物語る。2
「はあはあ……」
リリアナはただいま逃げ回っている。
馴染みの行商人を見送ってから、二ヶ月ほどが経っていた。
「しつこいな」
リリアナは周囲の気配に苛々を募らせる。
「諦めてくれないかな」
ここ一ヶ月のこと、なぜかは知らないが、リリアナに迫る気配を察知し、身を隠した。
リリアナは魔法使いだから、造作もない。
諦めもせず、ずっと、ずーっと、追っ手がリリアナを嗅ぎ回っている。
それも、日に日に能力持ちの追っ手が増えていた。
魔術師が追っ手に居るのだろう。魔力でなく魔術波動をリリアナは感じ取っている。
魔術を展開させ、本気でリリアナを追っているのだ。
絶対捕らえるぞっていう並々ならぬ執念を感じる。
「ヤバい、四方を囲まれた!」
四方位で魔法陣が発動する瞬間、リリアナは念じた。
『緊急避難術式発動!』
瞬時に視界が変わる。
リリアナはペタンと地面に腰を下ろした。
「本気でヤバかった」
四方位を魔術師で囲まれ魔法陣を展開させるなんて、完全にリリアナの動きを止めにかかっていた。
「八方位で囲まれでもしたら、逃げるの手間だなあ」
リリアナは、ネックレスの宝石を撫でる。
「残り五回か」
師匠曰く、魔法使いに緊急事態が起こらない一生はない。
「全く、そのとおりの展開じゃんかよ」
リリアナは項垂れる。
「なんで、追われてるんだろ?」
立ち上がったリリアナは、フゥーッと息を吐き出した。
そして、
ビクン!
と、背筋で感じた。
『居る! それも、とんでもない魔力持ちじゃん』
その存在に、背中がゾワゾワする。
「野良がまだ存在することに驚きだ」
男の声だった。
リリアナはゆっくり振り返る。
息を呑むような美丈夫がそこに立っていた。
リリアナは迷うことなく、あれを発動させる。
視界がまた変わった。
「ヤバい、あいつ、ヤバい奴じゃん!」
師匠にも負けず劣らずの魔力だった。
魔法使い独特の魔力も、魔術師独特の波動も持ち合わせていた。
「六回中、もう二回も使っちゃった。……いや、魔力充填すればいいんだよね」
リリアナは、ネックレスを持ち上げて宝石を眺めた。確かに、込められた魔力が減っている。
行ったことのある場への転移より、行ったことのない場への緊急避難は魔力を多く使うのだろう。
行き場所を設定しないから、安全な場所探知にまで魔力を使う。
と、そこで、
シュン
「おい、話をする前に消えるなよ。まあ、すばしっこいのは野良らしいけど」
「ゲッ」
リリアナの目前に美丈夫が再出現した。リリアナは、頬を引きつらせる。
「感知魔法を使った」
そんな説明いらないですが、とリリアナはある種冷静だった。
「一緒に来てもらうぞ、野良」
「ノラ?」
リリアナは小首を傾げる。
男は少し屈んで、リリアナと視線を合わせた。
端正な顔立ちが目と鼻の先にある。
「ここはもうクランツだ。ちゃんと、登録してもらう。野良のまま活動してもらっては困るんだ。わかったか?」
男は優しく微笑む。
自身の顔面が持つ効力を最大限生かした言動だ。
効果音があるなら、きっと、キラキラキラ、なんて感じの。
普通の女性なら、ポッとなって、コロッと堕ちて、フラフラとなびいて、無意識に頷くはずだ。
「あの……」
だが、リリアナは顔面偏差値の高い男の魅惑の笑みにも絆されない。
「人違いですよ。私はリリアナ。ノラって奴じゃないわ」
男の笑みが固まった。
「じゃあ、そういうことで」
リリアナは軽く手を上げて、踵を返す。
「チッ」
男の舌打ちが聞こえた。
「問答無用で連れていくことにした」
男の魔力がブワンと放出された。
リリアナも負けずに魔力を出して、男と対峙する。
「「……」」
互いに無言で睨み合った。
と、そこにフワッと魔法陣が現れる。
