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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第6話 ランキングバトル


 放課後の廊下は、夕焼けがガラス越しに差し込み、床を赤く染めている。


 俺はランキングバトルの参加用紙を、職員室へ提出しに行っていた。


「……では、失礼した」

 

 そして職員室から退出した――その直後。


「……あ、穂高?」


 名前を呼ばれ、思わず振り返る。


 そこに立っていたのは、小鳥遊紗和だった。


 柔らかな光が彼女の横顔を縁取り、淡い桃色の唇がかすかに震えている。

 細く整った眉、透き通る声。


 幼なじみ。

 そもそも、このワードが俺にとって致命傷。

 直接鈍器で頭部を殴られる衝撃に近いくらいに、心が揺り動かされる。


 それになんだ、この女子……距離も近い。

 穂高に少し寄りすぎている。

 

 仙人として五十年鍛え続けた無の心が、いとも簡単に絆される。


 落ち着け……落ち着け、澄明。

 俺は今まで無煩悩でやってきたんだ。


 反射的に両手が胸元へ上がり、合掌の形になりかけた時、ふと思い出した。


 昨日、彼女の前で手を合わせた時、明らかに困惑していたことを。


 ダメだ!


 俺は慌てて腕を下ろした。


「穂高? なんか変な動きしたよね、今」


「気のせいだ。少し、体勢が崩れただけで……」


「ふーん?」


 紗和はじっと俺を見つめる。

 その無垢な視線が、穂高の胸の奥をキュッと締めつけた。


 これが青春時代の男児の心か。

 なんとも、扱いづらい。


「……で、何してたの?」


 俺は小さく息を整え、紗和の問いに答える。


「ランキングバトルの参加用紙を出してきた」


「えっ」


 紗和の瞳が大きく見開かれる。

 驚きと心配が一気に湧き上がるような声だった。


「穂高、参加するの……?」


「あぁ。強くなるには良い機会だからな」


「強く……」


 紗和はほんの一瞬、俺の顔を見る目を柔らかくした。

 その後すぐに、心配色の強い表情へと戻る。


「穂高、大丈夫? 本当に?」


「何がだ?」


「ルールだよ。この間、新入生向けのランキングバトル説明会あったけど、参加してなかったよね?」


「あぁ。記憶にはない。だが何となくは知ってる。とにかく生徒と戦えばいいんだろ?」


「はぁぁ……やっぱり……」


 紗和は額に手を当て、呆れ半分のため息を漏らした。


「穂高はいつからそんな戦闘狂みたいになったのよ……。前までビクビクしてたのに、なんで急に……」


 と呟きつつも、


「まぁ、いいわ。ちょうど放課後だし、帰りながら細かいところ説明してあげる」


 結局は教えてくれるらしい。

 これが一際美人で面倒見のいい幼なじみ、穂高の記憶にある小鳥遊紗和なのだ。


「ありがとう」


「……なんか昨日から様子おかしいなと思ってたけど、世話が焼けるところは相変わらずなんだね」


 紗和はなぜか嬉しそうに笑い、俺の横にちょこんと並んだ。


 そのまま校門を抜け、家路につく。


 静かな帰り道。

 二人の靴音だけが、ぽつぽつと響く。

 

 紗和と並ぶ道は、穂高の記憶の中でも馴染み深い帰り道だった。


 廊下から続いていた世間話を終え、話題はいよいよランキングバトルへ。


「じゃあ、ルールね。ざっくり言うと――」


 紗和はゆっくりと話し始めた。


「ランキングバトルは演習場で、基本一対一の形式。勝ったほうが相手の順位を上げ、負けたほうはランキングが下がる。挑戦できるのは自分より順位が上の相手だけ。つまり、自分より弱い相手を倒しても意味はないの」


