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学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします  作者: 甲賀流


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第15話 三年生の教室へ


 翌日の放課後。


 俺、京介、紗和、美鈴の四人で向かったのは、三年生用の校舎だった。


 一歩、足を踏み入れた瞬間――

 肌で分かるほど、空気が変わった。


 魔力の密度が、明らかに違う。

 漂う気配が鋭く、重い。


 まるでダンジョンにでも入ったかのような感覚。

 

「美鈴、大丈夫か?」


「……は、はい」


 一年でBクラスである彼女は、魔力の集合体のようなこの校舎に踏み入れてすぐ、その場で立ち止まってしまった。


 Aクラス以上の紗和と京介も、珍しく魔力の流れを乱している。


 これが三年の集まる特別棟。

 一年と校舎が別にされている所以か。


「……みんな、行けるか?」


 それぞれが頷きをみせたところで、俺たちはようやく廊下を進み始めた。


 すれ違う生徒。

 皆、怪訝な目で一瞥してくる。


 胸ポケットの校章。

 この色が違うからだろう。


 三年は緑、一年は赤。


「一年が何しに来てんだ?」

「誰かに会いにきたとか?」


 抑えた声が、すれ違いざまに聞こえる。


 値踏みするような目。

 好奇心と警戒が入り混じった、明確な上下関係の空気。


 それを今、俺は直接肌で感じている。


「穂高さん……や、やっぱり引き返したり……」


「しない。視線なんて気にするな」


 一年の三人には少し酷な環境かもしれないが、これも修行だと思って頑張ってくれ。


 俺たちは目的の教室の前で、足を止める。


 三年Sクラス。


 この学園の頂点。

 冒険者ランキング一位が在籍する場所。


「穂高さん、お知り合いって……やっぱりSクラスの方なんですね」


 京介が教室のクラスプレートを見て、声を震わす。


「歩いている方向で何となく察しはついてたけどさ……」


「ダメだったか?」


 ため息混じりの紗和に問い直した。


「いや……ダメっていうか、一年生の間でここに立つとは思わなかったから……」


 現状一年でいうトップクラスに立つ紗和でさえそう思うのか。

 どうやらこの学校の学年には、かなりの格差があるようだ。

 

 そして次の瞬間だった。


 ガラ、と教室の扉が開く。


 そこに立つのは、背丈の変わらない青年。

 ただ秘めた魔力は現役の冒険者と大差のない密度だった。


「何、お前ら」


 冷えた視線。

 俺たちなんて眼中にない。

 そう語っているかのような。


「夜継はいるか? 白凪夜継」


「夜継!?」


 青年は唖然とする。


「おま……っ、あの人を呼び捨てとか、一年の分際で――」


「いいよ、通してくれて」


 気怠げで、余裕のある声。

 教室の中からだ。


「で、でも夜継さん……コイツら、一年ですよ!?」


「いいから。僕に用があるんだ。君は黙っててよ」


 教室の一番窓際の最後尾。


 細められた目。

 軽い笑み。


 銀髪の青年が放つ透き通る声に、場の主導権が一気に変わった。

 

