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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第17話 目的の変更


 粘つく視線が、まず美鈴をなぞる。


「美鈴ちゃん。君は約束通り来てくれた」


 声は落ち着いている。

 焦りも、動揺もない。


 まるで――最初からこうなると分かっていたかのようだ。


「……一人じゃないけど?」


 夜継が軽く言う。


 男は気にも留めず、肩をすくめた。


「まぁ、多少のおまけは想定内だよ」


 視線が俺と夜継に向く。


「学園のトップがくるとは、さすがに驚いたけどね」


 その口ぶりに、警戒が走る。


 情報を持っている。

 だが、それを隠すつもりもないらしい。


「それで?」


 俺は一歩前に出た。


「話はなんだ。美鈴を呼び出した理由を聞こう」


 男は、くつくつと喉を鳴らした。


「理由?」


 そして、にやりと笑う。


「簡単だよ。恋だ」


 美鈴の肩が、びくりと震えた。


「最初に言っておくけどさ」


 男は立ち上がらない。

 あくまで、椅子に座ったまま語り始める。


「女性なら誰でもよかったわけじゃない」


 指で机を軽く叩きながら、


「顔立ち。雰囲気。声。立ち姿。それに……魔力の質」


 一つずつ、品定めするように言葉を並べる。


「どれも、最高だった」


 美鈴は唇を噛み、俯いた。


「一目惚れってやつさ」


 男は楽しそうに続ける。


「安心していい。身体目当ての下衆じゃない。むしろ逆だ。君の中身に惚れたんだ」


 そこで、男はようやく美鈴を真正面から見た。

 教室の空気が、じわりと重くなる。


「……それが理由だと?」


 俺の声は低くなった。


「家族を脅す理由にしては、随分と身勝手だな」


 男は肩をすくめる。


「大人ってのはね、欲しいもののためなら手段を選ばないものさ」


 悪びれる様子もない。


「それに」


 男は視線を伏せ、意味ありげに言った。


「そもそもの出会いは、僕の意思じゃない」


 その言葉に、夜継の目が細くなる。


「……どういう意味?」


「簡単だよ」


 男は胸ポケットからスマホを取り出した。


「あの御方がね。君の潜在的な能力に興味を持ったんだ」


 美鈴が、はっと息を呑む。


「最初は調査役として近づいただけだったんだけどね、君を見たら、個人的な興味も湧いて――」


 男が語るその途中、


 スマホが短く振動した。


 男は画面を見る。


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、表情が変わった。


 そして次の瞬間。


「……おっと」


 男は、愉快そうに笑った。


「予定変更、らしい」


 俺の背筋に、嫌な予感が走る。


「なんだ?」


「いやいや」


 男は立ち上がり、軽く手を振った。


「話はここまでだ」


 そして一歩、後ろへ下がる。


「まぁこのままゆっくり話をしていてもいいんだけど、それじゃ……学園トップさんもつまんないかと思ってね」


 次の瞬間。


 男の姿が、ぶれた。


 ――いや、増えた。


 教室の出口。

 廊下側。

 窓際。


 同じ顔、同じ魔力反応。


「君たちが俺本体を捕まえることができたら、風祭美鈴ちゃんを諦めよう」


 複数の声が、重なって響く。


「制限時間は朝まで。こんな緩い縛りで勝てないようじゃ、冒険者になるのはまだ程遠いだろうね」


 重なった声は四方へ散っていった。


 教室を飛び出し、廊下へ。

 階段へ。

 左右、上下、あらゆる方向へ。


「ちっ……!」


 挑発的な言い方。

 朝までという、明らか向こうに不利な時間制限。


 気になることは多くあるが、美鈴を諦めると言った以上、参加せざるを得なかった。


「美鈴は俺たちの後に続いてくれ」


「は、はい……!」


 そのまま俺たちは廊下へ駆け出した。


「なるほど……分身系か」


