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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第18話 紗和の結界


 夜の校庭。

 静寂の中――私、小鳥遊紗和は深く息を吐いた。


 校舎を包む結界が、かすかに光を放ちながら形を成していく。

 魔力の糸が絡み合い、空気そのものが柔らかい膜に変わる感覚。


「すっげぇ……」


 すぐ後ろで、京介の素直な感嘆の声。

 彼は指で結界を突き、その跳ね返る弾力を楽しんでいる。


「これが……結界!」


「そう。攻撃も防御も、両方に使える」


 感心されるのは嫌いじゃない。

 私はわずかに心を弾ませながら、説明を続けた。


「こうやって空間に張れば、外からの力も、内からの衝撃も遮断できる。つまり建物の崩壊を防げるの」


 私は片手を上げて、京介に手のひらを向けた。


「手を合わせてみて」


「え? こ、こうか?」


 彼が私の掌に手を伸ばした瞬間、透明の壁が間に割り込む。


 彼の指先が、一切反発せず空中で止まった。


「なんだこれ、カチカチじゃねぇか!」


「攻撃にも使えるって言ったでしょ?」


 私は微笑んで、その透明な膜を軽く弾く。

 空気が波紋のように広がり、魔力が闇の中に消え去った。


「つまり、この鈍器で殴ると」


「いや、鈍器っていうか……まぁ、この硬度を相手にぶつけるには間違いないんだけど……」


「ほら鈍器! まったく、怖ぇ女だ」


「誰が怖ぇ女よ!」


 京介と冗談交じりの会話を繰り広げつつも、心の中は張り詰めていた。

 

 今、中では穂高と白凪先輩、美鈴さんが戦っているかもしれないからだ。

 

 学校を壊さないために外へ出てきたけど、今更になって心に不安が押し寄せる。


 いくら学園トップの白凪先輩と、突然別人みたいに強くなった穂高が傍にいるとはいえ、相手の戦力は全くの未知数。


 やっぱり……私たちも中にいた方がよかった?


 大丈夫かな、みんな。


 そんな懸念がよぎった時だった。


 ――カサリ。


 風が吹いたわけでもない。

 誰かの足音。

 それも、軽い。

 靴ではなく、草履のような。


 しかもそれは、校庭の上から。


 見上げると、そこにはひとりの女性が現れた。


 目を疑った。

 その人は宙に浮いているからだ。


 木の枝を咥え、長い髪をゆるく束ねた女性。

 外見は二十代前半くらいに見える。


「……誰?」


 私が警戒の声を出すより早く、その女は、にやりと笑った。


「いやぁ、思わぬ収穫ってやつさ〜」


 枝を噛み直しながら、楽しげに言う。


「結界を張れる女子が、実はこんな近くにいたなんてねぇ〜」


 京介が一歩、前に出た。


「な、なんだお前! に、人間、だよな?」


「人間? この時代、人間かどうかなんて……大して必要のないことさ」


 その口調は軽い。

 けれど、目は笑っていない。


「君が結界術の家系、小鳥遊家の末裔だね?」


 問いではない。

 確認するような断言。


「……それが、どうかしましたか?」


「どうもこうもないよ。君を迎えに来たのさ〜」


 木の枝の先が、ゆらりと動く。

 白い煙のような気配を纏っている。


「本当は、美鈴ちゃんを連れて行く予定だったんだよ。結界に近い力を持っていたからね」


 その名前を聞いて、思わず息を呑む。


「でも、もう必要なくなった」


 女は唇の端を上げた。


「君を見つけたからさ」


「……何を言ってるの?」


「ボクたちの掲げる目的のためさ」


 木の枝を咥えたまま、女は淡々と言葉を続ける。


「永遠の修行。老いず、朽ちず、永遠の鍛錬を続けられる。そんな世界にするための第一歩。素晴らしいことなのさ〜」


 息を呑む。

 その言葉の意味を理解するのに、一拍遅れた。


「……は? この人何を言ってんだ?」


 京介は唖然としている。


 私の心境も全く同じ。

 何を言っているのか、全く理解ができてない。


 おそらく私の結界術と関係はあるんだろうけど。


「――今は何も分からなくていい。結界術の女子、君はただ、ボクたちに従えばいいだけさ」

 

 女は軽く笑った。


 その言葉が、静かに降りかかる。

 理解不能なほど、淡々とした狂気。


「まずはお手並み拝見さ〜」


 すると彼女は体に纏っている白い煙を、龍の形へと変えていった。


 詠唱も予備動作も何もなく、たった一瞬で、高密度な魔力の集合体を創り出す。


「なんなの、それ……」


 こんな魔法、見たことないよ……。

 