発光したその中に人影が浮かび上がった。
「ちょ、おいおいおい、どういう状況? 何やってんの、魔力の見せ合いっこでもしてんの?」
別の男だ。
この男の気配は追っ手の中にいたな、とリリアナは思った。だから、あれを発動させたのだ。
今日の追っ手は、完璧にリリアナを追いつめていた。この男の指揮だったからだろう。
加えて、突如現れたとんでもない美丈夫の魔力持ちといい、リリアナの面前に二人がいるわけ。
リリアナは、どうこの場を切り抜けようか、と思案している。規格外が一人ならまだしも、二人だから。
「ルキオ、魔力を抑えろって。君もさ」
どうやら、美丈夫はルキオというらしい。
「えーっと、僕はクランツ国、第三王子魔術師団長カイト。第二師団を率いている。で、こっちも魔術師団長ルキオ。第一師団を……いや、団員はルキオだけの唯我独尊を地でいく魔法使い兼魔術師。で、君は?」
自己紹介をしたカイトがリリアナに問うた。
「私はリリアナ。たぶん、魔法使い兼魔術師」
魔法使いと魔術師の違いは、生まれながらに魔力を持っている者が魔法使い。魔術を習得することで魔法陣を使いこなすのが魔術師。
簡単にいえば、先天性か後天性かの違い。
詳しく説明すれば、修行して自身の魔力を魔法化するのが魔法使い。
魔石宝石などを源にして、魔法陣を展開するのが魔術師である。
だから、魔術師は多くの宝石を身に纏う。
魔法の源が自身か、別にあるかってこと。
カイトは、指輪に腕輪に、イヤリングとピアス、ネックレス等が煌めく出で立ちだ。王子だからではない。カイトは魔術師になる。
リリアナとルキオは魔法使い兼魔術師だ。
魔法使いは魔法陣なく、魔法を発動できるが、魔法使いでも魔力量が少なければ、力を補填するため、魔石や宝石を多く身に纏うし、今や魔法陣が魔法の型として一般的になっている。
「まあ、クランツでは区別して呼ぶことはないから、皆魔術師だけど。魔法使いって言い方はしない。魔法使いの女性はさ、ちょっと、ほら、ね」
「魔女って言われちゃうから?」
魔女は奇異、畏怖の対象だったし、魔女狩りという迫害もされてきた過去がある。古い国では、まだそれが残っていたりするから、師匠は山奥暮らしだった。
「うん、そう。クランツでは皆魔術師登録をしてるんだ。魔力と魔術波動を登録するわけ。それによって、悪事に魔法なり魔法陣なりが使われたらわかる仕組みになってる」
「へえ。……あっ」
「わかってくれた? 今、ここはクランツになったから、リリアナ君も登録が必要なのさ。クランツ領域に出入りする者も登録が必須。だから、このまま野良活動されちゃうと、問題なんだよね」
「ノラ活動……ああっ!! ノラって、野良猫の野良だったのか」
リリアナはやっと合点がいった。
カイトがルキオを一瞥する。
「やっぱり、ちゃんと説明しなかったか」
ルキオがそっぽを向く。
「それなりに説明はした」
「ほんと、それ。いきなり、ノラ呼ばわりされたから、私リリアナだから、人違いだって言っちゃったし。なんか気持ち悪い作り笑顔なんか向けられちゃってさ」
「ブッハーハッハッハッ」
カイトが腹を抱えて笑った。
「野良のお前が逃げ回るから、俺が出張るはめになったんだ。嫌々ながらな!」
ルキオが眉間にしわを寄せ、憮然としながらリリアナに言った。それから、カイトを見る。
「さっさと帰還して、魔法薬の研究に戻りたいんだが」
「すまなかったな、ルキオ。緊急招集かけさせてもらった。でも、わかるだろ? リリアナ君はルキオがいなきゃ見失ってた」
カイトの視線がリリアナに向いた。
ルキオもリリアナを一瞥する。
リリアナは、なんとなく無意識に一歩後退った。
「逃げるなよ」
ルキオの言霊は魔力となり、リリアナの周囲を固めていた。