「なるほど。強者に挑むための舞台というわけか」


「そう。だから一年で順位が上がる人なんてほんの少し。まだ入学して二ヶ月半だし……」


 紗和は歩きながら自分の指先を見た。


「紗和は、何位くらいなんだ?」


「え――紗、和……!? ほ、ほ、穂高、ほんとにどうしちゃったの……!?」


 紗和の魔力が今までになく乱れる。

 顔も赤く、耳まで紅潮させていた。


 彼女の混乱――穂高の記憶から察するに、おそらく呼び名に関連するのだろう。


「あ、いや……紗和ちゃんの間違いだった。ごめん」


「べ、別に呼び捨てでも、なんでも……いいのは、いいんだけど、ね」


 紗和は落ち着きを徐々に取り戻す。


 女子に対する呼び名は何より大事、そう心の奥に刻んでおこう。


「ちなみに私の順位は……三百位ちょっとかな」


「そんなに下なのか?」


「ひっど! もっと言い方あるでしょ!」


 思わず紗和が頬を膨らませる。

 そのコロコロ変わる表情に、俺の心はまたも締め付けられた。


「まぁ、私の順位はいいの。これから三年かけてゆっくりあげてくから。でも穂高が参加するって聞いて、私、ちょっと心配……」


 紗和は視線を泳がせながら、小さな声で言った。


「心配するな。気をつける」


「……うん。それならいいけど」


 小鳥遊紗和が知っているのは、九十九穂高としての実力のみ。

 属性の適性ゼロで魔力量が低いDクラスの穂高を心配しない方が無理というものだ。


 ここは実際のランキングバトルを見て、安心してもらうしかないだろうな。

 

 歩道が分かれる交差点に差し掛かった。

 この先帰り道は別になる。


「じゃあ、またね穂高。挑戦する相手……決める前に相談してよ?」


「分かった。じゃあまた明日」


 紗和は軽く手を振り、反対方向へ歩き出す。


 その背中が小さくなっていくのを見届け、俺も自宅へ向かった。


 穂高の家は古い二階建てアパートだ。

 その一階、奥から二番目の103が俺の家。


「……ただいま」


 俺は昨日同様、九十九穂高として中へ入る。


 扉を開け、靴を脱いだ瞬間――


「……っ、あ、お兄ちゃん……!」


 視界の端で、小柄な影が震えていた。


 妹・九十九朱莉あかり

 穂高より三つ年下。

 大きな瞳を不安に揺らし、膝を抱え込んでいた。


「朱莉、どうした?」


「パパの……借金の人が……今から家に来るって……」


「借金?」


 思わず息を呑む。


 穂高の記憶を辿る。

 父の残した借金は、母のわずかな遺産で月々返済しているはずだった。


「……利子が……足りないんだって……。今日中に払えなかったら、ただじゃおかないって……」


 朱莉の声は震え、涙が今にもこぼれそうだった。


 それから少し経って、


 ドンッ!!!!


 玄関の扉が乱暴に叩かれた。


「おい! いるんだろ! 開けろや!!」


「……ひぃっ!」


 低い怒鳴り声が響くたび、朱莉の肩がびくっと震える。


 あまりに幼いその怯え方に、胸が苦しくなった。


 なるほど。

 これが穂高の抱えていた現実か。


「とっとと出てこい!! 話があるんだよ!!」


 怒号がもう一度飛ぶ。


 俺は朱莉の頭へ静かに手を置いた。


「大丈夫だ。お兄ちゃんに任せておきなさい」


「お兄ちゃん……?」


 穂高の記憶の中でも、朱莉が“助けを求める目を向けたのは何度もあった。


 だが穂高自身も震えていた。

 冒険者としての力もなく、臆病で、頼れる味方も誰もいない。

 これまで不甲斐ない想いを抱えてきた。


 だが今は違う。


 借金取りだろうが、なんだろうが関係ない。


 この肉体の持ち主の闇は、俺が全部片づける。


 俺は扉の前に歩み寄り、深く息を吸う。


「いくらでも、話を聞こうじゃないか」


 手がドアノブに触れ、今その扉を開いた。


 

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