったな。その調子で、魔法具の仕分けをしてくれ」
「ルキオも何かくれる?」
リリアナが目をキラキラさせて訊くものだから、ルキオは応えざるをえない。
「ああ。階の三部屋片付ける毎に、好きな物を一つくれてやる」
「ヨッシャー」
リリアナのそんな様子に、ルキオは気持ちを静めることができていた。
リリアナの存在が、あの女のことから気を紛れさせてくれるから。
「それでは、ルキオ師団長、我々はこの辺で」
セレスと第三師団が第一師団塔を後にした。
「ねえ、ルキオ。今度は私が第二調合室でいいの?」
リリアナが第一調合室を覗く。
「まあな。といっても、お前はほとんど魔境部屋に入り浸っているだろ?」
「まあね。ねえ」
「なんだ?」
ルキオは警戒する。
何か訊かれたら……どう答えようか決めていないから。
「小屋に行ってきていい?」
「……何をしに?」
身構えていた質問でないことに、安心した。
「荒らされたままだろうし、整えたいから」
「そう、だったな。いいだろう」
「じゃあ、行ってくる」
「一緒に行くぞ」
「言うと思った」
リリアナがニッと笑った。
このとき、二人は自然に手を繋げて転移していた。
第三師団はルキオが魔法を使っていないから、観測できていなかったはず。
リリアナがルキオの制限を解いたようなものである。あの女も知らない山奥の小屋で、ルキオは気を休めることができる。
視界は一瞬で変わる。
山奥の小屋に。
リリアナが残した貼り紙が消えている。
行商人が訪れたようだ。
「荒れてるけど、どうぞー」
リリアナが小屋に入っていき、ルキオを招く。
ルキオは第四師団が荒らしたままの小屋に足を踏み入れた。
「酷いな」
「だね」
ルキオは惨状に眉を寄せる。
「でも、大丈夫」
リリアナが飾られている砂時計を手にして、ルキオに見せつける。
「師匠の魔法具だよ」
リリアナが砂時計を反転させた。
途端に、散らばった物が浮かび動き出す。
「これは!?」
ルキオはその光景に思わず見とれる。
「元通りになる魔法。押収品は戻ってこないけど、ここに残されていた物は元通り」
まさに、魔法の真髄が展開されていた。
ルキオはしばしその光景を眺める。
一番最後に木っ端みじんになった出入口の扉が元通りになる様子を見て、ルキオは感嘆を漏らした。
「うん、これでよし」
リリアナの声にハッとした。
「お前の師匠って」
「うん。すごいでしょ!」
「ああ、会ってみたかった」
もしかしたら、『呪い』を解呪する方法を知っていたかもしれない。
「ルキオ?」
顔が曇っていたのだろうか、リリアナがルキオを覗き込んでいる。
「第四師団は、お宝を逃がしたわけだな」
ルキオは誤魔化すように、砂時計を見つめた。
「そ、だね。調合すればできる薬や採集すれば得られる素材なんか、別に取られたって問題ないし。座ってよ、お茶淹れてくる」
リリアナが奥へ消えた。
台所に繋がるのだろう。
再度、小屋を見回す。
「何か……感じるが……、悪くはない」
本当に小さな小屋だ。
出入口を入って暖炉のあるリビング。こじんまりしたテーブルと椅子が二脚。
壁には薬棚と素材棚。その前の長テーブルに調合器機。
天井は素材を吊るしてあった痕跡と畳まれたハンモック。
そこかしこにある第四師団が気づかなかった置物のような魔法具たち。
「魔女の隠れ家」
ルキオは思わず呟いていた。
「師匠もそう言ってた。魔女は人里離れた山奥に住むものだって」
リリアナがお茶を持ってくる。
「師匠からお墨付きをもらったジンジャーティーだよ。飲んで」
ルキオは椅子に座ってティーカップを手にした。
生姜の香りが心身を巡る。
ズズズー
「お前、婆さんみたいだな」
ルキオはお茶を啜るリリアナに笑いが溢れる。
「うっさいなー。茶ぐらい好きに飲ませてよ」
フーフー ズズズー
ルキオはリリアナを真似てみた。
気が緩む。
ずっと、張り詰めていたから。
心地良い、と感じた。
「あ、そうそう、ルキオは小屋に出入りできるよ。元通りの最中に中に居たから」
「そう、か」
それが、リリアナの心遣いだと気づいたがルキオは黙ってお茶を飲んだ。
胸が温まる。
この逃げ場があることが。
「明日も来ていい?」
リリアナがそう言って手を伸ばす。
「私が一緒ならな」
ルキオはリリアナの伸ばした手を掴んで、第一師団塔へと戻ったのだった。