 空気が、支配される。


「やぁ九十九穂高くん。思ったより早い再会だね。どうしたの?」


 一拍遅れて、爆発するようなざわめき。


「知り合い!?」

「夜継さんが、一年の名前を……?」

「しかも、普通に話してるぞ」


 白凪夜継。

 三年Sクラス。

 学園冒険者ランキング一位。


 その男が、俺の名前を呼んだ。


 俺は特別な反応も見せず、ただ一言返す。


「少し、相談がある」


 ――その瞬間。


 廊下の空気が、凍りついた。


「……は?」

「相談?」

「アイツ、夜継さんにタメ口とか」


 京介が居心地悪そうに肩をすくめる。

 紗和と美鈴も、周囲の視線を感じて身構えている。


 夜継はその反応すら楽しむように、ゆるく笑った。


「いいね」


 そして視線をぐるりと廊下に巡らせる。


「ここじゃギャラリーが多いね」


 その一言で、空気が決まった。


 夜継は机から立ち上がり、廊下へ出る。


「場所、移そうか」


 俺たちを見て、にやりと笑う。


「立ち話には、ちょっと騒がしすぎる」


 ――こうして。


 一年の俺たちと学園最強の三年生は、誰もが注目する中で並んで校舎を後にした。

 無数の視線を背中で感じながら。



 屋上に出た瞬間、風が強く吹き抜けた。


 夕焼けが校舎の向こうに沈みかけている。

 下を見れば、三年校舎の廊下を行き交う生徒たちが、米粒みたいに小さく見えた。


「ふぅ……やっぱり屋上ってのは、どこでも落ち着くもんだね」


 夜継はフェンスにもたれ、気楽そうに言う。


 この場所に立っても、緊張感は一切ない。

 まるで自分の庭だ。


「それで?」


 夜継は俺を見る。


「相談って、何?」


 俺は一瞬だけ、美鈴に視線を送った。


 美鈴は小さく頷き、覚悟を決めたように口を開く。


「……この学校の卒業生に、脅されています」


 夜継の眉が、ほんのわずかに動いた。


「ほう」


「付き合ってくれって。断ったら……家族に危害を加えるって、はっきり言われました」


 美鈴の声が、少しだけ震える。

 空気が冷えた。


 夜継はすぐに口を挟まない。

 ただ、静かに聞いている。


「家の場所も、家族の職場も、全部知られていて……」


「なるほど」


 夜継は顎に指を当てる。


「冒険者は実力主義の世界。欲しいものは力で手に入れようとする、そんな輩が一定数いると聞いてはいたけど……これはその典型的な例ってわけだ。しかも相手が学生なら、家族を盾にすれば逆らえない」


 軽い口調だが、言葉は冷静だった。


 冒険者は実力主義。

 欲しいものは力で手に入れる。


 確かにこれはその典型例。


 だが美鈴にとってはあまりに酷。

 この場の全員が目を逸らし、俯きたくなる内容だ。


「それで……美鈴は来週、夜の校舎に呼び出しを受けている」


 沈黙が起こる中、俺は彼女の情報を少補足する。 


「夜の校舎……たしかここの卒業生で、大手ギルドに入れなかった冒険者の溜まり場になってるとかって、聞いたことがあるな」


 紗和が口を開く。


「……それ、学校の警備はどうなっているんですか?」


「それがうちの教師陣も注意喚起はしてるみたいなんだけど……特に学校への被害もないし、何しろ知らない顔じゃないから、今のところは大目に見てるらしい」


 夜継は小首を傾げながら答えた。


「だ、だったらこの件、先生に報告すればいいんじゃ……」


「ダメ」


 夜継が、京介の意見をぴたりと遮った。


 さっきまでの軽さが消えている。


「それこそ美鈴ちゃん、彼女と彼女の家族に危険が及ぶだろうね」


 京介は眉を寄せ、俯く。


「だったらどうすれば……」


 夜継は、俺の方を見る。


「で、九十九穂高くん。君はどうするつもり?」


「来週の金曜日、美鈴について行く」


 即答した。


「堂々とな」


 夜継の口角が、わずかに上がる。


「ほう?」


「夜継の話が本当なら、夜の校舎には複数人の手練がいるはず。自分たちが負けるなんて、微塵も思っていないだろう」


「うん」


「なら、その思い込みを利用して――俺が気の抜けた相手を一網打尽にする」


 夜継は楽しそうに笑った。


「いいね。実に君らしい、イカれた判断だ」


 そして、ふと軽い調子で続ける。


「よし、」


 全員の視線が、彼に集まる。


「じゃあ僕も行こうかな」


 一瞬の沈黙。


 まず京介が素っ頓狂な声を上げる。


「なんでですか!?」


 夜継は肩をすくめた。


「だって、面白そうじゃん」


「いや、理由が軽すぎません!?」


「軽くはないよ」


 夜継の目が、細くなる。


「それに僕ら学生の居場所を夜だけとはいえ、好き勝手されるのは少し気に食わないなと……実はずっと思ってたんだよね〜」


 その瞳から感じるのは、静かな闘争心。

 自分が負けることなど一切考えていないような余裕の笑みを浮かべる。


 夜継は手を広げ、楽しそうに言った。


「夜の校舎、秘密のトラブル、卒業生相手。久しぶりに味わえる最高のスリルだ」


 紗和が目を細めて確認する。


「……味方、と思っていいんですよね?」


「もちろん」


 一方の京介は目を輝かせた。


「夜継さんまで来てくれるなら、百人力じゃないですか!」


「まぁ一人で百人分は……あるだろうね」


 夜継は平然と言う。


 そして最後に、俺を見た。


「決まりだね、九十九くん」


 夕陽を背に、銀髪が揺れる。


「まぁ、人手は多いに越したことはない」


 こうして。


 美鈴を巡る事件は、学園の頂点を巻き込み、


 静かに、そして確実に、その日を迎えることになるのだった。

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