 それは女の周りを旋回し、突如こちらへ牙を剥く。


「来る!」


 私と京介は、ほぼ同時に構えた。

 

 次の瞬間、弾丸のように真っ直ぐ、しかし生き物の如くウネリながら、突進してくる。


 私は両手を合わせ、魔力を展開。


「――結界展開、《方陣・護界環》!」


 ドン、と地を打つような音。

 瞬時に形成された半球状の膜が、白い竜を真っ向から受け止める。


 衝撃が波紋のように広がり、夜空を震わせた。


「うわっ、すげぇ……!」

 

 膜にぶつかった龍が消えていく。


「これが……結界の防御力……!」


 私の魔力がある限り、絶対的な防御を行うことができるこの結界は実質最強の守り。

 だけど同時展開はできない。


 そのため、校舎に張った結界は解けてしまった。


 女はその様子を見て、心底楽しそうに笑う。


「想像以上だね。さすが本物の結界術者さ〜」


 そして、木の枝をくいと咥え直す。


「やっぱりあの御方の目に狂いはなかったさ」


「あの御方……?」


 私が問い返すと、女は軽く首を傾げた。


「そう、私たち仙人を導くお師匠様さ〜」


「仙人……!?」


「知らないのさ? 澄明も同じ類なんだけど」


「澄明……?」


「八雲澄明だよ。今、ここに来てるみたいだけど。……あぁ、今は別の名を名乗っているのか」


 女は独り言のように呟き、肩をすくめた。


「まあいいさ。君を連れていけば、ボクたちは悲願はようやく叶う」


 そう言って、再び白い龍が具現化する。


 しかも、今回は一体じゃない。


「……三体ッ!? どうなってんだよ!」


 全ての龍はとぐろを巻くように、彼女の周りを回っている。

 

 ――結界が震えた。

 これは、私の心の乱れだ。


「くっ……!」


 結界とは、受ける攻撃に対して、それに耐えうる守りを自動的に生成してくれるというもの。


 だから実質最強の守りなのだけれど、


 この過程は全て、私の魔力で行われる。


 つまり、自分の魔力残量を超えるほどの耐久を生み出すことができないのだ。


「その結界……どこまで耐えることができるのか、楽しみなのさ〜」


 女は、宙で指を軽く弾く。


 すると地鳴りのような音とともに、一体目の龍が迫ってきた。


 矛と盾。

 高密度のエネルギー同士がぶつかり合う。


 吹き荒れる衝撃波が、夜の校舎を揺らす。


 息が詰まる。

 肺の奥まで衝撃が突き刺さった。

 ここは結界の中なのに、まるで外へ完全に投げ出された感覚。


「……ッ!」


「二体目、投入さ〜」


 その指先が淡い光を纏い、次の龍が突進してくる。


 ――ヤバい。

 これ以上は魔力量が足りない。


 そう思った瞬間だった。


 轟音。

 風を切る音。


 同時に龍がなびくように消えていった。


「……悪い、遅くなった」


 私の目の前に、影が立った。


「……穂高!」


 振り向いた横顔に、確かな安堵が走る。


 女は、その様子を見て、ふっと笑った。


「その魔力……間違いない。やっと、現れたさ――八雲澄明」


 その名を聞いた瞬間、私は息を呑んだ。

 それはさっき、この女が口にした名。


 穂高の背中越しに、空気が一段冷えるのを感じた。


 彼は女を真っすぐ見据え、静かに口を開く。


「……咥えた木の枝。その軽薄な語尾。生まれ変わっても、相変わらずだな――」


 一拍置いて、淡く息を吐く。


朧仙ろうせん


 女の笑みは、さらに口角が上がる。


「覚えていたとはね。嬉しいさ」


 月の光が、二人の間を照らす。

 空気が張り詰め、私の鼓動の音すらも、遠くで響いているように感じた。


 仙人の後継者。

 八雲澄明。


 ここ最近、穂高の様子がおかしいのは知ってる。


 口調が変わったり、変に堂々としていたり。


 この前のランキングバトルだって、Bクラスの美鈴さんをあっという間に倒しちゃうし。

 

 彼の中には、私たちの知らない何かがある――。


 私の知る穂高とは違う。

 どこか遠い存在。

 けれど――絶対に負けない背中。


 私は張り巡らさた結界の中で、ただその瞬間を見つめていたのだった。


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