魔力の紋様が、リリアナの周りに浮かんでいる。さながら、羽虫のようだ。
ルキオのひと声で、リリアナを拘束される魔法陣になるだろう。
「消えてったら」
リリアナはルキオの魔力を手で祓う。それだけで無効化された。
ルキオの眉がピクッと反応した。少しばかりの驚きが表情に出たようだ。
カイトが『ヒュー』と口笛を吹く。
「ルキオを招集して、正解だった。ルキオと張り合えるなんて、リリアナ君はすごいな。それに……」
カイトがルキオを見る。
「この顔面に惹かれないなんてな」
リリアナもルキオを見た。
ルキオは心底嫌そうな表情だが、それさえも美しい。
「いえ、気にはなりますよ。『顔面偏差値の高さは魅了魔法か否か』って頭をかすめましたし。私には通用しなかったけど」
「ブッハッ! リリアナ君、面白い発想だね」
カイトがまたお腹を抱えて笑っている。
ルキオはますます眉間のしわを深めた。
「とりあえず、クランツ本国に移動しようか」
カイトがひとしきり笑った後に、地面に魔法陣を展開させた。
リリアナは観念して、そこに入る。
「発動!」
カイトの発動で魔法陣がフワッと発光し、一瞬にして景色が変わっていた。
「西の城かあ」
リリアナは白い旗がなびく城を見上げる。
亡くなった師匠から、あらゆる国の情報は教えてもらっている。
「よく知ってるね。クランツは中央と東西南北に城がある。まあ、そういう守りだし」
「防御の魔法陣?」
カイトが頷く。
一般的に設置型の魔法陣は普段は目に見えない仕様で、効力を発動するときに紋様が発現発光する。
クランツに攻撃を仕掛けても、五城の魔法陣が弾くことだろう。
「さてと、登録してもらうけど……連帯保証先をどうするか」
「連帯保証先?」
「一般的に言えば身元引受人だね。リリアナ君は野良魔術師だから、必要なんだよね」
「……そんな人いませんけど」
師匠は亡くなったし、血縁も近くにはいない。リリアナは、魔法の修行で師匠に預けられたから。
「うん、そうなると、どっかに所属してもらうしかないか……例えば、魔術師団とか。一年ほど奉仕勤務したら身元が保証される」
「ええ!? めっちゃ、嫌なんだけど。面倒だし、それならクランツを出国するって」
「待ってくれ!」
カイトがリリアナを止める。
リリアナが、今にもトンズラしようとしていたからだ。
「ある行商人の売った万能魔法薬がさ、今クランツを騒がせてる。効き目が異常に良いから。もしかしてリリアナ君が調合したんじゃない?」
「万能魔法薬……」
そういえば、二ヶ月ほど前に馴染みの行商人に売ったよな、とリリアナは思い出す。その行商人がクランツ本国に行くって言ってたことも。
「行商人を聴取したら、クランツ飛び地の山奥に住む魔法使いから仕入れたって」
「じゃあ、そうかもね」
「なら、ツテはある。ルキオがリリアナ君の身元引受人になってくれるだろう」
「あ、そういえば、あいつどこ?」
一緒に移動していないことに気づく。
「ルキオなら、第一師団塔に戻ったと思う。彼、最近魔法薬を研究してるんだ。身元引受人になってくれるかもよ」
「ルキオは嫌だな。カイトが身元引受人になってよ」
「僕がリリアナ君の身元引受人になったら、側近扱いになるよ? だって、僕は王子だし。一生、僕に侍る未来になるんだけど」
「……じゃあ、ルキオで」
嫌々ながらといった表情のリリアナに、カイトがプハッと笑う。
「じゃあ、って仕方ない感じで言うあたり、リリアナ君は本当に面白いね。さあ、行こうか」
リリアナはカイトに案内されて、第一師団塔へ向かうのだった。
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