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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第19話 澄明と朧仙


 ――間に合った。


 それが、最初に胸に浮かんだ感情だった。


 背中に、二つの視線を感じる。

 紗和と、京介。


 張り詰めた緊張と、かすかな安堵が混じった空気。

 俺がここに立ったことで、二人を守ることができたと分かる。


 それで、十分だった。


「……遅かったねぇ、澄明」


 木の枝を咥えたまま、朧仙が気楽に言った。


「もう少しで、その結界は限界だったさ〜」


 事実だろう。

 結界の異様な乱れ。

 確かに悲鳴を上げていた。


 俺は一歩前に出て、朧仙を見据えた。


「用件を言え」


 低く告げる。


「朧仙、なぜここに居る? そしてなぜ、あいつらを狙ったんだ」


 朧仙は一瞬、きょとんとした顔をして――すぐに、楽しそうに笑った。


「相変わらずだねぇ。昔話の一つでもありゃいいものを、君はいきなり核心を突く」


 枝を噛み直し、宙を歩くように一歩踏み出す。


「でも、いいよ。どうせ隠すつもりもなかったし」


 朧仙は、指先で虚空をなぞった。


「世界を止める。それが、ボクたちの目的さ」


 空気が、わずかに張り詰める。


 何を言っているのか意味が分からない。

 だが良くないことをしようとしている、それだけは分かった。


「……どういう意味だ」


「文字通りだよ」


 朧仙は軽く肩をすくめる。


「世界そのものを覆う、巨大な結界を張る。そして内も外も、完全に固定するのさ〜」


 そこで、朧仙は術の名を口にした。


「――万界静止大結界ばんかいせいしだいけっかい


 紗和の気配が、わずかに揺れた。


「完成すれば、時間は止まる。成長も、老いも、死も、すべてね」


 淡々と語られるその内容は、あまりに非現実的で、だが同時に、理屈として破綻していなかった。


「……止まった世界で、何をする」


 俺が問う。


 朧仙は、待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。


「修行さ〜」


「永遠の鍛錬。限界のない積み重ね」


 枝の先で、空を叩く。


「時間に縛られない世界で、力だけを磨き続ける。これ以上に合理的な環境、他にあるかい?」


 歪んだ理想。

 だが、確かに仙人らしい発想だ。


「……だから結界術が必要になると?」


「その通り」


 朧仙は頷いた。


「世界を止めるには、世界全体を包む必要がある。魔法陣でも、単なる魔力でも足りない」


 視線が、ゆっくりと俺の背後へ流れる。


「本物の結界術が要る」


 紗和が、息を詰めるのが分かった。


「最初は、風祭美鈴ちゃんを候補にしていた」


 美鈴の名が出て、空気が一瞬強張る。


「結界に近い性質。魔力を隔てる才能」


 だが、と朧仙は続けた。


「可能性止まりだった。触媒にはなっても、核には足りない」


 そして、楽しそうに告げる。


「でも今日、確信したのさ〜。本物が、こんな近くにいたってね」


 視線が、完全に紗和へ向く。


「血に刻まれた結界術。空間そのものを固定できる力」


 女は、心底嬉しそうだった。


「万界静止大結界の核として、これ以上の存在はないのさ〜」


 俺は、そこで一つ、疑問を口にした。


「……なら、なぜ最初から彼女を狙わなかった」


 当然の疑問だ。


 結界術の名家。

 適性も、血筋も揃っている。


 この冒険者学校に通っているのだから、見つけられないわけがない。


 朧仙は一瞬だけ目を細め、すぐに苦笑した。


「あぁ、それねぇ」


 枝を噛み直す。


「小鳥遊家って、気づきにくいんだよ」


「……気づきにくい?」


「無意識の気配遮断。自分たちでも自覚せず、自動で発動されている何か。術じゃない。魔法でもない」


 女はこめかみを軽く叩く。


「存在感そのものを薄める癖。代々、身を守るために身についた生存本能ってやつさ〜」


 探知に映らない。

 因果にも引っかかりにくい。


「結界を張った瞬間を見て、ようやく分かった。今日まで気づけなかったのは、そのせいさ〜」


 皮肉そうに、朧仙は笑った。


「世界を止める鍵が、世界から見えにくい家系だったなんてね。実に見つけがいがあったさ〜」


 そして、改めて俺を見る。


「さぁ、澄明」


 その名を、確かめるように。


「一緒においでよ。ボクたちと一緒に永遠の修行をしよう。かつてのように、仲間で毎日食卓を囲んで、研鑽して、時には喧嘩もして……それで、最強を目指そうさ〜」


 永遠の修行。

 止まった世界。

 完成された力。


 それが朧仙の目的というわけか。


「ボクだけじゃない。玄真げんしん久遠くおんもこっちにきてる。みんな、澄明のこと待ってるさ〜」


「……っ!? アイツらも来てるのか!?」


「そうさ〜。あの頃修行していた仲間が今、順々にこの世界へ転生してきている。これも前世、師匠の仰っていた通りだったさ」


「師匠の言葉……」


 俺は思い当たる言葉を口に出す。


「「この修行は死んだ後にこそ、意味を成す」」


 皮肉にも、セリフが重なった。


「やっぱり澄明も覚えていたさ。あの頃、口癖のように師匠が仰ってた言葉。あれは、転生後のこの世界だったのさ」


 朧仙は続けて言葉を紡ぐ。


「それが万界静止大結界――。この世界の師匠が望む、最高の世界さ」


「師匠もこっちの世界に……」


 考えれば当然だ。

 俺たちが意図的に転生させたのなら、その当人だってここにいるはず。


 まさか師匠の目的が転生した後のことだったとは、思いもしなかった。


「さぁ澄明、どうするさ?」


「俺は――」

 

 かつての俺なら、迷った。


 だが今は違う。


 背中に感じる、二人の気配。

 守るべき今。


 そして、この身体。


 九十九穂高の人生。


「断る」


 即答だった。


「俺は、この身体を借りている。だから責任がある」


 ゆっくりと言葉を選ぶ。


「穂高として生きて、穂高として悩んで、穂高として歳を取る」


 それが、今の俺の選択だ。


「他人の人生を止めてまで、俺は自分だけ強くなるつもりはない」


 朧仙は、少しだけ目を細めた。


 そして――


 愉快そうに、笑った。


「……なるほど。変わったね、澄明」


 枝を噛み直し、一歩踏み出す。


「じゃあ、仕方ない」


 空気が、変わる。


「仙人同士、やり合うしかないさ〜。澄明だからって、手加減はしないよ?」


 ――ここから先は、言葉では済まない。


 朧仙の体を纏う魔力が増幅するのを感じて、俺はそう直感的に理解した。


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