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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第9話 獅ノ宮京介の戦い


 洞窟の空気が、急に重く感じる。


 ボスと黒服たちが奥へ進んでいったあと、この場に残ったのは、


 九十九穂高。

 黒瀬さん。


 そして俺――獅ノ宮京介。


 静寂というより、張り詰めた糸みたいな空気。


 戦うと決めて前に出たはずなのに、足の裏がじんわりと汗ばむ。


 だけど――逃げる気なんて、欠片もない。


 見ててください、ボス。

 俺……本当にやれるんですよ。


 拳を握る。

 喉がひりつく。

 胸が落ち着かないほど早く動いている。


 だけど、体は軽い。

 魔力はすでに脚に集めてある。


 穂高がゆっくり構えた。

 いや、構えたというより――ただ立っているだけだ。


 その落ち着きが、逆に癇に障る。


 なんなんだよ……。

 なんで怖がらねぇんだよ……。


「……行くぞッ!」


 地面を蹴った瞬間、視界が前へ流れた。


 脚部強化魔法――〈ブーストステップ〉。

 自分の中で最速を出せる魔法。


 そしてそのまま繰り出す蹴り動作は、俺にとって最速の攻撃。


 これを当てれば、ボスは絶対に振り向いてくれる。


 穂高の鼻先へ一直線。

 足底が、届く!


「ッ……!?」


 その刹那、

 

 俺の蹴りが空を切った。


 避けられたわけじゃない。

 そこにいなかった。


 一瞬で躱したのか?


 いや違う。

 歩いただけ。

 本当に一歩、横へ――奴はただずらしただけだった。


 嘘だろ……?

 あの速度を……?


 思考が追いつかない。


 体勢を崩し、足が滑る。


 慌てて踏みとどまりながら振り返ると――


 穂高は、静かに息を吐いていた。


 挑発もない。

 ドヤ顔もない。

 本当にただ、当然という空気。


「……それで終わりか?」


 その声が、心臓を掴んだ。


 なんでそんな冷静なんだよ。

 俺の攻撃が軽く見えるってのか?


 歯を食いしばる。


 まだだ……!

 まだ終わりじゃねぇ!


「はぁッ!!」


 今度はフェイントを混ぜる。

 右の踏み込み、フェイクの左、そこからの膝蹴り。


 動きの読み合いなら、クラスでも負けたことはない。

 動体視力にも自信がある。


 しかし穂高の動きは――


 ……見てる?


 まるで俺の攻撃全部を待っているかのようだった。


 膝が届く寸前、穂高の手がそっと触れた。


 軽い。

 あまりにも軽い接触。


 だけど――


「っ……ぐ……!」


 体勢が崩れた。

 膝が勝手に外に流れ、着地が乱れる。


 なんだ今の……!?

 なんで触れただけで……!


 崩れた体勢を立て直そうとした時、穂高の声が落ちた。


「焦るな。動きが散っている」


「黙れ……!」


 胸が焼けつくように熱い。


 なんだよ、それ。

 なんなんだよ、その言い方。


 俺が何年もかけて鍛え上げた動きより、アンタの方が強いってのか?


 ふざけんな……!


 俺の人生は、ボスに救われたあの日から全部捧げてきたんだ。


 ボスのために動くことだけが、俺の価値なんだ。


 だから俺は――


「次は……絶対に当てるッ!」


 両脚に力を込める。

 魔力が弾け、床石が粉を吹く。


 黒瀬さんがほんの僅かに眉を動かしたのが見えた。


 見てくれている。


 なら俺は――

 絶対に期待を裏切らない。


 俺を……認めさせるんだよ!!


 俺は再び踏み込み、洞窟の床を砕きながら穂高へ迫った――。


 当てる……!


 絶対に……!


 喉の奥が焼けるほど叫びたい衝動を、歯で噛み殺す。


 俺の全力を込めた踏み込み。

 脚部強化魔法〈ブーストステップ〉にさらに上乗せし、魔力を踵から一気に爆発させる。


 これが、俺の最速。


 穂高の視界へ瞬時に入り込む。


 今度こそ、避けられるわけが――


「……遅い」


 耳元で、穂高の声が落ちた。


 その瞬間、世界がねじれた。


「……っ!? がッ……!」


 視界が横に流れ、身体が壁へ叩きつけられる。

 痛む背中。

 息が止まる。


 何が起きた……?

 いつ、俺の横に回り込んだ?

 どうやって?


「勢いだけの踏み込みだ。脚と魔力の流れが一致していない」


 穂高は淡々と言う。


 説教じゃない。

 見下しでもない。

 ただ事実を述べているだけ。


 ……なんだよ。


 立ち上がろうとした膝が、笑ったようにガクンと落ちた。


 なんなんだよ……!