 走りながらも、どこか楽しそうな夜継の声音。


「魔力の分割が雑じゃない。完全な幻影じゃなくて、半実体化タイプだね。触れれば反応するし、攻撃すれば消える。でも――」


 一拍置いて、夜継は続ける。


「本体と同じ速度で動かせる。これ、結構厄介だよ」


 俺は視線を前に固定したまま問う。


「学園の卒業生か?」


「たぶんね」


 夜継は迷いなく言った。


「昔、聞いたことがある。分身魔法を得意とする先輩がいたって噂」


「戦闘力そのものは突出してないけど、逃走と撹乱が異常に上手い。ランキングバトルでも、捕まえられなくて勝敗がつかない試合が続いたらしい」


 なるほど。

 だからこの手のルールには自信があるってか。


 廊下の分かれ道。


「九十九くん、僕は右からいくよ」


 夜継が軽い調子で言った。


「了解」


 俺は左へ。

 美鈴は、夜継の背後に下がらせる。


「美鈴」


「……は、はい!」


 分身の一体が、階段を駆け下りる。


 ――速い。


 だが、読みやすい。


「逃げるためだけの分身だな」


 殺意も、戦意も薄い。

 純粋な時間稼ぎ。


 追い詰められているのは、向こうだ。


 俺は床を蹴り、距離を詰める。


「っ!」


 拳を振るう――が、空を切る。


 分身が霧のようにほどけ、消えた。


「……数で惑わせてるつもりか」


 その瞬間。


 背後から、夜継の声。


「九十九くん、こっちだ」


 視線を向けると、廊下の突き当たり。

 非常階段前。


 そこに――男がいた。


 分身ではない。

 本体だ。


 さっきの分身と比べて、わずかに体を巡る魔力が少しだけ濃い。


 背後は壁。

 左右も閉じている。


 これで完全に逃げ場はなくなった。


「思ったより、あっけなかったね」


 男は、少しだけ驚いた顔をした。


「分身と本体の違いが分かるんだね。二人とも、十分学生の域を越してるよ」


 余裕を装っているが、息が乱れている。


「……遊びは終わりだ」


 俺は一歩、距離を詰めた。


「目的を話せ」


 男は肩をすくめ、抵抗する素振りも見せずに両手を上げる。


「はいはい。分かったよ」


 軽い口調とは裏腹に、その目だけが妙に冷静だった。


「実はねぇ、本来ならここで君――風祭美鈴ちゃんを連れて帰る予定だったんだ」


 美鈴が、息を詰まらせる。


「けどね」


 男は画面を伏せ、苦笑気味に続けた。


「もう彼女じゃなくていいってさ」


 俺の中で、嫌な音が鳴った。


「……どういう意味だ」


「そのまんまだよ」


 男はポケットからスマホを取り出す。


「さっき、連絡が来てね」


 画面を確認し、ふっと息を吐く。


「……予定変更、だそうだ」


「変更?」


 夜継が、短く問い返す。


「俺個人としては、美鈴ちゃんが気に入ってた。それは本当だ」


 美鈴が、思わず一歩下がる。


「でも、あの御方はそうじゃなくなった」


 男は指でスマホを軽く叩いた。


「もっと条件の揃った存在を見つけたらしい」


「さっきから言っているあの御方、とは誰のことなんだ?」


 明らかに別の誰かが裏にいることだけは分かった。


 あとはその人物と目的、それが分かれば――

 

 しかしその瞬間。


 空気が、揺れた。


 正確には、薄くなった。


 校舎全体を覆っていた、張り詰めた感覚。

 それが、ふっと緩む。


「……?」


 夜継が眉をひそめる。


 俺も、はっきりと感じ取っていた。


 これは――


「結界……?」


 紗和が学校を包んでくれていた結界術。

 その気配がフッと消えたのだ。


 男は、俺たちの反応を見て満足そうに笑った。


「さすが。もう……分かるよね」


 そして、感心したように続ける。


「血に刻まれた本物の結界。術として、この範囲のものを張れる人間」


 俺の脳裏に、一人の顔が浮かぶ。


「まさか、紗和……!」


 男は俺の反応を見て、楽しそうに口角を上げた。

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