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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第8話 初めてのダンジョン


 車が砂利を巻き上げて止まった。


「着いたぞ。降りろ、九十九」


 隣の青年に言われるがまま、俺は車から外へ出る。


 ここは山のふもとにある、拓けた空き地のような場所だった。

 冷たい風が肌を撫で、目の前に揺らぐ青光の渦が現れる。


 ――ダンジョンゲート。


「……これが実物か」


 初めて見る現代のダンジョンは、山奥の自然とはまるで違う。

 空間が裂け、奥は霞のように揺れている。


 黒服たちが車から降りてくる。

 家の前にいた数よりも明らかに多い。

 

 そしてその中でひとり、他とは明らかに空気が違う男がいた。


 他の黒服がざわつき、周りをキョロキョロしている中――

 そいつだけは、まるで呼吸すら必要ないほど静かな佇まい。


 一歩も動かないのに圧がある。


 魔力量も並外れている。


 無言。

 無動。

 表情も読めないのに、背筋に圧だけを突き刺してくる。


 明らかに場の最強はあいつだ。


 おそらく現役冒険者の中でも、それなりに上位に位置するだろう。


「今回のダンジョンはE級。攻略自体は大したことねぇ。昨日も言ったが、狙いは最奥で採れる『紫鉱石しこうせき』だ。さっさと採って帰るぞ」


「「「はい!」」」


 ボスの前に整列する者と車の周りで佇む者で分かれている。


「黒瀬、もちろんお前はダンジョンへ来てもらうぞ」


「……承知しました」


 この場最強と思われる男――黒瀬というらしい。

 アイツはやっぱりダンジョンに来るのか。


「それと京介、お前もついてこい。経験だ」


「は、はい!!」


 無垢に喜ぶ笑み。

 乗車中、俺の隣にいた青年が攻略メンバーの横列に並ぶ。


 黒服たちの中で、攻略メンバーが決まったようだ。

 

「九十九、ビビってねぇでさっさと行けよ」


 攻略側の黒服が冷たく言い放ってくる。


「九十九、モンスター討伐はお前の役目なんだ。先頭、頼むぜ」


 ボスはニタリと満面に笑む。


「分かっている」

 

 俺は軽く息を整え、ゲートへ向き直った。


「ガキがどこまでもつか、実物だな」

「モンスターに出会った瞬間、泣き喚くんじゃねーか?」

「ははは、途中で食い殺されなきゃいいけど」


 黒服たちから嘲笑が聞こえる。


 まぁ好きなだけ言ってろ。

 俺にとって、お前たちの声など興味も関心もない。


 それよりも今は初めてのダンジョンという経験を、胸に刻みつけたいんだ。


 澄明の頃は、本当に修行しかしてこなかったからな。

 昔の俺は冒険者としての資格もなかったし、師匠にも実力が足りないと止められていた。


 だからこれは――穂高にとっても、澄明にとっても、初めての経験。


「いくか」

 

 俺は一切の迷いなく、空間に足を踏み入れていった。


 ――空間が裏返るような感覚が体にまとわりつく。



 * * *


 

 視界は洞窟へと切り替わった。

 湿った岩肌、ひんやりした空気。青い光苔が道を照らす。


「これがダンジョン内部か……」


 魔素が濃く、空気が重い。

 だが俺にとっては心地いいくらいだ。


 後ろから黒服たちが入り込んでくる。


 黒服たちは武器すら抜かず、ただ俺の後ろを談笑しながら歩くだけ。


 しかしその中で黒瀬だけは、黒服の中でも一番後方に位置し、静かに俺を見据えている。


 まるで俺の実力を観察しているかのように。

 

 その不気味さの中、通路の奥から気配が走る。


「来る――」


 タッタッタッタと、地を蹴る音と共に、二体のスモールウルフが現れた。


 サイズは中型犬程度。

 ブラウンの毛並みを靡かせながら、俺たちとの距離を縮ませてくる。


「き、きたぞ……っ!」


 黒服の焦燥した声。


 だが俺はゆっくり呼吸しながら手全体に魔力を集めた。


 ――カッ。


 一体目の首に触れるだけの掌打。

 それだけで、魔力が刃となって喉を裂く。


 ブシュッと血を噴き出し、すぐさま地に伏せた。


「な、なんだ今の……!」


「いや、スモールウルフなんてザコ、新人の冒険者でも余裕だろ。あのくらい一撃で……いや、さすがにあぁはいかない……か」


 ざわめきが広がる。


 二体目が左右に揺れながら飛び込んできたが――


(見える)


 跳躍前の肩の沈み、脚の伸び。すべてがスローモーションだ。


「せいっ」


 額へ膝を叩き込み、壁へ吹き飛ばす。


 黒服たちは呆然と、ただ見ていただけだった。


「アイツ……ただの学生じゃないだろ」

「バカいうな。たまたまだって」


 よし、手応えは十分だ。

 動きも大して速くない。

 このレベルなら、魔力コントロールだけで上手くいなしていけそうだな。


 それから俺たちはさらに奥へ進む。


 モンスターも似たようなレベルのものばかり。

 動きもそれほどだし、魔力の流れも単一。


 俺はほとんどのモンスターを一撃で屠っていった。

 

 そしてかなり奥まできたと思う。

 進むにつれ、妙な静けさが広がった。


 モンスターの気配もしばらく感じていない。


 ゴールに近づいているということか?