「まだやるか?」


 穂高の言葉が、胸に刺さる。


 やる。

 やらなきゃダメなんだ。


 ボスに認められる機会なんて、これが最後かもしれない。

 雑用ばかりで、何ひとつ役に立てなかった俺が――京介が、この獅ノ目組に必要だって証明できるチャンスなんだ。


 だから……!


「まだ……終わってねぇ!!」


 吠えるように立ち上がる。


 自分の声が震えてるのが分かる。


 恐怖?


 違う。

 これは悔しさだ。


 もう負けられない。

 俺の人生に、後がない。


「うおおおおッ!!」


 右拳を引き、魔力を集中。

 視界が赤くなるほど全力を込めた。


 殴り飛ばす――!


 だがその拳は、


「……ッ!?」


 穂高の手のひらに添えられただけで止まった。


 本当に触れただけ。


 でも次の瞬間、魔力が流れを逆流させられたように身体が脱力し――


「……う、そ……だろ……」


 拳が、崩れた。


「十分だ。これ以上は怪我をする」


 優しさでもなく、同情でもなく。

 ただ事実としての忠告。


 それが逆に、胸を締め付けた。


 なんでだよ……。


 必死に積み上げてきた努力。

 ボスのために生きてきた人生。

 すべてが、この男の前で粉々に砕けていく。


 なんで……勝てねぇんだよ……!


「っ……ああああぁぁぁ!!」


 俺は最後の力で殴りかかる。


 だが穂高は、ただ手刀で俺の肩を軽く叩いただけ。


 それだけで――


「っが……!」


 膝が折れ、地面に崩れ落ちた。


 なんだ、これ……。


 身体が……動かない。

 痛みじゃない。

 恐怖でもない。


 圧倒的な差を前にしたときの、絶望。


 そして理解する。

 俺じゃ、ボスの力にはなれない。


「……終わりか?」


 穂高の声が、遠くに聞こえた。


 奥歯を噛みしめる。

 視界が滲む。


 終わりなわけ……ねぇだろ……。


 這うように顔を上げる。


 黒瀬さんが、壁際で腕を組んで俺を見下ろしていた。


「黒瀬さん……」


 声が震えていた。

 情けないと思う暇もない。


「俺……俺一人じゃ無理でした……。だから、黒瀬さん……後は、お願い……しま、す」


 黒瀬さんは一歩、こちらへ近づいた。


 その目に、情は一切ない。


「……理解していないな」


「え……?」


「お前は失敗した。それだけだ」


 その瞬間、空気がズンと重くなる。


 ダンジョンの中で、黒瀬が手をかざしただけだった。

 

「っ……!? あ、体が……勝手に……!」


 重力操作魔法だ。


 俺は抗うように踏ん張ったが、


 引き寄せる力は強くなるばかり。


 黒瀬は一歩も動かない。


「く、黒瀬さん! 待って……待ってくださ――」


 バシッ!


 その瞬間、俺の首は黒瀬の掌にピッタリ収まった。

 黒瀬の握力により、俺の首が締め付けられる。


「が……っ、ぁ……っ……!」


 反射的に引き剥がそうとするが、ビクともしない。


「失敗した者に価値はない。お前はここで処分する」


 その力は、身が震えるほど重かった。


「……っ!?」


「獅堂様からの命令だ。お前が負けた場合は処理して構わないとな」


 世界が――崩れた。

 視界も徐々に歪みを見せる。


「なん……で……」


 すると黒瀬は無慈悲に言い放つ。


「勘違いするな。お前は所詮、使い捨ての駒だ」


 吐き気がした。

 呼吸が止まった。


 嘘……だ……ろ……?


 ボス……が……俺を……。

 殺していいって……?


 胸の奥で何かが崩れ、砕けた。


「その辺にしておけ」


 そのとき、穂高の声が落ちた。


 揺れる視界の中で振り返ると、穂高が静かに黒瀬へ歩み寄っていた。


「黙れ。これは組の処理だ。お前には関係ない」


「その処理とやらが気に食わない。ソイツ、京介は――ただ必死に生きようとしていただけだろ」


「コイツは自ら名乗り出た任務を失敗した。獅ノ目組にミスは許されない」


「器の小さな組織だな」


 穂高の声が、洞窟を震わせた。


「……なんだと?」


「その程度のミスを許容できないというのなら――お前たちボスの器も、底が知れたものだなと言っているんだ」


 黒瀬の気配が変わる。

 穂高へ向けて、殺気が剥き出しになった。


「……九十九穂高。先にお前から始末する」


 黒瀬は俺を投げ捨て、穂高と向き合う。


 黒瀬の魔力が膨れ上がる。

 地が割れ、空気が唸る。


 なんだ……あれ……。

 あんな黒瀬さん、見たことがない。


 怖い……身が震える。

 心の奥底に眠る本能が、ここにいちゃいけないと言っているような。


 だが穂高は――


 微動だにせず、平然と黒瀬と向き合っていた。

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