第14話 尾行
「あなたの力を、どうか貸してください!!」
風祭美鈴は、まっすぐ俺を見てそう言った。
演習場のざわめきの中で、その声だけが妙に浮いて聞こえる。
潤んだ瞳、か細く震えた声、深刻な表情。
ただ事じゃないのは間違いなさそうだ。
「ここじゃ落ち着かないな。少し場所を変えよう」
「……はい」
彼女は小さく頷き、周囲を気にするように視線を泳がせた。
俺たちは廊下の奥、人通りの少ない方向へ足を向け、歩き出す。
そんな時だった。
「穂高さーーーん!!」
嫌というほど聞き慣れた声が背後から飛んでくる。
振り返るまでもない。
「……なぜお前がいる」
「師匠いる所に京介あり、ですから!」
全力で胸を張る京介。
「だから師匠はやめろ」
「一心同体ですもんね!」
「話を聞け」
会話にならない。
さらにその直後――
「ちょっと、穂高」
今度は、少し呆れを含んだ声。
振り返ると、紗和が腕を組んで立っていた。
美鈴と京介を交互に見て、眉をひそめる。
「なんだ」
「まずこの状況もすっごく気になるんだけど……彼、獅ノ宮京介くんだよね? どういう関係なの?」
視線は京介に向いている。
「……穂高さんの舎弟させてもらってます!」
「違う」
「舎弟って穂高、いつからそんな物騒なこと……」
「あ、あの――」
三人の視線が一斉に向く。
「えっと……私、九十九さんに相談があって、少しだけお時間もらえると嬉しいんですけど……」
言葉を選ぶように視線を伏せる。
「その相談、俺も聞きます!」
京介は即座に手を挙げ、
「だったら私も一緒に行く!」
紗和も張り合うように挙手してみせた。
「こんな大勢だと、彼女も困るだろう」
わざわざあの場で囁くような内容だ。
あまり人に知られたくないものだと俺は思うが。
「戦力は……多い方が……ありがたいです……」
だが美鈴は、控えめだが必死さの滲む声音でそう告げた。
「……分かった。なら三人でいかせてもらう」
戦力。
ということは戦闘が必要な案件らしい。
紗和と京介もいることだし、あまり物騒な内容じゃなきゃいいけどな。
そして俺たちが向かったのは、旧校舎側の一角。
放課後にはほとんど使われず、教師も滅多に来ない教室だ。
扉を閉めると、外の気配が一気に遠ざかる。
窓から差し込む夕陽が、机と床を斜めに染めていた。
「……ここなら、誰にも聞かれないな」
俺がそう言って振り返ると、
美鈴はすでに俯き、指先を強く握りしめていた。
「改めて聞く。何があった」
一瞬、肩が小さく震える。
だが美鈴は逃げなかった。
覚悟を決めたように、はっきりと口を開いた。
「この学校の卒業生の方から……付き合ってほしいって、直接言われました」
京介が目を見開く。
「……は? 恋愛?」
色恋沙汰というとただの青春要素にしか聞こえないが、美鈴の怯えた様子を察するに、そう簡単な話ではないのだろう。
紗和の表情も、一気に険しくなる。
「断ったら……家族に危害を加えるって」
淡々とした口調。
だが、その奥に押し殺された恐怖が滲んでいた。
「なにそれ、最低……」
京介が、歯を食いしばる。
「そんなの、恋愛でもなんでもねえだろ……」
美鈴の指先が、ぎゅっと強く握られる。
「最初は、偶然だと思ってました。帰り道で視線を感じたり……家の近くに車が止まってたり。私の考えすぎだって、そう……思ってたんです」
「……尾行、ね」
紗和が低く言った。
「はい。でも決定的だったのは、先週……。家の前で、その本人が私を待ってたんです」
美鈴はその時のことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
* * *
いつもの学校帰り。
私、風祭美鈴は寄り道をすることなく、真っ直ぐ家へ向かっていた。
少し前から誰かに見られているような気配がずっとあったけど、最近はバタリとそれも無くなったみたい。
「……やっぱり考えすぎだったのかな」
昔から、私は悲観的な性格だ。
常に周りの目が気になるし、相手が自分のことをどう思っているか、いつも気になってしまう。
冒険者学校という新しい環境に身を置いてまだ間もないから、きっとストレスが溜まってたんだ。
私はそう言い聞かせることにした。
――だけど、
家の前に停まった黒い車を見た時、ハッとする。
最近、帰り道によく目にした車だと。
そして運転席から男が降りてくる。
長身で細身、金髪の長い髪、鼻根に沿った三つのピアス、如何にも強面な男の人だった。
男は目を細めてニヤリと笑う。
「待ってたよ、風祭美鈴ちゃん……」
空気が、ぴり、と乾いた。