 そのとき。


「――この辺でいいだろう」


 後ろから低い声が響いた。


 振り返ると、黒服たちの背後から一歩前へ出た壮年の男――組のボスがいた。


 その声に、空気が微かに揺れる。


 洞窟を震わせるような重たい声に、黒服たちがビシッと背筋を伸ばす。


 深い皺を刻んだ笑みは、どこか人間味があって――深い闇を宿しているようだった。


「九十九、よくここまで死なずにこれたな」


 まるで散歩帰りの子どもでも褒めるような声でボスは言う。


 だが次の瞬間、目が笑いを完全に失った。


「――残念ながら、その命もここまでだ」


 周囲の黒服がククッと笑う。


「実はダンジョンの中ってのは外と違って無法地帯でなぁ。ここで誰が死のうと、日本の法は誰も裁けねぇんだよ」


「俺を殺して……どうするつもりだ」


 この場で俺を殺す意志は汲み取れた。

 だが、そんなことをするメリットが一切分からない。


 生かして金を払わせた方が、組的には良いと思うんだが。


「臓器一つでも売れりゃ立派な金になるだろ? 利子だってある程度回収できる。で、残りはお前の妹、アイツだ。あれはまだケツの青いガキだが、数年後には良い女になる。しばらくは女として、体で稼がせてもらうさ」


 笑い声が洞窟に反響する。


「さすがボス」

「やっぱり金だけじゃ満足出来ねぇよな」

「おもちゃが壊れるまで痛ぶるのが、俺たち獅ノ目組なんだよ!」


 今の言葉で全て理解した。

 コイツらは完全なる悪だ。


 この男は、俺たちの全てを壊そうとしている。


 そしてボスは指を鳴らし、


「黒瀬、お前はここに残って九十九の始末をしろ」


「……はい」


 黒瀬はゆっくり首を縦に振った。


「よし。残りのメンバーでこの奥にいくぞ。紫鉱石の回収だ!」


「「「はい!」」」


「ボ、ボス!」


 少年のような澄んだ声。

 黒服の中で一番の若者。


 あれは、俺の隣に座っていた青年。


「俺にやらせてください!」


 はっきりとした声だった。

 だが心の奥底にある魔力には、微細な震えがある。

 何らかの迷いがある証拠だ。


 ボスは口角を歪めた。


「……理由は?」


「ボスの……役に立ちたいんです!」


 その声は愚かだが、真っ直ぐだった。


 黒瀬が動かない中、ボスだけが楽しそうに笑う。


「いいだろう。やってみろ。黒瀬、お前は隣で見ててやれ」


 そして京介の肩に手を置いた。


「自分で名乗り出た以上……失敗したら分かってるよな?」


 囁く声は、氷のように冷たかった。


 京介の喉が震える。

 だが彼は――笑った。


「もちろんです、ボス」


 京介は震えた拳を握りしめ、俺のほうへ向き直った。


 黒瀬は無言のまま壁に寄りかかり、腕を組んで見物する体勢に入る。

 そんな黒瀬に、ボスは最後に囁くように耳打ちをしたのち、黒服たちと奥へ向かっていった。

 

 そしてこの場に残ったのは、俺、京介、黒瀬。

 空気が変わる。


 京介が拳を握って口を開く。


「お前には意味がわかんねぇだろ? 同じ冒険者学校の生徒がなんで、こんなことをしてるのか。自ら名乗り出てまで、殺しに加担するのか」


 同じ……生徒?

 歳が近いとは思っていたが、本当にそうだったのか。


「俺は……俺なりに正しいと思ってんだ! ボス、獅ノ宮獅童しのみやしどうは俺を拾ってくれた命の恩人。いくら役立たずだと罵られようが、生きてる価値がねぇと殺されかけようが関係ない。俺にとっては親も同然の御方なんだから。だから俺の居場所は、これからもずっとこの獅ノ目組。今ここで、俺の価値を証明してやる!」


 その瞳には曇りがない。


 これが目の前の男――京介の正義であり、人生の全て。

 彼なりの正解、生き様なんだ。


 だが俺には俺で、生きる理由がある。


 これはお互いの正しいがぶつかり合う『死合い』。


 その覚悟を持って、俺は京介を向かい合い、拳に力を入れた。

 

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