近づいてきた男を見た瞬間、胸の奥がひりつく。
姿より先に、魔力の圧が来た。
呼吸が、ほんの一拍だけ遅れる。
――強い。
冒険者学校の生徒とは、明らかに違う。
「なにか、私に用ですか?」
私は恐怖の中、なんとか声を絞り出した。
できるだけ平然を装って。
「なにって男が女性の帰りを待ってたんだ。そんなの、告白以外の何物でもないでしょ」
「告白……?」
嘘。
この人はそんな顔してない。
獲物を狩る肉食獣……好機を狙う狩人。
どちらかというと、そんな荒々しい表情だ。
「美鈴ちゃん、俺と付き合ってくれ」
「……っ!?」
その言葉は正真正銘、告白そのもの。
私が知る、想い人へ伝える言葉の一つ。
だけど彼の場合、その言動に完全なる矛盾が生じていた。
差し出された男の掌から、青光る稲妻の塊が生成されていたのだ。
雷魔法。
それもかなりの高電圧。
明らかに意中の相手に向けるものじゃない。
「……この時間はご両親がいない時間帯。父親は配送業でなかなか家に戻って来れないし、母親はパートで夜遅くまで働いている」
「……っ!? なんで、そのことを……」
「目的のためならなんでもする。それが一人前の大人ってものさ」
男は突然スマホを取りだした。
そして数十秒操作した後、私のスマホに音が鳴る。
「今後の身の振り方には、気をつけてね」
嫌な予感が走る。
私は急いでスマホを開く。
そこにあったのは……私の想像の斜め上以上に残酷なものが羅列されてあった。
両親の働く姿の写真。
職場の写真。
そして、あるメッセージ。
『来週金曜日、夜の九時、校舎、一年Bクラスの教室、そこで返事を聞かせてもらう。他言無用。従わなければ、それ相応の報いを……』
そんな脅迫文だった。
「じゃ、楽しみにしてるからね」
男はそのまま車に乗り、去っていった。
* * *
美鈴は事の顛末を話し終えた。
そして流れる静寂。
「……ひどすぎる」
「マジで、クソ野郎だな」
紗和、京介がポツリと口を開く。
「私、どうしたらいいか分からなくて……でも逆らったら、お父さんとお母さんに危害が及ぶかもしれない……だからどうにかしなきゃ――そう思った時に、ふとある事を思い出したの」
美鈴は言葉を重ねていく。
「少し前、屋上で見た景色。一人の男子学生が、同時に三人を相手にしていたところを。それも……まるで手を抜いているかのように軽く」
美鈴の視線がふと俺を向いた。
「それってもしかして……?」
京介の問いに、彼女は深く頷いた。
「はい。九十九さんです」
「え……っ!? 穂高が!? 三人同時に!?」
「さすが師匠!!」
絶対にあの時だ。
黒田と取り巻き二人。
あの日の戦いを美鈴は、どこかしらで偶然見かけたのだろう。
「まぁ……その、事実ではある」
「う、うそ……」
紗和が言葉を失う中、京介が話を進行し始める。
「風祭。お前の選択は正しい。何故なら、ここにいる穂高さんは、この学園最強の御方だからだ。それに……穂高さんは、そういう外道を一番許さない。ですよね、師匠?」
視線が一気に俺へ集まった。
「あぁ」
一瞬、朱莉の顔が脳裏をよぎった。
家族を盾に取られ、選択肢を奪われる恐怖。
それがどんなものか、俺は知っている。
「……ありがとう、ございます」
美鈴は手を胸の前に当て、目を潤ませていた。
美鈴とその両親を守るため。
そして俺自身の修行のため。
これだけ理にかなったことはない。
「……だったら当日、サクッと乗り込んで、俺たちでボコボコにしちゃいましょうか。それで解決ですね」
「いやいや、まずは情報収集した方がいいんじゃない? 仮に穂高がめちゃくちゃ強いとしても、今回は美鈴さんと美鈴さんのご両親の安全を第一に考えないとだし」
「仮に、じゃなくて、穂高さんは本当に強いんだからな!!」
京介の意見は置いておいて、紗和の考えについては俺も大いに賛成だ。
人質がいる以上、ただ戦えばいいわけじゃない。
「情報収集……つまり現役の冒険者、もしくはこの学校の先輩方、ということですか」
美鈴はそう言いながら、私には当てがないです……と首を横に振った。
そして紗和と京介も同様のようだ。
そりゃ入学から三ヶ月も満たない俺たち新入りで、縦のつながりがある方が珍しいくらい。
だが幸い、俺には心当たりがあった。
たった一人。
まだ一度しか言葉を交わしたことがないが、たしかに一人、知り合いと言ってもいいと思える人物が。
「一人いる」
俺は立ち上がった。
「……え?」
三人の視線が一気に向く中、
「明日、三年の教室へ行こう」
俺は確かな確信を持って、その言葉を発したのだった。




